19話
「んんっ・・・なにこの音・・・?」
何度も何度も反響してあーしの鼓膜を殴りつけるけたたましい音に叩き起こされ、あーしはちょっと不機嫌になりながら目を覚ます。
しかしそれも、自分の頬に当たる柔らかくぷにぷにした感触で吹っ飛んだ。あー、きもちーこれ。てか何か懐かしいような。
「アタシの太ももがそんなに気に入ったのぉ?」
「あ、ネク。おはよう・・・・あれ、デジャブ?」
ついこの間も似たようなやりとりしたなーなんて考えながら体を起こすと、四方八方を隙間なく囲った氷の壁が目に入る。あまりにも分厚いせいか向こう側が透けて見えるなんてことも無く、ひたすらに黒ずんだ青色の背景が広がっている。
「・・・あれ、あーしたち確か・・・?」
「アイシアの作った氷ワームに食べられちゃったのよぉ。それでアカネちゃんは今まで気絶してたって訳ねぇ」
「あー、そういうこと。・・・・・・うえぇっ!!?」
「リアクション遅くないかしらぁ」
冷静にツッコんでくるネクとは対照的に、あーしの鼓動は否が応でも速くなる。いやちょっと待ってよ! 氷ワームに食べられたって、前の時よりひどくなってんじゃん!!
ていうか、食べられたにしては妙に生き物っぽさ無いなここ・・・。
そんな考えをあーしの表情から察したのか、ネクはその疑問に答えつつ状況の説明を始めてくれる。
「アタシたちを飲み込んだ後、どういう訳か今みたいな空間に変形したのよぉ。それからは他の二人が出口を探してるわぁ」
「必殺!! 『爆裂ナックル』!!!」
タイミングよくネクの説明に合わせる形で、ゼルの叫び声が反響しながらあーしに届く。
ちょっとびっくりしながら振り返ってみると、アイスゴーレムを粉々に吹き飛ばした溶岩の腕を氷の壁に向かって打ち込んだところだった。続いてあーしを叩き起こした爆音が空間の中に反響し、吹き飛んだ氷の破片が爆風に乗ってあーしたちへと吹き付けられる。
「チッ・・・クソッ!」
吹き荒れる煙の中から姿を現したゼルは、舌打ち交じりに目の前の氷の壁を睨みつける。
あーしもゼルと同じ場所へと視線を移すと、大きく抉れた氷の壁が凄まじいスピードで再生している光景が目に入った。
「あれって・・・!」
「そ。傷つけたそばから再生されちゃうのよねぇ。正直打ち破るのは現実的じゃないと思うわぁ。だから出口を探してるんだけどぉ・・・どうなのルビー?」
流れるようにネクが話を振ると、何故か天井の方から降ってきたルビーちゃんが申し訳なさそうに首を横に振った。ちょっと待って、ツッコんだ方がいいのコレ? それとも真面目に聞くべきなの?
「虫一匹通れる隙間も無かった。ちょっとでも穴が開いていれば出られるんだけど」
「出れるんだ・・・」
「こっちもダメだ、殴っても殴ってもキリがねぇ」
「そんな・・・どうしたら・・・」
『アッハ! 気に入ってもらえたかなー?』
「「「「!?」」」」
何一つ脱出の目途が立たない状況に顔を青くしていると、突如としてアイシアの声が空間の中に反響する。慌てて周囲を見回してみると、しかしどこにもその姿は見当たらない。
『アッハ、違う違う。外から話しかけてるんだよー』
次いで聞こえてきたセリフを証明するように壁の一部分が透明になり、そこからアイシアが手を振りながら覗き込んできた。
そこに間髪入れずゼルが岩の拳を叩き込んだものの、壁の薄さは変わっていなかったのか、さっきまでと同じように抉れた壁が修復されるだけだった。
「おー、怖い怖い。どう、監獄に入れられた気分は?」
「テメェの顔と声が無きゃ、意外と悪くねえな」
「冷たいなーもう。せっかく生かしといてあげたんだから、暇つぶしくらい付き合ってよー」
「暇つぶし?」
「そーそー、ずーっと仕事してるだけってのもつまんないじゃん?」
アイシアは退屈そうに振り返りながら、今も激しい光を放つ魔力大結晶の様子を見る。考えるまでも無く、仕事の内容は炎神様を暴走させることだろう。
それを退屈だの暇つぶしだのと語るアイシアのその態度に、またもあーしの頭が熱くなってくるのを感じる。
「落ち着いて二人とも。挑発に乗って無駄に消耗するのが一番ダメ。とにかくここを脱出する方法を考えないと」
「アッハ! それをわたしの前で言っちゃう? いいよいいよー、わたしも応援するから頑張って!」
絶対に無理だという確信があるんだろう、アイシアはペットでも見つめるような視線で寒々しいエールを送ってきた。その全てを拒絶するようにあーしたちはアイシアに背を向けながら、小さな声で作戦会議を始める。
「まずは状況確認。監獄に隙間は一切なく、打ち破ろうとしてもすぐに修復される」
「魔力大結晶がある以上、正面突破は無理でしょうねぇ。元を絶つにしても、それも外にある訳だし」
「で、外に出る手段も無いと。・・・詰んでないコレ?」
「「「・・・」」」
ただ小さく息を吸う音だけが、監獄の中に虚しく響き渡る。・・・ダメダメダメ! こういう時こそ元気出してかないと!
