第109話 ヴェノムパイソン
三度目となるインデラ湿原を抜け、俺達は北の山の麓に辿り着いていた。
そして――山の麓で待つこと、約二時間が経過しようとしている。
「クソッ! グリースの糞野郎、本気でイライラさせやがるな」
「これ本当に来るのか? 来る気配すら感じないんだけどよ!」
「確か、私達よりも先にオックスターを出たと言ってましたよね? 流石におかしくないですか?」
追い抜いたのかと思っていたが、これだけ待っても来ないとなると、もう先に行っている可能性も出てきた。
姿が見えないのは怖いが……ここで待っていても仕方がないため、俺達だけでヴェノムパイソンを討伐してしまうか。
「もう行くか。来ないなら好都合だ。どっちみち、俺達だけで討伐しようと考えていたんだしな」
「確かにそうだな! 二時間は待ったんだし、もう文句を言われる筋合いはないぜ!」
来る気配を見せないグリースは捨て置き、俺達だけで山を登ることに決めた。
確か、大量のヴェノムパイソンは山頂付近で目撃されていて、数匹は山の下まで下りて餌を探し回っているとのことだったな。
山頂までの道中も気を付けつつ、北の山を登っていくとしよう。
「この山でスノーパンサーを倒して、スノーと出会ったんだよなぁ。まだ一ヶ月も経ってないけど、毎日が忙しすぎて懐かしく感じてくる!」
「傾斜を登って行きましたから、この山道沿いではないですよね?」
「ああ。スノーと出会った洞穴はこの道沿いじゃない。――ん? ちょっと静かにしてくれ」
山を登り始めて、まだ三十分ほどしか経っていないのだが……。
上から猛スピードで、何かが下りてくる気配がしたのを俺は感じ取った。
二人に警戒の合図を出してから、剣と新調した鉄の盾を構える。
山の斜面から下りてきた――いや、転がってきたのは、スノーパンサーだ。
何者かにやられたようで、死んだスノーパンサーが上から転がり落ちてきた。
「なんだあれ! 転がって落ちて来たぞ!」
「スノーパンサーだな。ちょっと近づいてみるか」
あの転がり方から、既に死んでいるとは思うが……念のため警戒は解かずに近づく。
山道に置いてきたスノーパンサーの死体は傷だらけだが、ほとんどが落ちてきたときの落下による傷に見える。
死亡した原因はというと――。
「首元を噛まれているな。二本の鋭い牙で噛まれた跡が残ってる」
「本当ですね。この傷ってヴェノムパイソンのものでしょうか?」
「十中八九そうだろうな。この死体の感じを見ても、毒を打ち込まれてすぐに死んでる。単体でプラチナランクは伊達じゃないってことか」
あの厄介だったスノーパンサーを一撃。
俺達は一層警戒レベルを上げ、北の山の山頂を目指して進んだ。
登っていくにつれ、気温がドンドンと下がっていく。
もう目の前には雪が見えており、念のために持参した厚手の上着を着込む。
「大分冷えてきた。天気が良いからまだなんとかなってるけど」
「本当に寒いな! クリスが上着持ってこいって言ってくれなきゃ、依頼は失敗に終わってたぞ!」
「私は上着に手袋をしていても、まだ震えるくらい寒いです」
「【ファイア】を使っていいんじゃないか? ヘスターの場合は、【魔力回復】でなんとかなる訳だしな!」
「……確かに! もう少し距離を縮めましょう。クリスさんやラルフも温まりますよ! 【ファイア】」
三人の距離を詰め、ヘスターの魔法で暖を取りながら、俺達は山頂付近を進んで行く。
もうこの辺りからは、いつヴェノムパイソンに襲われてもおかしくはない。
周囲を見渡しながら歩いていると、寒気のするような超音波に近い音が聞こえてきた。
音のする方向に目を向けると、そこには蜷局を巻いた馬鹿でかい蛇が見える。
「いたぞ。一匹だけしか見えないが……あれがヴェノムパイソンだろう」
「どれだよ! 正確な位置を頼む!」
