5. 〇「予兆?」
『来た早々で申し訳ありませんが――“私”の判断にてあなたを現実に戻します』
『その覚悟なきままこの先の展開を進めれば、取り返しのつかないことになる』
「“蛙田三果”として分相応でいたいのならば、もうこれ限りにするのです――」
「君、あれが見えたの?」
ルーシーにそう指摘された途端「見えたって? あれっ。私今、なんて」と、急に自分で自分の言ったことがわからなくなった。
言われてみれば、多数の魔物を一瞬や刹那よりも速い須臾の時間で屠ってみせたあの恐るべき神速をこの私が本当に“見えた”の?
だとすればおかしい。こんな武芸も魔法もダメダメな私が達人アンジュのスピードを目で追えた、なんて。
「うっ!? あああ!?」
それに気づいた瞬間のこの衝撃! あ、頭が割れるように痛い! 脳まで震え頭蓋を突き破りボンと、花火みたく破裂しそうに!
「アアア!! いたいイタイ痛い!!」
《判断に……現実に戻……します……》
「ミッ、ミカエルッ!?」
体勢を崩した私を倒れる前にルーシーが支えてくれた、みたいだ。突然の騒ぎに他の仲間たちも駆け寄って来てくれた、ようだ。
けど痛すぎてそれどころじゃない。まるで頭を巡る血流が大洪水となり轟く感覚。周りの様子なんて何も見えないし聞こえない。
《覚悟な……取り返し……になる……》
なのに、そんな状況でこんな謎の声が脳内に響き渡る。何を言ってるかはわからないけどどこか澄んでる。
それも耳から聞こえるんじゃなく今まさに荒れ悶え猛び狂ってる、私の脳ミソそのものが喋ってるみたい。
そして体内からその言葉が、いや“言霊”が克明に、神経一本一本に至るまで刻まれるように聴こえてくる。
そしていつの間にか視界は、洞窟の茶色から“無の真っ白”へと変貌し、やがてその中の様子も見えてくる。
《として……分相応に……のです……》
これは……天使みたいな翼を広げた姿が浮かんでる? 後光で顔は見えないけどもなぜかまぶしくはない。
もし天国への入り口があるとすればこんな感じなのかな。その人が徐々に近づきながら手を伸ばしてくる。
そんなふたつの意識と身体がそのまま融合しちゃうほどにピッタリとくっついたところで意識も途切れて、
《ピーッ! ログアウトしました――》
そして目が覚める。――このニオイは、畳にこびりついた陰と、そこに当たる陽が奇妙なハーモニーを奏でる我が家独特の空気。
下の姉が出てってからは私だけの空間、気づけばそんな自室に戻って来てた。
えっ、今回これで終わり? 今回の仕事は? ルーシーやアンジュたちは??
「こんな中途半端なとこで? ああもう最悪! このあとどうすんのよっ!?」
私はVRゴーグルをむしり取ると仕方なしに部屋を出た。はあ、長い時間やってて今回得たのは尿意だけか。
「いきなり途中で消えたら次気まずいじゃん、ああウチのルーターまじボロ!」
便座に腰かけ文句と一緒にこうべを垂らし、オシッコとともに愚痴をこぼす。
でも過ぎたことは仕方ない。どうせ私なんて何の役にも立たない存在だし、いなくなったって誰も困らない
「うぎゃあああああああああっっ!?」
と、用を足し終えた時思わず叫んだ!
築ウン十年っていうウチの団地のガラスをことごとく割っちゃうほどお腹の底から大声で! “そこ”に人差し指まで突きつけて!
「なっ、ない――ッ!!」
スベッスベのツルッツルだった。もう水泳の授業はないしイイかと伸ばし放題だったあの蠢くヒジキが――
なんとまるできれいさっぱり跡形もなくなってたばかりか、その下からそれはもう美しい純白の雪細工が姿をのぞかせてたのだ。
でも私はといえばただただ絶句、無言の狼狽をくり返すばかり。やっと脱兎のごとくトイレを出て、洗面所の鏡で自分を見ると、
「ウソ、でしょ――!?」
そこには信じられないモノが映ってた。それはあの“顔と身体”だった。あの世界での、ゲームの私の姿が。
《【ミカエルの姿形】を手に入れました。新たな能力をどうぞお楽しみ下さい》




