30.マナポーター、世界樹・ユグドラシルを蘇らせてエルフの里の救世主となってしまう
本日、5回目の更新です!
エルフの里に再訪問した僕たちは、拍子抜けするほどあっさりエルフの里に招き入れられた。
(やけにあっさりと入れたね……?)
(ちょっと前の頑なさが嘘みたいだ)
正直、ひと悶着あることも覚悟していた。
しかしリリアンが勇者と名乗ると、門番はあっさり僕たちを通すことに決めた。
「こう言っちゃ失礼かもしれないけどな。入っていった勇者様は、全然エルフの里のことを理解していない様子で――ユグドラシルを任せるには少し不安なんだ……」
門番がぽろっと口にしたのはそんな理由。
◆◇◆◇◆
道案内を買って出た門番の後を、僕たちは着いていく。
「先輩先輩、ついに来ましたね! この目で世界樹を見れる日が来るなんて――夢みたいです!」
「ずっと楽しみにしてたもんね。僕も楽しみだよ」
アリアはテンション高く鼻歌を歌っていた。
しかし、そんなアリアのテンションも長くは続かなかった。
「そ、そんな……。何ですかこれは?」
「な、何だこれは……!?」
絶句するアリア。
付いてきた門番も愕然と目を見開く。
僕たちを出迎えたのは、全体がどす黒く変色した見るも無残な大樹の姿だった。
「勇者様が何を思ったのか、魔衣の枝を切り離してしまったのです。それで一気に瘴気が全体に広がってしまい――」
世界樹の前には、多くのエルフが集まっていた。
その誰もが呆然とした様子で、世界樹を見上げている。
そして世界樹の近くにいるのは――
「アラン!?」
「な、貴様は! 何でこんなところに居やがるんだ!?」
ギョッとした声で反応するのは、勇者のアランであった。
「いろいろあって偵察依頼を受けて成り行きで……。そんなことよりアラン、君は世界樹に何をしたの?」
「うるさい! マナポーターごときが俺に偉そうな口を聞くな。貴様には関係ないだろう!!」
(今は、そんなことを言っている場合じゃないよね!?)
(この里が滅ぶかどうかの瀬戸際なのに……)
話を聞いて、何が起きたのかは容易に想像が付いた。
アランから情報を得るのを諦め、僕は世界樹に駆け寄った。
「世界樹は今にも死にかけていますが――まだ生きています。まだ間に合います。僕に世界樹の治療をさせて下さい!」
「彼の実力は、勇者である私――リリアンが保証します。どうか彼のことを信じて下さい」
一度、エルフたちは人間の勇者に手ひどく裏切られている。
信じて治療を任せた結果、あろうことかとどめを刺されそうになったのだ。
ある者は、困惑した様子で。
ある者は、もう騙されないぞと冷たい目線を向けて。
誰も行動を起こせない。
「……本当なんじゃな?」
そんな中、いち早く決断する者がいた。
それは世界樹の前に座り込んでいたエルフの少女。
「ええ。ユグドラシルは瘴気を押し返そうとしています――まだ完全に死んではいません」
「座して滅びを待つぐらいなら――。やってくれ! 我は、この里を諦めとうない」
エルフの少女は、涙を流しながらも強い眼差しで僕を見据える。
「そ、そんな――チェルシー様!」
「人間なんて信じても、ろくなことになりませんよ!」
「このまま黙って終わりを待つぐらいなら――わずかでも可能性があるなら、それに賭けたいのじゃ。責任はすべてエルフの王女である我が持つ」
エルフの少女――改めてエルフの王女様。
(こ、これは責任重大だよ)
(でも――やるしかない。瘴気を浄化していた世界樹が無くなったらどうなるか……想像するだけでも恐ろしいもん)
彼女の縋るような視線を受けて、僕は世界樹に向き直った。
◆◇◆◇◆
祈りをささげるエルフの王女。
固唾をのんで見守るアリアとリリアンたち。
僕は世界樹に手を当てた。
少しだけマナを注いでやり、マナが円滑に流れていかないことを確認する。
(思った通りだね)
