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よろしい。ならば研修だ。

よろしい。ならば研修だ。~もう遅いと言われないために国務大臣の私が肌を脱ぐ~

もう遅いだなんてもう言われたくない人々の足掻き。

 --------

「こ、国務大臣殿!バティスト国務大臣殿!大変であります!!」


「アニエス殿!ここは執務室ですぞ!お静かに!」


 私の秘書を務めるアニエス・フォン・ローランが、今日も今日とて緊急事態を伝えてきた。怒鳴ってる親父は私のもう一人の秘書であるバジル・フォン・リシャールだ。


 ここ数ヶ月、彼女からは緊急事態ばかりが飛び出してくるのでもはや慣れっこではあったが、その度に仕事が増えるのは勘弁してほしいものだ。


 そして彼女の話を聞くまでもない。たぶん、いつものやつだ。ややうんざりしつつ、メガネを直しながらいつもの確認をする。


「一応聞くが、何があった?」


「は、はい!錬金術部門から穀潰しと名高い青年をクビにしたところ、基礎材料の品質が大幅に劣化!代わりに青年の再就職先で高品質な薬やマジックアイテムが販売され始めました!!」


「で、青年はなんと?」


「今更呼び寄せようとしてももう遅い!とのことです!」


 溜息が出る。やはり、いつものやつだった。ここ最近、我が王城の中で日陰者とされる者たちをクビにした途端、物事が尽く立ち行かなくなる事例が頻発していた。


 曰く、魔法が使えない代わりに魔法が通じないことが判明した騎士が追放先で"メイジマッシャー"と呼ばれるS級冒険者になり、彼を囮にしていた騎士団では怪我が頻発した。


 曰く、ワイバーンの飼育と管理において給餌を任されていた青年が実は竜騎士のジョブを持っていて、彼が居なくなった竜房からはワイバーンが大量に逃げ出した。


 曰く、口下手すぎる女魔道士が実は現在非常に珍しい無詠唱を可能にする天才で、再就職先の魔道士ギルドの幹部になった。


 そして彼らが言う言葉はいつも同じで「今更もう遅い。」だった。まあ、さもありなんといった感じではある。


 それ以外にも調理師見習いが最強レベルの鑑定スキルを持ってて別の職場で大活躍、メイド見習いが死んだと思われていた隣国のお姫様で唯一仲良くしていた平民の青年と隣国に帰ってしまったり等など、とにかく呪われてるのではと思われるほど人材の流出が深刻化していた。


 しかもどの事例も引き継ぎをしなかったことにより尽く大損害を残していったり、あるいは本来国益となる物が個人にだけ帰するものになったりと、笑い事ではない状況を生み出していた。彼らの多くは真面目に仕事をしていた人間ばかりで基本的にあまり非が無く、どれも再就職先で日の目を見ている以上、こちらに出戻りさせることも困難だった。


「…深刻だな。まだ誰ぞクビにしていない部署は残っているのか?」


「楽団や絵師等の芸術分野からはまだ出ていません。またもう少し範囲を拡げて王都という括りで見るなら、学園や教会からは出ていないようです。」


「だが飲食、国防、冒険者業等、実力と連携が生死や経営に直結する分野では頻発しているな。芸術分野で出てきていないのは、聴衆側から少なからず評価を得ていて、当人たちの承認欲求をある程度満たせているからに過ぎないだろう。それが得られなくなって不遇を感じれば同じことが起こる。学園に関しては単純な人手不足だな。つまり、学園についても人材を充実させれば同じことが起きるだろうな。」


『もう遅い!』


 私はこの言葉を何度聞いてきたかわからない。実力を見出しきれなかった上長達にも問題はあったろうが、そもそも活躍の機会に恵まれていなくて誰の目にも留まらなかったケースもある。ときには自分の実績をデータや客観評価で示してこなかった場合もあり、それらは彼らにも問題が無かったとは言えない。


