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Act.1 昔々、あるところに

 昔々、ある山の麓に、仲の良い老夫婦がひっそりと暮らしていました。十数年ほど前までは息子と三人大きな街で暮らしていましたが、ある日、突如として現れたドラゴンによって家屋は破壊され、人々は殺され、街は火の海となり、二人は命からがら逃げだして、今の住居へ移り住みました。今は二人で農業を営み、自給自足の生活を送っています。街で暮らしていた頃と比べると貧しい生活ですが、それでも命があっただけ幸せだと二人は思っていました。

 ある日、お爺さんは山へ薪を拾いに、お婆さんは川へ水を汲みに、それぞれ行くことになりました。先に準備が出来たお爺さんが家を出ようとすると、お婆さんが駆け寄って来て言いました。

「お爺さんや。山で足を滑らせて転がり落ちないように、大変気を付けてくださいね」

お爺さんはしわだらけの顔をくしゃくしゃにして笑みを浮かべながら、

「ああ、ありがとうよ。婆さんも、川岸で足を滑らせて川の中に落ちないように、十分気を付けておくれ」と言いました。お婆さんもしわだらけの顔をくしゃくしゃにして微笑みながら、うんうんと深くうなづきました。互いに相手を気遣う言葉を掛け終わると、お爺さんは山へ向かって家を後にしました。

 お爺さんの登る山は、周囲に聳え立つ山々の中では比較的緩やかでした。それでも年老いたお爺さんが登るには十分大変な道のりなのですが、お爺さんはしっかりと足を踏み込んで、悠々と登って行きます。しかし、本当に大変なのは帰り道です。道中、薪に使えそうな木の枝を見つけては、手に取り、背中に背負った籠の中に放り込みます。雨が降った後はしばらく薪に使える枝が手に入らなくなるので、この日のように晴ればれとした天気が続いた時には、数日分の薪をまとめて集めなければなりません。この日も籠一杯に薪を集めるつもりでいました。一本一本は軽い木の枝ですが、籠一杯ともなると結構な重さになります。帰り道はそれを背負って行かなければならないのです。

 お爺さんが山に入ってから二時間ほどが経った頃、ようやく一休み出来る場所にたどり着きました。地面が平らになっていて、腰を下ろすに丁度良い少し大きめの石があります。お爺さんは山へ来ると、いつもこの場所で一休みすることにしていました。ところが、この日は少し様子が違いました。お爺さんが籠を降ろして石に腰かけようとすると、そこにはあるはずの石がなく、代わりに青々とした立派な竹が一本立っていました。しかも、その竹の一節がキラキラと光輝いているのです。お爺さんはたまげて、思わず

「ひゃ、ひゃぁ! 竹が光っておる」

と大きな声を出してしまいました。すると、その声に反応したのか、竹がより一層強い光を放ち始めました。それはだんだんと強くなっていき、目を開いていることさえ難しいほどになりました。お爺さんはたまらず両の手で目を覆いました。それでも身体のわずかな隙間を通って光が入ってくるので、しっかりと目を瞑らなくてはなりませんでした。竹は数秒ほど強い光を放った後、ゆっくりとその輝きを弱めていき、最後には光を完全に失いました。お爺さんは光が無くなったのを確認した後、ゆっくりと目を開きました。

 目を開けて竹の方を見たお爺さんは、ぎょっとして腰を抜かしました。何故なら、先ほどまで目の前にあった竹が忽然と姿を消しており、代わりに一人の麗しい女の子が立っていたのです。歳の頃は十歳ほどでしょうか。まだ幼さの残る顔立ちで、白い衣を身に纏い、うっすらと笑みを浮かべていました。

