1話
「んん・・・ここ、は・・・?」
寒々しい風に身震いしながら目を開けると、分厚い雲に覆われた灰色の空が視界に入った。
空を遮るものは一切なく、建物の屋根なんかはもちろんのこと、枝葉のようなものすら見当たらない。
どこか広場のようなところで眠っていたんだろうか。でもその割には手に当たる床の質感が異常なまでに滑らかに感じる。砂や砂利のようなわずかにざらついた感触すらも無く、キッチリと人の手で整地されたような、そんな感触だった。
まるで、そこにあったものを綺麗さっぱり消してしまったように。
「っ!?」
その考えに至った途端、ぼんやりとしていた頭が一気に冴える。
いつか王都で見た光景と結びつき、それを取っ掛かりについさっきまでの記憶が激流のように押し寄せた。
そうだ、あーしは確か光の魔法に巻き込まれて・・・!
全てを思い出すと同時にあーしは飛び起きるように上体を起こし、慌てながら周囲をぐるっと見回してみる。
「なに・・・これ・・・?」
あーしの周囲に広がっていたのは、滑らかな切り口で作られた広大な盆地だった。
見渡す限りひたすらに滑らかかつなだらかな斜面が広がっていて、さっきあーしが感じた通り、元々そこにあったものを丸ごと消し去ってしまったかのように見て取れる。
そしておそらく、その予想は間違っていない。
「これってつまり・・・王都が・・・消されちゃったってこと・・・?」
ひたすらに盆地が広がっていただけなら、どこか別の場所に飛ばされたと考えることも出来たかもしれない。
しかし見上げた先でわずかに映るモンテローエ火山の山頂が、王都周辺で見た時の距離感と一致してしまっていた。
・・・信じたくないけど、間違いない。
王都は、光の魔法に飲み込まれて消えてしまった。
威厳漂う立派な王城も、美しく穏やかな庭園も、鮮やかでありながら気品の漂う街並みも、何もかもが全て。
しかしその中で、唯一残されたものがある。
「・・・何で、あーしは大丈夫なの・・・?」
全てが失われた王都だった場所で、一人自分の体を見回したり触ったりしながら確かめる。とりあえず、幽霊にはなってないっぽい。
確かにあーしは光の魔法に巻き込まれたはず。なんなら爆心地とも言える場所で。
それでもあーしは間違いなくここにいる。その事実に少しだけ安心感を覚えると同時に、それなりの不安感を抱いてもいた。
「そうだ、ゼルと・・・みんなと合流しないと!」
そんな不安や寂しさから逃れるように、あーしは仲間たちを求めて盆地の縁を目指し這い上がっていく。
滑らかすぎる地面に時折足を滑らせつつも何とか一歩ずつ進んでいると、生ぬるい風に乗って誰かの話し声が耳に届いた。
異常な状況の中に一人ぼっちで取り残されている不安から、あーしはほぼ反射的に声のした方へと振り向くと。
「っ!? ・・・エギ・・・ル・・・!?」
王都を消滅に追いやった張本人が、忌々し気な表情で宙に浮かんでいた。
しかしその黄金の瞳はあーしの方に向けられておらず、突き出す様に伸ばした自分の右手、その先で首を握り締められているエイミス様だけを睨みつけていた。
対してエイミス様はその状態で抵抗どころかもがく事すらせずに、だらりと体を投げ出したままになっている。
「まだ抗うか・・・!」
苛立ちをにじませた言葉と共にエギルの右手から黒い霧が現れ、エイミス様の体に纏わりついていく。
しかしその瞬間にエイミス様の体が僅かに発光し、纏わりついた黒い霧を全て祓い飛ばした。
「チッ、まぁいい。ならば抗う事すらできないように、その心を破壊するまで」
そう言うとエギルは例のワープする道を作り出し、そこにエイミス様を引き連れて入り込もうとする。
止めなきゃ・・・!!