 だが、もはやそれらを嘆く余裕すらも私にはなかった。私にできることはただ一つ。労働環境と労働実績の評価方法を見直させて、退職者を一人でも減らすことだ。


「アニエス。取り急ぎ、特定一人を退職させたことで損害を得た部署の責任者と、クビを宣告した奴らを集めてきてくれ。責任者には青いバッジ、クビを宣告した者には赤いバッジを着けさせろ。両方なら両方着けさせろ。もし部門から誰も出てこなかった場合は、適当な理由をつけてお前から見て怪しいやつを連れてこい。私の名前を出して、来なければ責任者不在のまま業務を進めているという形で国務院で処理すると脅せ。急げよ。」


「は、はい!わかりました!――きゃあ!」


 ああ、また転んでる。あの秘書は慌てるとすぐに転ぶ。呆れて溜息をついたのは、バジルだ。


「バティスト殿はなぜあの娘を退職ないし転属を命じないのですか?確かに真面目な娘だとは思いますが、ミスも多くそそっかしい。別の者を用意した方が良いと思いますが…。」


「いや、それは駄目だ。」


 断言できる。彼女をクビにした途端、国務院の業務は壊滅的な打撃を受けるだろう。


「バジル。お前の業務は確かに堅実で素早くミスもほぼない。だがそもそもその仕事は誰が割り振っていると思う?」


「…?国務大臣であるバティスト殿でしょう?」


「違う。アニエスだ。私がいつも彼女に相談して仕事を割り振っている。」


 予想外の返答にバジルが鼻白む。


「それは買いかぶり過ぎでしょう。あの娘に私の仕事ぶりを把握できているはずがない。」


「アニエスの特長は人を見る目だ。あの子は暇な時間も暇じゃない時間も人間観察に使い、常にその人間の得意そうなことと苦手そうなことを分類する癖がある。仕事にミスが多いのは、仕事中もつい他の人を観察してしまったり、苦手そうな仕事をしていた同僚のことが気になってしまうからだそうだ。」


 以前、アニエスにどうして簡単なミスがこれほど多いのかと聞いたことがあった。はじめ彼女は「私が鈍臭いからです!」と苦く笑っていたが、その答えには納得できなかった。




『君が鈍臭いのはわかっている。だが仕事の作業スピードが特別遅いとも思えない。どちらかと言えば、君がミスをする時とは上の空になっている時ではないか?先程も遠くにいる同僚を眺めていた。例えば、彼女の仕事ぶりが気になるのではないか。』


『や、やだなあバティスト様!か、買い被りですよ!』


『今も君は私の全身を観察している。まるで私を分析するように。』


『……っ!?』


『言い給え。大丈夫だ、怒っているわけではない。ただ君のことを知りたいだけだ。』


『………じ、実は…。』




「アニエスの指摘したとおり、彼女の同僚は苦手な魔法関連の法整備に関する立案を任されていて、なんとかこなしていたものの業務効率と意欲が著しく落ちていた。どうやら昨今の人材流出の余波で本来の業務からかけ離れた内容が割り振られていたようだが、現実主義者な彼女には魔法関連は向かない業務だったようだな。仕事内容を他の職員と交換しただけで劇的に効率と意欲が向上したよ。ちなみに今は兵站充実化の計画について国防局と話を詰めている。バジルも新進気鋭のその職員については聞いたことがあるだろう?」


「ま、まさか…では本当に?」


「ああ、この国務院の業務はアニエスがいるからうまく回っているんだ。彼女のミスを見逃せとは言わないが、彼女の功績もまた認めてやれ。それが巡り巡って、お前の器を大きくする。それに、彼女はお前のことを心から尊敬しているよ。自分には無いものをお前は持っているからだそうだ。」


「………はい。」


 もし彼女をそそっかしくミスが多いからという理由で転属を命じれば、彼女も私に言うだろう。「もう遅いです!」と。それだけは避けねばならなかった。 




「バティスト様!該当する方々を集め、バッジを着けさせました!バッジが着いてない方は、私の主観で同行をお願いした方々です!」


「ご苦労だった。君から見て彼らはどうだ?」


 漠然とした質問だが、アニエスにとってはそのほうが答えやすい。


「自分の仕事に誇りを持つ方々です。無能ではありませんが、他人を測るときに同じ定規を同じ角度で使おうとします。」


 人を評するとき、彼女の目は銀色に輝く。そして普段のそそっかしさが嘘のように冷徹に、そして彼女の世界で語るのだ。


「よろしい。つまり、彼らは仕事ぶりを評価するときに同じ価値基準、同じ目線から測っているわけだ。なるほど。だから別の方向により長く伸びてる人の良さを測れないのだな。」


