16話
「涼しっ」
視界の全てが光に包まれてからしばらく、その光が消えてから一番最初に漏れ出た感想がそれだった。
目の前には夜風が通り抜ける街並みが広がっていて、ようやくモンテローエに帰ってきたという解放感と安心感が、あーしの体から力を抜いていく。
「あぁ~、疲れたぁ~」
「アカネさん、そこに座り込むのはダメ。まだ終わってない」
「まずはギルドに報告といきてぇもんだが、コイツをどうしたもんかね」
ゼルはバラバラに砕けた骨の杖を雑に投げ捨てると、困ったように振り向きながら赤い魔力大結晶を仰ぎ見る。当然ながら台車みたいな運べるものに乗せてないから、これをギルドまで持っていくのは骨が折れる。
「別にわざわざ行かなくても、向こうに来てもらえばいいじゃないのぉ」
「あー、それもそっか」
「呼びましたか?」
「うひっ!?」
ネクとの会話に当たり前のように入り込んできた声に、思わず飛び退くように反応してしまう。
張り付いたネクの後ろから恐る恐る確認してみれば、困ったように笑うギルド職員さんと、キリッとした表情を浮かべた男の騎士さん。そしてその後ろに控える兵士数人がなぜかそこに居た。えっ、何でここにいんの?
そんな疑問をあーしの表情から読み取ったのか、職員さんは自ら説明してくれる。
「アカネさんのインスタで事情は把握していましたから、お迎えに上がりました」
「お疲れさまでした。騎士を代表し、感謝いたします」
職員さんの説明に続き、騎士の人たちが深々と頭を下げる。いや、なんかそこまで仰々しくされるのも落ち着かないんだけど。
「迎えにってこたぁ、パニックはもう治まったのか?」
「はい、社から派遣された騎士の方々のおかげで。それとアカネさんの記事にも助けられました」
「えっ、あーしも?」
「はい。やはり問題解決に動いているという事実は大きいですからね」
「しかし、本来は我々騎士の任務でありました。重ねてお礼を・・・」
「そういうもんはいっぺんにしとけ。安っぽくなるぞ」
ゼルは面倒くさそうにそう断ち切ると、騎士の人たちはそれでも頭を下げてくる。本当に律儀な人たちだ。
「それよりも報告と、街の現状を話し合いたい」
アサシンらしく一瞬の静寂を突いたルビーちゃんが会話を本題まで引っ張り、そのままダンジョンで起こった出来事を報告する流れになった。
といっても別段詳しく説明するような事は何もなく、道中の事はすでに写真付きでインスタに上げてるし、敵の目的については主犯らしきワイトの顔面を砕いて聞けなかったし、なんなら本体の杖も砕いていた。・・・何にも情報手に入ってないんですけど。
「少なくともこの赤いのが関わってんのは間違いねえと思うんだがな」
そう言ってゼルが親指で指し示すのは、あーしたちがギリギリで持ち帰ってきた赤い魔力大結晶。
ゼルやルビーちゃん曰く、色のついた魔力結晶は聞いた事がないらしく、それを魔王軍の魔物たちが大事そうに守っていた事から、確実に今回の事件に関係があると睨んでいる。
「これで火山をおかしくしてたとかじゃないの?」
「残念ながら、未だ温泉の方は正常な温度に戻っていません。戻っている途中と考える事も出来ますが」
「水の大精霊と同じ事をしようとしてたのかしらぁ? でもそれだとワイトじゃ力不足なのよねぇ・・・」
ピンとくる答えが出ないままうんうんと唸るあーしたち。もしかしてただの自然現象だったってオチはないよね? まぁ、あそこまで魔王軍が絡んでる時点でそうとは考えにくいけど。
「それと、火の精霊も見つからなかった」
「あっ、そういえばそうだったかも」
「早々人前に出てくる奴らじゃねえが、この状況で一体も見ねぇってのもなぁ」
ゼルの話を聞きながら、あーしは水の精霊たちと出会った時の事を思い出す。
あの時は暴走した精霊と、それを助けようとする精霊の二人を見つけた。もし今回の異変が精霊たちに原因があるなら、少なくとも暴走した精霊と遭遇しててもおかしくないはず。もしかしてホントに関係が無い・・・?
