00.指切り
――私は、絶対に君を見捨てたりしない
「ねぇ、指切りしようか」
私は象牙のように白い左手の小指を、彼に向けて立て差し出す。
彼は動揺を見せたけれど、おずおずと私に向けて自分も左手の小指を私の前に差し出してきた。
しかし一向に双方の小指は絡ませられない。
「指切りって、なんで『指切り』って言うか知ってる?」
彼は無言で首を横に振る。
「指切りっていうのは、昔の遊女……遊女って何か解る?」
私の質問に彼は小さく首を縦に振った。
その質問に答える彼の、胸の方まで伸びた長い髪がそれに合わせかすかに揺れているのを私は見ていた。
「所謂……江戸時代かなんかに、男の人の夜の相手をしていた人たちのことだよね。その遊女が、真剣に一人のお客さんと心中立てっていう……なんていうのかな、『あなたを裏切りません』っていう誓いを立てる為に、実際に小指の第一関節から先を切り落として、その真剣さを示す為にしていたのが転じて、約束するっていう意味合いで現代で使われているんだよ。遊女は色んな男の人と関係を持っていたから、そこまでしないと信じてもらえなかったんだね」
私が物騒な話をにこやかに話しても、彼はそれを黙って聞いていた。
彼は私の左手の小指の第一関節の辺りを無言で見つめた。
二重の花のかんばせ。長い睫毛が瞬きで震える。
「だから昔のしきたりに従って、本当の『指切り』をしよう。と言っても、流石に第一関節を切り落とすのは嫌だから、これで我慢して」
ポケットの中から取り出した小さなカッターナイフで、私は小指の第一関節の部分を傷つけた。
鋭い痛みが小指に走り、私は顔が少しひきつる。
「いっ……」
彼は私を動揺したような顔で見ていた。
というよりも、実際に明らかに動揺しているようだった。
傷つけたばかりの小指からはまだ血は溢れ出していない。
私は自分の小指の傷の状態を確認した。思ったよりも深く傷がついている。
少し見ていると、だらりと血液が溢れてきた。
「君は、誰のことも信じられないだろうけど……私は君を裏切らない。その誓いの証がこれだよ」
「止血しないと……血が……」
相変わらず、彼には私の言っている主旨がきちんと伝わっているのだろうかと心配になってくる。
いや、こんな狂気の沙汰をしている自分の頭の方を心配をしないといけないのかもしれない。
昔はこれが普通だったのだろうかと、遠い昔の遊女に思いを巡らせた。
自分の小指を切り落として送るというまでの行為で、どれだけ相手にその愛情が伝わったのだろうか。
そうこうしている間に、彼と離れなければいけない時間がやってくる。
私が目の前の彼に想いを馳せていると、小指から垂れる血が服に染みこんでいく。
自分で想定していたよりも深く、放っておいてもしばらく血が止まる気配がない。
「また時間できたら来るから」
「はい、ありがとうございます……傷……止血してください……服が……」
歯切れの悪い言葉が返ってくる。
「『指切り』したからね。約束だよ」
私は後ろ髪引かれる思いで、私の方を振り返ってぎこちなく手を振る君に、優しく笑って手を振り返した。