Prelude of Morningstar
親兄弟はいないし顔も知らなければどこで生まれたのかもわからない。名前だって引き取ってくれた施設からもらったもので、この時点で皆のいる“普通”からは遠ざかっていた。
だがそれでも大多数なら、同じく大多数とともに陽の注ぐ明るい庭で遊ぶこと、つまり“合わせる”ことを覚える、そんな日々を通し子供ながらに生きるすべを学んでいくものだ。
それはたとえ国や時代が違っても大差ないが、そこでもさらに端へと追いやられる者も必ず現れる。それもまた哀しい事実だけれども。
『おいっなにをやってんだよルーシー、これじゃひがくれちゃうだろ!』
『アハ! あんたはオニをやらせても、なにをやらせてもだめなのね!』
そう、これがそんな狭い社会のうちからすでに存在していて同じ条件で、似た境遇にも拘わらずなお周囲に馴染めない“日陰者”の姿だ。
だからそんな僕が大多数の駆け回る屋外の代わりに院長先生の書斎に入り浸り、そこの暗く静かで平たい世界の住人たちと友誼を結ぶのにも、あまり長い時間はかからなかった。
『わあ……このせりふ、カッコいいな。僕も将来、こんなことを言える大人になりたいなあ』
『へえ……書いた人は【リリー・トゥー】さんっていうのか。いつかぜひ会ってみたいなあ』
『ふふ……主人公のこの性格からして、きっとこんな顔、こういう姿をしてるんだろうなあ』
授業だけで本を読むよりも数多くの文字に触れていたから、語学の成績はとてもいいと褒められた《でも他の子らには疎んじられた》。
周りがごっこ遊びのお城を砂や粘土で作っている中、平面の真っ白な更地に筆をひたすら走らせた《これもやはり当然異端視された》。
もちろん何度でも言うが、これは“皆と同じ”じゃない。“普通”ならば、自分の内面を文章や図画に起こしたりなどはまずしないことだ。
そんな暇があれば男なら、食い扶持を稼げるように心技体を鍛えるべきだし、女性なら自身の美を磨いた方がどれほど有意義か。そう、生き物の使命は種を残すことなのだから。
今にして思えば、それをわかっていながらいい大人になっても夢を棄てきれなかったことが、こうなる原因を作ってしまったのだろう。
* * *
『チッ! 剣も魔法もダメ、雑用や力仕事もダメ、何をやらせてもダメ! アンタよくさ、そんなンで冒険者になろうと思ったわねェ!』
『痛っ! うう! あがっ、っ!!』
『ねえ! マジなめてンのかって話よね! コラァ!?』
『うぐ! うわ! あああ、っ!!』
『フン! アンタみたいな弱者男見てるとムカッついてしょうがないわ! 世間にあふれてるような下っだらねェ三文芝居みたいでね!』
『……』
『昨日まで何もしなくても、できなくても。今日じっと耐えてれば明日は何とかなる、現状の維持で充分。ンな甘い考えなンでしょ!?』
『……』
『ハッ! 今日び芸術の分野じゃこんなクソを慰めてやらないと天才のあたしでも大成できないだなンて、本当ふざけてるわ。ぶつぶつ』
『……』
『ケッ! 何なのその目は。女にここまでされて屈辱だって? だろうね。ゴミ男も無条件で全肯定してくれる、大衆娯楽に出てくる都合のいい“メス”に夢見てそうなツラだもん』
『……』
『いいこと。あたしはねェ、アンタみたいに“丸裸”ってのにテメェで暖を取ろうともしない、服を着ようとすらしない野郎が大嫌いでね』
『……』
『人には“分相応”ってのがあるけどね。思い描く理想に近づこうとする気概のなければ研鑽に励むことなく何も考えず恨みを吸い毒を吐いてるだけ。ンなのは虐げられて当然なの』
『……それ、作家のリリー・トゥーさんの言葉ですよね』
『えっ』
『僕も昔から何の取り柄もない身ですけど、主人公がそう叱咤を受ける場面に心打たれて、このままじゃいけないと子供ながらに思って』
『……』
