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第12話 売却額


「待たせてすまんかったな。鑑定が終わったから、査定額に不満がなければ買い取らせてほしい」


 査定額に不満……。

 それぞれに何やら印がつけられた紙が置かれているが、どれほどの値がついたのかまでは見ただけでは判別できない。

 多分、分かる人には分かる印なんだろう。


「査定額というのは、この印が示しているのか? すまないが印の見方が分からない」

「おお、それはすまなかったの。それでは申し訳ないが、口頭にて査定額を伝えさせてもらうぞ。まずはアクセサリー各種。このイヤリングが銀貨二枚で指輪が銀貨四枚。そしてネックレスが金貨三枚」

「金貨三枚!?」

「小さいながらも、サファイアがはめ込まれておるからな」

 

 予想以上の高値に思わず声を上げてしまった。

 このアクセサリーは母さんの宝物だったのではと、心臓がバクバク跳ね上がるが……。

 母さんは昔からクラウスに付きっ切りで、俺は見向きもされてこなかった。


 クラウスがスパーリング家の次期当主となった時も、一番喜んでいたのは誰でもない母さん。

 俺はクラウスに殺されかけたことを思い浮かべ、怒りで罪悪感を無理やり鎮めた。


「金貨三枚って凄いな!? 数年に一回ぐらいしかそんな買い取り額出たことないぞ!」

「これこれ、ラルフ。盗み聞きするな」

「いや、こいつが大声を上げたから嫌でも聞こえてきたんだよ。……もしかして、お前の家って金持ちなのか?」

「まだ商談中だから割り込んでくるなって言っておるだろ。話は後でやってくれないか。……それで最後にこの懐中時計なのだが、これは金貨一枚ってところだの」

「時計は金貨一枚なのか……」


 金貨一枚。

 父さんの懐中時計に関しては、俺が想定していたよりも大分安かった。


 俺は時計の価値に詳しい訳ではないのだが、父さんが大事にしていたためてっきり高価な代物だと勝手に思っていた。

 まさか母さんのネックレスの方が高値だとはな……。


「それでどうするんだ? 全て買い取りで大丈夫なのかい?」

「えー……。その懐中時計以外は買取をお願いしたい」

「あい分かった。それでは、これが金貨三枚と銀貨六枚。それから買い取りなしの懐中時計だよ」


 今はお金が何よりも必要で、懐中時計なんて持っていても何の役にも立たないのだが……。

 値段が値段ということもあって、つい買い取りを断ってしまった。


 盗みを働いた罪悪感が拭いきれていないのか、それとも小さい頃から植え付けられた父さんの呪縛にまだ縛られているのか。

 正確な理由は自分でも定かではないが、お金と懐中時計を受け取り雑に鞄へと押し込んだ。


「ありがとう。本当に助かった」

「盗品ってことで何割か安く提示させてもらってるからの。こちらも利が大きいから気にしないでいい。それで、他には何かあるかな?」

「何もな……」


 そこまで言いかけたところで、先ほど気になった本のことを思い出す。

 母さんのネックレスが予想を超えて高価だったことで、完全に頭から吹っ飛んでいた。


「実は、さっき商品を見て気になった物がある。『植物学者オットーの放浪記』って本なんだが、あれはどんな本なんだ?」

「ほほう。随分と珍しい本に目をつけたの。実はあの本、ワシも気になった本でな。内容にも惹かれてあの値段で置いているのだが、もう数年は手に取られすらしておらんのだよ」

「ああ……そうなのか。値段が値段なだけに、何か凄いことをした人の本だと思ったんだが、別にそういう訳ではないのか」

「まぁ、そうだのう。有名じゃないことから分かる通り、特別凄いことを成し遂げたって人ではない。……ただ、本の内容は見る人が見ればどんな伝記よりも凄いと、ワシは思っておるよ」


 意味深で妙に俺の心をくすぐる言葉を告げ、にっこりと笑ったおじいさん。

 興味が沸いて仕方がないが、それでも金貨三枚は手が出せない値段。


 今回売って手に入れたお金含めて、合計で俺の手元には金貨四枚しかない。

 身銭を手に入れるためにここに来たのに、本を買ってしまったら本末転倒どころの騒ぎじゃない。


「正直、かなり興味深いんだが……手持ちに余裕がないから、今回は見送らせてもらう。次来た時にまだ売れ残っていたら購入させて貰うよ」

「興味深い……。それなら、後払いで購入するっていうのはどうだね? お金を払わずに持って行っていいから、お金が手に入ったらキッチリと払いに来る。どうだい?」


 正気の沙汰とは思えない提案に、俺は目を丸くしておじいさんを見つめる。

 ボケてしまったのかと思ったのだが、表情は先ほどまでと変わらず微笑んでいて、真っすぐな瞳で俺を見ていた。


「そっちはそれでいいのか? 一生支払いに来ないかもしれないし、自分で言うのもあれだが……俺は盗品を売りにきた客だぞ?」

「ほっほっほ。誰彼構わずこんな提案している訳じゃないから安心してええ。そもそもさっきも言った通り、この本はもう数年と売れていないし値段もワシの言い値。タダで持ってかれても大して困らん」

「だが……」

「お主がお金を持ってきてくれさえすれば、ワシとしてもいつまで経っても売れない本を売ることが出来るという、大きな利点があるんじゃよ。……それに、万が一払いに来なければ、ラルフから頂こうと思っておるからの」

「はぁ!? 俺が払えるわけないだろ!」


 急に巻き添えを食らった男は、大きな声を上げた。

 そんな様子を見て、店主のおじいさんは面白そうに高笑いをしている。


「どうじゃ? ワシのためと思って買ってくれんか?」

「…………店主がいいのであれば、俺としては提案を断る理由がない」

「おい、ちょっと待て! 俺は絶対に払わないからな!」

「ほっほっほ。では持ってくるからちょっと待っていてくれ」


 おじいさんの一押しが決めてとなり、俺はありがたく提案を受けることに決めた。

 男はその後も必死に抵抗していたが、結局本は俺に手渡された。


「お金に余裕が出来たら、キッチリと払いに来る。買い取りに後払いまで本当に恩に着る」

「構わん構わん。ただ、お金はワシが生きている内に頼むよ」

「ああ。必ず」

「おいっ! この取引に俺は関係ないからな! 本当に払わないぞ!」


 俺は店主のおじいさんとガッシリ握手を交わしてから、売り払ったお金と古く大ききめの本を抱え、『七福屋』を後にした。


 盗品を買い取ってくれただけでなく、俺なんかを信用し本を後払いで売ってくれた優しい店主のいる質屋。

 盗品を売りにくることはもうないだろうが、売れそうな物が手に入ったらここを贔屓にさせてもらうことを決め、絶対にこの本の金は払いに来ると心に誓った。



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