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虐げられた仮面令嬢は、天才魔道伯の仮初め妻となる  作者: 朝霧あさき
仮面令嬢、仮初め婚約者となる
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キッチン担当大精霊



 爽やかな草木の香りを優しい風が運んでくる。



「さて、ちょうど朝日が昇る頃だ。途中でスピードを上げたからな。無事着いた」



 妙に機嫌がいいような、はきはきした声色でオズワルドは言った。

 眠っているマリアベルを一晩中支え続けていたはずなのだが、微塵も感じられない快活な様子に驚いてしまう。夜行性なのかもしれない。


 マリアベルは彼の手を取って馬車から降りた。眩しい。朝日が目に染みる。瞳が赤くはれているせいで余計にそう感じてしまうのだろうか。

 つい眉間にしわが寄ってしまう。



「僕が過ごしやすいよう設計した屋敷だが、君の趣味には合わなかっただろうか」


「いえ、眩しくてまだ目が」


「ああ、泣き腫らした後だものな。いや、寝起きだからか?」


「……オズワルド様」



 恥ずかしさに頬を染めて顔をそむける。そんなマリアベルの姿を愛おしそうに眺めるオズワルド。

 実の親に化け物と罵られ、王太子から婚約を破棄され、ダミアンを狂わせたこの顔を見ても、オズワルドの態度に変化はなかった。それどころか更に温かな眼差しを向けてくるものだから、どうしていいのか分からない。


 マリアベルは手で顔を隠し「見ないでくださいませ」と懇願する。しかしオズワルドはその手を開いて真正面から彼女の表情を観察した。



「やはり顔が見えているのはいいな。君が何を思っているのか分かりやすい。これからはもう仮面など必要ないだろう。これは捨てていいか?」


「困ります……それがないとわたくし……。それに、オズワルド様の目にこのようなものを映すわけには」


「それは僕も困る。僕はずっと君の表情を見ていたい」


「そんな……困ります……」



 堂々巡り。二人とも困る困るを繰り返して一歩も引かない。

 オズワルドは元よりマリアベルもこれと決めたことに関しては折れない性格だ。このままだと小一時間困るの応酬を続けることになる。

 何か打開策を――そう考えた矢先、軽やかな声が二人の間に割って入った。



「坊ちゃん、意地悪はあかんよ?」



 ふわりと風が巻き起こり、オズワルドの手から仮面を攫っていく。しばらく宙を舞ったそれはマリアベルが両手を出すとその上にぽとりと落ちてきた。

 風の悪戯というにはあまりに人為的で、まるで意志をもっているかのようだった。



「だれが意地悪だ」



 怒りを滲ませた表情でオズワルドは男を睨んだ。

 いつの間に立っていたのか。浅緑色の髪を後ろで一つに縛り、人懐こそうな蒲公英色の瞳に笑みをにじませた男性が、二人のすぐ傍に立ってこちらを眺めていた。先程の軽快な声は恐らく彼のものだろう。



「お嫁さん連れ帰ってきたんやろ? いきなり嫌われたらどうするん?」


「マリアベルはそんなこと言わない」


「そんなん分からへんやん。なぁ? お嬢ちゃん」


「……あ」



 いきなり話題を振られ、びくりと肩が震える。

 マリアベルは慌てて仮面をかぶり直すとオズワルドの後ろに避難した。オズワルドとは旧知の仲のように見えるが、マリアベルにとっては見知らぬ男性でしかない。



「あらら。俺の方が嫌われとる?」


「も、申し訳ございません。驚いてしまって。あの、あなた様は一体……?」


「えー、いややわぁ。ずっと一緒におったやん。馬車運んどったの、誰や思てるん?」


「馬車?」



 思わず後ろを振り向く。つい先程まで空を飛んでいた馬車。あれを運んでいたのはオズワルドの魔法のはず。

 魔法とは人間の体内で生成される魔力を糧とし精霊に力を与えて起こす奇跡。しかし通常、精霊とは空気のような存在。世界を漂う機構のようなものだ。姿形を得、意志を持って話す精霊は大精霊と呼ばれ、通常の精霊とは明確に区別されている。

