3話
「ふぁああ~~・・・っと。マジで暇だなァオイ」
魔物の軍勢を引き連れながら、心底だるそうに大口を開けてあくびをかます大男。
それ自体に威圧感のある鍛え上げられた赤黒い上半身は、全身についた傷に比べればどうという事も無いのか、冷たい砂漠の夜風を受けても身震い一つしていない。
そこから更に視線を上げれば、天に向かって伸びる二本の大角が月の光を受けて鈍い輝きを放っているのが目に入る。
戦鬼バルバディア。魔王軍幹部の一人であるその鬼男を視界に収めながら、あーしはゼルと二人で闇夜に紛れながらこっそりと後をつけていた。
「大丈夫かな二人とも。敵めっちゃ多いけど」
「問題ねえだろ。あんなカス共に後れを取るほどルビーは弱くねぇ」
「ネクは?」
あーしの純粋な質問にゼルは答えない。自分を蚊帳の外にされたのを根に持ってるんだろうか。つまりいつも通りか。
あーしたちの目の前では暇そうにするバルバディアの後に続き、軍隊のように一糸乱れぬ行進をしている鎧を着込んだスケルトンと、ズシンズシンと超デカイ足跡を残していくサイクロプスの軍勢が風の谷に向かって進行している。
ネク曰くバルバディアはレベル9の戦士クラスを修めていて、その一撃は同じ領域にあるゼルの壁の魔法じゃないと防ぐことも出来ないらしい。
つまりこのまま放っておけば、風の谷の壁は破られ魔物の軍勢が一気に雪崩れ込むことになる。
そんな地獄絵図を未然に阻止するべく、あーしたちはこうして闇夜に紛れ、奇襲作戦を実行していた。やるのはルビーちゃんとネクだけど。
「っ」
なんて考えている間に、砂漠の暗闇の中から飛び出してきた小さな影がスケルトンの隊列の中に飛び込んで行く。
そのまま夜風と同じように一気に反対側まで突っ切ると、十数体のスケルトンがバラバラになって崩れ落ちた。
「あァ? 何だ今の音は?」
崩れ落ちた骨や鎧のぶつかる音にバルバディアが振り返ると、そこでは隊列を乱したスケルトンたちが武器を構えて右往左往していた。しかも骨しか無いせいなのか喋って報告する事が出来ず、ただひたすらにカチカチと歯を打ち鳴らす事しか出来ていない。割と穴だらけだなあの部隊。
「何だァ、敵襲かァ? 一体どこのどいつが・・・ってウオッ!?」
少しやる気を出してきたバルバディアの目の前で、今度はサイクロプスがいきなり両腕をハンマーのように振り下ろした。直撃寸前でバルバディアは大きく飛んで離脱したものの、目の前でオロオロしていたスケルトンたちは文字通り粉々に砕け散る。
「オイオイ何だ下克上かァ? 面白くなってきたじゃねえかオイ」
今の一撃とスケルトンたちの状態からそう結論づけたらしいバルバディアは、肩をグルグルと回しながら嬉しそうにサイクロプスを睨みつける。・・・何で嬉しそうなのあの人。
そして当のサイクロプスは未だに大暴れを続けていて、スケルトンたちはおろか他のサイクロプスたちにも見境なく拳を振るいまくっている。
もちろんこれも作戦のうち。
ルビーちゃんが敵を暗殺しつつ撹乱し、その隙にネクが糸でサイクロプスを操って敵の部隊を崩壊させる。あとは頃合いを見て敵襲の信号弾を飛ばして、風の谷に危険を知らせたらそこであーしたちも退散。名付けて通り魔作戦である。ネーミングセンス。
「よっし! もうスケルトンはほとんどやっつけたんじゃない?」
「そうらしいな。よし、この辺で飛ばしとくか」
「えっ、サイクロプスはいいの?」
「仕留めるにゃ時間が足りん。代わりに足の腱くらいは切ってくるだろうがな」
「生々しいなぁ・・・」
うっすらと質問したことを後悔しつつ、あーしはルビーちゃんから託された信号弾を準備する。なんかコンビニで売ってる打ち上げ花火みたいだなコレ。
導火線にゼルが着火するとあーしたちはすぐにその場を離れ、キャンプ近くまで下がったところで赤色の光が夜空を照らしながら打ち上がった。
「信号弾だとォ? もう訳わかんねぇなこりゃ」
スケルトンたちの壊滅とサイクロプスの暴走、そして突然の信号弾にいよいよバルバディアも混乱が頂点に達したのか、考える事を止めたように両腕をだらりと力なく垂れ下げる。・・・確かにあれは脳筋っぽいかも。
あの様子なら諦めて撤退してくれるだろう。後はここから離れてキャンプでルビーちゃんたちと合流すれば作戦終了。今回はうまくいってよかった。
なんて、フラグを建てたのが間違いだったのかな。
「ま、全部吹っ飛ばせば問題ねえだろ」
「っ!?」
えらく軽い語調で飛び出した物騒なセリフに思わず振り向くと、バルバディアは右腕を大きく振りかぶり、目の前で暴れているサイクロプスに向けて勢いよく突き出した。
拳は全然届いていなかった。しかしその間にある空気それ自体を押し出したのか、サイクロプスは透明な拳で殴りつけられたかのようにその巨体を浮かせ、そのままあーしたちの方へと吹き飛ばされてくる。ちょっ!?
