6話
「んぅ・・・んっ」
頬に当たるもちもちとした感触に目が覚める。
枕にしてはぷにぷにしていて、まどろみの中で心地良いそのぷにぷにをつまんだりしながら遊んでいると。
「人の太ももで遊ばないでくれるかしらぁ」
「あぇ? ・・・ネク?」
「おはようアカネちゃん。よく眠れたかしらぁ?」
聞きなれた声に寝返りを打つと、穏やかな笑みを浮かべたネクと目が合った。どうやらネクに膝枕されていたらしく、背景には見慣れない天井が広がっていて、ここはどこなのかと鈍い頭を回転させる。
「そうだ、あーしたちダンジョンで落っこちて・・・」
「ここに落ちてきたのよぉ。今はルビーたちが辺りを見回ってくれてるわぁ」
ネクから今までの経緯を聞かされながら、あーしはゆっくりと体を起こす。
ぐーっと伸びをしてから辺りを見回すと、元々は壁だったらしい石レンガの残骸や、天井を支えていたんだろう折れた柱なんかが目に入った。
「ここって・・・」
「何かの神殿みたいねぇ。大昔に放棄されたのか、ほとんど崩れかかってるけどぉ」
あーしは確認のためにドローンを飛ばしてみると、ネクの言った通り大きな神殿らしき建物がカメラを通して画面に映し出される。元々は綺麗で迫力のある建物だったんだろうけど、今はそのほとんどが崩れ去ってしまい、中に居るはずのあーしたちすら隙間から丸見えの状態になってしまっている。
そこから周囲を見回すようにカメラを動かせば、神殿の周りに広がる真っ黒な地面が映り込む。その所々に入った赤く光る亀裂の先へとドローンで追っていくと、赤々と燃え滾るマグマがスマホの画面に映し出された。
「ひゃあっ!? うそっマグマ!? 本物!?」
「本物に決まってるでしょう。たぶんここは、坑道ダンジョンの深層の深層なんでしょうねぇ」
「にしては全然熱くないんだけど・・・あーしの体バグった?」
「俺様の魔法に決まってんだろうが」
「あっ、ゼル。ルビーちゃんも」
「おはようアカネさん」
聞きなれたツッコミボイスに振り向けば、ちょうど帰ってきたらしい二人と目が合った。あーしが気絶している間にこの神殿の安全確認をしてくれていたらしく、その報告もかねて状況整理が始まる。
「ざっと見てきたが、どうも魔物は居ないっぽいな」
「それって、ほとんどがもう上層に行っちゃったってこと?」
「そうだと良かったんだけど、多分違う。恐らくここは魔物すら住んでいないほどの深層部」
「おかげで帰り道が見つからん」
「そんなっ!? あっ、あーしたちが落ちてきた穴は?」
「残ってるけど、アタシの糸じゃ届かないわぁ。降りるときに使った糸も切られちゃったし」
「じゃ、じゃあゼルに飛んでってもらうとか!」
「そうなれば耐火魔法の範囲から出ちまって、お前らが骨になるだけだぞ」
「・・・」
・・・あれ、これ詰んでないあーしたち? 今回こそはマジで詰んでないコレ?
マグマまみれの空間で青くなったあーしの顔から読み取ったのか、ルビーちゃんが励ます様にフォローしてくれる。
「大丈夫アカネさん。ここに神殿があるって事は、ここに来るための道がどこかにあるはず」
「! そっか、それなら!」
「まぁマグマん中に沈んでるかもしんねえがな」
「・・・」
「ゼルさん!」
「イデデデデデデデ!? 悪かった悪かった!」
ゼルの頬をちぎり取る勢いでつねるルビーちゃん。こういう時くらいは空気呼んで欲しい。マジで。
「ふぅ・・・神殿の中にはいろんな壁画があった。もしかしたらその中に地図が含まれてるかもしれない」
「おー、痛ってぇ・・・それにこういう廃墟の神殿ってぇのも、インスタ映えするんじゃねぇか?」
「よっし、行こうみんな!」
「「「・・・」」」
一瞬で気を持ち直したあーしを呆れたような引いたような表情で見つめる三人。なに、どしたん? ネガティブになるよかポジティブシンキングの方がいいでしょ。
そうしてあーしたちは先に調査に出ていた二人を先頭に、謎の地下神殿の探索へと乗り出した。
当然ながら内部も廃墟らしく荒れていて、壁に穴が開いているのはもちろんのこと、瓦礫の散らばる廊下にも所々でトラップのように抜けた床が口を開けて待っている。内装を彩っていたと思しき彫刻品の数々も今や瓦礫と見分けがつかず、ただただ時の経過を感じさせる背景となってしまっていた。
そんなモノトーンの空気を醸し出す神殿の中で、唯一色を残して存在感を示すのは、至る所に描かれた壁画の数々。
人っぽいものや魔物っぽいものが描かれているそれは、素人目にこの世界の古い歴史を記しているように感じられた。まぁ違うかもしんないけど。
「何なんだろねこの壁画」
「さぁな、こういうのは学者共の領分だろ。撮った写真を高く売りつけてやろうぜ」
「しないからそんなん」
「でも、この神殿はガイドにも載ってなかった。もしかしたら歴史的な発見の可能性もある」
「冗談抜きに、情報量だけで大金が手に入る可能性もあるわよぉ」
「えっ、マジで?」
突然の儲け話に思わず写真を撮る手が止まる。地獄みたいな場所に突き落とされたと思ったけど、もしかしてあーしたちツイてる・・・?