そんな結論があーしたちの中で固まり始めた頃、それに待ったをかけるように、赤い魔力大結晶を調べていた騎士たちからざわめきが届いた。
「何という事だ・・・! まさかこんな・・・!?」
「? 何か分かったんですか?」
「・・・えぇ」
何の気なしに聞いたあーしの質問に、騎士さんは痛ましい表情でもって言葉を返す。
あーしは嫌な予感と心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、固唾を飲んでその言葉の続きを待った。
「この魔力大結晶は・・・火の精霊たちが無理矢理結晶化させられたもの、です・・・」
「えっ!?」
「っ!」
「・・・」
「なるほどねぇ・・・」
口にするのも辛そうな騎士さんからの説明に、あーしたちはそれぞれ驚いたり、納得したような表情を浮かべた。
えっ、ちょっと待って? 無理矢理って何? どういうこと?
「この魔力結晶が赤い理由も、火を司る精霊が結晶化したからに他なりません」
「何でんな事が分かるんだよ」
「我々は精霊騎士隊所属。ほんの少しではありますが、精霊たちの声を聞く事が出来ます」
そう語る騎士さんの顔はこっちまで心が痛むほどに辛そうで、わざと魔力結晶から視線を外しているようにも見えた。もしかして、今まさに火の精霊たちの悲鳴が聞こえてたりするんだろうか。・・・止めよう、想像するだけで辛すぎる。
予想外の痛々しい事実に思わず俯いていると、ある程度は割り切っているらしいゼルやネクたちが会話の続きを引き継ぐ。
「まぁ、そうなって来ると色々辻褄があってくるな。深層の魔物に始まり、ボルケーノワームに続いて、最後の鉱石が復活しない問題。それもこれも全部、精霊たちが魔力結晶に変えられたからって訳だ」
「温泉の温度が上がったのも、結晶化させられた時に漏れ出た力・・・悲鳴って言えば想像しやすいかしらぁ」
「ちょっ、止めてよネク・・・ほんと止めて」
「慣れておいた方がいいわよぉアカネちゃん。それに、魔王軍がどういう存在かは王都で嫌というほど理解したでしょう?」
「っ・・・」
淡々と語るネクの言葉を、あーしは黙って受け止める。受け止めるしかなかった。
「で、それが積もりに積もって今の異常活動に繋がったと。言っちまえば精霊たちのSOSみたいなもんだった訳だが、こういう時に大精霊サマは何してんだろうな?」
「恐らく今回もエギル様が一枚噛んでいる。何かその辺りの対策をしてあったのかもしれない」
「野郎・・・どてっぱらブチ抜かれてまだいらん事しやがるか」
「ですが、それでも精霊たちを取り戻してくれた事は不幸中の幸いでした。明日の早朝にでも炎神様の下へと奉納しましょう。きっと精霊たちを元に戻して下さるはず」
「っ! そうなんだ・・・良かった」
暗い空気を振り払うように声を張り上げた騎士さんの言葉を聞いて、あーしもほっと胸を撫でおろす。良かった・・・元に戻れるんなら大丈夫だよね。
その後は当たり前のようにあーしたちも奉納に参加することが決まり、明日の朝一でギルドに集合することが決定。それだけ確認すると騎士さんたちからもう休むように促され、王都から今まで動きっぱなしだった事もあり、後処理は任せてあーしたちはお言葉に甘えて宿へと戻らせてもらうことになった。
「ん〜、やっぱ何かスッキリしないかも・・・」
翌日の早朝。予定通りギルドへと集まっていたあーしは、準備を進める騎士や兵士たちから離れた所に身を潜め、確かめるように体のあちこちへと顔を近づける。・・・大丈夫だよね?
「何してんだアカネ。別に臭かねえから心配すんなよ」
「バッ!? 何言ってんのゼル!? 全然臭くないから!!」
「いやだから臭かねえってムグッ!?」
言わなくてもいいことを喋りまくるエセ妖精の口を秒で塞ぎにかかる。ほんっとデリカシーないよねゼルって!
「ブハッ! んだよ、一日くれえ風呂入らなくても平気だろ」
「女の子はそういう訳にもいかないの!」
「ゼルさんは、乙女心を分かってない」
「冒険者やっといて今更何言ってんだ。今まで散々野宿もしてきたのによ。つーか入れてねぇのはお前だけじゃねえっての」
「そ、そうだけど・・・」
それでも気になるものは気になるんだもん。一応は濡れたタオルで拭いたりしたけどさ。
往生際が悪いとは思いつつ尚も自分の体をチェックしていると、隣で黙ったままゼルを見つめていたネクが、何か問い質すような雰囲気で問いかけた。
「それにしてはアナタ、随分と髪ツヤが良くないかしらぁ?」
「あ? そりゃ俺は風呂入ったからな」
「「「は?」」」
聞き捨てならないセリフに女子全員がゼルへと視線を向ける。入った? 今お風呂入ったって言った?