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!?」
「チッ、『シェル』!」
大慌てするあーしの横でゼルは舌打ち交じりに壁の魔法を唱え、飛んできたサイクロプスの体を跳ねのけた。
さっきの一撃で死んでいたのか、飛んできたサイクロプスはもう動くことは無かったものの、もっと面倒なヤツに目をつけられてしまう。
「お? 誰だお前ら?」
「ヤ、ヤバいよゼル! 見つかっちゃった!」
「ハッ! むしろ好都合だろ。ここで仕留めりゃ一石二鳥だ」
「ちょっ、ゼル!?」
自分が活躍できない今回の作戦に不満を溜めていたんだろう、ゼルはあーしの制止に一切耳を貸すことなく、月光のスポットライトへと躍り出るようにバルバディアの前へと姿を現した。・・・あちゃー、そういやウチのあれも脳筋だったわ・・・魔法使いだけど。
チラと視線を動かせば、遠くでネクが呆れたように目頭を押さえているのが目に入る。ルビーちゃんも同じ反応してそう。
「っ! お前は確か・・・」
「初めましてだなァ幹部サマよぉ。俺様は世界最強の武闘派魔法使い、ゼル様だ」
「おぉ! やっぱお前がそうか! 王都ん時は眠ってたからなァ、いつか戦ってみてえと思ってたんだよ」
「奇遇だな、俺もだ」
戦闘狂同士通じ合うものがあるのか、敵でありながら意外と悪くない雰囲気の二人。魔王軍のゼルって評価はマジでピッタリだと思う。
「俺は魔王軍幹部が一人、戦鬼バルバディア。エギル様の命令とか色々あるが、個人的に勝負を申し込む!」
「受けて立つぜ!」
「いいのそれで!?」
武闘家っぽいやり取りにちょっとワクワクしつつも、聞き捨てならないセリフに思わず突っ込んでしまったあーし。いやアンタ幹部なんだよね? 後ろで残ったサイクロプス呆然としてるよ?
「・・・お? お前は確かインスタグラマーの・・・」
「気づかれてなかった!?」
「何やってんだお前・・・」
「何だ生きてたのかよ。まいっか、別に命令されてねぇしな」
「えぇ・・・?」
めちゃくちゃテキトーなその言動にもはや力すら抜けてくるあーし。これはルビーちゃんたちの言いようも納得だわ・・・。
「よく分からんが、ここでお前らを皆殺しにすれば大体解決すんだろ。ストレス解消も出来て一石二鳥ってなァ」
かと思えば、不意に飛び出した冷徹なセリフに一気に血が凍るような感覚を覚える。・・・どんだけ脳筋でもやっぱ魔王軍なんだ。油断は禁物。
ゆるくなった空気を拭き攫うように冷たい夜風が吹き抜け、月に照らされた砂漠の中、妖精の羽と鬼の大角だけがそれを身に受けて光り輝く。
あーしはその様子を固唾を飲んで撮影し、流れ落ちる汗を新たに吹き抜けた風が冷やしたその瞬間、フレームの中の二人は動き出した。
「『シェルスマッシュ』!!」
「『スマッシュ』!!」
強化された岩の拳と鬼の拳がぶつかり合い、鈍い音に一瞬遅れて衝撃波に乗った砂埃が吹きつけられる。
反射的に顔を覆った腕の隙間から覗いてみれば、ゼルとバルバディアは互いに大きく押し退けあったものの、ゼルの方が一歩速く追撃の行動を始めていた。
「オラァッ!!」
「ヌオッ!?」
いつもの突撃魔法でバルバディアをさらに吹っ飛ばしたゼルは、そのまま岩の拳で顔面を掴み砂漠の中を引きずり回す。えげつな・・・。
縦横無尽に轍を残しながらひとしきりドライブを楽しんだゼルは、締めにバルバディアを掴んだまま大きく飛び上がり、かと思えば急降下して頭からバルバディアを突き落とした。
爆弾でも落とされたかのように立ち昇る砂煙を、直撃寸前で離脱したゼルがしたり顔で見つめる。