「生きてここから出られたらの話だがな。肝心の地図は見つからねぇしよ」
「・・・そうだね」
もう何回目か分からない、上げて落とされるこの展開。ただでさえ物理的に落ちたんだから気分くらいは上げさせてよマジでほんと。
そんなどんよりした気分でスマホを動かしていると、とある壁画が目に留まった。
どこか見覚えのあるその壁画に記憶を手繰り寄せていると、一つ引っかかるものが思い浮かび、他の三人に聞いてみる。
「ねぇ、あの壁画の絵、王都で見た国旗に似てない?」
「あ? どれだよ・・・おぉ、確かに似てんな」
その壁画に描かれていたのは、交わるように円を描いた四色の玉。王城に飾られていた物やパレードの行進中に掲げられていたそのデザインとかなり似通っているように思う。
「四色の光の玉。間違いなく四大精霊を示すもの」
「精霊信仰を示しているのかしらぁ。・・・でもそれにしては信仰者が描かれてないわねぇ」
「交わる四大精霊・・・光の魔法のことか?」
「「あぁー」」
ゼルの呟いた推測にルビーちゃんとネクが納得したような声を漏らす。ちょっと待って、あーし置いて話進めないで。
「四大精霊が力を合わせて光の魔法を放った・・・そんなところか」
「でもそんな歴史知らないわよぉ。第一大精霊たちがそんな事するとも思えないし」
「私たちだけで考えても限界がある。後は学者に任せて、私たちは地図を探そう」
「それもそうだな。アカネ、とりあえず写真だけ撮っとけよ」
「分かったー」
三人が繰り広げた小難しい話をなんとなく理解しようとしながら、あーしは話題の壁画を写真に納める。
光の魔法の壁画かぁ。ファンタジー的に考えるなら、その光で闇を祓った! みたいな語り口になるんだろうけど、どうもこの壁画は違う気がする。
なぜなら、この壁画には交わる四色の玉が描かれているだけで、他には一切何も描かれていないから。
他の壁画には何かしら反応を示す人の絵や、文化を思わせる絵が間を埋めるように描かれているのに、この壁画には奇妙なまでに何も描かれていない。というよりは、むしろ空白を強調しているようにも見える。
まるで、もうそこには何も存在していないかのように。
残念ながらその続きは欠けてしまって見ることも出来そうになく、あーしはどこかモヤモヤとした気分のまま、地図探しに歩き出した三人の後を追いかけた。
「オォラアアアアアアアアアアア!!!」
気合いを乗せた岩の拳が、マグマのボディに沈み込む。
比喩でも何でもなくマジでマグマボディに沈んだゼルの岩の拳は空しくマグマに溶け込み、そのお礼にとカウンターのマグマパンチがお見舞いされた。
「『シェル』! チッ、思ったより厄介な野郎だな」
「大丈夫ゼル!?」
「心配すんな。攻撃が効かねえだけだ」
「いや心配しないとダメじゃんそれ!?」
あーしのツッコミは華麗にスルーし、舌打ちしながらゼルが見据えるのは、全身がマグマで出来ている魔物 マグマゴーレム。名前まんま。
神殿での地図探しが難航、というか見つけられなかったあーしたちは実地調査に変更し、そしてこいつに遭遇したという流れ。踏んだり蹴ったりか。
「攻撃が効かないって、どうしたら・・・」
「さすがにマグマ相手だと、私にも攻撃のしようがない」
「いいじゃなぁい。彼目立ちたがり屋なんだし、任せてればいいのよぉ」
「いい訳ないから! 攻撃効かないって言ってんのに!」
昨日あーしが危惧した通り、全身マグマのアイツには物理攻撃が効かない。ていうか触れない。
いつかの氷桜の時とは違って物理攻撃を封じられたあーしたちは、現状唯一魔法が使えるゼル頼みになってしまっていた。
