18話
「でぇりゃあああああああああ!!!」
ゼルの右腕に作り出された溶岩の腕が、行く手を阻む氷のゴーレムに向かって打ち込まれる。その拳が氷の胴体に直撃した瞬間とてつもない大爆発を起こし、喰らったゴーレム本体はおろか、その後ろに控えていた魔物たちすらまとめて吹き飛ばした。
「見たか必殺『爆裂ナックル』!! 氷のガラクタなんざお呼びじゃねえんだよ!」
「いや危ないな今の技!? こっちにまで爆風飛んできたよ!?」
「シェルで塞いでるから問題ねえだろ」
「豪快過ぎるよ!!」
なんて会話を交わしながら、あーしたちは雪山と化したモンテローエ火山の山頂へ向けて、登山道をひたすらに登り進んで行く。
雪化粧が施された道中には当然アイシアの残した足止めたちが待ち構えていて、それをあーしたちは体力温存の為にも強行突破し先へと進んでいた。
ちなみに移動の方法は、トラに変身したルビーちゃんにあーしとネクが乗って、ゼルは飛びながら魔法で露払い。二人乗せて登山できるルビーちゃんは、いよいよスタミナお化けなんじゃないかと思い始めてきた今日この頃。
「また新手。アイスゴーレムとイエティがそれぞれ三体ずつ。壁が厚い」
一切息を乱さないルビーちゃんの声を聞いて前を向けば、さっき戦ったばっかりの氷で出来たゴーレムと、雪男を連想させる白毛のゴリラみたいな魔物たちが群れを成して壁を作り、あーしたちの進む道に立ちはだかっていた。なんかラグビー選手の構えに見えなくもない。撮っとこ。
「いい壁してんじゃねえか。俺様のシェルとやり合うか?」
「バカ言うんじゃないわよぉ。アタシが抑えるからその間に通り抜けなさぁい」
「えっ、ネクそれパワー足りんの?」
「どういう意味かしらぁ・・・。まぁ見てなさいな」
フレームに映るネクは不満顔から一転自信ありげな表情を浮かべ、減速することなく近づいていく魔物の壁に向かって大雑把に糸を飛ばす。すると魔物たちの体を接着剤の要領でくっつけ合い、本当にただの壁へと変えてしまった。
その間にあーしたちは虚しくもがく足下をすり抜け、壁に阻まれていた道の先へと進む。・・・ちょっとだけ気の毒に思えなくもない。
「そろそろ山頂だな。気ィ引き締めていくぞお前ら」
「うん!」
「了解」
「言われるまでもないわぁ」
ひたすらに登山道を登り続け、周囲の景色がほとんど空に変わり始めてきた頃、あーしたちはようやく山頂部に辿り着いた。
トラルビーちゃんから降りて周囲を見渡してみれば、火山を思わせる景色はどこにも無く、麓のモンテローエと同じように一面銀世界となっている。
しかしその中にあってなお威厳を漂わせているのは、山頂部の中心にある石造りの大きな神殿。
重厚感漂う石の外壁には丁寧に彫刻が掘り込まれ、その周囲から神殿の中にかけて火が灯っていたと思しき松明の台がずらりと並んでいる。
しかし残念ながら、今はそれらも降り積もる雪に飲まれてしまい、ただひたすらに寒々しい暗闇だけが神殿の中を満たしていた。
ここ以外に他にない。だけどあーしは確かめるように神殿の名前を呟いた。
「これが、炎神の社・・・?」
「らしいな。種火の一つすら残ってねぇみてえだが」
「つまり、火の大精霊の力すらも抑えられてしまっている」
「魔力大結晶だけじゃ説明がつかないわねぇ。会って本人に聞きましょうかぁ」
ネクのセリフを聞いてあーしは足下に視線を落とすと、社の中にまで無遠慮に続く轍の跡が目に入る。
素人目に見ても痕跡はまだ新しく、アイシアが到着してからまだ時間が経っていない事が分かる。
「早く行こう。アルフィノエみたいになったらシャレになんないし」