 なかなか面白い評で、的外れでも無さそうだ。決まりだな。


「アニエス、君にはこれから行う業務を手伝ってもらう。ついてきたまえ。バジルも来てくれ。君が彼女についてくれたほうが円滑に進む。」


「へ!?あ、はい!!」


「わかりました。」


「安心しろ、アニエスは今までどおり彼らを観察したまえ。気になったら逐一評価を聞かせろ。」


「ま、任せてください!」


 なんとも生き生きと言い切ったものだ。何人かの人生がこれで変わるかもしれないというのに。


「さあ、始めるぞ。物事を是正するのに"もう遅い"ということなどないと彼らに教えてやろう。」




 集められたメンバーは、いかにもと言った連中が多かった。仕事はそれなり以上にはできるとは聞くが、国務院に昨今の"もう遅い事件群"について招集されたというのに足や腕を組む辺りに傲慢さが滲み出ている。


 面白い。その鼻っ柱をへし折ってやる。


「お忙しい中、国務院主催の緊急会議に集まっていただき感謝する。今日集まって貰ったのは他でもない。事前にお伝えしたとおり、昨今の人材流出についてだ。」


 その言葉を聞いて露骨に嫌そうな顔をする連中と、平然としている連中とに分かれた。これだけでは判断し難いが、少なくとも嫌そうな顔をした連中はそれなりに思うところがありそうだな。


「だが私は君たちの判断がすべて間違っているとは思わない。君たちが下した判断の中には、明らかに退職した側の実績報告不足や、その検証可能性に乏しいものもいくつかあった。だから、ここでその判断の是非について君たちに何か言うつもりは無い。それは今回の主旨ではないからな。」


 これは事実だ。物事には様々な側面があり、何かを成せば別の理不尽が生まれるものだ。ここに集まった者たちの中には、そう言った理不尽を騙し討ちに近い経緯で味わった者たちも少なからずいる。


 それらをただ役立たずだからと人を切った輩と同列に並べることはできなかった。


「今日君たちにはいくつか研修ゲームを行なってもらいたい。どれも簡単なものだ。研修の中でなにか一つでも気付けるものがあれば、今の人材流出を緩和することができると思う。バジル、資料を配ってくれ。」


「はい。今からお配りしますので、まだ中身には記入しないでください。」


 この辺りの手際の良さはバジルが一番だ。アニエスでは転んでいつまでも終わらないからな。


「すいません、このグラフは…?」


 研修者の一人が手を上げて質問した。


 それは大きく6項目で構成されたスキルグラフだ。


 コミュニケーション能力。臨機応変に対応する能力。時間を管理する能力。作業の正確性とスピード。魔法の習熟度。戦技の習熟度。


 それらを最大レベル5まで書けるようになっている。


「それは今、君達に求められている基本能力を示すグラフだ。研修中に記入するものだからまだ書くな。本来なら情報活用能力や決断力と言った項目も入れたかったのだが、時間が無いのでな。実務的なレベルでかなり絞り込んである。」


 一人一枚渡された資料には、そのグラフと一緒に他のメンバーからのコメントを書ける欄がある。


「今からグループごとにとても簡単な作業を行い、その成績を競ってもらう。研修一つを終えるたびに、そのグラフを他メンバーからの評価平均で埋めてもらう。そしてここからがポイントなのだが……。」


