第169話 エデストル
オックスターを発ってから、約一週間が経過した。
レアルザッドからオックスターへと来た時のように、複数の街を経由しながら――俺達は目的地であるエデストルに辿り着いた。
ちなみだが……スノーは当たり前のようについてきており、一度北西の山へと寄ってスノーに自然へと戻ることを促したのだが、断固として動くことはなかった。
そのことから、スノーの意志は俺達についていくことだと決めて、一緒にエデストルまで連れてきている。
スノーの頭の良さから、俺達が親の仇だということは分かっているはずなのだが……。
俺達を殺すためにとかなら納得だけど、普通に甘えてくるし北の山に帰らなかった理由はよく分からない。
「あれがエデストルか! 王都やノーファストに比べると小さいけど、流石に三大都市だけあってデカいな!」
「エデストルの奥に見えるのがダンジョンですかね? 向こうも凄い人で賑わってますよ!」
手前にエデストルの街が見え、その奥に壁で囲われたもう一つの街のような場所が見える。
ヘスターの言う通り、奥のあれがエデストルダンジョンなのだろう。
「街からこんな近い場所にダンジョンがあるなんて凄いな。それだけでなく、ダンジョンのお陰で三大都市にまで発展したんだもんな」
「最初は、冒険者のための宿屋を作ったのが始まりみたいですしね。そこから三大都市にまで成長したんですから、本当に凄いと思います!」
「本当に楽しみだぜ! 冒険者ギルドでは色々な依頼が出されているって噂だし、ダンジョンに潜らずとも大金を稼げるみたいだからな! ダンジョンも依頼も――どっちも選べるってのが良い!」
ラルフの言う通りで、エデストルといえばダンジョンだが、冒険者ギルドにはオックスターとは比にならない依頼が山ほど出されているという話。
エデストルから北西には魔物が跋扈する山。東にはエデストルダンジョン。そして南にはロザの大森林がある。
その中心に位置するエデストルは危険地帯な訳で、難度の高い依頼がガンガン出されるのも納得の理由。
まずはエデストルについてと、エデストルの周囲についてをよく調べてから、どのようにして強くなっていくかを考えたいと思う。
……まぁ俺に関しては、十中八九ロザの大森林での強化となるだろうけどな。
ラルフではないが、俺もワクワクした気持ちで入門検査を待っていると、ようやく俺達の番が回ってきた。
有毒植物は持ってきていないし、ヴェノムパイソンの毒ポーションについても、他のポーションと一緒に仕舞ってあるため大丈夫なはず。
それでも少し緊張しつつ、入門検査を受けてから――無事に街の中へと入ることができた。
街の雰囲気は王都に近い感じだろうか。
かなり綺麗に整備されており、ごちゃついた感じは一切ない。
ノーファストに負けず劣らずの賑わいも見せているし、これだけの人の多さなら追手に見つかる可能性も薄まるはず。
木を隠すなら森の中。
……もちろん冒険者として依頼をこなすため、ランクを上げて名を売ればすぐにバレるだろうけどな。
「まずはどこを目指すんだ? 冒険者ギルドか?」
「いや。まずは街の中を探索しつつ、宿屋を探そう。泊まる場所が見つかったら、そこを拠点として……エデストルの情報収集だな」
「ノーファストで情報集めたけど、もしかしたらクラウスがいるかもしれないしな! まずは情報を集めるってのには俺も賛成だ!」
「私もです。クリスさんには宿屋で待っていてもらい、私とラルフで情報を集めてきます。もし万が一、クラウスがエデストルにいた場合……クリスさんと鉢合わせたら、その時点で戦闘にまで発展してしまいますからね」
「そういうことならば、情報集めは二人に頼みたい。お願いできるか?」
「もちろん! 任せておけ!」
「私もです! 任せてください」
