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ウロボロスの指切り  作者: 毒の徒華
二人の違和感
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08.手料理と敬語

 



【木村 冬眞 八】


 結婚式前日。

 日も暮れてきた頃、美那子と共に食事をしていた。前夜祭と言うこともあり、美那子が気合いを入れて料理をしてくれた。色とりどりの食べ物がテーブルに並べられている。

 食べきれないほどの量だ。少なくとも僕は食べきれない。美那子はそれを全部食べるつもりらしい。


「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

「ふふふ、嬉しい」


 僕は幸せだ。

 こんな美味しい料理を作ってくれる人と結婚できるのだから。

 それに美那子はいつも楽しそうに色々なことを僕に話してくれた。それを僕は聞いていた。時々相槌を打ちながら。僕は美那子の指に絆創膏が貼られていることに気が付いた。


「美那子、その指……」

「あぁ、これ? ちょっと料理してて切っちゃった」

「大丈夫……?」


 そのやりとりに既視感を覚えた。

 どうして最近になってこんな頻度でこんなことがおこるのだろうか。


 ――僕が気にし始めたせいだろうか?


 何度も何度も襲われるその既視感に、どうしたらいいかもわからない。


「冬眞、どうしたの?」

「なんでもない。少し眩暈がしただけ」

「明日結婚式なのに、大丈夫?」

「うん、早めに眠らないと」

「うん。あたし、シャワー浴びてくるから先に寝てて」


 美那子が食べ終わった食器を片付けてくれている中、僕はもう少しファイルを見ていることにした。数十分経っただろうか。僕がファイルを読み疲れて体勢を前かがみにすると、髪の毛がネックレスの鎖に引っかかり引っ張られ弱い痛みが走った。

 引っかかっているところを取ろうと手を後ろに回してその引っ掛かりを解消しようとする。


 ――そのネックレスはね、私がくじけそうになったときに、何度も支えてくれた人がデザインしたネックレスなんだよ。私がずっと身に着けてたものなの。くじけそうになったら、そのネックレスを見て。


 そう言って、自分の首からネックレスを外し、僕の首にネックレスをかけてくれた彼女の記憶が浮かぶ。

 僕が呆然とそれを思い出している最中、髪の毛の引っ掛かりは解消された。


 ――やはり、これはひすみさんからもらったものだったんだ……


 そう考えて、僕は洗面台に行ってネックレスを見つめた。いつも見ているはずなのに、今はそれが懐かしく感じる。

 ひし形の銀の枠の中に、十字架が嵌められている小さなネックレス。女性ものの鎖の長さなので、頭を下げてもギリギリ自分では目視できない。


 ガチャッ……


 シャワーから出た美那子が裸で驚いた顔をしていた。


「キャッ……冬眞、脅かさないでよもう」

「ご、ごめん」


 美那子の裸を見て僕はドギマギした。別に、初めて見たわけでもないのに……と、目を逸らすが僕は美那子の肩に痣のようなものがあることに気が付いた。


「美那子、肩のところ痣できてるよ」

「あっ……あぁ、これはぶつけちゃって」


 その不自然な隠し方から、僕は何か気づいてはいけないことに気づいてしまいそうになり、目を逸らした。


 ――そんな、まさか。そんな訳はない……


「先に寝てるから。明日寝坊してたら起こして」

「う、うん。解った」


 足早に僕は自分の部屋に戻った。

 変な汗が出てくるのが解った。


 ――気のせいだ、気のせいに決まっている。美那子に限ってそんなことはない


 僕はベッドに潜って忘れようとした。しかし、一度生まれた疑心暗鬼はそう簡単に僕を眠らせてくれないのだった。




 ◆◆◆




【水鳥 麗 八】


 気づけば私は大学生だ。

 私は心理学科のある大学に入学した。なぜならカウンセラーになりたかったからだ。

 自分のように自傷行為をしている人や、他の精神疾患のある人を救いたいという気持ちが心の中にあった。

 それが時々、メサイアコンプレックスなのだと思う時はあるけれど、それでも私はせめて自分の周りにいる人くらい助けたい。そんな思いからだ。幼少期に大切な人を亡くしたことも、私の人生に影響を与えたのだろう。