 資料に目を落としていた連中が、何を言う気かとでも言わんばかりにこちらに注目した。


「各研修の終わりにグループのメンバーを追放して良いものとする。追放者に拒否権は無いが、他のグループに移ることができる。」


 室内がざわめいた。気付いたやつも何人かいるようだな。


「さあ、研修ゲームを始めよう。グループはくじ引きで決める。」




 --------

 グループは6つに分けられた。それぞれ5名があてられている。


「最初の研修は、伝言ゲームだ。これからグループの中から代表者を選び、私のところへ来い。指示を与えるので、それを周りに聞こえない環境で正確に仲間へ伝達しろ。身振り手振りは自由に行ってもいいが、紙には書くな。全員が伝言を聞いたら、最後の一人から順に指示を復唱しろ。」


 グループ毎に一人ずつメンバーが選出されていく。


 面白いもので、誰もがそれぞれの部署の管理職やリーダーをやっているというのに、知らない者同士で組むと自然と別の誰かをリーダーにしようとする。今回もその例に漏れず、各グループのリーダー格から、耳の良い者が選出されてきた。


「では、指示する。"私はウォーターボールの魔法が見たいので、やってみせてくれ"だ。あくまで指示の伝達だからな?では行け。」


 そして案の定、伝達されたメンバーの中には勘違いしてウォーターボールを発現させる者が何名か出てきた。ひどいときにはウォーターウォールを発現させ、メンバーを水浸しにさせる者もいた。


 伝達者の最後の一人から順に指示を復唱させてみると、どのグループもどこかのタイミングで指示が変わっている。実演するなという指示を言わなかった人間が大半だったが、それ以上に実演した個人に対する風当たりが強まった。実演しろという指示も無く詠唱した人間を非難したのだ。


「よし。では成績を記入し、追放者を選べ。追放者は追放されたグループ以外のところに自由に動け。」


 こうして、グループで魔法を実演したメンバーの多くは一箇所のグループに固まった。仲間意識からだろう。そのグループのリーダーは、以前実績報告をまともにしない職員を退職させて苦い思いをした経験から、来る者を拒まないようになっていたため、追放者を出さなかった。


「次は、グループごとにマジックアイテムを作ってもらい、その性能を競ってもらう。作るのはウォーターショットを撃ち出す指輪だ。」


「なっ!?ちょ、ちょっと待て!」


 以前職員を追放した経験を持ち、同時に責任者でもある赤と青のバッジをつけた男性が声を張り上げた。確かウォーターウォールを出した娘がいたグループだ。


「そんな研修があるなんて聞いてないぞ!!そんな研修があると知っていれば――」


「知っていればあいつを追放しなかったのに、か?」


 あまりにも予想通りな苦情にため息をつきながら、眼鏡を直す。


「お前は確か、以前錬金術部門に所属する職員を穀潰し扱いして退職させたな。また同じ間違いを犯したわけだ。」


「同じだと!?ゲームと仕事を一緒にするな!」


「そうではない。」


 この男はまだ気付かないのだな。ならば気付かせてやろう。


「スキルシートにはちゃんと"魔法の習熟度"という項目があったはずだ。ならば研修内容に魔法に直結するものがあって当たり前だ。その程度の予想もできなかったと、お前は宣伝するつもりか?」


「なっ…!?……くそっ…!」


 男は悔しげに拳をにぎるが、それ以上は反論せずに着席した。


 反論しても無駄だと思ったのか、それとも何かに気付いたか。もしこれが、業務の中で必要な資質を見損なっていたのだと気付いたのだとしたら大したものだが。


 確かめてみるとしよう。


「……そこで反論を呑み込むとは意外だな。ちゃんと冷静に判断できるじゃないか。時間を取ろう。何故あの青年を退職させたのだ?メンバーを追放したこととの違いはなんだ?懺悔をしなくていい。当時のお前の考えを知りたい。」


 すると男は躊躇いつつもその理由を話した。


 そしてその理由は、この研修室を静寂に包み込ませるに十分なものだった。


「…私の部署では、いつも新人に基礎材料の精錬をさせ、その材料を使って錬金術の研究をしていた。それが錬金術の基礎だからだ。だが、あの男は何年経っても基礎材料の精錬しかしなかった!所謂Sランクの錬金素材を作り続けてなお、"僕はまだまだ修行不足です"、"先輩たちには及びません"と笑ってヘラヘラするばかりで、我々の研究に関わろうとはしなかった!研究指示をしても"すみません、まだ納得できないんです"と謝るばかりで関わらない!気付けばやつは新人がやるべき仕事の何倍もの量を一人でこなし、質も高めていった!それでは新人が育たないだろうが!!だからクビにしたんだ!それのどこが悪い!!私の判断が間違っていたとでも言うのか!!」


