20話
「アハ・・・アッハハハハ・・・」
糸の切れた人形のように倒れているアイシアから、乾いた笑い声が途切れ途切れに聞こえてくる。その目にはもう光は無く、折れた心を写す鏡のように氷の監獄も砕けて無くなっていた。
「・・・」
その傍らにはどこか遠い目でそれを見つめるネクの姿。ほぼ同じ境遇を辿っただけに、思う所があるんだろう。
何か声をかけた方がいいのかと、色んな言葉を頭の中でシミュレートしていると、今回抜群のコンビネーションを見せたゼルが先んじて声をかける。
「何ボーっとしてやがんだクモ女。さっさと簀巻きにしてその辺に吊り下げとけ」
「それじゃあユーモアが無いでしょう? どうせならもっと見栄えのある縛り方をしたいじゃなぁい」
「ほう、珍しく気が合うじゃねえか」
「悪魔かアンタらは」
感傷に浸るどころか真剣に嫌がらせを考えてただけだった。いよいよあーしたちの方が悪者みたいに感じてくるから止めて欲しい。
「それよりアカネ、手配書のアップは済ませたのか?」
「もうやったけど、捕まえたのに手配書上げる意味ある?」
「見たやつのモチベーションが色々上がるだろ」
「色々って何!?」
あーしのツッコミにゼルが律儀に答えようとした所でそれを慌てて遮る。やめてやめて、大体想像できるから。アイシアもたぶん舌とか噛んじゃうから。
一応インスタの方を確認してみると、グラビアと一緒に上げたアイシア確保の記事がものすごい勢いで伸びていた。どっちの理由で伸びているかは気になるけど知りたくないな。
ちなみに、年の秘密は黙った。そこはね。同じ女としてね。
「で、これからどうすんの? 降りる感じ?」
「いや、騎士団の応援が来るまで待機。たぶんもう登って来てると思うし」
「ハッ! 応援が来る前にカタを付けちまうたぁ、ますます評判もうなぎ登りになっちまうなぁ!」
「そんな胸張れる倒し方してないと思うけど」
「勝ちゃいいんだよ勝ちゃ」
そう言って上機嫌に鼻歌を歌うゼルから視線をずらすと、ネクの手で妙にエロエロしい縛り方をされたアイシアが木の枝から吊り下げられる光景が目に入る。その服とかちょっと破いてんのはワザとなの?
そういう複雑な面持ちでアイシアの方を眺めていると、今の会話を聞いていたのか、ふっとその表情が生気のあるものに変わる。
「アッハ・・・勝てばいいっていうのはわたしも同感かも」
「ほう。何だ何だよ、今日はやたらに幹部共と気が合うじゃねえか」
「アタシは元なんだけどぉ」
「ていうかそれ喜んでいいことなの?」
「ゼルさんだし仕方ない」
「言ってくれるじゃねえかオイ・・・!」
アイシアとの会話のはずが流れるように脱線してしまうあーしたち。そんないつもの漫才じみたやり取りにアイシアはくすりと笑い、そのまま話を続ける。
「悪いけど、今回はわたしの勝ちだね」
「お前、自分の格好が目に入ってねぇのか」
「アッハ、関係ないよ。どうせ全部なくなるから」
「あァ? どういう意味だコラ」
口調こそいつものチンピラ調だけど、その声音に若干の焦りが混じって聞こえる。かくいうあーしも同じように、少しだけ心臓の鼓動が速くなっていた。
なぜなら、意味深な言葉を吐くアイシアのその表情が、勝ち誇ったような、だけど諦めたような表情に変わっていたから。
「わたしの目的、もう達成しちゃったから」
「っ!?」
「なっ!?」
その言葉を合図にしたかのように、立っていられないほどの激しい揺れがあーしたちに襲い来る。
アイシアの目的と聞いて慌てながら祭壇の方へと視線を向ければ、激しい光と熱風を放つ魔力大結晶と、それらによって異常な速さで溶けていく雪原が目に入った。
そしてその奥では大口を開けている火口から踊るように炎やマグマが舞い上がり、今にも爆発しそうな雰囲気を漂わせている。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!
