15話
あーしたちを見下ろしながら宙をゆらゆらと漂うワイトは、笑っているように歯をカチカチと打ち鳴らしながら、その手に持った骨の杖を振るった。
すると地面の上にいくつもの黒い魔法陣が浮かび上がり、そこからズルズルと這い出すように色んな魔物が姿を現す。
「うわっ、何アレ・・・気持ちわる」
「召喚魔法よぉ。アンデッドの魔物を使役するワイトの得意技ねぇ」
「にしちゃバリエーションが豊富過ぎる気がするんだが、俺様の気のせいか」
ゼルの言う通り、ワイトの呼び出した魔物たちはスケルトンに始まり、シャドーデーモンにゴブリンやヘルハウンド、更にはミノタウロスとアンデッドどころの騒ぎじゃなくなっていた。おまけに周りからは当然のようにマグマゴーレムたちも湧き出して来るし。
「恐らく、あの赤い魔力結晶で力を増幅している」
「でしょうねぇ。面倒な相手に面倒なものが渡っちゃったわぁ」
「ザコがいくら群れた所で変わりゃしねぇよ。来るぞ!」
呼び出された魔物の群れの中から、二体のミノタウロスが我先にとあーしたちに向かって走り出した。
大型トラックのような迫力でもってタックルをかましてきたミノタウロスたちは、強烈な衝撃音を響かせながらゼルの壁の魔法とせめぎ合う。
「やっぱテメェらとは気が合うな。俺様が相手してやるよ!」
何か気持ち的な部分で繋がっているのか、ゼルはミノタウロスと睨み合いながら突撃魔法の準備を始める。
カウントダウンのように背中の炎が徐々に勢いを増していく中、不意にゼルがあーしに向かって声をかけた。
「シェルを一枚ここに置いとく! 絶対に出るんじゃねえぞアカネ!」
「わっ、分かった!」
「それと撮影も頼んたぜ! オォラアアアアアアアアア!!」
ゼルは最後の確認が済んだのを合図に、二体のミノタウロスを岩の両腕で掴んだまま勢いよく飛び出した。後から続いていた魔物たちごと蹴散らして進んだゼルは、勢いそのままにマグマの吹き出す壁へと叩きつける。
「焼肉一丁上がりだ。これが終わったら食うのもアリだな」
「賛成」
「あれ食べんの!?」
ゼルのジョークにどこからともなく答えたのは、ハイド中のルビーちゃん。
大物二体を豪快に仕留めたゼルに気を取られている魔物たちを、一体一体素早く確実に仕留めていく。
だけど、そんな攻撃が出来るのはルビーちゃんだけじゃない。
「っ! アカネさんの後ろに!」
「えっ!?」
ルビーちゃんからの注意を受けて反射的に振り返れば、あーしの影が異様に膨らんでいるのが視界に入る。
ルビーちゃんと同じように身を潜めていたシャドーデーモンが、今まさにあーしの背後から襲い掛かって来ていた。
が、なぜかそのポーズから一ミリたりとも微動だにしない。
「おいたはダメよぉ」
まるで子供をあやすような声が聞こえて来たかと思えば、シャドーデーモンの背後からぬるりとネクが顔を出す。なんか動きがやらしいな。
しかもよく見れば他に三体影から出てくる途中だったらしく、全員がそのポーズのまま動きを止められていた。ちょっとシュール。
「ありがとネク!」
「自分から巣に突っ込んで来るなんて、物好きな子たちねぇ」
ネクは皮肉たっぷりの笑みを浮かべながら、捕まえたシャドーデーモンの顎を撫でる。それクセかなんかなの?