しかしその思いに反して足は一向に動かず、声も震えてかすれた音しか出てこない。
・・・怖い。
今この場に居るのはあーしだけ。
ここであーしがちょっとでも引き留めることが出来れば、その間に応援が来てくれるかもしれない。
それでも、あーしの目の前に広がる光景が、王都を消滅させたというその事実が、たまらなく怖かった。
「さぁ、行こうか」
そうして何もできないまま、エイミス様とエギルは闇の霧の中へと消えていく。
二人の体が完全に見えなくなるその一歩手前、不意にエイミス様はあーしの方をちらりと振り向き、何故か優しく微笑みかけてくれた。
「っ・・・エイミス様!」
ようやく声が出てきた頃には、二人を飲み込んだ闇の霧すら消えて無くなっていた。
「うっ・・・く・・・うぁああああああああああああ!!!」
地面に額をこすりつけ、あーしは姿の見えないエイミス様に向かって謝り続ける。
あーしは、何も出来なかった。
どれくらい時間がたっただろう。
あれからしばらく、あーしはひたすら子供のように泣き喚き続け、情けなさとか、怒りとか、そういうもの全部吐き出しきった後、盆地を登る事も止めてその場に座り込んでいた。
相変わらず吹き付けてくる風が頬を伝った涙の痕をヒリヒリと冷やし、その風から逃れようと体を丸めてふさぎ込む。
「何やってんだろ、あーし・・・」
どれだけ体を覆っても、流れゆく風から逃れる事はできない。
その冷たさも、運んでくる音も、今のあーしには全てが煩わしかった。
「・・・!」
風が拾ってきた音が、腕に覆われた耳に微かに届く。
最初は何かの雑音と思ってスルーしていた。しかしその音は次第に大きくなっていき、やがて聞きなれた声音へと変わり始めた。
「アカネェエエエエエ!!!」
「アカネさぁあああん!!!」
「アカネちゃぁああん!! 返事してぇえええええ!!!」
「っ!?」
聞きなれた、しかしどこか震えているその大声にあーしは体ごと振り返る。
見上げた視線の先、盆地の縁ではゼルとルビーちゃんとネクがそれぞれの方向に向かって、精いっぱい声を出しながらあーしの名前を呼び続けてくれていた。
「みんな・・・!!」
絶えず聞こえてくるみんなの呼び声に、暗く沈んでいた心が一気に晴れ渡る。
気づけばあーしは無我夢中でみんなの下へと駆け出し、こっちからも大声で呼びかけていた。
「みんなぁああああああ!!」
「っ!! アカネさん!!」
「ヤダ、うそ、アカネちゃん!? 本当に!?」
「っ!」
ルビーちゃんとネクがリアクションを取っている間、ゼルだけはあーしを見るなり猛スピードで近づいてきて、両手で顔面を掴みながら覗き込んできた。ちょっ、痛い。
「本当にアカネか? 魔物が化けてるとか、幽霊とかじゃねえよな?」
「違うって! 正真正銘あーしだから!!」
「スリーサイズは?」
「えっと上から・・・ってセクハラだし!!」
「・・・ハッ! どうやら本物みてぇだな」
再開早々セクハラをかましてきたものの、あーしの返しを見て心底ホッとしたような表情を浮かべたゼル。・・・何なの、そんな顔されたらもう何も言えないじゃん。
「怪我とかは大丈夫か?」
「たぶん大丈夫だと思うけど」
「まぁ、念には念をで回復魔ブッ!!?」
「アカネさぁああああん!!」
「アカネちゃぁあああん!!」
「ちょっ、二人とも!?」
ゼルが回復魔法を唱えようとしたその瞬間、後ろからルビーちゃんとネクが泣きながら抱き着いてきて、ゼルはそれに体ごと挟みこまれてしまった。ちょっ!? おっぱいのとこに入っちゃったんですけど!?
「アカネさん!! アカネさぁあああん!!」
「良かった・・・本当に良かったわぁ」
「ルビーちゃん・・・ネク・・・ゴメンね、心配かけて」
「~~~~!!」
あーしは珍しく大泣きするルビーちゃんを慰めながら、同じく涙を流しているネクにも言葉をかける。胸のところでもぞもぞ動いてるけど、たぶんこれしばらく離してくれそうにないな。
そんなあーしの予想は見事に的中し、大泣きするルビーちゃんが泣き止んだ事でようやく長いハグも終わり、おっぱいサンドイッチの中からあったかいゼルが出てきた。なんかゴメン。
その後はみんなに支えられて盆地の外まで登り、ようやく平らで荒い平地まで戻ってくると、待機していたらしいルークさんとシルヴァさんに改めて迎えられた。
「良かったアカネちゃん!! まさか生きてたなんて・・・!!」
「ほんと、自分でもビックリです。シルヴァさんも、ケガは大丈夫ですか?」
「ばっちしだよ! なんせ愛しのダーリンに治してもらったからねー!」
そう言ってシルヴァさんがゼルにウインクを送ると、ゼルは盆地に向かって思いっきり唾を吐き捨てる。あぁうん、平常運転でなんか安心してきた。どうかしてるとも思うけど。
「それでアカネ君、君意外に誰か助かっていた人はいたかな?」
「いや・・・たぶん、いなかったと思います。ていうかあの時、最後まで居たのあーしだけだったし、他の人はみんなは逃げられたんじゃ?」
「いや・・・」
あーしの何気ない問いかけに、ルークさん始めその場の全員が険しい表情を浮かべる。・・・えっ、ちょっと待ってうそでしょ?
