14話
「うわぁ・・・」
目の前の光景にドン引きしすぎて、思わずそんな声が漏れ出てしまった。
未だ解決していなかったモンテローエの異変を解決するべく、坑道ダンジョンの新たなエリアへとつながる入口へコボルトくんに案内してもらったあーしたち。
そうして辿り着いた場所は、見渡す限り赤々と煮えたぎるように輝く大きな横穴。地獄の入り口と言われれば信じてしまいそうなその場所こそが、新しい坑道ダンジョンへの入り口らしかった。えっ、うそ、ここ通んの? マジで?
「えらいことになってんなオイ。つーかコボルトもよく調べられたな」
「前に来た時はここまででは無かったと言っている。おそらくこの短期間で異常の規模が大きくなったのかも」
「つまり、タイムリミットはそう長くねえって事か。いいね、燃えてくるぜ」
「アタシはむしろ悪寒が止まらないわぁ・・・」
「あーしも・・・ねぇホントに行くのここ?」
「んじゃ他にどこ通るってんだよ。安心しろ、最強無敵の俺様にかかれば、マグマなんざ全部弾き返してやるからよ」
「わ、分かった。ホント頼んだからねゼル」
「おうよ、任せとけ」
そう言ってゼルはパーティに耐火魔法をかけた後、さらに壁の魔法であーしたちを包み込む。
残念ながらコボルトくんとはここでお別れして、あーしたちは地獄の入り口の先へと進んでいった。
「ひゃっ!?」
あーしのすぐ右隣の壁から唐突にマグマが噴き出し、思わずネクの体にしがみつく。
「お前さん、いい加減慣れらんねえのかよ」
「慣れられるわけ無いでしょ!? マグマだよマグマ!? 壁があるって分かってても怖いの!」
「分かったから、そろそろ離れてもらえるかしらぁ」
ちょっとうんざりした様子のネクに引き剥がされながら、あーしはマグマが噴き出してきた方を見る。
さすがはゼルと言うべきか、壁の魔法はマグマを一滴たりとも通しておらず、壁にぶっかけられたペンキのようにどろりと垂れ落ちているのが目に入った。これはこれで背筋が冷えるんだけど。
入り口を抜けて辿り着いた坑道ダンジョンの新しいエリアは、報告通り至る所から頻繁にマグマが噴き出してきて、そのたびにあーしは隣のネクに抱き着いていた。だって怖いんだもん。
「いやほんとシャレになってないってここ。ゼルが居なかったらあーしたち何回死んでたのコレ?」
「即死トラップは未探索ダンジョンじゃ当たり前。むしろ来ることが分かってるぶん温情と言える」
「これで温情って・・・あーしもうダンジョン探索は遠慮したいかも」
入って早々にあーしの心が折れかける。ルビーちゃんの言う通り、ここは前人未到の未探索ダンジョン。今さらになってようやくあの完全攻略ガイドのありがたみが分かってきた。いやアレ必須だわマジで。
「つーかこういう時こそシャッターチャンスじゃねえのかよ。未探索どうこう抜きにこんなヤベエ状況早々ねえぞ」
「いやそこはもう撮ってるんだけど、あんま変わり映えしないから正直ちょっと微妙なんだよね」
「撮ってるんかい」
ゼルの気の抜けたツッコミを受けながら、あーしは撮った写真を右から左にスワイプする。確かに迫力は十分だしなんなら今でも怖いけど、写真で見るとなると話は変わってくるし。
せめて何かアクセントでもあればなぁと、あーしは道の先に向けてカメラを構えると、ピント機能が何かを捉えた。あれ、今何か動いたような・・・?