どうやら壁の魔法の中に極細の糸を張り巡らせていたらしく、シャドーデーモンたちは見事それに引っかかってしまったという訳らしい。
「この子のお守りはアタシがしておくから、存分に暴れてきなさいな」
「おもっ!?」
「言われなくてもそうさせてもらうぜ! オラァ!!」
ネクと短い会話を交わしたゼルは、次の目標へ向かって勢いよく飛び込んでいく。てかお守りって何。
「いくぜ新技! ロックストン・・・うおっ!?」
魔法で岩の大足を作り出し、重力を乗せて魔物の群れを踏み潰してやろうと構えていたらしいゼルは、着地点に突如浮かび上がった複数の青い魔法陣を見て動きを止める。
一拍おいて魔法陣から鋭い氷の柱が突き上がり、ペースを崩されたゼルは避ける間も無く飲み込まれてしまった。
「ゼル!?」
「問題ねぇ! それより・・・」
妖精特有の小さい体が幸いしてか、ゼルには傷一つ付いていなかった。てか防御魔法があるか。
ホッと少しだけ安心しつつ、この中で魔法を使ってくる魔物へと視線を向ければ、案の定ゼルに対して杖を差し向けていたワイトが、笑っているように歯を打ち鳴らしていた。
「俺にケンカ売ろうってか? 面白ェ・・・!!」
新技を邪魔された事と、それを踏まえたワイトの態度が相当頭にきたらしいゼルは、ビキビキと顔に血管を浮き上がらせながら魔法を唱える。妖精のしていい顔じゃないなアレ。
「レイヤードマジック!! キャニスタッ・・・なにッ!?」
「ちょっ、また!?」
今度は下から伸びてきた太い腕に魔法を邪魔されたゼル。
何事かと腕の主を確認すれば、いつの間にか復活していたミノタウロスがゼルの体を鷲掴みにし、握ったその手を勢いよく地面に叩きつけた。
「グハッ!?」
大きく地面がめり込むほどの衝撃に加え、追い討ちとばかりにヘルハウンドたちがゼルの叩きつけられた場所へと群がっていく。ちょっ、これヤバイ!!
「ネク! ゼルが!」
「ほっときなさいな」
「いやほっとける訳ないでしょ!?」
「あの羽虫が犬にかじられた程度で死ぬと思うのぉ?」
「・・・そうだけど!」
一瞬納得しかけたものの、心配なものは心配なので諦めずに食い下がるあーし。
それでネクも根負けしたのか、どこか気だるそうにヘルハウンドへ向けて糸を飛ばすと、かなり雑な感じでペイっと引き剥がした。
するとそこから間髪入れずに岩の腕が飛び出し、そのまま掴んだミノタウロスの顔面を同じように地面へとめり込ませた。ゼルとは違って魔法で対策していないミノタウロスの顔面から、ジューっと焼けるような音が聞こえてくる。うわ嫌だなぁ・・・。
「やってくれるじゃねえか、あの骨野郎・・・!!」
むくりと起き上がったゼルは、静かに怒気を膨らませながら宙に浮かぶワイトを睨みつける。
しかしその行く手を阻むように、召喚された魔物たちがゼルの周りを取り囲んだ。
「ね、ねぇ。なんかさっきから数減ってなくない?」
「ワイトがすぐに補充してるからよぉ。それに死体はアンデッドとして再利用してるから、むしろ状況は悪化してるわねぇ」
「ダメじゃんそれ!? ていうか何でそんな大ピンチを呑気に説明できるかな!?」
あーしのツッコミもどこ吹く風と、ネクはわらわらと増え続ける魔物たちを右から左へ見渡していく。もしかして何か打開策でもあんの?
「辺りを片付けておきなさぁい。アタシが連れてきてあげるわぁ」
「言われるまでもねぇよ!! 『アドバンスシェル』!!」
ネクのセリフに八つ当たり気味に返したゼルは、自身を囲む魔物たちを吹き飛ばすように壁の魔法を撃ち出した。しかし当然のようにワイトはそれらを復活させ、もう一度ゼルへと差し向ける。
「これじゃキリなくない・・・?」
「大丈夫よぉ。彼に注目が集まってるってことは、あの子の道が空いてるって事だからぁ」
「っ! そっか!」
あーし自身ゼルに注目していたせいか、ネクに言われるまで頭から抜け落ちていた。
あーしたちにはもう一人、頼れるパーティメンバーが居るんだ。
「っ!」
大暴れするゼルに場の視線が一斉に集まっている中、今の今まで息を潜めていたアサシンが、宙で揺れ動くワイトの背後からぬるりと姿を現す。
そのまま流れるように小刀で一閃すると、ワイトの首から上がゆっくりとずれ落ち、体を空中に残したまま静かに落下していった。