脳裏によぎった嫌な予感は、次にルークさんの口から出てきた言葉で現実のものとなってしまう。
「あの時、エイミス様に助けられた僕たちはアルフィノエの近くまで転移したんだが、それ以外に送られてきた者はいなかった。それからここにやってくるまで、誰一人として合流した者はいない」
「っ!? それって・・・!?」
「王都に集められた者たちは、僕たち以外全滅した事になる」
その一言に、自分の背筋が凍ったような感覚を覚えた。
嘘でしょ・・・? あーしたち以外全滅って・・・。
確か今回の作戦では、集めた防衛戦力を王都と砦に二分していたはず。つまりあーしたち人類は、さっきの出来事で戦力の半分を失った事になる。
あまりの絶望的な状況に、あーしは最早立ち尽くす以外のリアクションすら取れなくなっていた。
ただ、目の前のルークさんは違っていた。
「だからこそ気になるんだ。なぜ君だけが生き残っていたのか」
「っ! それは・・・あーしも気になりますけど」
「もしかしたらアカネ君には、光の魔法を無効化する力があるのかもしれない」
「ええっ!?」
突拍子過ぎるその推測に、さすがのあーしも今度は大きくのけぞってリアクションを取る。いやいや、そんな都合の良い能力ある訳ないでしょ。ていうかピーキー過ぎだし。
しかしあーし以外はそうは思っていなかったのか、色んな所から援護射撃が飛んでくる。
「そういやお前さん、コカトリスの石化も無効化してたよな?」
「あっ、あれは・・・まぁ、あーしにもよく分かんないんだけど」
「消えてしまった人たちとアカネさんの違いを考えるなら、ユニーククラスであるか否か。もしかしたらインスタグラマーの力に、そういう能力があるのかも」
「いやいやいやいや、絶対ない絶対ない」
「そうとも言い切れないでしょう? そもそもアナタのスマホ自体、良く分かってない代物なんだからぁ」
「いや・・・そうだけどさぁ・・・」
そこまで言われると否定しきるのも難しい。いや、何気にあーしのクラスって写真撮る事だけに特化してるからね? その応用でギリ冒険者出来てるだけで。それがここにきてそんなピンポイントな能力発揮するかな?
強いて考えるなら、あーしをこの世界に送った神様辺りだろうけど・・・いまいちピンとこない。
「いいじゃねえか。とにかくお前さんには光の魔法が効いてねぇ、これは事実なんだからよ」
「まぁ・・・そうだね」
「つまり、今この状況においてはアカネ君、君が切り札になり得る」
「うえっ!? あーしが!?」
「もし仮に光の魔法が発動しちゃっても、アカネちゃんならそれを止められるってこと」
「いや・・・あーしなんかじゃ・・・」
ルークさんとシルヴァさんの二人の視線を受けて、ついさっきの出来事を思い出す。
あーしは何も出来なかった。ずっと怯えて見てるだけだった。
そんなあーしなんかにできる訳が・・・。
「何シケた面してんだよ」
「あいっ!!? ったぁ~・・・何すんのゼル!?」
いきなり背中をバシッと叩かれ、ちょっとイラっとしながらゼルの方を睨みつける。
「パンピーと変わんねぇお前が、何いっちょ前に背負った顔してんだよ。俺たちがパーティを組んだ理由、もう忘れたのか?」
「っ!」
ゼルのその言葉に、あーしがまだこの世界に来たばかりの事を思い出す。
・・・そうだった。あーしは、あーしたちはいつだってそうしてきた。
「・・・ありがと」
「第一お前にそんなオイシイ役やれるかっての。あのクサレボンボン野郎を今度こそブッ殺して、王女様を助け出し、それをお前さんがインスタで広める。これで完璧だ」
「そもそもの話、光の魔法を使わせないに越したことはない。大丈夫、私たちが何とかする」
「そうよぉ。・・・アタシだって、あんな思いするのはもうゴメンだわぁ」
「ルビーちゃん・・・! ネク・・・!」
「聞けよ」
