魔王がもふかわすぎて戦いになりません!
「ぐわあああぁぁぁぁーっ!」
「よし!
暗黒竜ダークネスドラゴンを倒したぞ!」
「残すは魔王だけよ!」
「ついにここまで来たな!」
「勇者様行きましょう!」
「……ここまで、長かったな」
みんなの声を受け、勇者が呟く。
勇者は戦士、魔法使い、僧侶の顔を順に眺めていく。
「俺たちの戦いもこれで最後だ。
必ず勝利して、人々に平和をもたらすぞ!」
「「「おおー!」」」
そして、勇者率いる一行は、魔王の間へと足を踏み入れた。
「……暗いな」
魔王の間は照明がついておらず、真っ暗闇だった。
「みんな、固まって。
油断しないでいきましょう」
魔法使いの言葉にしたがって、集合陣形で前へと進む勇者一行。
「ぐわははははっ!
よくぞここまで来たなぁ、勇者よ!」
「むっ!
この声はっ!」
突然、闇の底から響くような低音ボイスが聞こえた。
すると、前方にスポットライトが光る。
照らされていたのは玉座。
そしてそこには、1体のスケルトンタイプの魔物がいた。
「貴様が魔王か!」
「いかにも。
余が魔王ポメラ=ニアンヌである!」
「くっ!」
「な、なんて魔力!」
魔王から放たれる魔力に、勇者たちはその場に縫い付けられたように動けなかった。
スケルトンタイプの魔物はひざで丸くなる小さな犬を撫で、余裕そうな表情を見せていた。
「これが勇者か!
なんとも矮小な奴らよ!
こんな輩にやられるとは、余の軍もまだまだよのぅ!」
「なにぃ!」
勇者たちが武器を抜いて構える。
「ふっふっふっ。
聖剣か。
そんなもので、魔王の肌に傷をつけられると思っているのか」
「そんなの、やってみなければ分からない!
いくぞっ!」
「「「おおっ!」」」
飛び出す勇者にしたがうように、パーティーのメンバーも動く。
「くっくっくっ。
いいだろう。
貴様は下がっておれ、ワイトキング」
「はっ!」
それに対し、ひざの上にいたポメラニアンを足元にそっと優しく置き、その場を去るスケルトンタイプの魔物。
「さあ来い!
勇者どもよ!
我が牙の肥やしとしてくれるわ!」
そして、小さな口を精一杯開けて、シャギャーっと威嚇するポメラニアン。
思わず、ピタッ!と立ち止まる勇者と戦士。
魔法を詠唱していた魔法使いと僧侶も止まる。
「む?
どうした?
余のあまりの恐ろしさに動けなくなったか?
まあ、無理もあるまい。
余は魔界の頂点。
魔界のすべては余の足元にも及ばぬ。
貴様らがそれらを蹴散らしてきたとはいえ、余からすれば、やはり木っ端となんら変わらぬわ!」
と、言いながら、後ろ足だけで立って、尻尾をふりふりしながら、ふらふらとその場に立つ魔王ポメラ。
「…………」
その姿を、何とか表情を変えずに見つめる勇者一行。
さらに魔王は、立っているのがツラくなったのか、舌を出してはっはっはっと言い出した。
「ふむ。
やはりこの形態は消耗が著しい。
よもや、貴様らそれが狙いか?
片腹痛いわ!」
「……勇者様」
「な、なんだ!
僧侶!」
思わず口角が上がってしまいそうだった勇者は僧侶に声をかけられて、ハッと我に返り、僧侶を振り返った。
「わたくし、やります!
魔王に、魔法を撃ちます!」
「なっ!
おまえ!
やれるのか!」
勇者が僧侶を注視すると、僧侶の目には涙があふれていた。
「僧侶……おまえ」
「やる!
やるん、です!
やるん、だもん!」
しかし、言葉とは裏腹に、僧侶はその場にうずくまる。
「わあぁぁぁー!
マリー!
久しぶりに会いたいよ~!」
そして、号泣して戦意喪失してしまった。
「……そうか。
僧侶の実家には、ポメラニアンがいるんだよな」
「まったく、情けないわね!」
「魔法使い!」
いつもクールな魔法使いなら、あの魔王を倒してくれる!
そう期待を込めて、勇者は魔法使いを見た。
「……魔法使い。
手つきがすでに撫でているぞ」
「はっ!
わ、私は何を!」
「……君が路地裏で、こっそり捨て犬たちにエサをやっているのは知っているよ」
うずくまって頭を抱えてしまった魔法使いを、勇者は優しく見つめた。
「ふははははっ!
