31. 〇「夢かゲームか」
吹き出た脳ミソがウォータースライダーを伝いつつ他者の頭へ。そんな感じにどこか違う場所へ意識だけ飛んでく。
『きゃああああああ!?』
『チイッ、これはっ!?』
『夜刀さまッ!? うう、くふっ――!! あなた一体何を――!!』
これはログイン時の未だ慣れない感覚。だけどそんな私の前に広がった光景は、
『“なにも”』
『何ですって――っ!?』
『我が【幻惑の光】によりお狐様、あなたには“蛇姫様が私に”視えていたのです』
『えっ……』
『そして彼女には“あなたが私に”視えていた。そちらで同士討ちしただけのこと』
『なっ……』
まただ。意志に反して勝手に話す“自分”と、その私と対峙してるふたりの女性。
ゲームの世界じゃなくて、再びさっき見たこの“夢”の中にいる。これは一体??
『“因果応報”。他者に牙むけば刃を向けられ、業としてどこまでもつきまとう。なれば最初から何も成さないこともまた、ひとつの正しさ』
『何を、言って……!!』
『それが術として極限まで昇華を果たしたのが我が力【天運】。すべての厄災はこの私に届くことなく消失し、逆に発した者へ還るのです』
『てん……うん……!?』
『私に敵意を向けるゆえ、光で創られし我が虚構の姿が現れる。攻撃を加えるためにその“因果”を返すべく、互いに傷つけ合うこととなる』
『成程……つまり戦意を向けたが最後敵は自滅するのみ、ただただ滅びゆくと?』
『その通り。私に仇なす者がこの身を傷つけることは絶対に、決してないのです』
視線の先で膝を突いてるのはあの時にも見た花魁風の女性。その隣には長い黒髪に袴というジ・女剣士な人もいる。
『ハッ、狐が化かされていてはとんと世話なしじゃ。のう藻女よ――』
やがて静かに立ち上がると刀を杖代わり、土に刺して言うその姿に私も『……まだ戦う気なのですか?』と尋ねる。
『ざれ言を。あの鬼どもは下せてもわらわにはこの程度、鱗の一枚にもならぬわ』
『強がりを。勝者は勝つべくして克ち、敗者は負けるべくして敗けるのです。この力を破れる器にないと知りなさい』
『その決めつけと思い込みよな。まっこと叩き落とす甲斐があるというものじゃ』
『――本当にこの国の者は始末が悪い。避けられぬ運命に抗うが誇り、滅びの美に酔うが誉れ、とでも仰る気ですか』
『無論じゃ。我らにとって酔っておるだの狂っておるだのは誉め言葉にしかならぬぞ。何しろそれが国柄ゆえにな!』
羽織袴の女性が高らかに叫ぶ。そして自分の首筋にきらめく刃を這わせたのち、なんとそのまま自身の皮膚を“弾き”裂いてみせる――!?
『バカな、何の真似です』
第二刃、第三第四、五ォ連刃! 顎下に左手首を続けざまに切る。リアルで目にすれば卒倒しそうな光景だけどなぜだか魅入ってしまう。
スパッ、ヒュパッ、プシュッ! という滑らかな動きと吹き出す血飛沫のそれらはまるで、拍手喝采の嵐が送られる音楽家の舞台のよう。
何より、それは光を反射する刀と降り注ぐ血が混ざり散りゆく桜となるがごとく、幻想的なまでに美しくこの目に写ってみせたからかも。
『ようやくと、覚めたわ』
血のしたたる刃を先の割れた舌で舐める。相も変わらず顔は影で見えないけど、その“眼”は不敵に笑って、光って、猛ってるのがわかる。
『花見で一杯、酔い覚ましに迎え酒。ちゃちな幻術などもう効かぬぞ』
『何のつもりなのですか。自らを徒に追い込んで、勝ち目があると?』
『ククッ、さあてのう?』
『愚かな、愚か過ぎます。本当に愚の骨頂。そう、あなた方蛇は特に』
『さあ第二幕よ。倍返しならぬ乗返しじゃ。我らは大層執念深いゆえ』
『そうよ、あの方と一緒。もはや同情する気力も失くなりましたわ!』
『何じゃ、わらわ程度に苛つくか。先刻の大物ぶりは何処へかの!?』
『お黙りなさい――!!』
『怒れ叫べ喚け――その澄ました面に小皺一本でも増えれば敗けよ! 八つ裂きならぬ八百万裂きじゃ。死化粧で上塗りをしてくれよう!』
そうして袴の女性が突っ込んでくる。まるでカエルをひと呑みにするヘビのような俊速。風を舞い泳ぐ髪が尻尾みたく見えるから尚更だ。
瞬く間に間合いが詰められてルビーのように輝く刃がこの喉目がけ振るわれる。
やがてずっと逆光に遮られてた顔がようやく見えるかというその時、その瞬間、
“パリイイインッ――”
今度は目の前の光景が、世界が、すべてが突如として“ひび割れた”。