「これもしかしなくても噴火するやつだよね!?」
「テメェ雪女コラ!! いつの間にいらん事しやがった!!?」
「アッハ! いつってそんなの、最初からだよ」
「最初から・・・!?」
上機嫌から一転ブチ切れたゼルに代わり、冷静なルビーちゃんが続きを促す。
「そ。別にここを雪山に変えたのは、わたしが来れるようにする為だけじゃないからね。降り積もる雪全てに闇の魔法を仕込んで、社の祭壇で仕上げをする。仮にここで失敗しても、雪山に変えた時点でわたしの勝ちは決まってたわけ」
「そんな・・・!?」
「闇の魔法って、アナタにそんな力はなかったはずよぉ?」
「エレメントロードと同じだよ。カオスロードにも、闇の魔法を分け与える力があるってだけ」
そんな答え合わせをしている間にも、山の揺れや火口の光はどんどん激しさを増していく。生き物としての直感レベルで、もう時間が無い事を感じ取っていた。
「後は君たちを道連れにして終わり。いやー、我ながらいい仕事フグゥッ!!?」
ゼルはやけくそ気味に話し出したアイシアを鳩尾に一発入れて黙らせると、崩れ落ちたその体をひっ掴んであーしたちに呼びかける。
「予定変更だ、コイツ連れて下まで降りるぞ!!」
「了解」
「分かったわぁ」
「わ、分かっ・・・ひゃあっ!?」
「「「っ!?」」」
ゼルの指示を聞いて動き出そうとしたその瞬間、火口から不意に吐き出された強烈な熱風があーしたちを襲い、踏ん張りの弱かったあーしだけが宙へと吹き飛ばされてしまった。
そのまま断崖絶壁の先へと放り出されたあーしは、麓に広がるモンテローエに向けて真っ逆さまに落下していく。
「いぃやあああああああ!!?」
「アカネェエエエエエエエエ!!」
背後から猛スピードで追いかけてきたゼルが、落下死寸前のところであーしの体を岩の拳でキャッチしてくれた。さらに壁の魔法を周囲に張って、そのままスノボーの要領で雪の急斜面を滑り降り始める。
「あっ、ありがとゼル!」
「気にすんな。むしろ丁度いいぜ、このままモンテローエまで降りるぞ」
「このまま!? ってかルビーちゃんたちは!?」
「ここに居るわよぉ」
隣から届いた返事の方へと視線を向ければ、グリフィンに変身したルビーちゃんとそれに跨ったネクがすぐ近くを並走していた。ちなみにアイシアは簀巻きにされてグリフィンの足に鷲掴みにされている。哀れな。
「この急斜面は危ない。私の上に乗って」
「お前さんマジで体力あるな・・・。ならお言葉に甘えて・・・ウォッ!?」
「キャッ!?」
「っ!?」
ルビーちゃんたちと合流しようと近づいたところで、鼓膜を殴り抜くような爆発音と共に山全体が揺れ動いた。慌てて山頂の方を確認してみれば、噴火によって天高く噴き上げられた溶岩と、山頂部からはみ出すほどに広がった爆炎が視界に入る。
「・・・」
あまりの衝撃に言葉すら失い、サーっと血の気が引いていく感覚を覚えるあーし。これむしろ吹っ飛ばされなかったら死んでたんじゃないの・・・?
「間一髪だなオイ・・・ってウソだろ!?」
安心したのもつかの間、噴火した際の揺れが引き金になったのか、あーしたちが滑り降りてきた雪の斜面がゆっくりと動き出し、巨大な雪崩となって襲いかかってきた。さらに空からは噴き上げられたマグマや噴石が降り注ぎ、地獄のようなウインタースポーツが始まる。
「ギャアアアアアアア!? ゼル何とかしてぇえええええええ!?」
「うるっせえなお前!! 気が散るからちょっと黙ってろ!!」
「こんなの無理ぃいいいいいい!!?」
雪崩と火山弾のコンボにさすがのルビーちゃんも遠くへ避難してしまい、残されたあーしとゼルは壁の魔法で身を守りながらほぼ垂直に近い急斜面を滑り降りる。
その間あーしは全方向から襲い来る恐怖にただただ叫び声をあげながら、一秒でも早くモンテローエにたどり着くことをひたすらに願い続けた。
「ハァッ・・・ハァッ・・・あぁ〜怖かったぁ〜・・・」
「大丈夫アカネさん?」
「あァ〜・・・まだ耳がキンキンしやがらァ・・・」
「ずっと叫んでたのねあの子・・・」
地獄みたいなウインタースポーツを終えてようやくモンテローエに戻ってきたあーしたちは、体力と精神の両方を消耗しまくっていたこともあり、登山道の入り口付近で体を投げ出し休んでいた。
そこから見上げた山頂部では今も定期的に小規模な噴火が続き、同時に発生した禍々しい雷雲も相まって、この世の終わりのような光景を作り出している。
「こっ、これからどうするの・・・?」
「とにかく騎士団と合流したほうがいい。アイシア様の身柄を引き渡す必要もある」