「それはいいが、お前さんは後ろな」
「危ないから」
「・・・はい」
けっこうシリアスな感じで踏み出した一歩を、お母さんみたいなセリフで止められる。たまにはカッコつけさせてよ、もう。
大人しく引き下がったあーしはネクに頭を撫でられながら、前を進む二人に続いて炎神の社へと足を踏み入れた。
「さむっ!?」
「ちょっとぉ、耐寒魔法切らないでくれるかしらぁ」
「切ってねーよ! 社ん中が寒いだけだ!」
「それはそれでおかしいと思う」
炎神の社の中は、魔法で寒さをカットしてなお凍えるほどの極寒地帯だった。
一歩一歩奥へと進むごとにその寒さは増していき、途中からは天井につららが、足元には氷のかけらが転がるようになった。どんだけ寒くなってんのここ。
明かりも無いせいで視覚的にも寒く感じる中、通路の先に中庭らしき場所を見つけ、あーしたちはそこから差し込む光に誘われるように足を運んだ。
薄暗い場所から明るい場所に出たことで一瞬視界が白く染まり、あーしは反射的に閉じた目をゆっくりと開けながらその先を見る。
「っ!」
視界に飛び込んできたのは、海神様や風神様の社で見たものと同じ大きな祭壇。
どうやら火口のすぐ近くに備え付けられてあるらしく、祭壇の向こう側にはものすごく大きい穴がぽっかりと開いているのが目に入る。
そしてその手前には赤く輝く魔力大結晶と、それに手を触れて魔力を受け取るアイシアの後ろ姿が。
「ずいぶん派手な模様替えしてくれたじゃねえか。先客には文句言われなかったのか?」
いつものように先陣を切ってアイシアに絡んでいくゼル。セリフの内容はふざけてるように聞こえるけど、その実ここに居た人たちの安否を確かめているんだろう。
そんな意図を汲み取ったのか、アイシアはゼルのノリに合わせて言葉を返す。
「アッハ! 君のいう通り良い顔はされなかったねー。しょうがないから立ち退いてもらったけど」
「立ち退いてって、どこにやったの!?」
「その辺に転がってるでしょ?」
「は? 何言って・・・」
あーしはアイシアに促されるまま視線を落とすと、通路からここまでずっと足元を転がっている氷のかけらが目に入る。今までとは違って明るい場所に出ていたからか、そのかけらの中身を見ることができた。・・・できてしまった。
「ヒッ!? うそ、腕・・・!?」
足元に転がっていたのは、氷漬けになった人間の腕の一部。よくよく見れば周囲にあるかけら全てに何かしらの中身が詰まっていて、その意味を理解した途端にとんでもない吐き気がこみ上げてきた。
「ウッ・・・ウゥエッ・・・ッ!!」
「アカネさん! 大丈夫!?」
息を荒くして膝をついたあーしの下に、慌ててルビーちゃんが駆け寄ってきてくれる。・・・これはちょっとヤバイかも。マジで。
「・・・つくづくいい趣味してるわねぇアナタ」
「アッハ! あんたにだけは言われたくないなー。アラクネさん」
「クソみてえな事で張り合ってんじゃねえ。仲良く墓の下に埋めてやるから覚悟しろ」
「へー、言うね」
「何でアタシもなのよぉ!?」
抗議するネクを他所にアイシアとゼルは睨み合い、一瞬で茶化すような雰囲気が吹き飛ばされる。
雪が降り積もる音すら聞こえてきそうな静寂の中、先に戦いの火蓋を切ったのはゼルだった。
「ッ!!」
立ち止まった状態から一気に急加速したゼルは、そのまま無防備な状態で構えているアイシアの胴体目掛けて飛んでいく。しかし。
「アッハ! ほーんと素直だよねー」
その手前で飛び出してきた分厚い氷の壁に阻まれ、上半身が思いっきりめり込んでしまった。かっこ悪!? ってそれどころじゃない!!