しかしそんなゼルをあざ笑うように、周囲を漂う砂煙を吹き飛ばしながらバルバディアが飛び出してきた。
突撃魔法にも劣らないスピードで一足飛びに距離を詰めてきたバルバディアは、ゼルの周囲に張られた壁の魔法を勢いそのままに殴りつける。
破れはしなかったものの大きく吹き飛ばされたゼルを今度はバルバディアが追撃し、なんと壁の魔法そのものを掴んで思いきり地面に叩きつけた。
それでも破れないと見るや、バルバディアは狂ったように何度も何度も地面に叩きつけまくり、最後には星空に向かって盛大に蹴り飛ばす。
「コイツでどうだァ!!」
打ち上げられたゼルに向かって、バルバディアはサイクロプスにやったように大きく右腕を振りかぶる。
そのまま勢いよく突き出すとともに空気の拳が撃ち出され、ゼルを星空の彼方へと追いやってしまった。
「・・・・・・」
あまりにもめちゃくちゃな光景に、あーしはスマホをただ構えたまま絶句していた。
あのゼルの戦い方についていくどころか、むしろそれ以上の大暴れっぷりを見せつけてきたバルバディア。
戦鬼の名に恥じないその実力にうっすらとドン引きしていると、不意にあーしの肩を叩かれてビクッと振り返る。
「うひゃあっ!? ・・・あ、なんだネクか」
「お疲れ様アカネちゃん。こっちはもう片付いたわよぉ」
「え? ・・・あっ」
何のことやらと指し示された方へ視線を向ければ、残りのサイクロプスたちが倒れて動かなくなっていた。・・・ある意味作戦成功だわコレ。
「そっちの状況は?」
「えっと、今ゼルがお星さまになったところ」
「なんでその状況で呑気に構えてるのかしらぁ・・・?」
どこからともなく現れたルビーちゃんの質問に答えると、ネクから呆れたような言葉をかけられる。いやだってゼルだし。
そんなあーしの考えを察したのか二人とも揃って星空を見上げると、その期待に応えるように星の一つが眩く輝き出し、流れ星のように尾を引いて落下してきた。
「必ッッッ殺!! 『メテオパァアアアアアアアンチッ!!!』」
星空の中からなんちゃって隕石と化したゼルが、バルバディアの頭上目掛けて急速落下してくる。おぉ、懐かしい。ネクは苦い顔してるけど。
しかし当のバルバディアは笑みを浮かべ、更にあろうことかそれを真正面から迎え撃ち、そのまま二人は衝突と同時に発生した大爆発のような砂煙に紛れて消えた。
一拍遅れて衝撃波と爆音があーしたちにも襲い掛かり、それぞれが踏ん張ってそれに耐える。
「くっ・・・会わせたくない二人を会わせちゃったわねぇ」
「恐らくもう、決着がつくまでお互いに止まらない」
「だろうね・・・あーしたちはどうする?」
「ベストなのは、早い段階でバルバディア様を無力化する事。それが出来ないなら、逃げる事も視野に入れた方がいい」
「早い段階って、どういうこと?」
「彼にはまだ先があるのよぉ。そうなってしまえば王女様奪還どころじゃ無くなるわぁ」
「うぇっ、何それ・・・?」
渋い顔をして前を見つめる二人のセリフに、あーしも思わずしかめっ面を浮かべる。アレより先って何? もうド〇ゴンボールみたいになっちゃうんじゃ無いのそれ? ・・・もうなってるか。
「それでも状況は悪くないわぁ。バカ二人がお互いに気を取られてる内に、アタシたちでケリをつけるわよぉ」
「了解」
短く罵倒交じりの作戦を交わした後、二人はそれぞれ散らばってもう一度夜闇の中へと姿を隠す。否定できないのが何とも。
残されたあーしはとりあえず撮影を続行し、目の前で今も巻き上がる砂煙をフレームの中に収めた。
てかいつの間にか魔王軍幹部と戦う事になっちゃったけど、これ最悪徹夜して魔王城に行くなんて事にならないよね? ・・・否定できないのが何とも。




