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セストはポケ〇ンではない

 焼けつくような痛みに意識が遠くなりかけ、フローラは剣を杖の代わりにして体を支えた。

 傷口を押さえた手に生温い液体が伝わり、地面に落ちる。

 背中を刺された時に二度とこんな痛みは味わいたくないと思ったのに、こうして危険な場所に来てしまっていることを少しだけ後悔した。


 本当は怖かった。

 足を切り落とされた時はすでに気を失った後だったが、剣を持つ男に取り囲まれ背中を刺されるのは、トラウマになる経験だった。自分の体に刃が近付く恐怖は今でも夢に見るほどだ。

 それでも警護につくと言い出したのは、母親と自分を救ってくれたエミリアに何か少しでも恩を返したかったからだ。

 騙されて利用されて、いらなくなったら殺される。

 そんな人間として見てもらえない日々の後で、エミリアは淡々と当たり前のことをするだけだという態度で母と自分を救ってくれた。

 証言が必要だったとはいえ、特級ポーションを使ってもらえたおかげで、学園にも普通に通えるようになり、友人が出来て、母親は安全な場所で笑顔で生活出来るようになった。

 エミリアとバージェフ家への恩は、きっと一生かかっても返しきれない。

 

 それに復讐がしたかった。母を苦しめた医者が特に許せなかった。

 リコがエミリアを狙っているようだとは薄々感じていたので、エミリアを守れば、リコ達の鼻を明かしてやれると思っていた。

 だから今更後悔している場合ではないのだ。

 エミリアを守り、医者を捕まえなくてはいけない。


 アルベルタの魔道具が発動したのだから、すぐに助けが来る。

 それにエレナが暴れてくれたおかげで、兵士のほとんどが怪我を負っている。

 まだ勝てるという思いが力になり、フローラはリコを睨みつけた。


「逃げられないわよ」

「うるさい」


 手の甲でフローラの頬を殴り、リコは彼女がよろめいて倒れ込むのを冷たい目で見下ろした。


「手間をかけさせやがって。行くぞ。錬金術師を連れて来い」

「私に命令するな。こいつは私を殺そうとしたんだぞ。息の根を止めていく」

「勝手にしろ」


 男達が揉めている間に回復魔法を使いたいのだが、そのためには横腹に刺さったままのナイフを抜かなくてはいけない。

 フローラは倒れたまま両手でナイフを引き抜こうとして、痛みに歯を食いしばった。

 泣く気がなくても、自然に涙が頬を伝う。


「何しているんだ。怪我を治せ。痛い。あの女、くそ」


 そこに生垣からようやく這い出してきたレミージョが、よろよろと近付いてきた。

 夜会用の上着は何カ所も破れ、ぬかるんだ地面の土で汚れている。

 枝が刺さったのか腕から血を流し、顔や手にも細かい傷が出来ていた。


「無理だ。この女はもう使えない」

「ふざけるな!」


 レミージョに怒鳴りつけられ、リコは片目を細めて舌を鳴らした。


「カルリーニ家の助けなしで、国外に出られると思っているのか! 兵士達も回復させれば戦えるじゃないか。何をしているんだ、まぬけ!」


 レミージョのこともぶん殴りたいところだが、言っていることには一理ある。

 エミリアを国外に連れていく道中は長い。ひとりでも多くの兵士を連れて行きたいところだ。


「おい、さっさと自分の怪我を治して立て」

「うわああああ!」


 リコに乱暴にナイフを引き抜かれ、気絶したところを腹を蹴られたフローラの絶叫が響いた。

 ビアンカにポーションを渡していたエミリアは、フローラの置かれている状況に気付き、すぐに行動を開始した。


「もう迷っていられないわ」


 首にかけているネックレスに魔力を注ぎ、一番下についている涙型の石を掴んで引き抜く。


「セスト!」


 自分の周囲を素早く確認したエミリアは、自分の前方の少し離れた位置に、床に叩きつけるように石を投げた。 

 パリンっと澄んだ音がすると同時に、石が割れた位置を起点に半円を描いて強烈な衝撃波が起こり、周囲にいた者を吹き飛ばした。

 中には吹き飛ばされて運悪くキューブにぶつかり、三倍の衝撃ではるか遠くまで吹っ飛んで行ってしまった兵士もいた。