余の恐ろしさに、次々と倒れ行く雑魚め!」
と、言いながら、とてとてと玉座の横に置かれた水が入った容器の元まで歩いて、ちゃぷちゃぷと水をなめる魔王。
「ぐはっ!」
その姿に勇者は大ダメージを受けた。
「せ、戦士、おまえなら……」
屈強な肉体と精神を持つ戦士。
彼ならば、あの魔王にも対抗できる!
そんな希望を抱いて、彼を見る勇者。
「せ、戦士……」
しかし、戦士はすでに、立ったまま気絶していた。
「……そうだったな。
君の家には、3頭のレトリーバーがいるんだったな」
魔王を討伐しなければならないという使命と、その魔王の挙動に心を持っていかれそうになる衝動。
そのジレンマに耐えるために、戦士は自ら意識を絶ったのだ。
「ふぅ。
少し消耗したな。
どれ、少し回復するか」
魔王はそう言うと、ぺたんと地面に伏せ、そのままごろんとひっくり返った。
【魔王回復術、經塑天】
「ぐはぁっ!」
魔王は体力を回復し、勇者一行は大ダメージを受けた。
「こ、このままではやられる」
「ふっふっふっ。
苦戦しているようだな、勇者よ」
「なにっ!貴様はっ!?」
勇者たちのピンチに現れたのは、先ほど倒したはずの暗黒竜ダークネスドラゴンだった。
「な、なぜ生きている」
「ふっ。
魔王様の回復術は、それ見たさに、我ら眷属を復活させるのだ!」
「なにぃ!」
正直、気持ちは分かると思ってしまった勇者一行だった。
そんな勇者たちに、暗黒竜はそっと近付き、耳打ちをする。
「我らの真の目的を教えてやろう」
「なにっ!
世界征服ではないのか!?」
「もちろんそうだ。
だが、貴様らは勘違いをしている。
我らは人間を滅ぼしたりなどしない」
「どういうことだ?」
ひそひそ話す暗黒竜に、勇者も声のトーンを落とす。
經塑天のまま、すーすーと眠ってしまった魔王をニヤつきながら眺めるのを忘れずに。
そして、気が付いたら、そんな魔王を無数の魔物が取り囲んで、優しい眼差しで魔王を見つめていた。
「我らの計画は、一家に一匹魔王様計画だ」
「な、なにぃ!?」
「声がデカい!」
「あ、すまん!」
勇者の声にピクッと動いた魔王に、周囲の魔物が口角を上げる。
「詳しく聞かせなさい」
いつの間にか復活していた魔法使いたちも話の輪に加わる。
それを確認して、暗黒竜が計画を話す。
「いま、魔王様には8体の御子がおられる。
魔王様に似て、とても、その、立派な御子だ」
勇者は、決してかわいいという言葉は使わない所に、彼の矜持を感じた。
「魔王様は長命だ。
これからも、御子をお産みになられるだろう。
それを、我々は魔界全土で、いや、全世界で、大事に大事に育てるつもりなのだ。
そして、全種族を監視するという名目で、一家に一匹、魔王様の御子を派遣することこそが、我々の悲願であり、世界征服なのだ!」
「うっ!」
その構図を想像し、思わず鼻血をたらす魔法使い。
勇者は、一匹って言っていいのか?という疑問は胸にしまっておくことにした。
「だ、だが!
ペット禁止のマンションだってあるだろう!
だから僧侶はペットを飼えないのだ!」
「そのための世界征服だ。
それに魔王様の御子をペットなどとは言わせぬ。
食糧も魔王様からの魔力供給で自給自足できるし、匂いもない。
トイレはちゃんとトイレでする。
ちなみに、お風呂も大好きだ」
「そ、それは嬉しいな。
だが、アレルギーの方もいるだろう」
その質問が来ることも想定済みだったようで、暗黒竜はニヤリと笑う。
「魔王様の御子にそんなものがあるわけがなかろう。
誰でも、なんの心配をせずに、思う存分もふもふできるのだ!」
「な、なにぃぃぃ!?」
暗黒竜はもはや自分の欲望を隠すことをやめていた。
「し、しかし……」
まだ葛藤している勇者をしり目に、魔王の周りの魔物たちがオオー!と、静かに歓声を上げる。
魔王が、夢の中で走り回っているのか、經塑天のまま、足をくるくるさせ始めたのだ。
「ぐわはぁっ!」
そして、勇者一行はとどめを刺された。
その後、勇者は魔王の軍門に下り、勇者一行は魔王様の御子すくすく計画の筆頭として、その手腕を発揮。
勇者がいた国の王は、勇者の腕に抱かれ、へっへっへっと舌を出す魔王の恐ろしさの前に全面的に屈服。
魔王のお腹をわふわふする権利と引き換えに国を譲渡した。
それから数十年後、一家に一匹魔王様の御子計画が実行に移され、世界は恒久的な平和を、否、魔王様による恐怖統治が為されたのでした。
愛でたし愛でたし。