「正直もう騎士団に丸投げしちゃってもいいんじゃないのぉ?」
「バカ言ってんじゃねえクモ女。ここまでやって今更引き下がれるかよ」
「そのボロボロの体で言われてもねぇ」
ネクの言う通り、ゼルに限らずルビーちゃんやネク自身も連戦続きでボロボロだ。ここで無茶をするよりも、騎士団の人たちに任せてしまった方がいい気もする。多分ルークさんあたりが応援に来てるかもだし。
「じゃあ俺様抜きであれをどう攻略するんだよ。言っとくが、今の山頂付近は並みの耐火魔法じゃ近づくこともできんぞ」
「それは・・・」
「別に無理しようって話じゃねえ。海神サマん時と同じなら、核になってる魔力大結晶をブチ砕けば止められる」
「! そっか、それなら前みたいに生放送で!」
「そういう・・・ッ!?」
「っ!?」
あーしとゼルの考えが一致し、アルフィノエの時と同じように生放送の準備を始めようとしたところで、山頂の方から噴火とは違う爆音が響き渡った。どこか生き物のように感じる声の方へと耳を塞ぎながら顔を向けると、山頂部から立ち上る黒煙の中で鈍く輝く赤色の光が視界に入る。
最初はぼんやりと輝く程度だったその光は徐々に激しさを増していき、やがてベールを振り払うように自身を囲う黒煙を弾き飛ばした。
中から現れたのは、全身が煮えたぎるマグマで満たされた超巨大なドラゴン。たくましい腕や足が生えた胴体と、それを遥かに上回る超巨大な翼は、見る者全てに絶望的な威圧感を与えてくる。
そして何より恐ろしいのは、麓からですらハッキリとシルエットが分かる規格外の巨大さ。
自然そのものが形となったようなその存在を前に、あーしたちはただただ圧倒されるほかなかった。
間違えようもない。あれが・・・!
「炎神・・・様・・・!」
「えらい厳つい格好だなオイ。こっちも燃えてくるってもんだ」
「カッコつけてる場合じゃないわよぉ! まだアタシたち何も・・・ッ!?」
慌てるネクの言葉を炎神様のけたたましい叫び声が力づくで押さえつける。
耳を塞いでなお鼓膜を殴ってくるその爆音に体を強張らせて耐えていると、叫び声に交じって新たに爆発音が聞こえてきた。
まさかと思って視線を上げれば、噴火によって噴き上げられたマグマが流星群となって降り注ぎ、さらにその下からは黒々とした煙の波、火砕流が猛烈な勢いでもって麓のモンテローエに迫ってきていた。
「ちょちょちょちょっ!? 嘘でしょ!!?」
「マズイ・・・みんな乗って!!」
珍しく声を荒げたルビーちゃんは大慌てでチーターのような姿に変身すると、あーしたちを跨らせるなりアイシアを咥えながら猛スピードでモンテローエの出口へと駆け出していく。
しかし。
「っ!」
「そんな・・・!?」
出口へと続く大通りには、パニックを起こした住民たちが我先にと詰めかけて大渋滞を引き起こしていた。冷静にと呼びかける騎士たちの言葉ももはや届かず、背後から迫るタイムリミットに発狂する人まで出てくる始末。
「こ、これじゃ間に合わないんじゃ・・・」
「・・・一応、私たちだけ飛んで逃げることもできる」
「そんなのダメだよ!」
「言ってる場合じゃないでしょう!? それともここで仲良く死ぬつもりなのかしらぁ!?」
「で、でも・・・!」
「諦めてんじゃねえ! 固まってシェルを張れば・・・ッ!?」
この場の全員を包み込めるほどの巨大な壁の魔法が現れたかと思えば、一瞬にしてそれは消え去り、ゼルもまた羽を失って墜落してしまった。
それはつまり、ゼルの魔力が尽きてしまったという証拠でもある。
一気にあーしたちを絶望感が包み込み、背後から迫る火砕流と落石がさらにそれを煽る。
「・・・ルビー、やりなさい」
「っ! 待ってムグッ!?」
「・・・」
抗議するあーしの口をネクの糸が無理やり塞ぎ、さらにダメ押しとばかりに体を簀巻きにして縛り上げた。
「おい・・・クモ女テメェ・・・」
「なんとでも言いなさいな。アタシは死にたくないし・・・死なせたくないのよぉ」
「っ・・・」
ネクのセリフを聞き、ゼルはそれ以上何も言わず、ルビーちゃんも意を決した表情を浮かべる。
ちらと火山の方を見れば、いよいよ火砕流は麓のすぐ側まで迫り、なんなら流星群は少しずつ街に着弾し始めていた。
もう時間がない。ゼルの魔力が尽きた以上、ここで逃げないとあーしたちも死は避けられない。
出来ることも何も無い。第一、あーしはただのインスタグラマーだ。駄々をこねたところで解決策がある訳でもない。
それでも。
誰かを見捨てて自分たちだけ助かるなんて、あーしはっ・・・!