「心配すんな。対策は考えてある」
焦るあーしに対して余裕の態度を崩さないゼルは、風神の社で見せたような二重の魔方陣を呼び出した。
「レイヤードマジック『キャニスターシェル』!!」
青と透明の魔方陣を重ねるように呼び出したゼルは、そこから前とは色違いの青い弾丸を撃ち出す。当然それらはマグマの体に飲み込まれ、仰け反らせることも貫通することもなく役目を終えた。かと思いきや。
「っ! 体が!」
どういうわけかマグマゴーレムの体が一気に黒ずみ始め、その動きも徐々に鈍くなり始めた。どことなく足元の黒い地面と同じように見えなくもない。
「何したのゼル?」
「冷やした」
「なるほどー」
「その説明でいいのかしらぁ・・・?」
「分かりゃ何でもいいだろうが。ルビー!」
「了解」
ゼルの合図で飛び出したルビーちゃんが、下半身を巨大な鳥の足に変身させて回し蹴りを叩き込んだ。岩同然の体になっていたマグマゴーレムはその攻撃をまともに喰らい、あっけなく砕け散る。
「いっちょあがりだな」
「お疲れ二人とも。ハイ水」
「おう」
「ありがとう」
マグマ付近での戦闘を終えて戻ってきた二人に水筒を手渡す。いくら魔法でカットしてるとはいえ、水分は取るに越したことはないからね。ちなみにネクは命綱役。万一落ちたりしたら洒落になんないし。
「しかしどうするよ。手がかり無しにこのだだっ広い場所を探し回るのは骨が折れるぞ」
「間違いなくゴーレムはもっといるでしょうしねぇ」
「消耗すれば耐火魔法も維持できなくなる。あまり歩き回らない方がいいかもしれない」
「でもそれじゃ出口が見つかんないしなぁ・・・」
割と真面目にどうしようもない状況に全員が腕を組んで考え込む。今はまだ心に余裕があるけど、それすらすり減ってしまったらマジで洒落にならないし、早くなんとかしないといけない。
なんてうんうん唸っていると、不意にあーしの裾をくいくいと引かれた。若干ビックリしながら振り返ってみると。
「コボルトくん!? 何でここに!?」
さっきゼルたちが助け出した垂れ耳のコボルトが、なぜかあーしの裾を握っていた。えっ、どうなってんのマジで?
「おいおいマジか。こいつがここに居るってことは、上に繋がる道があるってことだよな!」
「どうなのルビー!?」
「待って、今聞いてる途中」
興奮するあーしたちを押さえて翻訳するルビーちゃん。するとその顔が不意にほころび、少し上ずった声であーしたちにその内容を教えてくれた。
「私たちが落ちた後、ずっと探してくれていたらしい。それでここからなら、コボルトの集落を経由して上層に戻れるって」
「~~~っ! ありがとコボルトくーーーーん!!」
あーしはたまらず垂れ耳のコボルトくんを抱き抱え、そのちょっとごわついた毛並みの体に頬擦りした。ちょっと臭かったのは黙っておく。対するコボルトくんは終始無反応だった。・・・ちょっと寂しいななんか。
「出口があるってんならさっさと行こうぜ。そろそろ腹も減ってきたしな」
「私も。・・・そろそろ動けないかも。ネクさんおんぶ」
「しょうがないわねぇ」
「やるんだ。丁度いいし、コボルトくんの集落でご飯にしよっか。湯豆腐」
「急ごう」
「えっ、乗らないのぉ?」
おんぶの構えをしていたネクを抜き去り、ルビーちゃんはコボルトに案内を頼んで足早に移動する。
あーしは困惑するネクをフォローしつつその手を引き、先を進む二人の後に着いていった。
にしてもコボルトの集落かぁ。いい感じに伸びそうかも。