 それは、おそらく退職勧告させた者たちの多くが共感できる内容だった。所謂天才肌の人間や、視野が狭く周りと自分との違いがわからないまま秀でた物を持ってしまった人間は、一つのことを完璧にこなせるまで動かないことがある。ステップアップするときに、上長ではなく自分の判断を優先してしまう。


 組織として研究をする以上、たとえどんな秀才であっても組織の決定に従わなくてはならない。それに従わないのであれば疎まれる。ある程度仕方のないことだ。だが。


「私は言ったはずだ。その決定を非難することは主旨に反すると。この研修の主旨を思い出せ。何か一つ気付けるかどうかが大事なのだ。お前のその独白と今の状況を見て、何か気付けないか?」


「………それは………。」

 彼は俯いたまま、独白した。


「……私だって、退職などさせたくは無かった。大事な職員だ。だが、新たに錬金術で国に貢献したい新人たちが、Sランクの錬金素材を軽々と作る様を見て、誰も劣等感を覚えないまま健全に育つと思うか…?あの娘をメンバーから追放したのだってそうだ。人の話を聞かずに自身の能力をひけらかすことが、その後の作業にどんな悪影響を及ぼすかわからないじゃないか。他にどうすれば良かったというのだ。何が正解だったというんだ…。」


「一つ予測してやろうか。このゲームを終わらせたとき、お前の"コミュニケーション能力"の評価は低かったのではないか?」


 目を見開くところから察するに、そうなのだろう。おそらく彼は周りの意見を聞かず、彼女の追放を強引に推し進めたのだ。いつだって声の大きい者が最も意見を通しやすい。だが、周りから賛同を得られているかは別問題だ。


「君は確か、ウォーターウォールを発現したね。彼のチームにいたと思う。今の話を聞いても、まだあのグループから抜けたいと思うか?」


「……はい。申し訳ありませんが、もう彼とは組みたくありません。……ただ。」


 ただ?


「もし、彼がどうしても戻ってきてほしいなら…これからは私の話も聞いてくれるなら、戻っても良いです。彼なりに真剣に考えてくれていることが、わかりましたから。」


 ならば、あとはこの男次第というわけだ。


「どうだ、彼女はこう言っているぞ。お前はどうすべきだ?」


「………追放を一方的に決めてすまなかった。貴様の話をちゃんと聞かなかった私が悪い。改めるから…戻ってきてくれないか?貴様の力が必要だ。」


 よろしい。合格だ。




 15分の休憩時間を入れたが、誰も部屋を出ようとはしなかった。追放したメンバーが追放された側に歩み寄り、追放した理由を打ち明ける時間になった。


 その結果、追放されたメンバーの半数は元のグループに戻っていった。その中にはウォーターウォールを発現させてしまった娘も含まれていた。戻らなかった者も喧嘩別れではなく、別のチームも見てみたいからという理由での固辞だった。


 どうやら早くもこの研修の主旨を正しく理解できたらしい。これは嬉しい誤算だった。


 そしてウォーターショットを生み出す試験で最も好成績を収めたのは、あのウォーターウォールを生み出したグループだった。


 自由な発想と有り余る魔力で強力な魔法を封入する娘が貢献する一方で、彼女の力を取り入れつつ現実的で誰でも使える汎用性の高い使い勝手の良さを追求した男の貢献度は類を見なかったのだ。


 結果、この試験ではどのグループからも追放者が出なかった。これは本当に予想以上の成果で、私の予想ではもっと波乱が生まれるはずだった。あの男の赤裸々な独白は、当事者だからこそ持つリアリティで参加者の心を打ったのだろう。