いつもの調子が戻ってきたのか、流れるように漫才が始まった事にみんなして噴き出す。あぁ、うん。落ち込んでるよりこっちのがよっぽど良い。
それからあーしはさっき見た出来事をみんなに話し、それを踏まえての今後の方針を話し合うことに。
「つまり、今は王女サマのおかげで光の魔法が抑え込まれてると」
「たぶん、あーしが見て聞いた限りじゃ」
「王都を一瞬で消し去るほどの力。あれを自由に使われるようになれば、私たちに勝ち目はない」
「それ以前に、今の残存戦力じゃ普通に押し切られて侵略されるんじゃないかしらぁ」
「それについては僕とシルヴァが引き受ける。君たちにはその間にエイミス様を救出してもらいたい」
「エギルの能力から考えるに、たぶんエイミス様は魔王城に連れてかれたと思う。後はどうやってそこに潜入するかだけど」
「そこは俺様に考えがある」
自分の一言に場の視線が一斉に集まったのを確認すると、ゼルは棒切れで地面に簡単な地図を書いて説明を始める。
「風の谷のゴンドラから、その先にある砂漠地帯に行ける。そこを進んで行けば黄金橋の跡地に出るから、そっからなら境界線付近の戦闘を避けて魔王軍領に入り込めるはずだ」
「さっすがダーリン!」
「『シェル』」
飛びついてきたシルヴァさんを見もせずに壁の魔法で拒絶し、話を続けるゼル。逆に安心するわ、いつも通りで。
「えらく遠回りになるが、忍び込めるのが俺たちだけなら、これ位はしといた方がいいだろ」
「異論ない」
「僕も賛成だ。後は魔王城自体の潜入だが」
「そこは私に任せて欲しい」
「そうだったね。君がいるなら問題はないか」
とくに深堀りすることも無く、ルークさんはルビーちゃんに相槌を返す。ルビーちゃんが元魔王軍って事は知ってるだろうけど、ルークさんもけっこう信頼してくれてるのかな。
「ダーリンこれ解いて~」
「消え失せろ」
「そうじゃなくって、エイミス様の呪縛を解くなら光の力がいるでしょ?」
「っ!」
「あっ、そういえば」
そうだった。エギルに操られたエイミス様を助けるには、精霊槍の光の力を分けてもらう必要があるんだった。
さすがのゼルもその辺は弁えているらしく、渋々といった体で壁の魔法を解く。すると間髪入れずにシルヴァさんが飛び掛かり、音がしそうな勢いで頬ずりを始めた。うわぁ・・・幸せ顔と絶望顔が同時に。
「おい、光の力を寄越すんじゃなかったのか」
「今送ってるよー。あたしの愛と一緒に」
「いらんもん送ってんじゃねぇ」
「ハイ、じゃあアカネちゃんたちもどうぞー」
そうしてシルヴァさんに呼ばれて思わず身構えると、ゼルとは違って手を握るだけに留まった。すると精霊槍からシルヴァさんを通して、あーしの体に優しい光が流れ込んで来る。
「わ、すごい。ホントに流れ込んで来る」
「オイ、俺ん時と違うぞ」
「それはもちろん、あたしの愛を送ったからね」
「・・・・・・」
ゼルはもうそれ以上何も言わず、ただただ遠い空を眺め始めた。なんか、ドンマイ。
そうしてあーしたち全員に光の力が行き渡ると、いよいよ出発の準備を始める。
「まずはアルフィノエに戻って、そっから風の谷だ。それでいいな?」
「うん!」
「了解」
「了解よぉ」
「少し遅れるかもしれないが、僕たちも必ず駆けつける」
「それまでに死んじゃヤだからね」
「ハッ! 誰に物言ってやがる!」
あーしたちはお互いの健闘を祈り、王都だった場所からそれぞれの目的地に向けて移動を始める。
作戦は大きく狂わされた。それどころか、人類側の危機レベルにまで追い込まれている。
それでもあーしたちは生き残った。逆転の目は、まだ消えていない。
今度こそ、今度こそエイミス様を取り戻す。その強い決意を胸に、あーしたちはアルフィノエに向けて歩き出した。
・・・歩きかぁ。ちょっと長いなぁ。ネクの体力大丈夫かなこれ。




