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第14話 宿屋選び


「ごちそうさま。ありがとな、奢ってくれて」

「ありがとうございました」

「こちらこそ、街を案内してくれてありがとう。俺から盗みを働こうとしたことも含め、これで貸し借りなしだから俺からもう何かを要求するってことはない。まぁでも、街で会った時は声ぐらいはかけるからよろしく。同い年同士だし仲良くやろう」


 こうして半日、街を案内してくれた二人と定食屋の前で別れ、俺は表通りを目指して歩く。

 盗みをしなくてはいけない理由があるだけで、性格自体は決して歪んでいる訳ではなかったな。


 俺から言わせてみれば、傍から見れば真っ当であろう親父とクラウスの方が、よっぽどひん曲がっている。

 家族を思い出すと怒りで頭が痛くなってくるため、無理やり思考するのを止めて、今日泊まる宿屋についてを考えることにした。


 ラルフから教えてもらったのは、裏通りにある『鳩屋』という宿屋と、工業地区にある『シャングリラホテル』という宿屋の二つ。

 『鳩屋』はシャワー、トイレが完備されていることに加えて、質の高い布団があるレアルザッドで一番コスパの良い宿屋。

 『シャングリラホテル』は『鳩屋』に比べて質こそ大きく落ちるものの、値段はレアルザッドで一番安い宿屋らしい。


 質を取るか安さを取るかの選択なのだが、もう一つ『シャングリラホテル』に関しては、冒険者ギルドもある工業地帯に店を構えているため、俺のように金のない駆け出し冒険者が一番利用する宿屋でもある。

 作れるかどうかは分からないが、冒険者として横の繋がりを作れるかもしれないということを考え、俺は『シャングリラホテル』に泊まることに決めた。


 商業地区の表通りへと戻ってきた俺は、そのまま何処のお店にも寄らずに東へと抜け、工業地区に入る。

 商業地区と比べると、工場が所狭しと立ち並んでおり、人も少なく無機質な印象を受ける工業地区。


 そのまま更に進んで行くと、様々な職のギルドのある活気あふれるギルド通りへと出た。

 その中でも冒険者ギルドの付近は人で溢れかえっており、商業地区以上の賑わいを見せている。


 ただ冒険者ということもあって、体格があって人相の悪い人が大半を占めており、お世辞にも居心地が良い場所とはいえない。

 明日はこの冒険者達の中に飛び込まなくてはいけないと考えると少し憂鬱になるが、とりあえず今は宿屋のことだけを考える。


 冒険者ギルドを抜け、少し歩いたところに一軒の古びた建物が見えてきた。

 特徴的な緑の屋根なことから、あそこがラルフから教わった『シャングリラホテル』で間違いない。


 築数十年、下手すれば百数年は経っているであろう木造の宿屋で、ここまでの名前負けは生まれて初めて目にするレベル。

 建てた当初は名前負けしていない宿屋だったのかもしれないが、年数が経ちすぎて見るも無残な姿となってしまっている。


 ただ、岩の隙間で虫と同居していた俺から言わせてもらえば、建物の体を成している時点で十分だ。

 立て付けの悪い扉を押し開け、俺は『シャングリラホテル』の中へと入った。


 外観とは違い内装は綺麗――なんていうこともなく、内装もしっかりと年季が入っていて、よく言えば味のある悪く言えばボロい宿。

 そんなボロい建物をキョロキョロと様子見しながら進み、受付の前へと立つ。


「いらっしゃい。泊まりか?」


 しゃがれた声でそう声を掛けてきた、母さんくらいの年齢の女性。

 一瞬男の人かと思ったほど、ハスキーな上にガラガラ声だ。


「ああ。この街に来たばかりで宿屋を探しているのだが、一泊幾らから教えてもらってもいいか?」

「……普通の一泊二食付きなら銀貨一枚。素泊まりなら銅貨五枚。相部屋の素泊まりなら銅貨二枚だ」

「銅貨二枚? 流石に安すぎやしないか?」


 あまりの安さに声を荒らげてしまった。

 一泊銅貨二枚で泊まれるのであれば、手持ちのお金だけで半年は何もせずとも暮らしていくことが出来るほどの安さだ。


「レアルザッドで一番の格安の宿屋と自負しているからね。三人一部屋になるという理由から銅貨二枚。一見破格に思えるが、部屋は大きくないからプライベートはほぼないのがデメリットだ」

「なるほどな。狭い部屋に見知らぬ三人が泊まらなければならないから、銅貨二枚というわけなのか」

「別に知り合いがいりゃ、知り合いの三人と一緒に泊まってもらっても構わないんだけど。まあ、大抵の人は知らない者同士で泊まってるよ」


 驚愕の安さには、それだけの理由があるということか。

 恐らく相部屋となるのは冒険者だろうし、仮に筋骨隆々で上背のあるおじさん二人と相部屋となったらたまったものじゃない。


 金に困っている今、銅貨二枚という破格の金額は捨てがたい気持ちがあるが、慣れるまでは銅貨五枚払ってでも一人部屋を使うべきだな。

 泊まりながら相部屋に探りを入れ、もし大丈夫な人達だと判断出来れば相部屋に切り替えればいい。


「とりあえずは素泊まりの一人部屋でお願いしたい」

「あいよ。それじゃ部屋番号は一二二号室。これが部屋の鍵だ」

「ありがとう。六日分の銀貨三枚を先に払っておく」

「はい、確かに銀貨三枚受け取った。延長する時は、またここにお金を持ってきてくれ。基本、夜の八時までに払いにこなかったら、強制退去だから気を付けてくれよ」

「分かった。それではよろしく頼む」


 受付の女性に軽く頭を下げ、俺は渡された鍵の部屋へと向かう。

 正面が一〇一号室で、左に行けば俺の部屋の番号が近づいてくる。


 部屋の番号を一つ一つ確認しながら、俺の部屋の番号である一二二号室まで歩いた。

 少し回しづらい鍵をカチャカチャと何度か回して解錠し、ドアを開けて本日の泊まる部屋の中へと入る。


 部屋の中はベッドとランプだけが乱雑に置かれた、正方形の狭い簡素な部屋。

 折りたたまれている布団は、何やらカビているのか変な色をしていた。


「十分すぎるな」


 ペイシャの森での生活を経験していなければ文句も垂れていただろうが、枝と葉っぱで作ったベッドよりかは何倍も良い。

 最低の生活を味わったお陰で、当たり前のことに感謝できる体になれたようだ。



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