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異世界インスタ  作者: 五寸
第4章 狂宴のモンテローエ
74/117

1話

「うはぁ~~~!! いい眺め~~~~!」


 雄大にそびえるモンテローエ火山を見上げながら、あーしは白く濁った湯船の中へと足を踏み入れる。

 足先から順に肩まで浸かっていくと、ピリピリとした熱の刺激が全身を覆い、温められた吐息が自然と口から零れ出た。


「「あぁ~~~~~」」


 静かな露天風呂にあーしとネクの声がわずかに反響する。タイミングが良かったのか、今はこの露天風呂に居るのはあーしたちだけみたい。

 ギルドでおすすめの宿と温泉を教えてもらったあーしたちは、確保した部屋に荷物を投げ捨てるように置いていき、まずはこの露天風呂へと速足でやってきた。ここの売りはモンテローエ火山が一望できる絶景と、美肌効果が期待できるにごり湯。女の子が足を運ぶには十分すぎる理由だ。


「はぁ~生き返るわぁ~」

「むしろこのまま死んでもいいよね~」

「分かるわぁ~」


 一ミリも中身のない会話を交わしながら、薄眼で湯気のベールに包まれたネクをちろりと覗き見る。

 本気で疲れていたのか、ネクはお風呂の縁に乗せた後頭部だけでバランスを保ちつつ、湯船に全身を投げ出していた。重そうな胸はプカプカと浮いていて、顔にはいつものアラビアンなマスクの代わりに温かいタオルを被せてある。

 言っちゃなんだけど、エロい体の割に色気が全くなかった。残念美人ってやつだろう。今さらか。


 でもまぁ他に人もいないし、あーしも同じようにしてみよっかなと思い立った所で、後ろの引き戸がカラカラと開けられる音がした。そこからペタペタと近づいてくる小さい足音に首だけ動かして振り返る。


「お待たせ」

「遅かったねルビーちゃん。何して・・・ってなにその卵!?」

「温泉卵用に買ってきた。あと飲み物も」


 ルビーちゃんが持ってきたおぼんの上には、ネットの中に大量に詰め込まれた卵と、三人分の飲み物が乗せられていた。温泉卵ってそんな一回に大量に食べるもんじゃ無くない・・・?


「アナタ、何しにこの温泉にきたのよぉ・・・」

「食べるため」

「ブレないねルビーちゃん・・・」


 即答したルビーちゃんにあーしは苦笑いを浮かべながら、少し横にずれてあーしとネクの間にルビーちゃんを招き入れる。温泉卵用の源泉に卵を入れて、出来上がるまでの間は飲み交わして時間をつぶすことに。


「この後はどこ行く?」

「そうねぇ、このまま有名所を巡っても良いし、岩盤浴か蒸し湯もいいわねぇ」

「この街には屋台もある。息抜きに遊んだり食べたりするのも良い」

「まだ食べるのねアナタ・・・」

「温泉ときたら、お饅頭にお団子も外せない。そしていずれは全制覇」

「ここでもやるんだ!?」


 ルビーちゃんの胸で輝いてた公認バッジが脳裏によぎる。アルフィノエの料理店全制覇の実績を持つルビーちゃんなら、モンテローエの規模だとすぐに達成しちゃうかも。


「そしてまずは第一食目の、温泉卵!」


 高らかに宣言したルビーちゃんはテンションそのままに卵をネットから取り出し、あーしとネクに手渡してくれた。


「あ、ありがとルビーちゃん」

「ちょっと早いんじゃないのぉ?」

「その方がとろっとしておいしいって、売り場の人に教えてもらった」

「抜かりないね」


 そうしてあーしたちは手に持った卵の殻を黙々と剥き始め、中から姿を現したぷにぷにの卵にそれぞれかぶりつく。


「んー! おいしー!」

「すごい、濃厚ねぇ」

「うまくいった。とろとろ」


 一人したり顔を浮かべて卵を見つめるルビーちゃんを見て、頬が緩む。さすがに温泉の中で撮影するのはマナー違反なので、このかわいい顔を写真に収められないのは痛いな。


「塩もあるから、自由に使って」

「食に関しては抜かりないわねぇアナタ。アカネちゃん、取ってもらっていい?」

「はいはーい。あっ」


 湯船に浮かべたおぼんから塩の小瓶を取った時、ふと思い至る。そうだった、あーしたちはもう一人メンバーが居たんだった。

 あーしはネクに塩をパスしてから、仕切りの向こうへ声をかける。


「ゼルーー! 居るーー!?」

「あァーーー!? 何だアカネーーー!」


 うっすらと反響したあーしの大声に続いて、仕切りの向こうからゼルの大きな返事が響きながら帰ってきた。

 そう、ゼルもちゃんと男湯に居たんだった。あっちも客が居ないからなのか、静かすぎて忘れてたけど。


「温泉卵あるけどいるーー!?」

「おぉーー! 一個だけ頼むわーー!」

「あーーーい!」


 返事を聞いてあーしはネットから卵を一つ取り出すと、じーっとこっちを見ている二人と目が合った。なに? どしたん?


