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バージェフ侯爵家の常識  後編

「エミリアちゃんが狙われたと聞いて、手をこまねいているわけにはいかないでしょう? 大事な嫡男の嫁なのよ」


 シェリルの表情は真剣だ。

 セストもエミリアも椅子に座り直して姿勢を正した。


「王妃様にお話を聞いたの。王太子殿下が婚約者に素敵なプレゼントをしたそうね。セスト、あなたはどうなの?」


 シェリルが言っているのは、エミリアが依頼されて魔法を付与したアクセサリーの話だ。プレゼントされたアルベルタはたいそう感激していたそうで、ランドルフから改めて礼を言われた。


「まさか、こんなに早い展開で婚約者が出来るなんて思っていなかったんですよ」

「それはそうね。しかも相手がエミリアちゃんで、隣国に狙われるなんて予想は出来ないわよね」

「隣国?!」


 神官に使用された毒が、隣国でしか採れない植物の毒だというのは聞いていたが、まさか自分までが狙われるとは、エミリアだって思ってもみなかった。


「フローラを王太子殿下に近付けようとしたのは、大神官なんですよね?」

「そうだ。そして、その大神官をそそのかしたのは辺境伯のようなんだ」


 以前、国王に魅了を使った隣国の王女を王宮に連れてきたのもカルリーニ辺境伯だ。


「だったら辺境伯を取り調べればいいんじゃないの?」

「大神官は辺境伯とは直接会っていないんだ」


 辺境伯からの使いだと名乗った男は、女みたいに綺麗な顔をした細身の青年だったそうだ。彼は、フローラとコルティ男爵の話に整合性を待たせるために、ふたりの連絡役になっていた男の特徴に似ている。


「その男が勝手に自分の名前を使っているだけだって、辺境伯は言っているそうなのよ……って、そういう話をエミリアちゃんに教えてあげていなかったの?」

「そういうことに巻き込みたくなくて」

「巻き込むどころか、彼女は狙われている中心人物よ。何がどう危険か話さなくちゃ駄目じゃない」


 フローラをランドルフに近付けたのは、隣国の王女を国王に近付けようとしたのと狙いは同じだろう。

 魅了で操って、隣国に都合のいいように動かそうとしたのだ。

 でも、なんで自分が狙われるのかエミリアにはわからない。


「自分が狙われたのが不思議だって顔をしているな」


 セストに心を読まれたようで、エミリアは苦笑いしながら頷いた。


「たぶん、私が邪魔ばかりしているからだと思うけど、あんな大騒ぎしてまで殺そうとするほどかしら?」

「彼らの狙いは拉致だ。殺そうとしたんじゃない」

「拉致?!」

「たぶん隣国に連れ帰ってポーションを作らせるつもりだったのね。今回付与魔法を使うことも知られてしまったから、また狙ってくると思うのよ」


 可愛い雰囲気でも、さすがバージェフ侯爵家の女主人。シェリルが真剣な表情をすると、近寄りがたい雰囲気になる。


「だったらフローラにあんなことさせるより、連れ帰ればよかったのでは?」


 それでも納得出来ずにエミリアは言いつのった。

 ポーションが必要なら、高級ポーションの人を殺そうとしないで、自国で活躍してもらえばいいのだ。


「隣国は我が国より身分の差がはっきりしているんだ。平民を聖女として招き入れて、回復魔法で人気が出て祭り上げられるのはまずいんだろう」

「……ポーションなら誰が作ったかわからないわね」

「そういうことだ」


 どこかに閉じ込めて、ずっとポーションだけ作らせ続ける気でいるのだろう。

 いくら錬金術が好きでも、家族にも友人にもセストにも会えずに、命令されて作り続けるなんて断固拒否したい。

 

「だから、防御はどれだけ固めてもやりすぎにはならないでしょう?」


 シェリルがテーブルの隅に置かれていた鈴を鳴らすと、いくつもの箱を盆にのせた三人の侍女が、部屋に入ってきた。

 貴婦人も御令嬢も自分で荷物を持ったりはしない。

 大きな鞄を持って王宮を歩く御令嬢はエミリアぐらいのものだ。

 それも女官と間違われていたから、誰も気にしなかっただけだ。


「この中から好きな装飾品を選んでちょうだい」


 侍女が慎重な手つきで、テーブルに箱を置いてふたを開けていく。

 大きな宝石のついたネックレスや、異国情緒あふれる金細工の髪留め。ダンジョンでもなかなか手にはいらない、最深部の魔獣の魔石のついたセット物のアクセサリーなどがずらりと並んだ。