(ここまで瘴気が行きわたってしまったら、中和しても世界樹が先に死んでしまう)
瘴気による穢れが、マナの循環を阻害しているのだ。
アランが切り離してしまった瘴気を隔離するための機能――まずは、それを復元しないと話が始まらない。
『マナ・ホール!』
魔力制御の応用だ。
闇・呪詛のマナが極端に足りない歪な魔法陣を生み出し、世界樹に備え付ける。
「せ、世界樹に広がった瘴気が吸い込まれていく!?」
「ええ。マナの特性を利用したものです」
元々はモンスターからマナを奪い取る攻撃手段だ。
しかし使い方を工夫すれば、瘴気を吸い出すことが出来るのだ。
「そんな方法で瘴気を吸い出せるのか!?」
「勇者では無かったよな。彼はいったい何者なんだ!?」
「彼なら――もしかするとエルフの里を救えるのかもしれない!」
集まった人々の目線も変わっていた。
訝しげな目つきから、期待の混じった目つきへと。
「うん、これならどうにか出来ると思います」
「本当か!?」
「ええ。長年エルフの里を守ってきた――世界樹を信じてあげてください」
『マナ・ホール!』
『マナ・ホール!』
『マナ・ホール!』
僕は先ほどと同じように、瘴気を吸い込む魔法陣を大量に生み出した。
「リリアンさん、悪いんだけどこの魔法陣を世界樹の――瘴気が特に濃い場所に設置して来てほしい」
「ひゃいっ! 分かりましたっ!」
リリアンは、魔法陣を受け取り――なんとそのまま空に飛び立った。
(さすがリリアンさん)
(高いところは、僕じゃ手が届かないからね)
「先輩、私は!?」
「アリアは、とにかく回復魔法をかけ続けて下さい。あとは世界樹の生命力次第です」
「分かりました!」
アリアは元気に返事すると、回復魔法を唱えはじめた。
心強い限りだ。
「イシュアさん、私にも何か出来ることはあるか?」
「ディアナさんは――そこで応援していて下さい」
「そ、そうか……」
これで準備は万端。
徐々に元の色を取り戻していく世界樹を見ながら、僕は瘴気を中和するべく魔力を注いでいく。
慎重に、時には大胆に、瘴気を中和するべく魔力を注いでいく。
たっぷりと1時間近い時間をかけて、僕は世界樹の死んでいたマナの循環機能を蘇らせていく。
(瘴気を浄化できるキャパシティをオーバーしたときのことも考えると、中和するための光属性の魔力も蓄えておくべきだね)
どす黒く変色していた世界樹は、気が付けばすっかり元の色を取り戻していた。
マナが行き届けば、じきに元気を取り戻すだろう。
「出来るだけのことはやりましたが……」
さすがに世界樹に魔力を注いだ経験などない。
自信なく振り返った僕を、
「おおぉぉぉぉ!」
「完全に死にかけていた世界樹から生命の息吹を感じる――!」
「アリア様、リリアン様、イシュア様! あなたたちはまさしく私たちの――いいえエルフの里の救世主です!!」
どーっと湧き上がる歓声が迎えた。
アリアたちが「え、私も?」と驚くが、当たり前だろう。
世界樹の周りを飛び回って魔法陣を設置し続けたリリアンと、最上位の回復魔法を絶えずかけ続けてくれたアリアが居なければ、世界樹の蘇生には成功していない。
「もうダメだと思っておった。貴公らはまさしくエルフの里に舞い降りた救世主じゃな!」
エルフの王女――チェルシーも歓喜に瞳を潤ませそう言う。
僕は自分に出来ることを精一杯やっただけだ。
「ユグドラシルが息を吹き返した! 今日は祭りだ――!」
「エルフの里に舞い降りた救世主様に感謝を!」
「イシュア様、バンザイ! イシュア様、バンザイ! イシュア様、バンザイ!」
あまりの熱気に気圧された僕は、
「ど、どうしよう。アリア~!?」
頼れる聖女様に助けを求めるのだった。
「お、お任せしました。頑張ってください先輩!」
――もっとも、頼れる後輩も、目を白黒させて僕の後ろで震えていたけれど。




