第104話 索敵能力
カーライルの森での植物採取最終日。
やれることは全てやれたし、有毒植物の採取数も大満足。
自家栽培の準備も整ったし、採取に関しては一切のやり残しもないのだが……。
俺はチラッと足元に視線を落とす。
ハァーハァーと目を輝かせながら、尻尾をブンブンと振っているスノー。
スノーの狩りだけは、結局覚えさせることができなかったな。
まぁずっと楽しそうだったし、リスと追いかけっこをして、家の中で籠っていたストレスを発散できていそうなのは良かったが……。
やっぱり一匹くらいは狩って欲しかったな。
これは俺がいくら望んでも叶うことではないため、諦めてスノーを鞄の中へと入れた。
有毒植物は背中の大きなリュックで、スノーは前に背負うような形で小さなリュックに入っている。
丁度、俺の胸の位置から顔を出している感じで、ちらちらとスノーの頭が視界に入るのが少し気になるけど、これくらいなら問題ない。
……ただ、戦闘の時が厄介で、この状態では鞄が邪魔で剣を構えられないため、一度下ろさないといけないのだ。
不意だけは絶対に突かれないように、最大限の警戒をしつつ、オックスターを目指して歩を進めた。
拠点と森との中間地点ほどを過ぎた辺りで――急にキョロキョロと辺りを見渡し始めたスノー。
また変なことをやりだしたと、そんなスノーを眺めながら歩いていると……。
急にとある一定の方向だけを向いて吠えだした。
俺の警戒網には何も引っかかっていないが、急にどうしたんだろうか。
原因が分からないため、しばらく放置して歩いていると――。
「……ゴブリンだ。お前、このゴブリンを見つけて吠えてたのか?」
「アゥン?」
スノーが吠えていた方向から、ゴブリンの気配を感じ始めた。
もしかしたらだが、スノーはゴブリンの気配を察知して吠えていたのかもしれない。
やはり獣だからか、嗅覚や聴覚は俺なんかよりも数段上のようだ。
知らせてくれていたであろうスノーの頭を一度撫で、地面へと下ろしてゴブリンに備える。
しばらくして現れたのは三匹のゴブリン。
カーライルの森で見かける時は、大抵一匹でいることの多いゴブリンだが、久しぶりの複数匹だな。
まぁ所詮ゴブリンはゴブリンだし、何匹いようと相手ではないんだけど――。
そんな風に余裕をかましてゆっくりと近づいていったのだが、そんな俺の横を通りすぎるように、白い影がゴブリンの方へと駆けていった。
「――スノー!? おいっ! 止まれ!」
慌てて静止するように声を掛けるが、スノーは一切止まる気配なく、ゴブリンへと猛スピードで向かっていく。
まずいと思い、慌ててスノーの後を追いかけるが、小さい癖に足がめちゃくちゃ速い!
全力で駆け寄ってくる俺、そしてその前を走るスノーに気が付いた三匹のゴブリンは、手に持たれた木の棒を構えた。
――こうなってしまったら、ゴブリンを倒し切った方が安全に助けることができる。
視線をスノーからゴブリンへと変え、久しぶりの全力で叩き潰すことに決めた。
スノーを踏まないようにだけ気をつけ、大声を張り上げて注意を惹きながら、一気に距離を詰めていく。
あと二歩、一歩――。
間合いに入ったと同時に袈裟斬りを放とうとした瞬間――スノーがジャンプし、ゴブリンに対し真正面から飛びついた。
殺された…………。
俺は瞬時にそう悟ったのだが――。死んだのはまさかのゴブリンの方だった。
頭が真っ白になってしまい何が起こったのか分からないが、ゴブリンの首が宙を飛んでいる。
慌ててスノーに視線を移すと、頭の飛んだゴブリンの死体を足場にし蹴り上げて、二匹目のゴブリンへと向かっていった。
跳んでくる白い塊を叩き落とそうと、ゴブリンは木の棒を振り下ろしたのだが、スノーが小さく短い腕を振るうと、ゴブリンを木の棒ごと軽く切り裂いた。
あれは、スノーの親のスノーパンサーが使っていた風属性攻撃……?
でも、威力が強すぎる気がする。
――じゃねぇ!
冷静に分析なんかしている場合じゃなく、残っているラストのゴブリンを仕留めなくてはならない。
スノーとゴブリンの間になんとか割って入り、俺は一瞬でゴブリンの頭を刎ね飛ばした。
……………………ふぅー。
本気で焦った。【賢者】のミエルに襲われた時よりも、心臓が高鳴っている気がする。
息をするのも忘れていたため、何度も激しく息を大きく吸いながら、俺は地面にへたり込むように腰を下ろした。
俺のこの気持ちなんて何も知らないスノーは、座り込んだ俺に嬉しそうに飛びついてきた。
腹部分から胸、そして顔までよじ登ると、ペロペロと俺の顔を舐めてくる。
ふんわりとゴブリンの臭いが匂ってくるため、顔を舐めるのは止めてほしいのだが――ん?
なんかいつもよりも、冷たい気がする。
「スノー、ちょっと口の中見せてみろ」
スノーを顔から引きはがし、膝の上に仰向けで寝かせて口内を確認する。
……やっぱりそうだったか。
生えかけの小さい牙には、氷が纏っていた。
どうやってゴブリンの首を刎ね飛ばしたのか分からなかったが、恐らく小さな牙に氷を纏わせて立派な牙にさせ、この氷の牙で首を噛み千切ったのだろう。
「スノー。お前、もしかして強いのか?」
「……クゥン?」
小首を傾げているが、この小さな体でゴブリンを二体瞬殺する実力。
息も全く上がっていないし、予想を遥かに超える力を持っているのは明らかだ。
落ちこぼれの俺やラルフやヘスターとは違い、スノーは天才なのかもしれない。
「あの洞窟に放置しておいても、お前なら生き残れたかもしれないな。……というか、あの時俺が殺そうとしていたら――俺が殺されていたのか?」
少しゾッとする思考に行きつく。
生まれたての赤ちゃんだと思って警戒なんてしていなかったし、一切の警戒をしていない状況で襲われていたら、あっさりとこのゴブリンみたく首を噛み千切られていたかもしれない。
スノーのこの感じから分かるように、敵対している奴には襲おうとし、敵対していない奴には友好的に接しようとする節がある。
あの時、殺意を向けていたら襲われていた可能性は十分あるわけで……。
「俺がお前を生かしたんじゃなくて、俺がお前に生かされたのかもな」
「アウッ!」
楽しそうに吠えたスノーを数回撫でてから、俺は再び鞄の中へと戻した。
スノーが強いことは分かったし、ゴブリン相手なら全く問題ないのだろうが、万が一の心配がある。
スノーの索敵能力を頼りに戦闘は極力避けつつ、俺はカーライルの森を抜けたのだった。