「ねぇ、あそこに何かいない?」
「あ? なんだよ、魔物か?」
「いや、カメラがピント合わせようとしてたから」
「どの辺だよ」
そう言ってゼルはあーしが指さした方へと覗き込むように近づいていく。
誰もが視線の先にあるマグマのような坑道の壁に釘付けになる中、不意にゼルの影が大きく盛り上がった。
「ゼル後ろ!!」
「っ!? なにッ!?」
とっさに振り向いたゼルの目の前に迫るのは、影の中から飛び出すように現れた黒い魔物。
無駄の無い動きはゼルに反撃も防御も許さず、そのまま振り抜かれた刃のような腕がゼルの首を切り裂いた・・・かに見えた。
「なっ!?」
「貸しひとつよぉ」
寸での所でネクの糸がゼルの体を操り、ギリギリで魔物の攻撃をかわしていた。
そこからゼルはキレながら反撃の拳を繰り出したものの、黒い魔物はぬるりと影の中へと潜りこみ、目標を見失った拳は虚しく空を切る。
「なんだ今の野郎はァ? シェルをすり抜けてきやがったぞ」
「シャドーデーモンねぇ。魔王軍が使役する魔物の一体よぉ」
「っ! 魔王軍って!?」
「つまりビンゴってことか。面白ェ、一匹残らず皆殺しにしてやらァ!!」
「シャドーデーモンは影から影へと自由に移動する。不意打ちに注意して」
八割くらい私怨が入ってそうなゼルのセリフに続いて、冷静なルビーちゃんからの注意が静かな坑道に響く。
とりあえず互いにフォローできる範囲に固まりつつ、シャドーデーモンの潜む影に目を凝らしていると、今度は影じゃなくてマグマが動き始めたのが見えた。
「ちょっ、今度はマグマゴーレム!?」
「ずいぶん小さいのねぇ。その代わり数がすごいことになってるけどぉ」
ネクが指摘した通り、そこかしこから湧き出てきたマグマゴーレムたちは神殿周囲で見たようなデカブツではなく、コボルトサイズの小さな個体が群れを作っていた。しかしそれでも体はマグマ。遠目から見れば意思をもったマグマが蠢き、あーしたちの行く手を阻んでいるようにも見える。
「質より量ってか? んな小賢しいマネがこのゼル様に通用するかよ!!」
まどろっこしくなったのか、ゼルはシャドーデーモンの相手を完全に投げ捨て、目の前に迫るマグマゴーレムの群れに向けて魔法を唱える。
「レイヤードマジック『ハイドロスマッシュ』!!」
一メートル台の巨大な水玉を作り出したゼルは、それを壁の魔法で野球ボールサイズに無理やり圧縮し、それを解き放つようにマグマゴーレムに向けて撃ち出した。
まさに水圧カッターと呼ぶべきその魔法は、迫るマグマゴーレムの群れをことごとく打ち砕き、気づいた頃には黒ずんだ瓦礫だけが残されていた。おぉ、さすがゼル。
なんて感心したのもつかの間、目の前の瓦礫の山はまるで輸血するように周囲のマグマを取り込み、再びゴーレムとして復活を果たす。
「うそっ!? こいつら復活すんの!?」
「どうしてもこの先に通したくねぇみてぇだなァ。俄然何があるのか気になってきたぜ」
ゼルは復活したマグマゴーレムを眺めながら不敵に笑うと、もう一度青色の魔法陣を呼び出す。
しかしそれを狙っていたのか、ゼルの背後の影から再びシャドーデーモンが姿を現した。
「ゼル後ろっ!!」
そう叫ぶ間も無く体は真っ二つに切り裂かれ、赤い地面の上にゴロゴロと転がり落ちる。
シャドーデーモンの体が。
「ふぅ」
「さすがだぜルビー、期待通りだ」
「アサシンなら、大体どこから狙ってくるか予想はつくから」
小刀を軽く振るいながら、ゼルと言葉を交わすルビーちゃん。
今言ったように、不意打ちを狙うシャドーデーモンをさらに不意打ちして、ルビーちゃんは見事それを仕留めてみせた。いわゆる経験の差というやつだろうか。
「盛り上がるのはいいけど、あのゴーレムたちはどうするのぉ?」
「ここで長く戦っていれば、いずれ敵の応援が到着する可能性もある。強行突破したほうがいい」
「俺好みの作戦だな。ならルビー、お前さんは一番速いやつに変身して待機しとけ。俺様が道を作る」
「了解。アカネさん、こっち」
「えっ? わっ!?」
ルビーちゃんはチーターのような動物に変身すると、その体を器用に使ってあーしを背中に跨らせた。えっ、これで行くの?