 セストを安全に転移させる準備なのだから、それだけでは終わらない。

 せっかく障害物を排除した空間に、また誰かが来てしまっては困るのだ。

 そこですぐに閃光がさく裂した。


「見ないで!」


 説明を受けていた仲間達は、言われるまでもなくきつく目を閉じ顔を逸らしたが、それでも瞼の裏が眩しく感じられるくらいの閃光だ。


「ぎゃーーーー!!」

「目が! 目が!」


 何人もの兵士と侍女のひとりが目を両手で押さえてのたうち回っている。もうセストが来なくても大丈夫なんじゃないかと思うほどの状況だ。


「男は敵男は敵、男は全部敵!!」


 そして最後は状況説明だ。

 あまり時間は取れないので、倒していい相手を指定する約束になっていた。


「わかりやすい」


 転移してきたセストは、もう剣を抜いて構えていた。

 アルベルタの魔道具が発動し、ランドルフがすぐに近衛を引き連れてここに向かうのに同行しながら、なんで早く転移させないのかとやきもきしていたのだ。

 まず振り返って、無事に転移出来て得意げなエミリアの顔を見て無事を確認し、キューブにはいって安全を確保されているアルベルタを確認したところで、フローラに回復させようと向かっている途中で、閃光を浴びて動けなくなっていた兵士達が、波にさらわれて流れていくのが見えた。


「エレナは怒らせては駄目だな」


 どう投げれば当たるか研究でもしたのか、ドレス姿だというのに、投げ終わった体勢が格好よく決まっているエレナをちらっと見てセストは呟いた。

 敵の兵士に無傷の者は残っていないようだが、これだけのことをしでかしたやつらだ。怪我をしていようが女性だろうが遠慮する必要はない。

 セストはまだ動けるやつらを倒すため、敵に切りつけた。


「はい、回復!」


 衝撃波と共に起こった悲鳴と、続く閃光から目を守るため、ジーナと侍女は戦闘をやめて距離を取っていた。

 回復するなら今がチャンスだ。ビアンカはポーションの蓋を開け、ジーナに駆け寄った。

 

「何それ」


 敵からしたらたまったものではない。相手だけ回復込みで戦闘出来るのだ。ハンデがありすぎる。


「あれ? 疲労も取れたような気がするんだけど」

「高級ポーションなの」

「うええええ。飲んじゃった。飲んじゃったよ。そりゃ元気になるわよ。でも代金どうすんの?!」

「エミリアのだから無料じゃない? 投げつけてもいいって言ってたし」

「高級……ポーション?」


 ドンギアでは高級ポーションなんて都市伝説だ。特級ポーションなど物語の中だけの存在だと思われている。

 それをたいした傷を負っていない小娘が、ごくごくと水のように目の前で飲んで、戦う前より元気そうな顔をしていては、とてもじゃないがやっていられない。


「降伏するわ」


 侍女は武器を投げ捨てた。


 これで四人いた侍女は全員、戦闘から抜けたことになる。

 ひとりは重力魔法で地面に倒れ伏し、立ち上がると殺されそうなのでそのまま寝転んでいる。もうひとりは閃光を見てしまってのたうち回っていて、三人目はエレナの投げた魔道具の衝撃波をまともに浴びて伸びている。

 自分から降伏してその場に座り込んだ侍女は、一番マシな状態かもしれない。


「襲撃は失敗だ。錬金術師だけ連れて逃げるぞ」


 反射的に閃光から顔をそむけ無事だったリコは、まともに閃光を見てしまって呻いている医者の腕を掴んで逃げようとしたが、そこにエレナの投げた魔道具が水魔法を発動し、大きな波が津波のように襲い掛かってきた。

 波はフローラに怪我を回復させようとしていた兵士を流し、レミージョを流し、端の方に巻き込まれたのでたいして流されはしなかったが、フローラと医者も流していった。


「くそっ」

「ま、待ってくれ」


 仲間さえ見捨てて歩き出したリコを追いかけようとして、医者は脹脛に強烈な痛みを感じて前のめりに倒れ込んだ。


「逃がさないわよ!」


 一度は気絶したフローラは、腹を蹴られた痛みで目を覚ましていた。

 エミリアがセストを呼ぶ声がしたので、今がチャンスだと自分の怪我を回復し、剣を抱えて機会を窺っていたのだ。


「きさま!」

「これで逃げられないでしょう」


 倒れている医者の太腿に剣を突き刺し、体重をかけて剣を押す。

 

