52. 〇「慧眼の光」
戦いを終えた休息中、突如倒れ込んだルーシー。敷布に広がる紅い円はこぼれたお茶じゃない。脇腹を押さえる手も同じ色に染まってるから。
「気をつけろ、囲まれているぞ!!」
アンジュが叫ぶも時すでに遅しだった。今ルーシーを切ったコウモリが、周囲にどんどん集まってくる。そんな、一難去ってまた一難なの!?
「クッ! 【反逆の刃】ッ――!!」
その時、傷をおして立ち上がる彼の手元に唐突に“氷の剣”が生成された。それを縦横の十文字に鋭く振り抜いてみせる。
『ピギャ!!』『キョワァァッ!!』
すると目の前の空中何mもの範囲に蠢く、燭台の照明も覆い隠し塗りつぶすほど無尽蔵の集団がスパッと斬り裂かれた。
さらにはその切り口から辺り一面に白い光の波動がほとばしり、地面には蒼い閃きの中できた“氷の路”が一直線、洞窟の果てまで走ってく!
「おおっ! あの群れを一瞬で!? なんという威力だ!!」
瞬く間に消滅する漆黒の塊、蜘蛛の子を散らすとはまさにこのこと。うん、本当にすごい。こうしてアンジュが手放しで褒めるくらいだもん。
『キイイ!!』『カアアアッッ!!』
けど即座に奥より飛来いや再来した、その第二波がまたぞくぞくと集まってくる。そんな、まだあとどれだけいるの!?
「ねえルーシー、もう一度やって!」
「だめだパフィ、ここは逃げよう! これは“反撃限定”の能力なんだ……僕自身か君らが何か害を被ったあとじゃないと、使えないものだから」
「反撃、限定? どういうこと!?」
「言葉通りの意味さ……“自分から能動的”には使えないんだ。下手に残って全滅なんかする前に……この場は撤退しよう」
そうして皆で来た道を駆け出す。誰も気づかない間に攻撃をしてきた速さから逃げるなんて無謀じゃ、と思ったけど道中は意外と安全だった。
地面や壁と天井、すべてを覆う氷がキラキラと輝いてるせいか、なかなか近づいてこないから。魔物とはいえコウモリだし光は苦手なのかな。
「ぐふっ……あああっ」
そんな冷たい蒼の上に彼の熱い紅が垂れ落ちてく。あれからずっと傷をかばってるせいか速度は万年体育2の私以下だ。
「ううっ……アグオッ」
見かねたパフィとエブリンがペースを落とし最後尾についてくれるけど、苦しそうにうめいてる様子からして傷は決して浅くはないだろうな。
そうだ、私の新たな力【忘却の光】。全滅寸前だったアンジュたちも瞬時に全回復させたあの魔法なら、こんな傷ぐらいなんてことないはず。
「……」
そう思い並走する彼に指先を向けるけど、顔を直視できずに目を反らす。――考えまいとしてた、少なくとも今だけは。
けどどうしても駄目、思い出してしまう。だから何事もなかったように視線を戻す。
『忘れられませんか。赦せませんか』
今日これで何度めだろう、再びあの誰かの声が聞こえる――
『その出血、放置すれば危険です。それでも目を背けますか』
――忘れられるわけないよ。正直なところ彼とはもう同じ空間にさえいたくないし、こんな非常時じゃなかったらたぶん絶対に耐えられない。
それに今優先すべきは一刻も早く脱出すること。この人ひとりの怪我を治すぐらいで足を止めてられない。余計な力は――使ってられないの。
『それもいいでしょう。今のあなたは長きに渡る軛から解放されつつある。思いひとつで、いくつもの力をいとも容易く呼び起こせるはずです』
うっ!? その時突然私の視界に“地図”が映った。ゲームのミニマップみたいなのが鮮明に、脳や網膜に直接刻まれたように。こっ、これは?
『これぞ見えないものも望むままにすべて見通す【慧眼の光】。少しずつ思い出しかけていた力のひとつを、今ここで完全に取り戻したのです』
慧眼の、光?? ――あっ、そうか。さっきからこれまた何度も経験した不思議な現象、この能力の片鱗だったのかな。
『“個”である彼のことよりも“全”の目的を取る。そう決めて目覚めたその力でこの窮地を脱してご覧なさい。これよりの主役は再びあなたです』
『しかしお忘れなきよう。あなたの思いはどうあれ活路を開くきっかけは彼によってもたらされたことを。最後の選択もよく考えて決断なさい』
――やがて凍てついた道も途切れ始めて、地面にはもとの岩肌の灰色が顔を見せる。
「クッ! どの道を来たんだったか」
「時間がないわ、早く決めなきゃ!」
「目印を残しておくべきでしたわね」
「……!! ヽ(д`ヽ)。。。(ノ′д)ノ」
さらに、行きは気にも留めなかったけど進路も三つ又に分かれてた。そんな、せっかく無事に逃げきれると思ったのに。
まずい、もし追いつかれればさすがの彼女たちでも危険だ。何せウジャウジャと無数にいる分さっきの大蛇1体より厄介と言えるだろうから。
けれど、大丈夫。今の私には見える、正しい道がわかる! なぜなら窮地を脱するためのすべがこの手にすでに、いや、この“眼”にあるから!
「皆さん! 来た道はこっちです!」




