9話
作戦会議室のように模様替えされた長テーブルの上に、職員さんが慣れた手つきで二つの大きな地図を繋げるように広げると、ゼルはそれを指で指し示しながら説明を始める。
「こいつはモンテローエ火山の地図と、コボルトから買った坑道ダンジョンの最新の地図だ」
「っ! コボルトから?」
「あぁ。ワームの野郎が開けた穴から、コボルトの裏道までバッチリだ。金はこいつの為に使った」
「そ、そうだったんだ・・・」
想定とは真逆の超真面目な使い道に揃って面食らうあーしたち。ネクに至っては目逸らしてるし。見ないと話分かんないでしょ。
そんなネクは一切お構いなしに説明を続けるゼルは、火山の地図につけられた一つの印を指し示す。
「ここが今回の作戦ポイントだ。ここにワームの野郎を誘き出して、集めた冒険者総出で叩きつぶす」
「作戦ポイント?」
「モンテローエ火山の登山道の途中に、そこそこの広さがある場所があるんです。そこでなら空間に余裕をもって戦えるはずです」
ゼルの説明に付け足す様に職員さんが補足しながら、二枚の地図を渡るように描かれた動線をなぞる。なるほど、このために地図を用意した訳ね。
一人感心していると、隣のルビーちゃんもいつの間にか仕事モードに入り、この作戦の要について質問する。
「それで、肝心のワームを誘き出す方法は?」
「簡単だ。スピード自慢の奴にエサ役をやらせて、作戦ポイントまで鬼ごっこだ」
「雑ッ!?」
要の部分がえらく雑だった。いや待って。マジでそれでやんの? もうちょっとこう、他になんかないの?
「ネクの糸で引っ張り上げるとかじゃダメなの?」
「射程距離が足りん。だよな?」
「えぇ・・・そうよぉ」
どこかバツが悪そうに答えるネク。たぶん二重の意味で居心地が悪いんだろう。ちょっと不憫かも。
しかし無用な心配だったか、ネクは振り切る・・・というよりは開き直るような勢いでようやく話し合いに参加し始めた。
「それでぇ? そのエサ役は誰にやらせるのぉ? ほとんど生贄みたいな役回りだけどぉ」
「色々当たってみたが、俺様が任せていいと思えたのは一人しかいなかったな」
そう言ってゼルが滑らせた視線の先には、一切怯むことなくまっすぐに見つめ返すルビーちゃんの姿が。ちょっ、まさか!?
「分かった、私がやる」
「待ってルビーちゃん! ゼルも本気なの!? こんな雑な作戦で!?」
「分かりやすいって言え。それにさっきから好き勝手言いやがるが、こっちゃ何のためにコボルトの地図を用意したと思ってる。裏道含めた最短ルートで誘き出す、ルビーならそれが出来るんだよ」
「それに、万が一の為の転移のスクロールも用意してあります。安全面については大丈夫ですよ」
「そっか・・・それなら」
職員さんが取り出したスクロールの束を見て、とりあえずはホッと息を吐くあーし。だからって心配しない訳じゃないけど。
地下神殿まで落とされたことを思い出し、あーしが一人ハラハラする中、ルビーちゃんはゼルや冒険者に見守られながら地図とのにらめっこを始める。
「どうだルビー?」
「ルートを憶えるのは問題ない。ただ、間違いなくコボルトの裏道は破壊されるけど、いいの?」
「その辺も交渉済みだ」
ルビーちゃんの懸念に対し、ゼルはお金のハンドサインを作って返す。一応コボルトくんの方も確認してみると、同じハンドサインを作っていた。いらんこと教えなくていいから。
「まぁざっくり言うとこんなもんだが、他に何か質問あるか?」
「ハイ」
「はいアカネ」
「誘き出す方法は分かったけど、ワーム本体の攻略法は?」
「殴り殺す」
「だから雑いし!?」
だから何で肝心な所が雑なの。こんだけ冒険者集めて出た答えが殴り殺すて。原始人の方がまだ頭使ってると思うんだけど。
「冗談だ。そっちは冒険者共とどうにかする」
「正直情報が少なすぎるので・・・恐らく水や氷の属性に弱いという所までは想定できるんですが・・・」
「まぁ、こればっかりはどうしようもないわねぇ」
「虫なんざ叩きゃ死ぬんだよ。デカかろうが小さかろうがな」
「何でこっちを見ていうのかしらぁ?」
久しぶりに会った反動か、深夜でもお構いなしに仲良しを始めようとする二人。放っておいても良かったんだけど、それ以上に確認しなきゃいけない事があるから二人を遮りつつ話題を変える。
「それよりゼル、これが最後の会議ってことは、お金は予定分集まったの?」
「おう。何なら予定額の三倍は集まってるぞ」
「・・・は?」
え、ちょっと待って。三倍?