「アニエス、今の彼らをどう見る。」


「殻を破りました。定規を傾けることを覚えたようです。」


「バジル、時間は?」


「順調です。このまま計画通りに進めますか?」


 いや、おそらくその必要はもう有るまい。


 その時アニエスが珍しく、聞かれる前に意見を述べた。その瞳は銀色に輝いている。


「その必要はないかもしれません。恐らく、元々この研修の参加者はある程度後悔をしていたんだと思います。ウォーターウォールを出した娘は、"赤いバッジ"を着けていました。つまり、追放した側にあった彼女が追放される立場になり、自分を追放した側の話を聞いたことで、何か感じるものがあったのでしょう。皆さんの瞳の力が強くなりましたが、あの二人は特に違いますね。まるで太陽のような輝きです。」


 そのとおりだ、アニエス。


「バジル、最終研修の準備はまだだよな?」


「いえ、すべての研修を行う準備ができています。」


 流石だ、バジル。彼はイレギュラーには弱いが、予め決められた予定内であればそれが早まった場合でも過たずに実行できる。アニエスの言った通りだ。


 だからこそお前達は俺の秘書にふさわしい。


「よろしい。ならば最終試験(最後のゲーム)を始めよう。」


『もう遅い』などと、二度と王城で言わせはしない。


「諸君、見事なマジックアイテムだった。恐らくはそのまま軍や魔法商店に出店しても問題はない一級品の数々だった。魔法が得意だった者たちが持ち味を活かし、欠けている部分をほかの者が補ったからこその成果だと思う。見事だった。」


 素直にその実績の素晴らしさを称賛すると、初めの頃は腕を組んでいた者たちが満更でもなさそうな笑顔を見せている。よし、少し早いが締めに行こう。


「すでに過去の人材流出劇に思いを馳せ、今後どうしようかと考えている者が多いと思う。それにも時間が必要だろうから、少し予定を早めて次の3つ目の研修で最後にしよう。最後は、グループを一度解散させての総合研修だ。グループを解除し、席を移動してくれ。」


 グループを組んでいたメンバーたちが別れ、元の席に移っていく。例の男女は握手をし、一言二言かわしてから別れていた。ランチの約束でもしたのかもしれないが、そんなことを確かめるほど無粋ではない。


 眼鏡の位置を直し、彼らに最終研修の内容を説明しなくてはならない。


「最終研修は一般業務の中で行ってもらう。追放した者達に対して諸君らには手紙を送ってもらう。返事が貰えるまで続けてもらう。これは無期限のものとする。」


 室内が凍りついた。これは過去に自分たちがやらかしたことを改めて直視しろと言われたに等しい。


 だが必要なことだ。無論追放者にとってではない。


 無能の烙印を押された彼らにとってこそ必要なのだ。


「各部署には私の方から既に研修内容を伝えてある。今の君たちに対するスキルシートは、全て回収済みだ。そして君たちは手紙を送るわけだが、その内容は部署内で全て共有しろ。返事が来たらその内容もだ。返事が来た時点で研修を終了とし、もう一度部署ごとにスキルシートを提出させる。それをもって諸君らの研修を終了とする。」


 重苦しい空気が流れた。だがこれは当然だろう。本来ならあとさらに3つほど研修を重ね、自らの浅慮を骨身に思い知らせてから行う作業だ。まだわずか2つしか研修をしていない彼らには、背中を押す何かが必要だ。


 なにか一声追加しようかと思った、その時だった。


「わかりました…やります!やらせてください!」


 それは伝言ゲームの中でウォーターウォールを発現させた、赤いバッジを着けた娘だった。


「あたしは自分の指示がまともに入らない部下に苛立ち、彼女を退職させました。それは悪意だけじゃなくて、部署全体を思っての決断でもありましたが…それでも、もっと彼女とは話し合うべきでした。生まれつきの吃音症を患っていたこと、その辛さを共有できていれば、彼女の才能を逃すこともなかった。もう遅いかもしれませんが、彼女ともう一度ちゃんと話し合いたいのです。ちゃんと話を聞かなかったことを謝りたいです!」


 よろしい。


 赤いバッジを着けた彼女が率先して意欲を見せたことで、研修室全体の雰囲気が変わった。赤と青のバッジを着けた男もそれで迷いを払ったのか、初めの頃とは別人のように意欲が溢れている。


