29. 〇「望み」
バニラ系の甘ったるい香りで目が覚める。これは確か、昔からお父さんの吸ってるブラックデビルって煙草の煙か。
「やっと起きたァ。いやぁ〜心配したわ! 大丈夫?」
「無理は駄目だよ。疲れてるンならまだ寝てなさいね」
ずいぶん長く眠ってた気がする。けどセピアから無事カラーの世界に帰還してみて実際は1時間も経ってなかった。
ともあれ次はビール開けてるたまちゃんと手品みたくライターを扱うさよちゃんの姿が映る。このニオイ、彼女もこれ吸ってたんだ。
「ミカちゃんごめんね〜。起きたそばで悪いけど、ぜひ聞きたいことがあってね」
飲み終えた缶を後ろを見ずに投げ見事ゴミ箱へin。今度はウイスキー片手にたまちゃんが尋ねる。
「このゲームだけどさァ。いつどこでどうやって、誰から手に入れたのかなァ?」
えっ、どうやってって。それはたまちゃんも同じじゃないの??
一応、少し前に近所の店で機種変した時のことを話す。抽選に当たり今なら超本格VRゲームがインストールできるってなったことを。
「むっ。そのファミコン屋さん、検索によるともうつぶれてんだね。なるほど、もはや確認も相談もしようはないか」
でも、私たちのやり取りを無言で聞いてたさよちゃんがここで、
「その時説明なかったの。異世界から能力を持ち帰れるだなンて、どう考えたっておかしいでしょ」
「仮にあるンだとしても、そんな怪しいゲーム配る方もやる方も、どっちも神経を疑っちまうわね」
と、鋭い目つきで煙を吐きながらも矢継ぎ早に畳みかけてきた。
「そんなの聞いてません! それにこうなると知ってたら絶対に、やるはずもなかったですよ!!」
それには私もついこんな風に声を荒らげてしまったけども、かと思えば今度は、
「言い過ぎた。ごめんね」
だって。やっぱり今日のさよちゃんは何か変だ。年上としての優しいまなざしとは正反対な、氷のように冷たい眼光を時おり見せる。
例えるなら不倶戴天の敵を射殺すほどの雰囲気。どっちが本当の彼女なんだろ。けど悩む間もなくたまちゃんとの問答が再開される。
「向こうから能力を持ち帰れるって知ったのはいつ?」
「一緒にチームを組んでる人が言ってたからです。『現実でもスキルが使えるようになった』って」
「むっ? このゲームやってる人他にも知ってるの?」
「いえ、実際に会ったことはなくて。だから力の持ち帰りだなんて、私も今日まで半信半疑でした」
「その人誰さんっての?」
「えっ、名前ですか。――プレイヤー名は“ルーシー”さん。女性みたいな響きですけど男の人です」
「んで、ミカちゃんは?」
「“ミカエル”ですね。本名の蛙田三果から自動設定されたのかな、って思うくらいピッタリでした」
「……ふうん」
んん?? なんかまたふたりの様子が変になったぞ。どっちも無表情で何やら深く考え込んでる。
たまちゃんはグラスのお酒が溢れそうなの放置だし、さよちゃんは煙草が丸々灰になりかけなのに「……チッ」と頬杖ついたままだ。
う~ん、さっきから本当何なのよもう。間が持たなくなるのが嫌なので今度は私から「ちなみにたまちゃんさんのは」と尋ねてみる。
「いやあ、たぶんあたしはミカちゃんとは“違う時代”のキャラだし、教えてもあんま意味ないかな」
「違う時代?」
「えっと、このゲームを始めた時点で、プレイヤーは複数の舞台に割り振られるの。だからあたしはまだそっちには存在してないんだ」
「はあ」
「あたしのいる頃まで物語を進めれば会えると思うけど、きっとまだまだずいぶん先の話になるよ」
うーん、何だかよくわかんない話だな。そういえばお姉ちゃんの姿も見当たらない。あんな状態でどこ行ったのか。
「三果にゃ悪いけど時間だから、って帰ったよ。今からスーパーで試食品と無料の醤油とソース、ニンニクにワサビや牛脂集めだって」
「あとは割り箸と、公衆トイレも巡って紙と石鹸も盗って、いや取ってくるとさ」
ははあ。そうですか“いつもの”ね――くそっウチの恥さらしめ。
「まあそう言わないで。お墓のお供え盗んだり、主食が精米所の余り米からの“丸亀丼(無料)”の知り合いに比べりゃだいぶマシだわ」
いやさすがに窃盗に感謝はだめでしょ。ていうかお姉ちゃん運転して大丈夫なのかな、まだお酒残ってそうなのに。
「この時間近くにお巡りはいないし大丈夫よ。それに唯菜ちゃんならパクられても『身体で見逃して♡』って逆に弱み握りそうだし!」
「そういや、知り合いに実際それ一般の女性へマジに持ちかけて処分された不良職員がいたわねェ」
「アハハッ! さっきからソレ知り合いってかウチのボスのことでしょって! 変に誤魔化さ――」
「っと女狐、もうやめよ。ミカちゃんの前だしね――」
はあ、とりまここにいても進展はなさそうだ。私も帰るかな――
「あっミカちゃん、私のバイクでよければ送ろうか?」
「いえ大丈夫です。これからのこと歩きながら、そして明日も家で一日かけてよく、考えたいので」
「学校、休んじゃうの?」
「――私、本当に悪口陰口はもう嫌で、この外見じゃ何言われるか今からすごく怖くて。もう目立ちたく、いじめられたくないんです」
そう、せっかく得た平穏を壊したくない。だからこんな外見いらなかった。喪女には喪女の生き方があるんだから。
そして「では」と背を向ける。しかしそこで「方法、ないこともないよ」という思わぬ一言がこの足を引き止める。
「元には戻れない、だけどその姿を偽る方法ならある」
えっ、ウソ。ほんとなのそれ。どっどうやって。「ぜひ教えて下さい!」と思わずたまちゃんの肩をつかんで言う。
授業でやった山月記、だっけ。自らの運命を受け入れたはずの虎が「やっぱお前を食わせろ!」って再び主人公に喰らいつく勢いで。
「“視覚”を司るは【光】。なら光魔法を覚えればいい」




