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ウロボロスの指切り  作者: 毒の徒華
二人の違和感
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04.鈴の音と深夜徘徊

 




【木村 冬眞 四】


 僕は教授が亡くなったショックと、最期に残した言葉が嫌に気になって放心状態だった。

 大好きだった関野教授の死。

 家族同然に接してくれた教授に、美那子と僕の晴れ姿を見せるという目標はあえなく崩れ去った。


「冬眞……」


 僕が落ち込んで部屋で膝を抱えていると、美那子が声をかけてくる。そっと僕らは抱き合う。僕は声を殺して泣いた。美那子も泣いていた。

 深い悲しみの海を泳ぐ中、こんなことが前にもあったような気がした。その時の感触や香り、音等を思い出す。

 力を込めれば折れそうな体躯、甘い華の香りに……鈴が鳴るようなシャランッ……という音。

 目を開けるとそこには当然美那子がいた。中肉中背の柔らかい感触がする。美那子からは、柑橘系の匂いがする。いつも美那子がつけている香水だ。それに、鈴のようなものを美那子は身に着けていない。

 なんだろうか、この妙な違和感は。


「……美那子……太った?」

「何言ってるの冬眞、こんなときに」


 美那子が少し強めに胸の辺りを叩いてくる。

 なんだろう、なんだか、何かが違う。どうしてだろう。そんな気持ちになる。幸せな生活をずっと送っていたはずなのに、徐々にその違和感が強くなってくる。

 結婚に対して不満も何もないのに。


「ごめん、少し……一人にしてほしい」

「嫌」


 美那子は僕の身体に手を這わせてきた。まるで、寂しさを紛らわせるかのように僕の身体を求めてくる。美那子が僕の上にまたがって、僕の顔や髪に触れた。

 唇が重なる寸前に酷い嫌悪感で僕は顔を逸らしてしまう。


「冬眞……?」

「そんな気分じゃないんだ……ごめん」


 僕は美那子を少々強引にどかして、自分の部屋へと戻った。

 部屋に入ると自分の姿見があり、その姿見に僕の首にかかっているネックレスと、教授が僕に渡してくれた鍵が映っていた。


 ――きっと、最近色々なことが重なって精神的に疲れているんだ。


 結婚というイベントはいい意味でも、悪い意味でも物凄いストレスになるって指標が出ているくらいだ。


 ――それに教授の死……教授が残した言葉……明日、教授の研究室へ行こう


 姿見に映る自分の姿にも、なんだか違和感を感じる。

 なんでだろうか。全然その違和感の正体が解らない。しかし、なんだか自分が自分ではないようだ。

 自分の顔に触れながら、そう考えていた。




 ◆◆◆




【水鳥 麗 四】


 彼が次に私の前に現れたのは高校に入ったばかりのとき。

 私が夜の23時少し過ぎに外を歩いていたときだった。

 好きなバンドの音楽を聴きながら、上機嫌で歩いていた。深夜徘徊という訳ではなく、少し気分転換に散歩に出た。別に意味はない。たまに意味のない行動をするときもあるだろう。

 家にいても息が詰まるし、なかなか眠れない。

 彼は私の幻覚なのではないかと思うようになった。

 ほら、よくいるでしょう。見えないお友達と遊ぶ人。あれの類いなのかなと私は思った。

 それにしても常に見えている訳でもないし、母も彼を見たことがあるし、幻覚にしては訳の解らないことばかり言う。

 しかし、説明のつかないことばかり起こるのだから、幻覚として処理してしまわなければいけない気がした。精神科に行った方がいいのだろうかと考えるが、精神科に行くには母にお金を出してもらわないといけない。「精神科を受診したい」などと言ったら何を言われるかわかったものではない。


「麗さん」


 暗がりで突然後ろから声をかけられた。私は心底びっくりして恐怖で叫び声をあげる。


「うわぁっ!?」


 慌ててふり返ると、彼が私を驚いた顔をして見ていた。


「はぁ……はぁ……驚かさないでくださいよ、もう」


 幽霊の類いかと思った。いや、彼は幽霊みたいなものだとは思うけれど。

 なんで彼が驚いた顔をしているのだ。驚いているのは私の方だ。そもそも、脅かす気がないなら前方から声をかけてほしいと私は文句がいくつも湧き上がる。


「こっちにきてください」

「え?」


 ほら、また訳の解らないことを言う。

 不思議と怖くはなくて私は言われた通りに彼についていく。別に私の身体を引っ張ることもない。ただ、こっちにくるようにと先導する。

 彼はキョロキョロと辺りを見回して、そして大きく息を吐いた。


「深夜徘徊なんてしたら危ないですよ」

「あなたもしてるじゃないですか」

「それは……えーと…………大人だからいいんです」


 少しムッとした。

 私だってもう大人ですから。と、女子高生にありがちな大人にも子供にもなり切れない思春期特有の感覚で彼に反論する。


「子供扱いしないでください。そもそもはあなたいくつなんですか?」

「23歳ですが……」

「へぇ、そうなんですか。…………え? 待って、初めて会ったのは私が幼稚園のときでしたよね? じゃああのときは……」


 幼稚園のときが5歳で……今15歳だから、単純計算でいくなら彼は当時13歳でなければオカシイ。なのに、あのときの風貌は今と変わらないままだ。

 あどけなさは残るものの、大人であることには変わりないように見える。


「あぁ、その……私、そろそろ帰りますね」


 男なのに『私』という一人称に、また非情に違和感を覚える。


「麗さんは今日のところは家に帰って下さい。深夜徘徊はしたら危ないですから」

「ちょっと、待ってください。話を……」


 私は今日こそ色々聞いて確かめようと思ったけれど、私がそう口を開いた瞬間に彼は走って逃げた。男性にしては長い髪を弾ませながら。

 追いかけようとしたけれど、曲がり角を曲がった時に彼はもう見えなくなっていた。

 また逃がしてしまったと、私は悔しい気持ちでいっぱいになる。仕方がないので私はおとなしく家に帰ることにした。

 呼び方がないのはものすごく不便だ。そうだ、あだ名をつけよう。その時聞いていたバンドの名前を彼のあだ名にした。

『ラファエル』と。



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