さらにその後ろへとネクが跨る間、ゼルは準備していた魔法陣からもう一度水の玉を生み出し、さっきと同じようにそれを圧縮してマグマゴーレムに向けてブチかました。
それを合図にルビーちゃんは飛び出し、満足げに鼻を鳴らしていたゼルを口に咥えて一気に走り抜ける。相変わらず締まらないなぁ。
マグマゴーレムの群れを強行突破してからしばらく。あれからもちょくちょく遭遇する魔物を軽くあしらっては、ひたすらにダンジョンの中を突き進んでいた。
地図もない未探索ダンジョンを迷いなく進んでいるあーしたちだけど、以外にも正解の道を導き出すのは簡単だった。
その方法は、温度が高くなっているかどうか。
今回の異変はモンテローエ火山の異常活動。つまり一番熱い所に原因があるだろうという、小学生みたいな発想である。でもそれ以外に思いつかないし、しょうがない。
が、しかし。それでも問題は出てくるわけで。
「あっつ・・・ねぇゼル、これ魔法でなんとかならないの?」
「ならねぇよ・・・むしろ超天才の俺様だからこの程度で済んでると思え」
「でもこれはさすがに・・・ちょっと厳しい」
「ハァ・・・ハァ・・・アタシもう帰ってもいいかしらぁ・・・?」
恒例のネクの泣き言にすら、今は誰も反応しない。
正しい道を選ぶ基準に熱さを選んだ結果として、耐火魔法がかかったあーしたちですら汗だくの状態になる程の灼熱地獄を突き進む羽目になっていた。汗で服が張り付いて超気持ち悪いんですけど。
「あー、もうダメ。ねーゼル、なんか風の魔法とかで扇いでよ」
「お前なぁ・・・熱さに頭やられたか」
「だってさぁ、ただでさえ超熱いのに坑道だから風すら吹かないし、こんな状態でずっと歩いてたら頭もおかしくなるよ」
「開き直ってんじゃねぇ。第一シェルも耐火魔法も俺様の魔力ありきなんだぞ。無駄遣いできるわけねーだろが」
「そーだけどさー・・・ほら、ちょっと風吹いただけでこんなに気持ちいいんだよ?」
「・・・おぉ、確かにそうだな。ほとんど熱風だが」
終わりの見えない道を進む中、グダグダと言い合うあーしたちを収めるようにぬるい風が吹き抜け、それを二人仲良く堪能する。あぁ〜、やっぱ風があるだけで違うわぁ。
「ちょっと待って、何で風が?」
唯一冷静さが残っていたルビーちゃんの声に、あーしたちは揃ってハッと顔を上げた。確かにそうだ、ついさっき坑道だから風が吹かないって言ったばっかなのに、何で?
「もしかしてゼル?」
「んなわけねーだろ」
「どうやら道の先から吹いているみたい。もしかしたら異変の原因が近いのかも」
「ようやくか。ならとっとと行って解決しようぜ」
「ちょっ、待ってよゼル」
急に元気を取り戻したゼルに続き、あーしたちは正体不明の向かい風を受けながら道の先へと進んでいく。
その先でたどり着いたのは、狭い坑道の道とは打って変わって広めの空間。
ただしそこかしこが熱されてマグマのようになっているのは相変わらずで、むしろ今までの道よりもマグマの吹き出す頻度が増えているように思えた。
しかしそんな空間の中にあって、一番目を引くのは外でもない、爛々と赤く輝く超巨大な結晶。
鈍いくすんだ光を放つマグマとは比べものにもならない、圧倒的なまでの美しさを誇っていた。
そのあまりの美しさにあーしは熱さも汗の不快感も忘れ、ひたすらにシャッターを切りまくる。
「うわぁ・・・すっごい!! 何あれ、超デカイ! 宝石かな!?」
「いや、ありゃあまさか・・・魔力大結晶じゃねえか?」
「えっ、赤い魔力結晶なんてあんの?」
「そんなものは聞いたことがない。でも、確かにあれからはとてつもない魔力を感じる」
ゼルとルビーちゃんがいまいち結論を出しきれない、目の前にある謎の赤い結晶。
あーしたちが前に見た魔力大結晶は透き通るほどの透明さを誇っていて、強いていうなら光の反射で七色に輝いて見えることはあっても、目の前の物のようにはっきりとした色は付いていなかった。
それでも確かな魔力を感じるという二人。じゃあこれは一体何?
「そういうのは製作者本人に聞けばいいんじゃないかしらぁ? ちょうど本人もいることだし」
「えぇっ!?」
不意に聞こえてきたネクのセリフに驚きながら周囲を見渡すと、赤い結晶の前で佇む何者かを視界に捉えた。
全身黒づくめのそいつは黒いフードを目深にかぶり、あーしたちに顔を見せまいと俯いているように見える。
「だっ、誰!?」
「十中八九魔王軍のモンだろ、なァ?」
ゼルの問いかけを聞いて黒づくめのそいつは突然肩を震わせるほど笑い出し、勢い余ってその素顔をあーしたちにさらけ出した。
「ヒッ!? ガッ、ガイコツ!?」
「ワイトじゃないのぉ・・・面倒になってきたわねぇ」
「召喚士の魔物か。面白ぇ、かかってこいよ!」
ゼルの挑発を理解したのかしてないのか、黒づくめのガイコツの魔物 ワイトは歯をカチカチと打ち鳴らし、そのままどういう理屈なのか宙に浮き上がり、どこからともなく骨で出来ているらしい杖を取り出した。
とりあえずアイツが異変の原因に一枚噛んでるのは間違いなさそうだし、とっとと倒して問い詰めてみよう。・・・喋れんのか分かんないけど。