こうしてエデストルでの動きを決めた俺達は、まずは宿屋を見つけることから始めることにした。
ノーファストでもそうだったが、スノーも泊まれる宿屋は少なく、意外と安宿の方が規制が緩かったりする。
安く広い部屋のありそうな宿屋を中心に探していき、俺達は一軒の宿屋に決めた。
『ゴラッシュ』という宿屋で、広さは十分でトイレと風呂付きの良い宿屋。
値段は一泊銀貨二枚とそこそこ高いが、ひとまずはこの宿屋で生活することに決めた。
当初の予定通り、ラルフとヘスターが街へと繰り出して、俺はスノーと共に留守番。
スノーと遊んだり、風呂に入れたりしながら待っていようと思ったのだが……。
長旅で疲れていたのか、風呂に入れ終えるとスノーはすぐに眠ってしまった。
手持ち無沙汰となってしまったし、新たに手に入れたスキルの試し打ちを行うか。
エデストルまでの道中でも試していたが、改めてスキルを使ってみることにした。
まずは鋼の剣を抜いてから、腕を軽く斬ってみる。
『イチリュウ』で買った鋼の剣はやはり質がいいのか、俺が思っていたよりも深くまで斬れてしまった。
――ただ、【自己再生】のスキルを発動。
スキルの発動と同時に、斬った箇所が塞がっていくのが分かる。
難点としては、傷が塞がっていく過程で強烈な痒みが生じるのだが、まぁ全然許容範囲だ。
正直、【自己再生】に関しては特殊スキルだと思っていたし、この汎用性が高く強力なスキルが手に入っただけで、痒みくらいなら余裕で我慢できる。
傷が完全に癒えたところで、続いて次のスキルを発動させた。
【変色】
何の魔物から手に入れたのか分からないが、カーライルの森で手に入れておきながらも、カルロ戦では一切使わなかったスキル。
スキル名からではどんな効果かもわからなかったが、体の色が一気に意識した色へと変化した。
赤を思い浮かべたら赤、黒を思い浮かべたら黒。
細かい調整まではできないため、背景と擬態とまではいかないが――このスキルは予想以上に使えるかもしれない。
カルロ戦のような月明かりだけが頼りな視野の中では、全身を黒く染めてしまえば背景と同化することができる。
着ているものや剣までは同化できないが、それでも十分見えにくくなるはずだ。
続いて、別のスキルを発動させる。
【粘糸操作】
蜘蛛の糸のようなものが、集中させた箇所から出るこのスキル。
粘着力は相当なもので、ラルフを引っ付けてから思い切り引っ張っても、糸が切れることはなかった。
単純な耐久力については既に調べてあるため、今回は別の耐久力についてを試してみるつもり。
まずは火に強いかどうかのテスト。
【熱操作】で軽い火程度なら操れるようになった俺は、【粘糸操作】で糸を出した反対の手で火を起こし、糸に近づけてみることにした。
――うーん、この程度の火じゃ何も起こらないな。
それから数分当て続けていたが、糸は切れることがなかった。
続いて、鋼の剣で斬ってみることにする。
先ほどは刃を当てただけで、肉まで切れてしまった鋼の剣だが……俺は少し勢いつけて鋼の剣を振ってみた。
頭の中のイメージでは剣がスッと通る――そんなイメージだったのだが、刃の部分にくっついただけで、糸が切れることがなかった。
そして一度絡みつくと非常に厄介極まりなく、ラルフを引っ張っても切れない糸が引っ付いた訳で……。
刃から綺麗に糸を取るのに、二人が帰ってくるまで費やすこととなってしまった。
「クリスさん、戻りました。……剣の手入れをしていたんですか?」
「いや、ちょっとな。それより情報の成果を聞かせてくれ」
「大収穫だったぜ! 夜飯も買ってきたから、食べながら話そう!」
強度についても他のスキルについても、もう少し試したかったのだが……スキルの試用は一旦、ここでお預けだな。
ラルフが買ってきてくれた飯をつつきながら、俺は集めてもらった情報についてを聞くことにした。