「アニエス。彼らはやれそうか?」


「やれます。間違いなく。」


「バジル、滞りなく進捗可能か?」


「既に準備は整っています。彼らの再就職先へも連絡済みです。」


「よろしい…大変によろしい!!」


 "俺"は()()()()()を投げ捨てて、興奮したまま宣言した。


「今この教室にいる諸君らこそが、我が国を発展させて支えていくのだ!学ぶに当たって"もう遅い"などと言うことはありえない!!人は年齢や過去の失敗などという呪いによって、歩みを止めるほどヤワではない!諸君らはそれらを教訓とできるより強い者達だと私は確信している!行け、諸君!こちらを見下して栄華を誇る退職者達を傲然と迎え入れられるほどの強さを!今ここで手にするのだ!!」


 割れるような歓声が研修室を包み込んだ。




「こ、国務大臣殿!バティスト国務大臣殿!大変であります!!」


「アニエス殿!ここは執務室ですぞ!お静かに!」


 私の秘書を務めるアニエス・フォン・ローランが、今日も今日とて緊急事態を伝えてきた。怒鳴ってる親父は私のもう一人の秘書であるバジル・フォン・リシャールだ。


 ここ数ヶ月、彼女からは緊急事態ばかりが飛び出してくるのでもはや慣れっこではあったが、その度に仕事が増えるのは勘弁してほしいものだ。


 そして彼女の話を聞くまでもない。たぶん、いつものやつだ。


 ややうんざりしつつ、度数の入っていないメガネを直しながらいつもの確認をする。


 この眼鏡が無いと、"俺"は興奮を抑えられなくなる。かつてこの奇妙な性格が災いし、カノジョに『今更気づいてももう遅いわ!』とビンタを食らったことが何度もあった。お陰様でまだ未婚である。


「一応聞くが、何があった?」


「は、はい!錬金術部門でかつて穀潰しと名高かった青年が王城の錬金術部門に再就職したところ、基礎材料の品質が大幅に向上!!以前の就職先とも提携をとって新たな錬金製法の実現を成功させました!!」


「で、青年はなんと?」


「今更才能に気づいてももう遅い!とのことです!生産体制が間に合いません!部署は増員を希望しています!」


 溜息が出る。やはり、いつものやつだった。


 先日はその錬金術部門の部長と魔法戦術部の秘書が部署をまたいだ交際まで判明し、混迷を極めているというのに。全くどこまで私を忙しくさせれば気が済むのだ。


 思わず眼鏡を捨てかけたところを横にいたバジルにそっと押さえられた。本当に良くできた秘書たちだ。


「部署全体はどんな様子だ?」


 曖昧な質問を投げれば、アニエスならば。


「定規の正しい使い方を覚えたようです。正しい長さを測れれば、あの人達は間違えません。」


 このように銀色に輝かせた瞳で正確に評してくれるのだ。


「バジル。このあとの予定は?」


 正確な質問を投げれば、バジルならば。


「5分後の会議を終わらせれば、昼休憩を取れるかと。余談ですが、近くに美味しいと噂のステーキハウスがあります。」


 このように鉄面皮を崩さぬまま望む答えを返すのだ。


「よろしい。」


 実に心強い者たちだ。秘書も、この王城に務める者達も。


「さあ、では行こうか。会議に遅刻して"今更来ても遅い"と言われたら敵わんからな。」


 不敵な笑顔を浮かべながら伊達メガネを直し、今日も国務を片付けていく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 実社会でも有り得る案件ですねぇ… クビにした事は無いですけど…実質的にされた事はありまして…(笑) 今の仕事は気に入ってます(笑)
[良い点] 何度も読み返してニヤニヤしてます。 ざまぁみろ!でスッキリする作品が多い中、とても考えされられる話でした。 意思の疎通大事! 社会人一年生にとても読んでほしいです。 そして国務大臣殿には…
[一言] まだ学生だけど仕事の研修とか生徒会での苦い経験を思い出してちょっとしんどかったぞ!面白い着眼点の内容でしたわ!
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