「リコ! 助けてくれ! 痛い! 痛い!」


 どんなに助けを呼んでも、もうリコは手の届かない場所に行ってしまっている。

 彼はこの騒ぎの中、台風の目のように、ひとりだけぽつんと立っていたエミリアに駆け寄り、左腕を掴んだ。


「きさまさえいればいい。来い!」

「来てくれてありがとう」

「何?」


 エミリアは自分の腕を掴んでいるリコの手首に、魔石のはまったバングルをはめた。

 さんざんエミリア作魔道具のばかげた威力を見たリコは、彼女を捕らえるのをやめ、慌ててバングルをはずそうとしたが、バングルは肉に食い込みそうな勢いでしまっていく。


「ぐっ。おい、これをはずせ!」


 そろそろと後退り離れるエミリアを追いかけようとした時、今度はバングルが異常に冷たくなった。痛いほどの冷気が氷を生み、皮膚を覆いつくしていく。

 

「あんまり冷えると、手が動かなくなるんですって。そのままにしておくと体全部が凍って、死んでしまうわよ」

「はずせ! これをはずせ!」

「フローラの足を切り落としたの、あなた達でしょ? だったら自分の腕も切り落としたらどう? 命は助かるわよ」


 エミリアも彼らの非道なやり方には腹が立っていた。

 今だってフローラを傷つけた上に、この男は倒れた彼女を蹴っていたではないか。そんな奴にかける情けはない。


「きーさーまあああああ!」


 氷は二の腕まで覆い始めている。

 バングルを外させようとリコが手を伸ばすより早く、エミリアの腰に誰かの腕が回された。


「きゃ!」

「彼女に触るな」


 右手に血で濡れた剣を持ち、左手をエミリアの腰にしっかりとまわして抱き寄せながら、セストはリコの腹に足の裏をしっかりとあてがい蹴り飛ばした。

 吹っ飛ばされたリコは、無意識にいつものように体をかばうために受け身を取ろうとしたが、凍って固まった腕は動かず、ぬかるんだ地面に無様に倒れ込んだ。凍った腕はあり得ない方向に曲がってしまっていた。


「こっちにいるぞ!」

「アルベルタ!!」


 そこにようやくランドルフが近衛を連れて駆けつけてきた。

 リコ達はいざという時のために、王族の使用する区画からかなり離れた場所を使っていた。

 庭が整備していなかったおかげで、ところどころエミリア達の足跡が残されていたので、これでもかなりスムーズに辿り着けたほうなのだ。


 もう無傷で立っている兵士はいない。

 ズタボロになっている襲撃者の間に、しっかりと立っているのは襲われたはずの令嬢達だ。

 ドレスが破れ、髪が乱れ、顔が泥に汚れていても、彼女達の表情は誇らしげだった。


「なんでもっと早く転移させなかったんだ?」


 エミリアの腰を抱いたまま、セストはむすっと文句を言うが、どんな危険があるかわからない慣れない転移魔法の魔道具を、出来れば使いたくなかったのだ。

 セストがエミリアを心配するのと同じように、エミリアだって彼が心配だ。


 アルベルタは魔道具の働きを解除して、無事にランドルフに抱きしめられている。ビアンカとジーナは健闘をたたえ合い、エレナはフローラを心配して駆け寄っていた。

 襲撃者が捕らえられていく様子を眺めながら、エミリアはしっかりと支えてくれているセストにもたれかかった。


「疲れた……」


 この状況では今夜の夜会は中止だろう。

 エミリア達もまだこれから、事情聴取を受けなくてはいけないらしい。

 それでも一連の騒動を巻き起こした犯人達はこれで捕らえられた。

 辺境伯が知らないと言い張ったとしても、嫡男がこれだけのことをしでかした以上、カルリーニ家には重い沙汰が下されるだろう。

 すでに辺境伯を捕らえるために、兵士が屋敷に向かったそうだ。


「終わったのね」

「いいや、まだだ。全員捕らえても、またドンギアから刺客が送られるかもしれない。俺から離れるのは禁止だ」

「離れないわよ」

「……それならいいんだ」


 照れたように横を向くセストが可愛く見えて、思わず笑みが零れた。

 どんな場所でも、セストがいれば安心出来る。

 もう彼は、エミリアには欠かせない存在になっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] >もう彼は、エミリアには欠かせない存在になっていた。 エミリア「セスト。貴方は空気みたいね」 セスト「!?(ガーン)」 そういえば、アレは英語だとPoki(ポキ)なんですよね。 そうしな…
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