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お得意様確保

 王都にあるマルテーゼ伯爵の魔道具店は、地方から冒険者がわざわざ買い物に来るほどに、品揃えが豊富で質のいい魔道具が揃っていることで有名だ。

 一階フロアは平民でも利用出来るお手軽価格の魔道具が並び、上の階は、高価な装飾品に付与魔法をつけたり、自分の好みの魔道具を特注する貴族用の個室が用意されている。

 

「本日は、わざわざ店にまで足を運んでくださり誠にありがとうございます」


 エミリアの挨拶が棒読みになってしまうのも仕方ないだろう。

 いくら貴族用の個室があるとはいっても、まさか王太子が側近を連れて突然来店するとは普通は考えない。

 貴族には慣れているはずの店員でも、ランドルフの前にお茶やお菓子を並べる時には手が震えるくらいに緊張していた。ここは任せてくれとエミリアが言い出したので、店長にまでえらく感謝されたのだ。


 なぜかビアンカも招待されていて、店側の人間用の椅子にエミリアと並んで座っている。

 この部屋は店で一番広くて豪華な部屋なので、来客用のソファーや椅子には、まだ座れる場所があるのだが、三人掛けのソファーの中央にどっかりとランドルフが座り、ひとりがけの椅子はリベリオが占領しているので、家具の配置上、エミリアの近くにいるためにはそこに座るしかない。

 セストはエミリアの近くに立ち、入り口近くにはビアンカの兄のダリオが立っている。

 エミリアには婚約者を、ビアンカには兄を同席させるあたり、ランドルフなりに気を遣っているのかもしれない。


「なかなかいい店だな」


 ランドルフは興味深そうに室内を見回している。

 

「ありがとうございます」

「一階の受付の近くにいたのは、先日の冒険者のひとりだろう?」

「はい。聖女騒ぎの後、防御魔法を付与した装飾品の売れ行きが伸びているので、宝石の仕入れの護衛をしてもらっています。それに、付与魔法付きの装備や装飾品の盗難も増えているし、付与魔道士を攫おうとする者もいるんです」

「それはいかんな。警備は厳重にしなくてはな」

「はい」

「……」

「……」


 先程からランドルフしか口を開かず、ランドルフも話すよりお茶を飲んでいる時間の方が長い。

 店に来たということは買い物をするんだろうと思っていたのに、ちっとも商談に移らないままだ。エミリアはビアンカと顔を見合わせ、我慢出来ずに口を開いた。


「あの……今日はどういうご用件でしょうか?」


 先日のクレオとの件かとも思ったが、ビアンカが一緒に呼ばれている理由がわからない。

 

「ええと……あれだ」


 ランドルフがセストに視線を向けたのでエミリアも釣られて振り返ってみたが、セストはいつもの仏頂面で前を見ている。


「さくっと話せばいいじゃないですか」


 先程までの真面目な顔を崩し、口元に笑みを浮かべてリベリオが言った。


「そうだな。エミリア、これに付与魔法をつけてほしいんだ」


 ランドルフはエミリアが中身を見えるように、テーブルの上に箱を置いて蓋を開いた。


「うわ」

「まあ」


 思わず声が出てしまうのも仕方ない。

 箱に入っていたのは、大きな青い宝石と中央の石よりは薄い青い石やダイヤを使った見事なネックレスとピアスのセットだった。


「これは、アルベルタ様へ?」


 ビアンカの質問に、ランドルフは視線を外し口をへの字にしながら頷いた。


「素晴らしいです! きっと喜ばれますわ!」

「そ、そうか」

「これってダンジョン産ですよね」


 感激しているビアンカと、褒められて悪い気はしていなそうなランドルフとは対照的に、エミリアの声は冷静だ。


「もしかして先日、襲われた時にあんな場所にいたのは……」

「そうだ。ダンジョン近くの街で、依頼していた冒険者から宝石を受け取った帰りに襲われたんだ」

「ではあの時、馬車の中に宝石があったんですか?!」

「……ああ」

「何をやっているんですか!」


 思わず立ち上がってエミリアが王太子を叱りつけても、ここには止める者はいない。唯一、ダリオだけはぎょっとした顔をしたが、妹を含めてこの場にいる者が誰も驚いていないので動かなかった。