『「自らの運命を切り拓く意志は背を見せる“逃走”ではない。前に向かう“闘争”である」。だからあえて苦しい選択を、と考えたんです』
『……』
『それで意を決しこの道に入ったんですが、現実は厳しいですね。でも頑張ります。好きな本と同じ忠告を受けたのも何かの縁ですよね』
『……』
『そういえばお名前、その先生によく似てますよね。まさかご家族とか』
『ちっ、違うわよっ。……ばぁ〜か』
* * *
『おいベリィよ。最近リリスのやつ、あんな使えねえ穀つぶしにずいぶん甘いんじゃねェか』
『ええ、姐さんも一体どういう風の吹き回しなんだかッスよ。ほら、言ってるそばから――』
『……ルーシー。このお茶の淹れ方、いいわよ』
『えっ、本当ですか?』
『うん、一仕事終えた喉を潤すのにまず冷たく淹れて、次からは温めて香りを引き立たせる』
『あっ、ありがとうございます。実はこれもリリー・トゥーさんの物語を参考にしまして!』
『フフ、そうなんだ。じゃあいつも殴る蹴るばっかだし、たまにはご褒美でもあげよっかな』
『えっ、ってちょっと!? ちょ待、ちょ待、ちょ待って下さいよ!?』
『どう? 童貞クンの妄想してるよりかは少しだけ硬いかも、だけど♡』
『やっ、やめて下さい!! ホラッ、おふたりに見られてますよっ!!』
『ウフ♡ アンタも頑張れば、いつかはあたしみたいなイイ女と“この先”に進めるかもね♡』
* * *
果たしてどんな人なのか、これまた顔も性別も何もわからない。だがあの幼き日の心を打った書き手の名文は今もこの胸に残っている。
大切なのは“積み重ね”と、どんな時でも決して“思考を止めないこと”。
皆が皆、武芸や魔導の道、すなわち苛烈なる現実に立ち向かえる人たちばかりでもない。しかし無力だからと諦めてはそこで終わりだ。
“英雄とは自分ではない、そこに近づこうと目指す者である”のだから。
* * *
『テメェなんぞもうクビだ、この能無しが!! ――オイお前ら、こいつ殺しとけ。今なら雇用助成金と死亡見舞金の、両方入るからよ』
それでも、この人たちのお眼鏡にはついにかなわなかった。だけど――
『いやあスゲェ締まりだったな! やっぱ新品はイイっスねぇ姐さん!』
『ほんと♡ 別にこのままウチの“ご奉仕係”にしたげてもいいのにねェ』
『んで、どうすんです。マールムの言った通り、始末するんですかい?』
『――放っときましょ。こいつにそこまでの価値なんて、ないだろうし』
僕はまだ生きている。拾った命に意味を持たせたいと、今はそう思う。
* * *
「よし。ではルーシー、先に休ませてもらうぞ」
「あんまり夜更かししちゃ駄目だよ。おやすみ」
「……ヾ(*´・ω・`*)」
「うん。アンジュ、パフィ、ステラ。また明日からもよろしく頼みます」
「あら? それは何を読んでらっしゃいますの」
「これ? “小説”だよ。昔からずっと好きでさ」
「ああ、いわゆる創作物語というものですわね」
「座右の銘にしてる言葉がたくさん出ててね、いつも読み返してるんだ」
「ふう。こんなことは言いたくありませんが、今のアナタには余暇を楽しむゆとりなどないでしょう。目を通すならば魔導書になさいな」
「はは、そうだよね。必要なのは常に理想へと向かう努力。その通りだ」
そう、こうしてまた新たな出会いに恵まれたから。奇しくも女性ばかりの所ではあるけど。
だからって邪な感情を抱く余裕なんか微塵もない。僕みたいな男に必要で、優先すべきは色気づくよりも今を精一杯頑張ることだから。
「わかればよろしい。うふふふっ♪」
「今後ともよろしく。エブリン師匠」
さてと、いつまでも出しゃばっていても仕方ない。“この僕を演じてくれる、真の主人公”である“彼”に、そろそろ交代するとしようか。
これは、星は星でも白にも黒にも属せない孤独な“明星”が最後に迎えるは黎明か、あるいは宵闇か――。そこに至るまでを描く物語だ。