「ネクさん!」
「はぁい」
バトンタッチを思わせるコンタクトをかわした二人は、ルビーちゃんはそのままハイドを、ネクは落下するワイトの首を糸でキャッチし、今も魔物を弾き飛ばしているゼルの前へとリリースする。
「トドメは任せるわぁ」
「なら今度こそ、新技を決めてやらねえとなァ!!」
ゼルは一気に天井付近まで飛び上がると、ボールのように転がってきたワイトを見据えたまま魔法を唱え始める。
「冥土の土産だ、その魂にしっかり刻んどけ!! 『ロックストンプ』!!」
サイクロプスかと見間違うほどの巨大な岩の足を作り出したゼルは、重力と色んな感情をその足に乗せてワイトの顔面を地面ごと踏み砕いた。
次の瞬間、未だ空中で揺れ動いていたワイトの体は墜落し、ゼルに群がっていた魔物たちも全員糸が切れたように力なく倒れ伏した。
「やった!」
「ふぅ、とりあえずひと段落ねぇ」
「ハッ! 舐めたマネしてくれやがって!」
「のどが渇いた。アカネさんお水」
「はいはーい。おいでルビーちゃん。みんなもホラ」
あーしはポーチから人数分の水筒を取り出し、汗だくになっているみんなに手渡していく。
それぞれが喉を鳴らして水筒の中身を飲み干していく最中、あーしは息継ぎついでに例の赤い魔力結晶の方をちらっと覗き見た。
そこには今も爛々と輝く赤い魔力結晶と、それに虚しく照らされるバラバラになったワイトの体が。
ただそれだけを確認し、あーしも次の一口をと水筒を傾けようとしたその瞬間、ワイトの死骸の中から骨の杖が浮かび上がったのを視界の隅に捉えた。
「ブッハ!? ゲッホゲッホ!!」
「うぉっ!? きったねぇな何だいきなり!?」
「後ろっ・・・! ワイトの杖が・・・っ!」
「なに!?」
咳き込みそうになるのを必死に抑えながらそう伝える間に、骨の杖はドリルのように回転しながらあーしたちへと襲い掛かってきた。
それを寸での所でゼルの壁の魔法が阻み、骨の杖は軽快に弾き飛ばされる。
「危ねぇなオイ。何だありゃ?」
「最後の悪あがき・・・って訳でもなさそうねぇ」
ネクがそう言った通り、ワイトの握っていた骨の杖は不意打ちだけで止まる事は無く、むしろこれからが本番とばかりに謎の光を放出し始めた。
すると周囲のマグマや魔物の死骸が杖の方へと引き寄せられていき、無差別に溶け合いながら得体の知れない物体へと姿を変えていく。
「ちょちょちょちょっ!? 何か今までで一番ヤバそうな雰囲気なんですけど!?」
「ワイトの力の範疇を超えてる。これはむしろ・・・」
「杖の方が本体、といったところかしらぁ」
「分析は後だ! 全員構えろ!」
魔物たちの死骸をマグマで混ぜ合わせた骨の杖は、最終的に上半身だけの巨大な魔人のような姿を作り出した。
ベースとなったマグマの体に溶け合った魔物たちの死骸が鎧のように張り付いていて、ほとんど面影こそ無いものの悪趣味極まりない姿に成り果てている。うっわ気持ちわる・・・!!
「レイヤードマジック『三重シェル』!!」
まずはあいさつ代わりにと繰り出された魔人の腕による薙ぎ払いを、ゼルの三重の壁が迎え撃つ。
しかし意外と耐久力は低いのか、壁の魔法に弾かれるどころかぶつかった部分そのものが飛び散ってしまっていた。
「んだよ、図体の割に大したことねぇな」
「いや、問題はそこじゃない。足下が」
「足下? ・・・ってウソッ!?」
なんと飛び散った魔人の腕は地面をドロドロに溶かしていて、あーしたちの立てる足場が失われてしまっていた。対して魔人本体は何事も無かったかのように腕を再生していて、次の攻撃に移ろうとしている。
「これヤバいんじゃないの!?」
「俺様は問題ねえが、お前らはそうもいかんしな」
「奴が暴れれば暴れるほど、足場は無くなっていく。一気に勝負を決めないとまずい」
「というか、アタシたち自身も限界なのよねぇ」
ネクの言う通り、あーしたちは足場云々以前に体力的な意味でヤバイ。それに今ここに居られるのもゼルの魔法があるからで、連戦続きのゼルの魔力もいつまで持つか分からない。
色んな意味で、あーしたちには時間が無かった。
「準備しろルビー! 『ハイドロスマッシュ』!!」
ゼルは魔人から繰り出された右ストレートを迎え撃つべく、圧縮した水圧カッターの魔法を撃ち出した。直撃した魔人の右腕は蝕まれるように黒ずみながら固まっていき、そこをルビーちゃんの腕だけ変身させたサイクロプスの拳が打ち砕く。