 付与魔法をつけるために高価なアクセサリーは見慣れているはずのエミリアも、怖くて手に取るのをためらうようなものばかりだ。


「エミリアちゃんにはどれが似合うかしら」

「なんだ。うちにこんなにいろいろあったんですね」

「それはあるわよ。付与魔法をつけられると聞いて集めたしね」


 親子ふたりでこれがいいあれがいいと選んでいるが、高価な分、どれも豪華で華やかだ。


「あの、私には似合わないと思います」

「あらどうして? これなんか似合うと思うわよ。エミリアちゃんは可愛いから……あら、ちょっと地味かしら。もっと若々しい華やかなデザインがいいわね」

「ええっ?!」

「エミリアは自己評価が低いな。最近は華やかで可愛くなったと人気じゃないか。ただ無理しなくてもいい。前のドレスだって悪くはなかった」

「でも地味で……」

「好きなものを着ればいいさ」


 無理をして今の装いを選んでいるつもりはなかったが、以前のままでいいと言われるのも嬉しい。セストと初めて会った時は薄汚れた冒険者姿だったので、ドレスが地味かどうか以前の状況だったのを思い出した。


「研究の時は作業着で、外に行く時は華やかなドレスだと気持ちの切り替えが出来ていいみたい」

「そうか。じゃあ、どれにするか。どれでもきっと似合う」


 エミリアの方を見て話しているセストは気付かないが、シェリルは息子の言葉ににやにやしている。愛想のない息子がすらすらと誉め言葉を並べるのがおもしろいらしい。


「私のお勧めはこれよ」


 シェリルが示したのは、琥珀色をした見事な涙型のトパーズの周囲にダイヤとシトリンが散りばめられているネックレスとイヤリングのセットだ。

 中央のトパーズもかなりのものだが、パワーストーンのシトリンは付与魔法がつけやすい。

 ただ問題は、思いっきりセストの瞳の色だということだ。


「いいな」

「でしょう」


 それに金色に光る宝石だ。かなり華やかだ。

 どんなドレスに合わせればいいのか、エミリアには全くわからない。


「あの……防御のためなら普段もつけられる手軽な装飾品がいいと思うんです」

「そうね。それも用意しましょう。五種類くらいあればいい?」

「いえ、いえいえ、私も持っていますし」

「エミリアちゃん、遠慮はいらないわ。この無愛想な息子が無事に婚約出来たんですもの。このくらい安いものよ」


 エミリアとセストを見るシェリルの眼差しも声も優しい。でもすぐににっこりと笑みを深め、


「それに、エミリアちゃんがうちの嫁になるって聞いて、羨ましがる人がたくさんいるのよ。なんていってもアダルジーザの弟子で天才錬金術師ですもの。おかげで社交界での待遇がよくなったの」


 うふふ……と笑う様子は可愛らしいのに、なぜか無意識に背筋が伸びた。


「転移魔法はまだ無理だと言っていたが、本当か?」


 セストは母親のそういう様子に慣れているのだろう、ちらっと呆れた顔で見ただけですぐにエミリアに向き直った。


「ええっと……」

「付与魔法は魔法陣を宝石に書き込むんだよな? アダルジーザが転移魔法の付与を出来たのなら、その資料はきみが持っているはずだ」


 セストの瞳を見返し、シェリルにちらっと視線を向け、ふたりが真剣な表情でエミリアの答えを待っているのを見ると、彼女には嘘がつけなかった。


「確かにそうね」

「なら」

「待って。聞いて。転移魔法は、ただそれだけ発動出来ればいいんじゃないの。危険な時に発動させるってことは、転移する先に敵がいるかもしれない。その敵の数も位置もその時によって違うでしょ? じゃあ、どの場所に転移して来ればいいの?」

「あ……」

「敵のいる場所に転移したら? その場所に壁があったら? 大事故よ。それに自分で転移するならまだしも、突然転移させられちゃうのよ。転移した場所で何がどうなっているかわからないの。すぐに動けないでしょう?」


 誰が敵か味方かもわからない状況で、争いの真っただ中に転移してすぐに動けるとは限らない。

 その硬直時間の間に攻撃されたら、助けに来たものが殺される危険もある。


「そのへんはなんとかなる」

「危険なの」

「きみが攫われたり、殺されるよりずっといい」

「あなたが殺される危険があるような付与はしません」

「はいはい、ふたりとも落ち着いて」


 シェリルが手を叩きながら言ったので、睨み合っていたふたりははっとして目を逸らし、肩の力を抜いた。


「でもごめんなさいね、エミリアちゃん。国としては、うちの息子よりあなたの方が重要なの。必要なら国がアクセサリーや護衛騎士を用意するというくらいにね。私としては息子も大事よ? バージェフ侯爵家としても嫡男はとっても大事。だから本当に無理なことはやらせないけど、この子なら訓練すれば対処出来るようになるわ」

「そういうことだ。無理と決めつけずに対処法を考えればいい」


 シェリルの言葉は理解は出来る。

 それでもエミリアは、危険があることをセストにやらせたくはないのだ。

 

「でもそうしたら、せっかくの豪華な装飾品に転移魔法しかつけられないのよ?」

「俺が転移出来れば、他は必要ない」

「……そうなのね」


 あまりに当たり前のように言われてしまって、もうエミリアには反論出来なかった。




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