「っ!」
その瞬間、一筋の風があーしの頰を撫でた。
人混みで埋まったモンテローエの出口の方から吹き抜けてきたその風は、なぜかとてつもない頼もしさと安心感を覚えた。
それはその場にいる全員が同じだったのか、さっきまで聞こえていた悲鳴や騒ぎ声がピタリと止み、通り過ぎて行った風を追いかけるように火山の方へと視線を向ける。
「なに・・・あれ・・・!?」
目を疑った。
ファンタジーの世界とはいえ、あまりにも現実離れしているその光景に。
麓のすぐ近くまで迫っていた火砕流は規格外の圧倒的な風圧によって無理やり押さえ込まれ、空から降り注いでいた流星群は一つ残らず台風のような風の渦が飲み込み、その二つもろとも力づくで火山へと押し返した。
さらにそれらを炎神様ごと封印するように火山の周囲を超巨大な竜巻が取り囲み、モンテローエに迫っていた脅威が一時的に押さえ込まれる。
これって・・・!?
「・・・風神様だ、風神様が助けに来てくれたんだ!!」
どこからともなく上がったその声に、一部始終を見届けていた全員が歓声をあげる。
別の意味でパニック状態になった住民たちを改めて騎士たちがなだめ、ようやく大通りの渋滞が解消され始めた。
それを尻目に見ながら、逃げる準備を止めたネクが申し訳なさそうにあーしの拘束を解いてくれる。
「プハッ! ありがとネク」
「・・・先に言っておくけど、謝らないわよぉ」
「ううん、あーしこそごめんね。・・・ネク大好き!!」
「ちょっ!? 何よぉ!!?」
いきなり飛びついてきたあーしを、ネクが真っ赤になりながらも受け止めてくれる。引き剥がそうとしない辺り、そういうことなんだろう。
あーしを縛ったのもネクなりに考えてのこと。むしろわがままを言っていたのはあーしの方だし、謝ることなんて何もない。
ていうかそんなことより、さっきのネクのセリフがなんかもう、とりあえず抱きつきたくなった。
「仲がいいのは構わんが、まだ気ぃ抜くんじゃねえぞ」
困り顔のネクにひたすら頬ずりしていると、呆れたような声音がゼルから届く。
ちょっぴり恥ずかしくなったあーしはようやくネクから離れると、一回咳払いしてから仕切り直した。
「えっと、やっぱあれって風神様のおかげなの?」
「それ以外に考えらんねえだろ。あんなマネ出来んのは大精霊かエレメントロード以外にありえん」
「そっか。それじゃあ後は任せちゃっても大丈夫・・・だよね?」
「大精霊が出てきた時点で、私たちの出る幕はない。大人しく街の外に避難するべき」
「体力も魔力も無いしねぇ。堂々と出口から出て行きましょうかぁ」
一応は思うところがあるのか、そんなセリフを吐きながら一足先に出口へと歩いていくネク。なんかほんと繊細だよねネクって。
そんな後ろ姿にあーしたちは生暖かい視線を向けながらついて行くと、今度は火山の方から一筋の風が通り抜けた。
かと思えば、何故かつむじ風のようにあーしたちの周囲を取り囲み、徐々にその勢いを増していく。えっ、何で?
「えっ、えっ、何これ? どういうこと? これも風神様?」
「何だこりゃ、魔力がどんどん回復してきやがる」
「あっ、もしかして風神様なりの労いとか?」
「・・・どうやら違うみたいよぉ」
いきなりテンションが低くなったネクの方へと視線を戻せば、なんと竜巻のようになった風にその体を浮き上げられていた。もちろんそれはあーしたちも例外じゃなく、同じように体を浮き上げられる。
「えっ、ちょっ!? どうなってんの!?」
「察するに、お前らも来いってことじゃねえか」
「・・・えっ?」
「体力も魔力も回復させた辺り、多分そうだと思う」
「それに俺たちゃ、加護を受けてる身だしな」
「・・・それってつまり?」
「延長戦決定ねぇ・・・」
その言葉を合図に竜巻が猛烈に勢いを増し、あーしたちは一気に上空へと吹き飛ばされる。
そんな風神様のダイナミックなご指名に、あーしは早速精神ゲージをすり減らしていた。