「あの大きな木の丁度真下だ。……何か獲物を狙っている?」
「クリスさん! 【ファイア】は消した方がいいでしょうか。確か、熱を感知して襲ってくるんでしたよね?」
「そうだな。気づかれるまでは消しておいて、気づかれた瞬間にもう一度【ファイア】を頼む」
「えっ……? どういうことでしょうか?」
「蛇というのは熱に敏感すぎるが故に、火ほどの高温だと逆におかしくなるらしい。人間でいう閃光玉を食らわせるみたいな感じだ」
「なるほど! 分かりました。タイミングを見計らって、【ファイア】や【ファイアボール】を使いますね」
孤立しているヴェノムパイソンに悟られないよう、慎重に近づいていく。
周囲の警戒を怠らず、距離を詰めていくとヴェノムパイソンの全身が見えてきた。
真っ白な雪景色に禍々しく鎮座している、漆黒で凶悪な見た目をしたヴェノムパイソン。
皮が装飾品として人気があるのも頷けるほど、漆黒の体に刻まれている柄は何処か神秘的な模様だ。
そんなヴェノムパイソンだが、俺達とは正反対を向いたまま、一向に動いていない。
そんな様子から、何か獲物を狙っているのではと思ったのだが……。
ヴェノムパイソンの視線の先には、大きな角が生えた獣のような魔物ホーンディアーがいる。
多分だが、あのホーンディアーを狙っているのだろう。
意識がホーンディアーに向いていることから、ギリギリまで近づくことができるな。
そして捕食した瞬間を狙い――こっちも攻撃を仕掛ける。
「ヴェノムパイソンが捕食した瞬間に、俺が飛び出して攻撃を仕掛ける。攻撃を仕掛けた俺にヴェノムパイソンが気づいた瞬間、ヘスターは【ファイアボール】を打ち込んでくれ。……ラルフは、今回は攻撃を捨てて防御に徹してほしい」
「分かりました! 最大火力の【ファイアボール】をお見舞いします!」
「了解! 流石に毒持ちの相手に近接戦は事故を起こすからな。【毒無効】を持つクリスもいることだし、今回は防御に徹する!」
二人と作戦を共有したところで、じりじりと更に距離を詰めつつ、ヴェノムパイソンが動くのを待つ。
ホーンディアー、ヴェノムパイソン、そして俺達。
三者の距離が徐々に詰まっていき――超音波のような音が耳を塞ぎたくなるほど大きく聞こえたその瞬間。
ホーンディアーは固まり、その固まったホーンディアー目掛けて突っ込んでいった。
手足がないこともあり、予備動作なしで突きの攻撃のように、真っすぐそして素早く突っ込んでいったヴェノムパイソン。
あっという間にホーンディアーに噛みつき、すぐさま締め上げるように体を巻き付かせると、口を大きく開かせて尻の部分から捕食を始めた。
弱ったホーンディアーを丸飲みにするように、体内へと入れていく姿を見つつ、俺は捕食モードとなり警戒の解かれたヴェノムパイソンに対し、斬りかかりに向かった。
毒は怖くないが、あの牙に噛みつかれて締め上げられるのはまずい。
盾を構えつつ、あの突きのような噛みつきにだけ注意を図り、一気に距離を詰める。
ホーンディアーを半分くらい飲み込んだところで、ようやく近づく俺に気が付いたヴェノムパイソン。
捕食中だから動けないのか、必死に吐き出そうとしているが――遅い。
作戦通り、ヴェノムパイソンが俺に気が付いた瞬間に放たれた、特大の【ファイアボール】が着弾。
そして、すかさず首元を狙って、俺は全力で剣を振り下ろした。
鱗が予想していたよりも硬く、肉の部分も厚かったため両断まではいかなかったが、十分すぎるほどに深々と斬り裂くことに成功。
斬り裂いた部分から真っ赤な血が流れ出ていて、【ファイアボール】がぶつかった箇所は少し焦げ臭い香りが漂っている。
口にホーンディアーを咥えたまま、体をピクつかせてはいるヴェノムパイソン。
トドメを刺すべく、すぐに体勢を整えた俺は――先ほど斬り裂いた箇所を狙って、今度は完璧に両断したのだった。