「そのまま胴体もブチ砕け!」
「了解。・・・っ!?」
腕からの流れで胴体も砕こうとした矢先、さっき砕いたばかりの右腕がもう復活し、マグマの手でもってルビーちゃんを溶かそうと襲い掛かって来ていた。
それを寸での所でネクの糸が回収し、魔人の右腕はボタボタとマグマを垂らしながら空を切る。
「ありがとうネクさん、危なかった」
「お礼はいらないわぁ。それよりもあの再生力よぉ。ほとんど一瞬で元通りになってたじゃなぁい」
「大方あの魔力結晶の力だろうな。あの野郎、このまま消耗戦に持ち込むつもりか」
「この状況で消耗戦って・・・体力もヤバいし一旦戻る?」
「バカ言え、もう一度ここに来れる保証もねぇんだぞ。それにあの魔力大結晶、アイツらがあんだけ必死に守ってやがるんだ、奪って帰らにゃ気が済まん」
「何でわざわざダサい言い方するの・・・」
放っておけないからとかでもいいのに、ゼルの言い方だとなんか子供の嫌がらせみたいな理由に聞こえる。しかもほとんど本心だろうし。
それに奪うにしたって、結局はあの魔人が門番のように立っている以上スルーも出来ないし、かといって戦おうにもあの再生力じゃジリ貧で追い込まれるだけ。ヤバイ、勝ち筋が全然見えない。
「時間も足場も残り少ない。どうする?」
「決まってんだろ。大層なガワだが本体は骨の杖だ。そいつを叩き折ればいい」
「それもアイツの中にあるんだけど、どうやって取るの・・・ってまさか!?」
「そのまさかだ」
あーしのリアクションを見て他の二人も察したのか、呆れたような引いたような表情でゼルを見つめる。その視線に対してなぜかゼルは満足そうにドヤ顔を返すと、一歩前に出ていつもの突撃魔法を唱え始めた。
「探してる間はマグマが飛び散りまくるだろうから、お前らは隙を見て魔力結晶の傍まで移動しろ! アイツをぶっ殺したらすぐに転移で帰る!」
「はぁ・・・了解よぉ」
「気を付けて、ゼルさん」
「無茶はダメだからね!」
「誰にもの言ってやがる! 最強無敵のゼル様に敵はねぇ!!」
そう宣言するなりゼルは猛スピードでマグマの体へと飛び込み、かと思ったらすでに反対側まで突き抜けていた。残念ながらその手に骨の杖は無く、ゼルも舌打ち交じりに自分の両手を見つめている。
しかしそれも一瞬のこと、ゼルは気持ちと進行方向を切り替え、もう一度魔人の体の中へと飛び込んで行く。
そう、ゼルは自分の高いプリーストの力に物を言わせ、ゴリ押しでマグマの中から骨の杖を探し出そうとしていた。なんかソシャゲのガチャを思い出すな。
人の体で連続ガチャをされる魔人側もさすがにたまったものではないらしく、鬱陶しそうにゼルを払いのけようともがくものの、スピードが違いすぎてかすってすらいない。哀れな。
「あんなプリースト今まで見た事ないわぁ」
「たぶん、歴史上でゼルだけなんじゃないかな」
「見とれてる場合じゃない。ゼルさんの言った通り足場がどんどん無くなって来てる。早く移動しないと」
「うわっ!? マジだ!」
「別に見とれてないわよぉ!」
魔人から血しぶきのように飛び散るマグマは予告通り足場の至る所を溶かしまくっていて、いよいよこの空間自体がマグマに飲み込まれようとしていた。
そんな地獄と変わらない空間をあーしたちは大急ぎで移動し、魔人の横をすり抜けて赤い魔力結晶の下へとたどり着く。
「よっし、後はゼルが・・・」
「獲ったァアアアアアア!!!」
あーしたちが到着したのとほぼ同じタイミングで、ゼルは魔人ガチャの大当たりである骨の杖を引き当てた。すると体のコントロールが無くなってしまったのか、魔人のマグマの体がドロドロと崩れ始める。ちょっ!?
「ヤバいよゼル! 体のマグマが広がってる!! もう足場が!!」
「ヤベッ!? ルビー、もう飛べ!! 俺も追いつく!」
「了解」
ルビーちゃんは迷いなく転移のスクロールを発動し、光の粒子に変わっていくあーしたちに向かってゼルが猛スピードで突っ込んで来る。
ゼルはその勢いのまま杖を叩きつけるように魔力結晶へとブチ当たると、何かが折れたような小気味良い音が聞こえたのを最後に、あーしの視界は完全に光に包まれて見えなくなった。