「王家の紋章のついた豪華な馬車でダンジョン近くの街に乗りつけたら、宝石を手にした、あるいはレアな素材を手にしたと思われるのは当り前じゃないですか。なんで王太子殿下自ら、あんな場所まで行ったんですか」

「婚約者に贈る宝石だぞ。自分で選びたいだろう」

「……は?」


 当然の顔で答えられて、エミリアはまじまじとランドルフを見つめた。


「あの頃は嫌われていると思い込んでいたからな。もうすぐ学園を卒業するのに、さすがに今のままではまずい。プレゼントをして、それをきっかけに話をしようと考えたんだよ」


 むっとした顔をしているが目元が赤い。

 この場にアルベルタがいないのは、おそらく格好つけて完璧な贈り物を用意して喜ばせたいからだろう。


「アルベルタとの関係を修復しようと思っていたんですか」

「当たり前だろう。結婚するんだぞ」

「アルベルタ様が聞いたら、きっと喜ばれますわ。それにこのネックレスも」

「おう」


 エミリアとビアンカの中で、ランドルフの評価はどんどん高くなっていた。

 

「わかりました。そういうお話なら、私に出来る最高の魔法を付与しましょう」


 椅子に座り、おもむろに白い薄手の手袋をつけたエミリアの顔は、すでに仕事モードの顔だ。


「失礼します」


 まずは冒険者組合発行の鑑定書を読み、次にネックレスを手に取りルーペで宝石をチェックしていく。


「中央がロイヤルブルークオリティサファイアですね。よほど強力な魔獣の落とした物なんでしょう。魔力の含有量が素晴らしい。これなら何種類もの付与魔法を重ねがけ出来ます。周囲はアクアマリンですか」


 色の美しさやカットの素晴らしさには、全く興味のないエミリアだ。

 ネックレスを前にしても見るところが違う。


「どんな魔法を付与しますか?」

「アルベルタを守ってくれる魔法がいい」

「防御だけ? 反撃は?」

「エミリア、舞踏会や茶会でつけるネックレスだぞ。反撃魔法を大広間でぶっぱなしては駄目だ。城を壊しては困る」

「なるほど。そうね。ダンスを踊る時に近づきすぎて、攻撃と間違えて発動したら大変ね」


 セストに真顔で言われて、エミリアも真顔で頷いた。

 