「まぁそれもいつもの事だし、とりあえずアイシアのこと詳しく教えてよ。二人ならそれなりに知ってるでしょ?」
「分かった」
「知ってること、ねぇ・・・」
元同僚のネクが記憶巡りの旅に出る中、まずはルビーちゃんが簡単な説明をしてくれる。
「アイシア様は雪女の魔物。氷を始めとした水属性魔法にトップクラスの適性がある代わりに、火属性魔法が致命傷レベルの弱点になっている」
「あー、だからさっきの竜巻で・・・の割には結構ピンピンしてなかった?」
「それも魔力大結晶ありきだろ。そうでなくとも、あの程度でくたばるなら幹部やってねえだろうしな」
「致命傷レベルの弱点って、克服できるもんなの・・・?」
まぁファンタジー世界だし、その辺はどうにでもなるのかもしれない。なんなら魔王からの加護もあるわけだし。
「それと氷の魔法に限るなら、エレメントロードに匹敵する実力がある。そこに魔力大結晶と有利なフィールドが加わっている現状、まともに戦っても勝ち目は薄いと思う」
「そういうのは先に言ってほしかったなぁ・・・いやそれでもやるしかなかったんだけどさ」
「実力の話はもういいだろ、身をもって体験した訳だしな。で、お前の方はどうなんだよクモ女」
なんか武勇伝でも聞いている気分になって機嫌が悪くなったのか、ゼルはちょっと八つ当たり気味にネクへと話を振る。
「そうねぇ・・・内面の話で言うなら、とにかく相手をじっくりいたぶるのが趣味だったわぁ。簡単に殺したりせずに、ゆっくりおもちゃを壊すような感じでぇ」
「今の状況がまさにそうだね・・・」
「つまりテメェと似たようなモンか」
「なっ!? 失礼ねぇ、全然違うわよぉ!!」
ゼルの一言がそこそこ頭に来たらしいネクは、少しボルテージを上げながら反論し始める。
「一緒だろ。テメェも糸で縛った相手に調子こいてたじゃねぇか」
「全っ然違うわぁ!! 彼女は殺すだけだけど、アタシはなるべく生かして有効活用するものぉ!!」
「それはそれで質が悪いと思うんだけど・・・」
「サドの女幹部ってとこも似てるよな。つーかキャラ被ってんじゃねぇか、選び直せ」
「んなっ!? アタシをあんな年増と一緒にしないでくれるかしらぁ!?」
ボルテージが最高潮に達したらしいネクがその一言を大声で叫ぶと、それに反応したのか監獄全体にビシッと大きなヒビが入る。・・・えっ?
一気に冷静になって周囲を見回していると、地獄の底から届くようなドスの利いた声が監獄の中に響き渡った。
『今なんか聞こえた気がするんだけど?』
「・・・えっと」
「気のせいですアイシア様」
あまりの迫力にどう返したもんかと詰まっていると、ルビーちゃんがめちゃくちゃ事務的に会話を断ち切る。ナイスルビーちゃん。
しかし事を引き起こした二人はそれで済ませる気は無かったらしく、むしろ脱出の活路として会話を続行した。
「んだよ年増って。まさかあの雪女、あの見た目でテメェより年上なのか」
「年上どころか大ベテランよぉ。先々代の魔王様の時からやってるんじゃないかしらぁ」
「なんだババアか」
女性に対する禁句の一つをゼルが発したその瞬間、氷の監獄の至る所から極太の槍が生み出され、寸分の狂いも無い正確さでゼルへと飛び出した。しかしそう来ることは予想していたようで、ゼルは半笑いになりながら壁の魔法で槍を防ぐ。
「オイオイ、素直過ぎんだろお前さん」
『さっき、わたしの事なんて言った・・・?』
「耳も遠くなってんじゃねえか。そろそろ代替わりしたらどうだ?」
あーしやルビーちゃんと違って絶対零度の怒気を前にしても一切ビビることなく、むしろこれまでの鬱憤を晴らすようにノリノリで煽っていくゼル。当然追加で氷の槍がお見舞いされたものの、全て壁の魔法によってへし折られた。
・・・このエセ妖精は、なんでこういう時に限って一番いい笑顔をしてるんだろう。
「オイオイ何キレてんだよ。むしろ詐欺みてえなマネしてんのはそっちだろうが」
『誰が詐欺ですって!?』
「それはアレか、雪化粧ってか? ウチの女どもの為にも教えてくれよ」
『言うわけないでしょ!!』