「ゼル! 逃げて!」
「もう遅いよ」
「・・・ハッ! ほんと素直だなお前さんは!」
「っ!?」
トドメの魔法を撃ち込もうとアイシアが構えたところで、壁に埋まったゼルからくぐもった笑い声が届けられる。
次の瞬間にはめり込んだゼルを起点に壁全体にヒビが広がり、そのまま勢いよく氷の壁を粉々に弾き飛ばした。
「くっ・・・!?」
さすがのアイシアも至近距離では対応しきれず、両腕で体を覆いながら大きく飛んで距離を取る。
「逃すか! レイヤードマジック『キャニスターシェル』!!」
対してゼルは休む暇も与えまいと、アイシアが着地するだろう場所目掛けてオリジナル魔法を撃ち込んだ。バラバラに飛んで行った四、五発ほどの魔法の弾は、思惑通りアイシアが降り立った場所近くに着弾し、大きな火柱をあげる。
「もひとつオマケだ! 『サイクロン』!!」
強烈な突風を引き起こす魔法が火柱もろともアイシアの周囲を包み込み、やがて巨大な炎の竜巻を作り出す。
凄まじいまでの熱風は周囲を白く染めていた雪をどんどん溶かしていき、そこから炎神の社本来の姿がうっすらと顔を出してくる。
「すごいじゃんゼル! ていうかいつの間に風の魔法使いこなせるようになってたの?」
「フッ、天才の俺様にかかればこの程度・・・」
「どうせ風の大精霊の加護のおかげでしょう。調子乗ってるんじゃないわよぉ」
「テメェ余計なこと言うんじゃねえよクモ女!」
相変わらず自分の株を下げることに関しては超一流のゼルさん。変に自分を盛るから余計にダサく見えちゃうんだよ。
まぁそれはそれとして、炎の竜巻なんてファンタジー世界でしか見れないような光景はとんでもない迫力があり、あーしはそのインパクトを余すことなく写真へと収めていく。あーこれ動画の方がいいかなー。
なんて撮影方法に迷ってスマホとにらめっこしていると、不意に何かが凍りつくような音とともに、周囲に吹き荒れていた熱風がピタリと止まる。・・・うそでしょ?
まさかと思って顔を上げれば、ついさっきまで赤く燃え盛っていた竜巻が、形はそのままにガッチリと凍りついていた。
もはや一つの芸術品のようにすら感じられるその光景に気圧されていると、一拍おいて凍った竜巻がてっぺんから徐々に砕け割れ、中からアイシアが姿を現す。
「・・・今のはちょっと危なかったなー。少し熱くなってきちゃったかも」
「おっと、熱いのは苦手なんだったか? 悪い悪い」
そんなセリフとは裏腹に、一切悪びれること無くいやらしい笑顔を浮かべるゼル。さすがのアイシアもそれには腹が立ったのか、淡々と反撃の魔法を唱えてきた。
「『アイシクルスピア』」
アイシアの怒りを代弁するかのように大量の青い魔法陣が浮かび上がり、その全てから無数の氷の槍があーしたちに向けて撃ち出された。
ゼルはそれを笑いながら壁の魔法で受け止めつつ、しっかりとアイシアを視界に捉えて反撃の機会を探る。
が、しかし。
「『クリスタルウェイブ』『フローズンスパイク』『グレイシャルミスト』」
「ぐっ!?」
アイシアは立て続けに魔法を唱え続け、氷の波、棘、霧と様々な氷の魔法でゼルの壁の魔法を責め立てる。その魔法の応酬にはさすがのゼルも防御に徹する他なく、反撃どころの状態では無くなってしまった。
「チッ、つくづく厄介だな、魔力大結晶ってのは」
「どっ、どうするの!?」
「問題ないわぁ。こういう状況の為のあの子だものぉ」
「あっ、そっか!」
相変わらずいつの間にか姿を消しているルビーちゃんを探してみると、タイミング良くアイシアの背後から姿を現したのが目に入った。
音もなく小刀を抜いてアイシアの首へと振り払うと、突如として発生した地響きがその手元を狂わせる。
「くっ・・・!」
「キャッ!?」
思いきり攻撃を空ぶってしまったルビーちゃんはすぐに次善策へと切り替え、変身の応用で生み出した巨大な尻尾を空ぶった勢いに乗せて叩きつけた。
致命傷とはならなかったものの不意打ち自体には成功し、アイシアが大きく吹き飛ばされた事によってゼルを抑えていた魔法の嵐がようやく収まる。
「ナイスルビーちゃん!」
「よっしゃ! ここで一気にケリを・・・ッ!?」
ゼルが意気込んだタイミングでまたも謎の地響きがあーしたちを襲い、バランスを崩してしまったあーしは冷たい雪の上に尻もちをついてしまった。あぁっ!? パンツが!?
