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マナポーター、魔力の使えない洞窟に挑む

 勇者になったからといって、僕たちの生活が大きく変わったわけではない。

 今日も今日とて、掲示板の端に残っていた依頼書を手に取る。


『落盤事故によって取り残された採掘者、三名の救助』


 事故が起きたのは、街から歩いて半日ほどの場所にある古い鉱山らしい。


「これにしようか」

「救助依頼なの。急いだほうがいいの!」


 リリアンが大きく頷く。

 勇者らしい仕事かどうかは分からない。

 だけど、助けを待っている人がいるのなら、今までの僕たちと同じように向かえばいい。


***


「おかしいですね。灯りが……」


 洞窟へ入ってしばらくしたところで、アリアが生み出した光の玉が消えた。

 先頭を歩いていたディアナが足を止める。


「魔法を解除したのか?」

「いいえ。急に魔力が抜けてしまって……」

「それなら、もう一度――」


 僕はアリアへ魔力を送ろうとする。

 だけど、いつもの感覚とは違った。

 アリアまで届くはずだった魔力が、途中でどこかへ消えてしまう。


(消えたんじゃないね)


 足元へ目を向ける。

 洞窟の壁から剥がれ落ちた、黒い鉱石。

 その一部が、かすかに青く光っていた。


「この石が、魔力を吸ってる……?」


 確かめるため、ほんの少しだけ魔力を流してみる。

 黒い鉱石が青白く輝き


 ――直後、ミシリと洞窟の壁が軋んだ。


「イシュア!」

「全員、魔法を使わないで!」


 僕は慌てて魔力を止める。

 洞窟内へ流れた魔力が、黒い鉱石へ吸い寄せられている。しかも、石が魔力を取り込むたびに周囲の岩まで震えていた。

 こんな場所で大規模な魔法を使えば、落盤を起こしかねない。


「この先では、魔法は使えないと思ったほうがいい」

「み~……イシュア様のマナが、届かない」

「撤退するッスか?」


 ミーティアが洞窟の奥へ目を向けた、そのときだった。


「誰か……! 誰か、いないか!」


 暗闇の向こうから、かすかな声が聞こえてくる。

 依頼書に書かれていた採掘者だ。


 まだ、生きている。


「助けに行くの!」


 リリアンは迷わなかった。


「うん。魔法が使えないなら、使わずに助けよう」


 僕たちはランタンへ火を灯し、再び洞窟の奥へ進み始めた。


***


 採掘者たちは、崩れた岩盤の向こうに取り残されていた。

 幸い、声は届く。

 三人とも生きているらしい。


「この岩を斬ればいいのか?」


 ディアナが剣へ手をかける。


「待って」


 通路を塞いでいるのは、ひときわ大きな岩だ。

 だけど、それだけを見てはいけない。

 大岩の上には無数の亀裂が走っている。

 力任せに斬れば、支えを失った天井まで崩れてくるかもしれない。


「そっちじゃなくて、右側の岩を斬って。少し遠回りになるけど、そこからなら向こうへ抜けられるはずだ」

「分かった」


 ディアナは一度も疑わず、僕が指した岩の前へ移動する。

 深く腰を落とし、魔力をまとっていない剣を振り抜いた。


「はぁっ!」


 鋭い斬撃が岩肌を走る。

 一撃、二撃。

 ディアナの剣が、少しずつ岩を切り崩していく。


 その音に引き寄せられたのだろう。

 洞窟の奥から、獣の唸り声が響いた。

 暗闇の中に、いくつもの赤い目が浮かび上がる。


「ケイブウルフ……!」

「ここは、ウチらに任せるッス!」


 ミーティアが魔剣を抜き、ディアナの背後へ回る。


「でも、魔力は使えないよ!」

「そのために、魔力なしでも戦えるように訓練してきたッス!」

「み~。杖は、魔法を撃つだけの道具じゃない」


 リディルも杖を両手で握り締め、ミーティアの隣へ並ぶ。

 襲いかかってきたケイブウルフを、ミーティアの剣が受け流した。

 体勢を崩したところへ、リディルの杖が叩き込まれる。


「うみゅう!」


 鈍い音が響き、ケイブウルフが地面を転がった。


(僕が魔力を送らなくても、戦えてる……!)