 ということは、つまり。目の前にいるこの男性は――。



「大、精霊……様?」


「お! 正解。ええ子ええ子。ご褒美になでなでしよか。ほらおいでぇ」



 マリアベルに向かって伸ばされる両手。

 嫌がっては失礼にあたると服の裾をぎゅっと握りしめて頭を下げる。しかしその手はオズワルドによって止められた。



「ヴィント、ふざけるのはそこまでにしろ。マリアベルを怯えさせるな」


「えぇ、俺そんな怖ないで? つーか、馬車の中でも凄かったけど、向こうで何があったん? 坊ちゃんがほぼ初対面でこんだけ懐くやなんて。初めてちゃう?」


「僕は犬じゃないぞ、この駄精霊。誰が主か分からせる必要があるみたいだな?」


「じょ、冗談やって! もう。お遊びが通じひんのやから」



 男性――ヴィントはぷくと頬を膨らませた。


 大精霊にも序列はある。

 ヴィントのように明確な自我を持つ大精霊は主神アルマニアに近しい存在であり、世界を動かす重要な機構の内の一つを担っていると聞く。世界にとって無くてはならない存在。

 いわば神にも等しい精霊なのだ。


 オズワルドとの言い争いを見ているととてもそうは思えないが、彼の行動一つで国は栄えもし、滅びもする。お伽噺における天災とは、彼ら大精霊の仕業だと言われているほどだ。

 この場にオズワルドがいなければ腰を抜かしていたかもしれない。


 ――主と言っていたから、オズワルド様は彼を従えているってこと?


 精霊付きの魔導師は世界に数人確認されているが、その殆どがうっすらとした自我を持つだけの下級精霊だ。彼ほどの大精霊を従えるなど普通はあり得ない。それはもはや世界の一角を手に入れたに等しいからだ。



「……すごい。オズワルド様はなんと素晴らしい方なのでしょう! ヴィント様のような大精霊様とご契約なされているなんて。天才、などという言葉では生ぬるい表現になってしまいますわ!」


「……マリアベル。その大精霊たちはすべて君の味方だということを忘れていないか?」


「え?」



 マリアベルは目を瞬かせた。


 『神の寵愛』が発動している限り、すべての精霊は彼女を守るために動くという。それは主神アルマニアが命じていること。もしマリアベルが守るのをやめてくれと言っても、きっと聞き入れてはくれないだろう。

 彼女に命令権はない。ただ一方的に守られるだけの関係。それが、『神の寵愛』という事象。


 では、彼のように誰かに仕えている精霊はどうなのだろう。大精霊といえどアルマニアに付き従う者。彼らですら、危機が迫れば主であるオズワルドよりマリアベルを優先するのだろうか。



「……それは、少し困りますわ。守るのなら、わたくしよりオズワルド様を優先してほしいのですが」


「あはははは! 坊ちゃんが君のこと気にいったん分かったわぁ。こう見えて褒められるのも好意向けられるのも大好きやからな。せやけど、お世辞も打算もない純粋なもんやないとヘソ曲げてしまうんやで? 面倒くさいやろ?」


「お、おい! 余計な事を言うな!」



 マリアベルの視線まで腰を落とし、太陽のように朗らかな笑みを浮かべるヴィント。彼の瞳はオズワルドのものとはまた違っていたが、春風を思わせる温かなものだった。



「安心してええよ。確かに俺らは君を守るよう厳命されとる。君は誰にも傷つけさせへん。せやけどな、坊ちゃんかて俺らが誰にも傷つけさせへん。まぁ、坊ちゃん自身が強いから、いらん世話やけど」


「当たり前だ馬鹿者。僕を誰だと思っている」


「そりゃもちろん、敵と定めた相手にはその膨大で上質な魔力にものを言わせて完膚なきまでに叩き潰す悪魔、天才オズワルド・エルズワース様ですぅ」


「ハッ、よろしい」



 不思議な光景だった。

 今マリアベルの前にいるのは新域魔導具の師祖、天才魔導師オズワルド・エルズワースと、お伽噺に出てくるような幻の存在、大精霊ヴィント。

 天上人と言っても差支えのない二人のはずなのに、会話は幼馴染同士の軽口に聞こえてくるものだから頭が混乱してしまう。



「まったく、お前は。僕が主だってしっかり頭に叩き込んでおけよ」


「へいへい。わかってますって坊ちゃん。それより――」


「そうだな。この屋敷は特殊だから後でまとめて説明しようと思っていたが……まぁいいか。先に紹介しておこう。マリアベル。彼が風を司る大精霊ヴェント。主にキッチン担当だ」


「キッチン?」



 聞きなれない――いや、聞きなれすぎた言葉であるが、大精霊を紹介するのにもっとも遠く離れた言葉だったので思わず聞き返してしまう。ついに耳までおかしくなってしまったのだろうか。


 しかしヴィントは自信満々に胸を張って悪戯っぽく笑った。



「せやでぇ! 風のように色んな国にふらっと寄って料理の勉強しとったから、腕は確かや。お嬢ちゃんの口に合うもん作ったる。たーんまり食って肉つけやぁ!」


「は、はぁ……。キッチン……」



 ――まさかこの屋敷では、大精霊様がシェフとして働いていらっしゃるの?


 脳の許容量を軽くオーバーしてしまいそうな出来事の連続に、マリアベルの意識は一瞬遠のいた。



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