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第156話 戦術なしの殴り合い


 【狂戦士】のスキルの使用と同時に、頭に靄がかかったような感覚に陥っていく。

 次第に様々な負の感情が芽生え始め、理性を強烈な本能が押しのけて前面に出ようとしている。


 怒り。

 強い怒りで目に映る者全てに対して怒りが宿るが――それを打ち消したのは、それよりも更に強い怒りだった。

 親父やクラウス。それから……目の前にいるカルロ。


 他の二人はどうでもいい。

 ヘスターとラルフにも強烈な怒りを感じているがオレは無視し、一気に正面にいるカルロに向かって突っ込んでいく。

 カルロも向かってくるオレに対し、笑顔で拳を構えていた。


 そこからは力と力、拳と拳の殴り合い。

 人間の枠から一歩超えた者同士の、一発一発に殺意を込めた殺し合いだ。


 オレが左の拳を顔面に叩き込めば、カルロも顔面に拳を叩き込んでくる。

 オレが右の拳を土手っ腹に叩き込めば、カルロも腹部に拳を叩き込んでくる。


 戦術なんて一切ない、お互いに立ち止まった状態での殴り合い。

 一歩でも引いたものが死を意味するこの戦いで、この状態のオレに怯まず殴り返してきやがるカルロ。


「真正面からの殴り合いィ!! 負けると分かっていても、正面から俺様に挑んでくるなんて男らしいじゃねぇかよお前!」


 【外皮強化】【鉄壁】【要塞】の三つのスキルに、更に【狂戦士化】が乗っているのにもかかわらず、カルロの拳は着実にオレにダメージを与えてくる。

 こいつは心の底から憎い。本当に憎いが、それとは別で――称賛に値する強さを持っている。


 心の底からそう思うが、オレは一切手を緩めるつもりはない。

 体が温まってきたのか放つ拳は、徐々に速度も威力も殺意も上乗せされていく。

 最初は一発に対して一発返してきていたカルロだが、次第に三発に二発、二発に一発と手が緩み始めてきた。


「…………なんでだ、なんでテメェは拳を返せる!? お、俺様の方が身体能力は圧倒的に高い! スキルだって、てめぇは使っていないだろうがァ!!」


 焦った様子で拳を出す速度を速めながら叫んだカルロ。

 そう、オレは口に出してスキルを使っていない。


 そういえば……オレもアルヤジさんを初めて見たときは、スキルを使っていないと錯覚したっけか。

 懐かしい感情を思い出しながらも、手は常に動かし続けて拳を叩き込んでいく。


 オレは肉体へのダメージはあるが、【痛覚遮断】により痛みを感じない。

 一方のカルロは回復させる【自己再生】はあるが、痛みを強く感じている。


 それに【自己再生】もさっきの切り傷を治癒するのに、数十秒かかっていた。

 オレのこのスキルを十数個も重ね掛けしたこの連撃は、どう考えたって回復が間に合わない。


 カルロに腕がもう一本あれば、カルロがオレを甘く見ずに最初から全力を尽くしていれば、カルロがアルヤジさんを逃がしていなければ、そもそもカルロが【銀翼の獅子】に手を出していなければ――オレが負けていた。

 そう、オレがアルヤジさんのスキルを受け継げていなければ、確実にカルロに殺されていただろうが……それらは全てたらればだ。


 振るっていく拳を更に速め、オレは一発一発に殺意を込めて打ち込んでいく。

 楽しそうに笑っていたカルロの顔は徐々に引き攣り始め、返してくるパンチに威力がなくなっていくと同時に、恐怖の表情を見せ始めるようになった。


 裏の世界に生きる快楽殺人者でも、正面からじわりじわりと迫り来る死は怖いようだな。

 その様子を見たオレは、狙って左腕に連続で拳を打ち込んでいき、とうとうカルロの腕は上がらなくなった。

 

 それでも蹴りや頭突きで攻撃を返そうとしているが、蹴りに合わせてこちらも蹴りを叩き込み、頭突きに対しては顔面に拳を打ち込んでやる。

 顔面への強打が数発続いた瞬間に、とうとう腰が砕けたように座り込んだカルロ。


 返せる攻撃がなくなったことで、あれだけ溢れ出ていた戦意も喪失したのか……。

 座り込んだまま、地面を滑らせるようにしてゆっくりと後退し始めた。


「な、なんで俺様が打ち負けた? ……ちょ、ちょっと待て。か、金はやる。金はやるからここは手打ちとしねぇか? ……逃がしてくれたら、一生の借りとする。い、いつかお前が困った時に、俺の組織【ザマギニクス】が全面的に手を貸すんだ。――な、なぁ? 悪くない話だろ?」


 カルロも結局これか。

 ……戦闘狂の快楽殺人者だ。


 戦いに敗れれば潔く死ぬのかと思ったが、下に見て舐めてかかったオレに醜い命乞い。

 なんとも情けないが……カルロの背中にある無数の傷。

 背中の傷は背を向けて逃げ出さなければ、基本的につくことのない傷だ。


 死地をどんな手を使ってでも逃げ出してきたからこそ、この強さを手に入れることができたと考えるなら案外妥当なのかもしれない。

 カルロもオレが裏社会の人間ならば金やコネや貸しなんかで、この状況をなんとかできたかもしれないが――残念ながらオレは許すつもりは一切ない。


「カルロ、残念だったな。オレは金も地位も名誉もいらない。欲しいのはクラウスの命と…………お前の命だ」


 その宣言と共に【剛腕】のスキルを発動させ、座り込んでいるカルロの心臓目掛けて拳を振るった。

 【銀翼の獅子】の仇討ちとして、散々いたぶってから殺してやりたかったが、十数個のスキルの重ね掛けのせいでもう体力はほぼ空。


 一切の手加減をせずに一撃で仕留めにいき、カルロは殴られた心臓部を苦しそうに強く握ったが、止まった心臓が動き出すことはない。

 オレに助けを乞うように、心臓部を強く握っていた腕を伸ばしてきたが……その腕はオレに触れる前に力なく地面についたのだった。


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