「待て待て。俺にまで発動しないだろうな」

「うーーん、どうでしょう?」

「駄目だろう!」

「そんないい加減な」


 婚約者が間違えて触れたせいで、ありとあらゆる防御魔法が発動してしまったら大騒動だ。

 だが、あちらこちらから突っ込みが入っても、考え込んでいるエミリアは聞いてはいないようだ。


「ダンジョン産なら、一緒に他の宝石も落ちませんでした? それか魔力傾向の近い宝石はありませんか?」

「その時に手に入れた宝石は、全部持ってきてあるぞ」

「おお、あるんですね。ならば、(つい)になる装飾品を持っている人には魔法を発動しないようにしましょう。ただ、舞踏会っていろんな人と踊りますよね」

「そうね。最初のダンスはパートナーと踊る決まりだけど、他の方とも踊るわね。アルベルタは人気があるから……」

「いつもは誰と踊るんだ?」

「え?」


 不意にランドルフの声が低くなったので、ビアンカは驚いてエミリアに縋りついた。


「誰って……決まってはいませんけど、今までは殿下が放っておいたから、他の方と踊っていましたでしょう? これからだって」

「もう放っておかないから、踊る必要はない」

「……まあ。そんなに焼きもち妬きだったんですか?」


 さっきからビアンカは、まあ、ばっかり言っている。

 それほど意外なことの連続なのだ。


「そ、そうではない。危険があってはいけないだろう」

「この国はいつから、高位貴族主催の舞踏会で、知り合いと踊るだけでも危険な国になったんですか」


 セストだけでも恋をしてからの変化に驚いていたのに、ランドルフまで独占欲丸出しだ。ひとり身のリベリオにはついていけない。


「そうだ、いいことを思いつきました」

「待て。あんたの思い付きはとっても怖い」

「なんでよ」

「あんたの背後にいる男の目つきはもっと怖いぞ」

「最近、エミリアと仲がいいな、リベリオ」


 背後にいるセストの顔は見えないが、なんとなく想像はつく。

 エミリアはリベリオとセストの会話はスルーして、ランドルフと視線を合わせた。


「アルベルタが危険な目にあった時に殿下に知らせて、アルベルタの位置がわかるようにしましょう」

「どうせなら、転移してアルベルタの傍に行けるといいんだが」

「そんなことを出来る人なんていないで……」

「それは祖母しか成功させていません。私はまだ修行中です」

「いたんだ……」


 最初はクールで嫌味なやつだと思っていたリベリオが、すっかり常識人の突っ込み要員という印象になってしまったエミリアだった。


「そうか。それはしかたないな」

「いずれは必ず」

「楽しみにしていよう」

「あの、よろしいですか?」


 ビアンカが片手を小さく上げて、遠慮がちに話し始めた。


「警護はついていても、普段の方が危険な場面は多いと思うんです。アルベルタ様をお守りするのなら、普段使える付与魔法付きの装飾品が必要ではないでしょうか」


 まだアルベルタに嫌味を言ったり、嫌がらせをする生徒もいる。

 王太子とアルベルタが最近は親しくしていると聞いても、自分の目で見なければ信じられない者もいるのだ。


「その通りだ。だからお前に来てもらった」

「私……ですか?」

「エミリアは趣味が……いや、ビアンカはアルベルタとの付き合いが長い。いくつかアルベルタに似合うものを選んでもらおうと思ってな」


 エミリアに選ばせると地味になるというのは、もうこの場にいる全員の共通認識になっている。

 エミリアはドレスも髪型もすっかり見違えるように可愛らしくなっているが、それはアルベルタやセストの母親であるシェリルが選んだものだからだ。

 だからビアンカに選んでもらおうとしたのだが、彼女は笑顔で首を横に振った。


「私が選ぶより本人に選んでもらった方がいいのではないでしょうか」

「アルベルタに?」

「賛成。ふたりで選びたいから会おうと誘えばいいんですよ」

「ふたりで選んだ方が、きっと楽しいですよ」


 アルベルタと親しい女性ふたりの意見だ。

 ランドルフとしても、アルベルタを誘う口実が出来るのはありがたい。いまだに、ただ会いたいというだけで誘うのは気が引けてしまう。長いすれ違いの時間を埋めている途中なのだ。


「そうしよう。いろいろと助かった。付き合わせて悪かったな。ありがとう」


 エミリアとビアンカは、しばらくぼんやりとランドルフの顔を見つめ、それから顔を見合わせて手を取り合った。


「聞いた? 俺様殿下が悪かったって」

「これが本来の殿下だとしたら、私はとても大きな誤解をしていたようですわ」

「でもそれは殿下が悪いから」

「そうですわね」


 本人を前にしても、もう全く遠慮がない。

 妹の態度にダリオがはらはらしてしまっている。


「おまえ達……」

「でも事実ですし」

「そうだな」


 リベリオとセストにまで同意されて、ランドルフはため息をついて背凭れに身をうずめた。


「まあ、たしかにそうだ。ずいぶんと時間を無駄にしてしまった。もっと早くアルベルタと話せばよかったと思うよ」

「でも、ちゃんと間に合いましたわ。最近、アルベルタ様は幸せそうです」

「……そうか」


 ずっと片思いだと思っていたアルベルタの姿を見ていたビアンカは、自分のことのように嬉しくて、思わず涙ぐみそうになるのを堪えて微笑んだ。

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[気になる点] 半魔神ディア 「我が加護を付与してやろう  30センチ以内に入れば  漏れなく砂にしてやるわ❗️」
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