「あなたの願いを叶えましょう」

お爺さんが腰を抜かしてわなわなと身体を震わせていると、女の子が言いました。ゆっくりと、子供とは思えない母性溢れる優しい声色で言いました。

「ね、願い……?」

お爺さんが聞き返すと、女の子はこくりと小さく頷きました。

「あなたの願いを何でも一つ叶えて差し上げます。さあ、願いをお教えください」

 お爺さんはそれを聞いて、酷く困惑しました。光り輝く竹を見つけたことにも驚きましたし、突然女の子が現れたことにも驚きました。何一つ理解できない状況の連続に、どうしてよいかわかりませんでした。願いを何でも一つ叶えるという話はとても魅力的ですが、こんな幼い少女にそんな大それたことが出来るとも思えません。もしかしたら人間をかどわかす妖の類かもしれません。

 しかし、しばらくどうしたものかと迷っていると、ふと、亡くした息子のことが頭に浮かびました。お爺さんとお婆さんの息子は、街にドラゴンが襲ってきた時に、ドラゴンの吐いた炎の吐息を浴びて命を落としてしまいました。まだ若く、未来のある青年だったのに、老い先短いお爺さんとお婆さんを庇って亡くなったのです。お爺さんとお婆さんは息子の死をとても悲しみました。我が子を失ったのですから悲しむのは当然ですが、何より息子を助けられなかった自分達の無力を嘆きました。大切な息子を助けられるのならば、自分たちの命を投げ出す覚悟があったのに――。そこでお爺さんは思いました。妖に化かされているかもしれなくとも、少しでも可能性があるのならば、息子を救うために行動するべきだと。お爺さんは尻餅をついたまま顔を上げ、女の子をしっかりと見て言いました。

「我が息子、太郎を蘇らせてはくださらんか」

女の子はほんのわずかな間、お爺さんの目をしっかりと無言で見つめました。そしてそれから、悲しそうな表情をして、首をゆっくりと横に振りました。

「その願いを叶えることはできません」

「何故ですか!」

「それは『あなたの願い』ではないからです」

「何をおっしゃいますか! これは私の――」

お爺さんは女の子に覆いかぶさらん勢いで訴えかけましたが、言いかけたところでハッと何かに気づいて言葉を切りました。それから間髪入れずに、お爺さんは地面に手を突き、額を擦りつけて言いました。

「私に、私に息子の仇を討つ力を与えてくだされ」

お爺さんは突いた手を、地面の土を巻き込みながら、ぎゅっと握り締めました。

「この通り、私は年老いた老爺です。息子を殺したドラゴンに一矢報いる力もありません。おめおめと逃げ延び、浅ましく生き永らえることしかできません。ですが、もし叶うのならば、息子の仇を討ち、息子の亡骸をきちんとした墓に葬ってやりたいのです」

お爺さんの瞳から、大粒の涙が地面にポタポタと落ちました。女の子はそれをとても悲しそうな表情のまま見つめ、今度は深く頷きました。

「その願い、叶えましょう」

女の子はそう言うと、両の手を自分の胸の前に束ね、祈るように目を閉じました。そして、現れた時のように眩い光を放ち始めました。お爺さんも地面に伏したままうずくまり、乞うように目を閉じました。すると、お爺さんの頭の中に声が聞こえ始めました。女の子の声です。でも、さっきよりも少しだけ低い声色で聞こえます。

「あなたに牙を与えましょう。私の牙を与えましょう。一つ振るえば海を割り、二つ振るえば空を裂き、三つ振るえば山をも砕くでしょう。ですが最初に、大きな桃を切ると良いでしょう」

お爺さんが顔を上げると、そこにはもう女の子はいませんでした。竹も、石もなくなって、代わりに一振りの刀が地面に突き刺さっていました。お爺さんは立ち上がり、刀を地面から引き抜きました。刀の柄は古めかしく使い古されたようにボロボロでしたが、刃は新品のように美しく輝いていました。その輝きを見ていると、なんだか身体に力が湧いてくるような気がしました。

「これは、夢か現か……」

 ずっしりと重い刀を手にしてもなお、お爺さんは今起こったことが信じられませんでした。まだ化かされているような気分です。しかし、お爺さんはこの可能性を信じ、前に進むことに決めました。お爺さんは刀を籠の中に入れ、籠を背中に背負い、来た道を戻って山を降り始めました。もう薪は必要ありません。お爺さんはドラゴンと対決し、街を取り戻すことに決めました。

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