「熱すぎてお風呂は入れなかったよね? どうやって入ったの?」
「そりゃお前、耐熱魔法を調節してだな」
「言ってよ!!!」
あーしはまたもゼルへと秒で掴みかかり、その体を前後に激しく揺さぶりかける。
「何でそういう大事なこと教えてくんないの!?」
「仕方ねえだろ! そもそもお前らと部屋違うんだからよ! それとも何か!? 一緒に風呂入ろうってか!?」
「は!? 何言ってんのスケベ!! 変態!!」
「お前ちょっと理不尽すぎるだろうが!!」
「あの、ちょっといいですか?」
「なに!?」
「なんだよ!?」
突然水を差してきた言葉にゼルと揃って振り向くと、そこには昨日話し合った騎士さんの姿が。
・・・えっと。
「失礼、そろそろ出発の準備が整ったんですが・・・そちらは大丈夫ですか?」
「あっ、はい。ダイジョブです・・・」
熱くなっていた頭に冷や水をかけられたかと思えば、今度は別の意味で顔が熱くなり、あーしは飛び退くようにゼルから手を離す。朝っぱらから何やってんだろマジで。
「仲良しもほどほどにしなさいよぉ?」
「俺は悪くねぇ。アカネが勝手に突っかかってきただけだ」
「うぅ・・・サイアク・・・」
「元気出してアカネさん」
ルビーちゃんに背中を叩かれながら騎士さんの後を付いて行くと、例の赤い魔力大結晶を荷台に乗せた馬車の元へと案内される。その周りでは大勢の騎士や兵士が武器をその手に周囲を警戒していて、さらにそれを取り囲んだギャラリーがワイワイと盛り上がっている。・・・何これ? どうなってんの?
「えっと、これって?」
「アルフィノエん時もあったろ。大結晶目当てに集まった野次馬だ」
「あぁー、あったねそういえば」
「それに今回は色と曰く付きだものぉ。早朝ですらこうなっても仕方ないわねぇ」
気だるそうに周囲を見渡しながら言ったネクのセリフに、あーしは無言で同調する。確かに珍しいものが見れるとなればあーしだって早起きするだろう。インスタグラマーならなおさら。
「つーか護衛の数が多くねぇか? まさか社から呼んだ訳じゃねえよな」
「もちろん。昨日の時点で王都に応援は出しておきましたから。ダンジョンでの出来事を鑑みても、多すぎるということはないでしょう」
「つまりは準備万端って訳だ。お前らも準備はいいな?」
「う、うん」
「問題ない」
「ちょっと眠いわねぇ」
この状況でくぁとあくびをするネクに少し呆れつつも、おかげで緊張がほぐれたような気がした。
どうやら後はあーしたち待ちだったらしく、大結晶を乗せた馬車へと乗り込むよう示される。えっ、あーしたちそこ乗んの?
一瞬だけ戸惑ったものの、これ以上待たせるのも悪いと意を決して一歩踏み出した。
その時。
「あー、ちょっと待ってー。わたしも乗る乗るー」
人混みの方から届いたのは聞きなれない、だけどどこか懐かしさを感じるフランクな声音。
誰だっけと声の方へと視線を向けると、空気を読んだらしいギャラリーたちが道を開けていて、その奥から白い長髪の女の子が歩いてきた。
その体は遠目に見ても健康そうとは言えないほど真っ白で、風に揺れるたび雪のように輝く前髪の奥からは、凍てつくような視線が向けられている。
えっ、待って。うそ。あれって・・・?
「全員逃げなさい!!!」
「『シェル』!!!」
次の瞬間、普段のネクからは想像もつかない絶叫と、それに負けないほどの声量で壁の魔法が唱えられた。
あーしたちから始まり騎士に兵士たち、そして周りを囲んでいたギャラリーたちを包み込もうとしたその一歩手前で、白い髪の女の子が生み出した氷の壁に阻まれる。
「アッハ! やるねー。エギル様を退かせただけはあるよー」
氷漬けにされた人々や建物を背景に、どこか幻想的で儚い印象を持たせる彼女は、そのイメージとはかけ離れた軽い口調であーしたちへと語りかけた。
「久しぶりだねーアカネちゃん。みんなも。元気してた?」
「アイシア・・・! 何でアナタがここに・・・」
「何でって、そんなの決まってんじゃーん」
ピリついた空気で問いかけたネクに対し、白い髪の女の子 アイシアは、まるで友達に話しかけるようなフランクさでその目的を語った。
「その魔力大結晶、貰いに来たの。とりあえずここにいる全員と交換でどう?」
アイシアは一切の温かみを感じられない笑顔を浮かべながら、自身の周囲で氷漬けになった人たちを大雑把に示して見せた。




