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虐げられた仮面令嬢は、天才魔道伯の仮初め妻となる  作者: 朝霧あさき
仮面令嬢、仮初め婚約者となる
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妥協点



「そんな気にせんでええと思うけどなぁ」


 マリアベルの荷物を軽々と片手に抱え、先導するように前を歩くヴィント。

 大精霊様に荷物持ちの真似事をさせるなんて、と恐縮しきりのマリアベルだったが「ちゃんと仕事せな坊ちゃんに怒られるからな」と言われては二の句をつげなかった。自分のせいで言い争いに発展しては申し訳なさすぎる。


 何もかもうまく立ち回れない。この仮面のことも――悶々とした気持ちのまま大人しく後ろをついて歩いていると、ヴィントはくるりと振り返り、人差し指でマリアベルの仮面をつついた。



「マリアベルちゃん――って長いな。えー、マリアちゃん。さっき坊ちゃんに言われたこと、気にしとるやろ?」


「……申し訳ございません。これを外すことがオズワルド様の望み……重々承知しております。しかし、わたくしには……」



 オズワルドが望むことはすべて叶えたい。そう思っているのに、この仮面を外すことだけはどうしても頷けなかった。分かっている。ただの嫉妬だ。自己愛だ。


 オズワルドがいくらこの顔を気にしないと言っても、マリアベル自身がこの顔を醜いと感じている。

 こんな顔で彼の隣に立つだなんて――美しいと評判のマーガレットを知っているだけに余計惨めさが増してしまう。比べても意味がないことくらい理解はしているが、愛おしい人の前で醜い姿をさらすのは、どうしても嫌だった。

 彼には、綺麗なものだけを見てもらいたい。


 ――なんて、身勝手な。



「そんな辛気臭い顔せんでもええって。嫌なもんは嫌ってちゃんと言い。お互い譲れへんもんがあるんなら、どっかで妥協点を探るしかない。ゆっくり歩み寄っていけばいつかは解決するて。時間はたっぷりあるし、夫婦ってそういうもんやろ? 俺は精霊やからよう知らんけど」


「妥協、点……」



 ぱっと顔を上げると、にこやかにほほ笑むヴィントの顔がすぐ近くにあった。

 この主従はどうも距離感が近くて困る。マリアベルは思わず二、三歩後ずさった。



「あらら。俺って怖い?」


「い、いえ! とんでもございません! ヴィント様の顔が近くてびっくりしただけで」


「あ。それやそれ」



 ぴ、と人差し指を伸ばして今度は唇の辺りを突くヴィント。



「ヴィント様って呼ばれたら距離感じるやん? 俺はマリアちゃんやのに」


「は、はぁ……」


「ヴィントでええよ?」


「い、いえ、そのような! ヴィント様は大精霊様であらせられますし」


「えー、ほなヴィントちゃんにする?」


「さ、さすがにそれは……気安すぎかと」


「ヴィンちゃんでもええよ?」



 だんだん難易度が上がっていっている気がするのですが。

 どうしたらいいのかとスカートをぎゅっと握りしめる。そこでふと、先程ヴィントが言っていた言葉を思い出した。妥協点だ。もしかするとこれは妥協点を探る練習をしろという彼なりの優しさなのかもしれない。


 ヴィントが求めているのは親近感を持ってもらうこと、マリアベルが求めているのは大精霊相手に粗相のないよう振る舞うこと。ともすれば反発しそうなお互いの主張だが、どうにか妥協点を見極めねばならない。二人の意思を尊重しつつ中間地点を探る。


 ――それならば。


 マリアベルは覚悟を決めて深く息を吸った。



「では、ヴィ、ヴィン様……!」


「なるほどそうきたか!」



 ヴィントではなくヴィンという愛称で、様を付けることで気安すぎない丁度いい塩梅を目指してみたのだが、どうだっただろうか。

 ヴィントは満足げに微笑んで、マリアベルの頭を撫でた。



「ええ子ええ子。よう考えたね。ほなこれからはヴィン様でいこか。まぁ、様がついてるんはちょいむず痒いけど、これが最善の妥協点やもんな。あ、でも、建前上は坊ちゃんの専属料理人やから、人前に出る時だけヴィントって呼んでな?」


「は、はい。お名前を呼ぶような場面に出くわさぬよう、頑張ります」


「頑張る方向間違ってないか!? もー、マリアちゃんっておもろいなぁ!」



 クスクスと笑いながら手を差し出す。



「ん。ほなこれからよろしゅう」


「はい、よろしくお願いいたします。ヴィン様」



 重ねた手のひらは、人と同じように温かかった。このぬくもりのおかげで緊張が少しほどける。精霊といえど感情がある。意思もある。ならば人と違うと線を引いて遠くから崇めるのは、彼の意に沿わぬ行為なのだろう。

 これが、妥協点。

 ならば、今マリアベルがすべきことは一つだ。



「あの、ヴィン様。欲しいものがあるのですが」


「ん? ええよぉ。可愛いマリアちゃんのためやったら、お兄さんなんでもしちゃう!」


「か、可愛!? い、いえ、ええと、でしたら――」



 彼の耳に唇を近づけて、囁くように欲しいものを告げる。

 ヴィントは最初驚いて目を丸くしていたが、ややあって彼女のやりたいことが分かったのか「了解」と親指を立てた。



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