 以前、魔力が尽きたことで苦戦した二人は、その弱点を放置しなかった。

 二人が魔物を食い止めている間にも、ディアナの剣が岩を切り開いていく。


「通ったぞ!」


 人一人が通れるほどの穴が開いた。

 真っ先にアリアが滑り込む。


「怪我人はどこですか!?」

「こ、こっちだ。脚を岩に挟まれて……」

「大丈夫です。治癒魔法が使えなくても、手当てはできますから」


 アリアは怪我人のそばへ膝をつく。

 傷の状態を確かめ、手早く止血する。そのうえで近くに落ちていた木材と布を使い、怪我をした脚を固定していった。

 僕も穴を抜け、採掘者へ肩を貸す。


「歩けますか?」

「あ、ああ。だが、他の二人も……」

「全員で帰るの!」


 後から入ってきたリリアンが、採掘者たちの前に立つ。


「私が出口まで連れていくの。動ける人は、怪我をした人を支えてほしいの」


 採掘者たちの怯えた顔が、少しだけ和らぐ。

 ディアナが道を作り、ミーティアとリディルが魔物を退ける。

 アリアが怪我人を歩ける状態にして、リリアンが全員をまとめる。


(よし。これなら帰れる)


 僕たちは来た道を引き返す。

 しかし、あと少しで採掘者たちが通路を抜けるというところで、激しい音とともに背後の天井が崩れ始めた。


「走るの!」


 リリアンの叫び声。

 僕たちは採掘者を連れ、分かれ道まで駆ける。


「イシュア、どっちだ?」


 左は、ここへ来るときに使った道。

 だけど、その壁には黒い鉱石が広がっている。

 今も吸い込んだ魔力を吐き出すように、青白く明滅していた。


 右の道は通っていない。

 それでも、奥からわずかに風が流れてくる。

 地面には、古びた荷車の跡も残っていた。


「右へ!」


 僕が叫ぶと、全員が一斉に右の通路へ飛び込んだ。

 誰一人、理由を聞かなかった。

 直後、左の通路が大きな音を立てて崩れ落ちる。


 僕たちは止まらず走り続けた。

 やがて前方に光が見え――一人も欠けることなく、洞窟の外へ飛び出した。


***


「助かった……本当に、助かった……!」


 採掘者たちは地面へ座り込み、何度も僕たちに頭を下げていた。

 洞窟の外へ出たことで、魔力も問題なく使えるようになっている。

 僕は全員の状態を確かめながら、いつものように魔力を送り直した。


「ふう。やっぱりイシュアさんの魔力が一番なの」

「先輩の魔力が身体に染み渡ります……!」

「アリア。その言い方は、なんだか誤解を招くからね?」


 ひとまず、怪我人もアリアの治癒魔法で完治した。

 依頼は無事に達成だ。


「でも、今回はマナポーターとして、ほとんど何もできなかったな……」

「何を言ってるの?」


 リリアンが、不思議そうに首を傾げる。


「洞窟の中では、イシュアが決めた道をみんなで進んだの。イシュアがいなかったら、誰も帰ってこられなかったの」

「いや。でも、実際に戦ったり、岩を斬ったりしたのは、みんなだから」

「み~。イシュア様は、魔力が使えなくてもイシュア様」

「リーダーが迷ったら、パーティーは動けないッスからね!」

「それなら、リリアンが――」

「イシュア」


 反論しようとした僕の前へ、リリアンが手を差し出す。


「魔力が使えなくても、イシュアはイシュアなの」


 そう言って、リリアンは柔らかく微笑んだ。


「でも、使えるようになったなら、補充してほしいの」

「先輩、私もです!」

「ウチもお願いするッス!」

「み~。たくさん欲しい」


 次々と手を差し出される。


「さっき、全員に送ったばかりだよね!?」


 魔力が使えても、使えなくても。

 どうやら僕のやることは、今までとあまり変わらないらしい。

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===


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