 なんだか、高校生、大学生と周りは恋人だ何だと色めきだっているのに、私はそんな気が起きなかった。頭のどこかでラファエルがひっかかり、どうしても他の男性に対して恋愛感情を抱けない。


 ――別に、ほんの少ししか一緒にいていないのに……


 私が五月の少し暑いと感じる空気を感じながら、ふらりと大学帰りにある廃墟へ足を延ばそうと思ったとき、現れた。

 無論、誰とも何とも言わなくてももう解るだろう。


「麗さん、待ってください」


 私が振り返ると、やはり長髪のままのラファエルが立っていた。もう驚きはしない。


「もう驚かないですよ。ラファエルさん」


 そう呼ぶと気恥ずかしそうに視線を逸らした。

 いつも毎回変わらない状態で現れる。服装が違うくらいで髪はその長さで維持しているのかと思う程、いつも髪の毛の長さは一緒だった。

 ときどき鬱陶しそうに自分の髪を払っている。


 ――鬱陶しいなら切ればいいのに……


 しかし、その長い髪は妙に彼に似合っていた。

 飾り気のないというと少しベクトルが異なるが、髪の毛をチャラチャラと伸ばしているわけではないその飾り気のなさが私は好きだった。


「その……廃墟に行こうとしているなら、立ち入り禁止ですし行かない方がいいです」


 私が廃墟に行こうとしていることもお見通しのご様子だった。それももう驚かない。私は適応能力が高いのだ。


「…………私、今までずっと考えていたんですけど……本当にあなたの言う通りにしていいのだろうかと。あなたが私をハメようとしている可能性もあるじゃないですか」

「それはそうなんですけど、正直もう……これは信じてもらうしかないです。すみません」


 少し意地悪を言ってみるが、やはり嘘を言っているようには見えない。それに悪意も感じない。

 何故だろう。彼の言葉を信じてしまう。なんの根拠もないのに。


「あと……その……」


 歯切れの悪い言葉で続けてラファエルが言い始める。


「そろそろ敬語、やめてください。なんというか……慣れなくて」

「それはこっちのセリフなんですけど……」


 年上なのに、いつも敬語で話されている違和感がずっとあった。


「私のこれは癖なので、気にしないでください。でも麗さんは、敬語だと……変な感じがするので」


 そんなことを言われているこっちが変な感じがするんですが。


「わかりま……解った。あなたも敬語じゃなくていい……か……ら……」


 突然敬語を辞めるのは難易度が高い。どうしても敬語になってしまう。なんだか慣れない私は渋い顔をして眉間にしわが寄る。


「まっすぐ帰ってくださいね。では私はそろそろ……」

「あー! ダメですよ!」


 ラファエルを掴む。逃がさない。逃げてもらっては困る。


「話してくれるまで帰しませんから……じゃなくて! 帰さないから!」


 私のぎこちない言葉遣いにラファエルは上品に笑いだした。


「ちょっと! なに笑ってる……の!?」

「あはははは、すみません。余計に変な感じになってしまったのが面白くて」


 こんなに笑っているラファエルを初めて見た。いつも真面目な顔しているくせに。そんな風に笑うんだと思ったら、責める気にもならなかった。


「あー、もう……もういい、帰りますから」


 私はラファエルの腕を放して背を向けた。


「また……会いに来ます。あなたが私にしてくれたように」


 彼の柔らかい声が聞こえた。


 ――私がしたように?


 その疑問を私は聞こうと振り返ったら、もうすでにそこに彼はいなかった。

 もう別に驚いたりしない。

 私は、ラファエルを掴んでいた左手の残った感触を確かめていた。やはり本当にいる人なんだなと私は感じた。




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