「あれは氷の魔法で常に冷却して、無理矢理若い姿を保ってるのよぉ」
『ネクリアァアアアアアアアアア!!!』
同じようにドSスイッチが入ったのか、元同僚のネクが流れるようにアイシアの秘密を暴露した。何でこんな息ピッタリなのこの二人。
対するアイシアはえらい力技のアンチエイジングをバラされた事でいよいよその怒りも頂点に達し、感情をそのままぶつけてくるかのように監獄の中を無差別に氷の槍で貫きまくる。が、しかし。
「悪いな。こう見えて俺様も、プリーストの力は魔王の息子と張り合える程度にはあるんだわ」
三重に張られた壁の前にはその全てが通用せず、ただただ折れた氷の柱が増えるだけだった。しかしそれでもアイシアは攻撃の手を止めず、絶対に殺すという気迫でもって絶えず氷の槍を撃ち込んで来る。
「さぁーて仕上げだ。アカネ、今から生放送始めろ」
「えっ、今から!? なんで?」
「バカお前、魔王軍幹部の貴重な情報だぞ。俺たち冒険者はそれを報告する義務がある、そうだろ?」
「うわぁ・・・」
『止めろぉおおおおおおおおお!!!』
ネクの時もそうだったけど、なんでこのエセ妖精はそういう考えがポンポン出てくるんだろう。
割と本気で引き気味のあーしはちょっとためらったものの、ルビーちゃんに真面目な表情で促され、何か考えがあるんだろうと生放送を開始した。
「えーっと・・・みなさんこんにちは。赤羽アカネで・・・」
「止めろっつってんでしょうがァアアアアアアアア!!!」
「イィヤアアアアアアアアアアア!!?」
突然背後の監獄の壁がブチ破られ、そこから鬼の形相を浮かべたアイシアが突入してきた。
放送事故どころじゃない状況にあーしは泣きながら腰を抜かすと、何故かアイシアは突入した時のポーズのまま動かなくなる。これって・・・!?
「ネク!」
「ウッフフ、やぁーっと引っかかってくれたわねぇ」
「へっ、それって?」
「ワームん時と同じだ。届かねえんなら吊り上げろってな」
「なるほど!」
いつの間に作戦を立てていたんだろう、ゼルとネクはお互いにしたり顔を浮かべて拳を合わせた。親友か何か?
息ピッタリな二人は似たような悪い笑顔を浮かべながら、捕まえたアイシアの下へと近寄っていく。
「このっ・・・!! 放しなさい!!」
「あらあら無駄よぉ。アタシの糸については詳しく知っているんでしょう?」
「くっ・・・!」
「いやはやお前さんの言う通りだな。素直で優先順位を間違える奴が、こんなにも愛おしく見えるとは思わなかったぜ」
完全に勝利を確信したからか、ここぞとばかりに煽りに煽り倒す二人。気持ちは分からなくもないけど、そういう所で株を落とすって事に早く気付いて欲しい。無理だろうけど。
「よぉーしそんじゃ始めるか。アカネ」
「・・・えっ、あーし? 何すんの?」
「何って、新しい手配書作んだよ」
「「っ!!?」」
全く同じ表情を全く同じタイミングで浮かべるあーしとアイシア。いやちょっと待って、捕まえたならもういらないでしょ。・・・そういう意味じゃないんだろうけど、もうやめたげようよ。
「実は前のアンケートで、そろそろ飽きたって声がチラホラ出てな。ちょっとテコ入れが必要なんだよ」
「えっ、そうなのぉ?」
素でショックを受けたらしいネクは目にうっすらと涙を溜める。本人居る所で言わないであげてよ。てかそのアンケートも失礼だなマジで。
「散々人を氷漬けにして遊んでくれたんだ。ちょっとおもちゃにされるくらい訳ねえだろ」
「ふざけっ・・・!! くっ、放して!!」
「ゆっくりじっくり遊んでやるからなァ。覚悟しとけ・・・!」
「ヒッ!? い、いや・・・誰かぁああ!! 助けてぇえええ!!」
助けを求める魔王軍幹部。大分皮肉な絵面だけど、それ以上にあのエセ妖精の振舞いが巨悪過ぎて思わず同情してしまう。どっちが魔王軍かもう分かんないなコレ。
まぁそれはそれとして、今までのモンテローエの異変の原因は全てアイシアにあるのも事実。
という訳でサっと切り替えたあーしは、スマホ片手に捕まったアイシアの下へと歩み寄っていった。