一人別件で嘆きながら湿った部分をさすっていると、今度は地響きに続いて岩が砕かれたような音があーしのすぐ近くで轟く。
「えっ?」
どこか既視感を覚えるその音の方へと振り向いてみれば、全身が氷で作られた長く太い胴体らしきものがあーしに向かって振り下ろされていた。
「アカネッ!!」
「ふんっ!」
「ひゃっ!?」
いきなり過ぎる状況にあーしは何も出来ないまま立ち尽くしていると、ゼルの声に続いて届けられたネクの糸に思いきり引っ張られ、寸での所で謎の叩きつけ攻撃から逃げ延びる。
そのまま豪快に雪の上へと投げ込まれたあーしは、湿った服を気にも留めずにさっきまで居た場所へと振り返った。しかし一歩遅く、氷で出来た謎の物体は吸い込まれるように穴の中へと消えていく。
でも、その光景だけで十分だった。
「今のってまさか・・・!?」
「いやありえねえだろ。あの芋虫野郎は俺様が吹っ飛ばしたハズだ」
「その通りだよ。あの子は君たちが倒したボルケーノワームじゃない」
「っ!?」
いつの間にか復帰していたアイシアは、こっちに向かってゆっくりと移動しながらあーしたちの疑問に答える。
「あれは私が作った複製。名前を付けるなら、フローズンワームってとこかな」
「フローズン、ワーム・・・!!」
「いやー、大結晶の魔力がすごくてねー。やってみたら出来ちゃった」
えらく軽いノリで語るアイシアだけど、その内容はシャレになってない。
魔力大結晶を持つ幹部に続いて、あのボルケーノワームを複製した魔物が追加されるなんて、正直分が悪いなんてレベルを超えてる。
「どっ、どうしよう!?」
「こうなったら一気にケリつけるしかねえな。ルビー、クモ女」
「了解」
「ちょっと待ちなさい、ここは・・・!」
「アッハ! だから素直すぎだってばー」
「っ!?」
アイシアはあーしたちが動き出すよりも先に魔法を唱え、逃げ場を塞ぐように四方八方へと魔法陣を呼び出した。一拍置いて魔法陣から氷の魔法の一斉攻撃が始まり、否応なしにあーしたちを壁の魔法の中へと縛り付ける。
「ぐっ・・・このっ・・・!!」
「まずい、このままだとワームにっ・・・!」
「えっ、ワームにって・・・うそでしょ!? ひゃっ!?」
ルビーちゃんから聞かされた最悪の予想に背筋を凍らせていると、答え合わせのようにあーしたちの立っている地面が盛り上がり、そのまま氷の大口の中へと飲み込まれた。
「じゃあねー」
暗く冷たい穴の中へと落ちていく最中、ひと際冷たいアイシアからの別れの言葉を最期に、あーしの意識も闇の中へと落ちて行った。