ルビーちゃんとネクも同じように衝撃を受けたらしく、ゼルを見たまんま固まっている。それを見て気分を良くしたのか、ゼルはドヤ顔を浮かべながら続きを話し始めた。
「聞いて驚け! 今回の稼ぎは費用差っ引いても」
「いやそっちじゃなくて。予定額はいつ頃溜まった?」
「あ? まぁ初日には大体・・・あっ」
ここでようやくゼルも気付いたらしい。そう、あーしたちは別に稼いだ金額なんてどうでもいい。
問題は、何でそれを早く教えてくれなかったのか。
あーしたち三人は無言でゼルに圧力をかけると、観念したのか恐る恐るといった体で口を開く。
「・・・あの、その、どうせなら、稼げるだけ稼ごうかなって」
「少しお話しましょうかぁ」
「会議は後。大事な話がある」
「・・・ほどほどにね」
間違いなく一番体を張っていた稼ぎ頭の二人が、無言でゼルをギルドの外へと連れて行く。
最後の最後で株を落とすお約束を発揮してしまったゼルは、誰にも引き留められることなく闇の中へと連れ込まれていった。
ゼルが闇に飲まれた最後の討伐会議から二日後の朝。
あーしたちは早朝からモンテローエ火山の登山道を登り、ボルケーノワームを誘き出す作戦ポイントへと足を運んでいた。
職員さんから聞いていた通りそこそこの広さがあるこの場所は、露出した岩肌の上に小石が転がっているだけという随分と殺風景な空間で、だからこそ見通しの良いこの場所が戦場に選ばれたのだと分かった。
昨日は大事を取って丸一日休みを取り、今日が作戦当日。
周囲の冒険者たちは武器の手入れや道具の確認と戦いの準備を進める中、あーしたちは巨大な団子状に丸められた鉱石の塊と、その隣で同じように鉱石を体に貼り付けたルビーちゃんにエールを送っていた。
「準備はいいかルビー。地図は頭に入ってるな?」
「問題ない。いつでもいける」
「気を付けてねルビーちゃん。無理しちゃダメだよ?」
「危なくなったら、すぐに転移のスクロールを使うのよぉ?」
「過保護か」
ゼルのツッコミを合図にしたのか、ルビーちゃんと鉱石玉が光る粒子になって消えていく。
それからすぐにあーしはスマホの画面を確認すると、トランシーバー代わりに持たせたドローンからきちんとルビーちゃんの映像が届いていた。こっちの音声は届けらんないけど。
『到着した。予定通りここで待機する』
ドローン越しにルビーちゃんの報告が聞こえる。なんかここだけSFチックかも。
まずは作戦第一段階。
コボルトに印を付けてもらった坑道ダンジョン深層に、転移のスクロールでルビーちゃんと鉱石玉を送り込み、ボルケーノワームが喰いつくまで待機。・・・これ一人でやれとか言われたら絶対無理だわ。絶対漏らす。
しばらくするとダンジョンが激しく揺れ動き、至る所から岩が砕けるような音が聞こえてくる。
間違いない、この前あーしたちが穴に落とされた時と同じだ。
『っ!』
何かを感じ取ったのかピクリと体を震わせたルビーちゃんは、鉱石玉から大きく距離を取るように飛び退く。すると一拍置いて鉱石玉の置いてある地面が砕き割れ、そうして生まれた穴の中から現れた何者かが、二メートル台はあった鉱石玉を丸飲みにしてしまった。
そこから次の獲物を定めるように、服に鉱石を貼り付けたルビーちゃんへゆっくりと振り向く。
ドローンが全身を映し出したその魔物は、いつか見た赤黒い体表をした巨大な芋虫。鉱石玉を丸飲みにしてしまったその口には、いびつながらも鋭い歯が円形に並んでいる。うっわ気持ち悪・・・。
もしかしなくても、こいつが・・・。
「ボルケーノワーム・・・!」
「ようやく顔を見せやがったな」
『目標と接触。これより作戦ポイントまで誘導する』
ドン引きするあーしとは対照的に一切動揺した様子の無いルビーちゃんは、そのまま予定通りあーしたちの待機する作戦ポイントまで誘導するため、作戦第二段階であるボルケーノワームとの鬼ごっこを始める。
とにかく距離を離すべくチーターっぽい姿に変身したルビーちゃんは、ほとんど光景の変わらない坑道の中を迷いなく進み、予定通りコボルトの裏道へとその体を滑り込ませる。
ほとんど勢いを殺すことなく狭い裏道を抜けると、その後ろから暴走車のように壁をぶち破ってきたワームがのたうつように現れた。グロテスクな大口からは大量の唾液を撒き散らしながら、目の前を走るルビーちゃん目掛けてひたすらに追い続けてくる。
・・・ルビーちゃんメンタル強すぎでしょ。
「よし、今で半分くらいだ。全員準備しとけ! そろそろ来るぞ!!」
ゼルの呼びかけを聞いて、作戦ポイントで待機する冒険者全員に緊張感が走る。
作戦最終段階は、現れたボルケーノワームをここで仕留めること。
待機組のあーしたちは大まかにワームが飛び出してくる位置を予測し、それを取り囲むように待機している。現れると同時に一斉攻撃を浴びせかけ、一気に体力を削ってしまおうという算段だ。
『作戦ポイントに到達する。気をつけて』
ドローンからルビーちゃんの注意が届くと同時に、あーしたちの待機する作戦ポイントが地震のように揺れ始める。考えるまでもなく、ボルケーノワームがすぐそこまで近づいている。
揺れる地面の上で冒険者たちはなお踏ん張り、あーしだけが尻もちをつく中、ついにその時はやってきた。
「っ! ルビーちゃん!」
まずは見事エサ役を果たし生還したルビーちゃんが、コボルトの裏道から飛び出してくる。
それを素早くネクが糸で回収すると、遅れて地面が急激に盛り上がり、噴火のごとく地面を突き破りながらボルケーノワームが現れた。
「かかれェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
間髪入れずにゼルが開戦の狼煙を上げ、冒険者たちがそれに応えて動き出す。
ボルケーノワーム討伐作戦最終段階、開始!