「あ、卵ダメだった?」

「いや、そこじゃなくて」

「アナタたち、たまに熟年夫婦みたいなやり取りするわよねぇ」

「うわそれ全然嬉しくない」

「掴めない・・・二人の関係が・・・」


 なぜか訝しむような目線を向けてくる二人をスルーして、あーしは卵を握りしめながらもう一度ゼルへ声をかける。


「行くよーゼルーー!」

「おぉーーー!」

「そりゃっ!」


 すくい上げるように放り投げた卵は、大きく弧を描きながら仕切りを超えて飛んでいく。


「オーラーイ! オーラゴフッ!?」


 キャッチャーのような声が聞こえて来たかと思えば、短い断末魔に続いて「トプンッ」と水に沈み込むような音が男湯の方から届いた。

 それがゼルのキャッチミスだと気づいてからはあーしたちは笑いに笑い、仕切り越しにゼルも加えて中身の無い会話を繰り広げながら、あーしたちは温泉卵を美味しく頬張った。


 結果、ちょっとのぼせた。






 露天風呂から上がったあーしたちは、火照った体を冷やすついでに街の屋台を巡り歩き、適度に体が冷えてきたら温泉に入るというサイクルで一日を満喫した。

 立ち並ぶ屋台は簡単に立ち食いできる物の他に射的や輪投げといったゲームまであり、遊ぶのはもちろん、ただ見て回るだけでも飽きないようになっている。

 これで花火でも上がっていれば文句なしなんだけど、今はそういうシーズンでも無いのか特にそういったイベント情報は見当たらなかった。まぁ無いなら企画すればいいんだけど、今は状況が状況だからなぁ・・・。


 何とかならないものかと考えながら温泉巡りをしている内にいつの間にか日は沈み、気づけばあーしたちは締めとしてギルドの足湯に浸かりながらお団子を頬張っていた。

 道行く人を背景にスマホとにらめっこしていると、横からルビーちゃんが覗き込んでくる。


「何見てるのアカネさん?」

「んー? 今日撮った温泉の写真。といっても入り口のだけど」


 マナー的に中の写真を撮れなかったあーしは、その代わりに入り口で撮った写真をインスタに上げて、そこの温泉の紹介するという、レビューみたいな記事を上げていた。これが意外と反応が良く、そこそこの「いいね」が付けられている。

 画面をスワイプして今日回った温泉の記事を流していくと、自然とその温泉の感想を語る流れに。


「ここの温泉は良かった。風呂上がりの牛乳が特に」

「温泉じゃないじゃんそれ」

「アタシは岩盤浴ねぇ。ああいうゆったりとした空間は落ち着くわぁ」

「あー分かる。こう、溜まったものが流れてく感じがいいよねー」


 隣から会話に混ざってきたネクと共感し合うあーし。こういう女子らしい話で盛り上がれるのがネクだけってのも不思議な話だと思う。

 そのまま次にスワイプすると、揃ってしかめっ面を浮かべた。


「この温泉超熱かったよね・・・熱すぎて入れなかったし」

「ほんと、罰ゲームみたいな熱さだったわねぇ・・・」

「卵もダメになった」

「評価ポイントそこ!?」


 三人同じように苦い感想を漏らしたその温泉は、特に熱湯風呂とも宣伝していない普通の露天風呂。

 これまたいい景色だったもんで、それに目を奪われながら湯に足先を浸したとたん、あまりの熱さに反射的に大きく飛び退いて危うく転ぶところだった。


 ほとんどクレーム同然で番台さんに聞いたところ、ここ最近たまに温泉が急激に熱くなることがあるらしい。ここ以外の温泉でも起こるようで、ちょっとした問題になってるとか。

 まぁ来たばっかのあーしたちが解決できる訳でもなし、さっさと切り替えようと更にそこからスワイプすると、今度はレビューとはまた違った写真が流れてきた。


「あっ、これ」

「そういえば一緒に撮ってあげたわねぇ」

「なんだかんだ有名になったよねあーしたち」


 画面に映るのは、あーしたち四人の他に浴衣姿の一般人客が三人揃ってピースしている写真。

 ネクが言った通り、あーしたちが温泉巡りをしている間、道行く一般客や冒険者に度々呼び止められ、その都度思い出作りとして写真を撮りまくっていた。

 この世界にはあーし以外に写真を撮れる人がいないから、そのぶん強い思い出として残ってくれるとあーしも嬉しい。


「相変わらずの人気だったねルビーちゃん」

「うぅ・・・しばらく絡まれなかったから油断してた」

「でも今回はそれ以上にアカネちゃんが注目されてたじゃなぁい」

「あーしは不本意なんだけど・・・」


 そう、モンテローエではルビーちゃん以上にあーしの注目度が高かった。呼び止められたのもほとんどあーしの名前だったし。

 ・・・ただ、その理由が問題だった。


「プフッ・・・巨人になれる女の子なんて、さすがはユニーククラスねぇ・・・プッ」

「だから止めてってばー! てか何でみんなして否定してくれなかったの!?」

「面白そうだったから」

「言い訳くらいしてよ!?」


 思い出し笑いをこらえる二人に涙目で抗議するあーし。

 風神の社でのエギルとの決戦。あの時に作り出した超巨大なあーしの写真が、巡り巡ってどういうわけかあーしが巨大化できるスキルを持っているみたいな噂を作り出してしまっていた。


「別に嘘じゃないでしょう?」

「嘘じゃっ・・・ないっ、けどぉ! でも誤解なのは間違いないから!」

「巨大化して魔王の息子と殴り会う女の子。話題性があっていいと思う。おかげで助かった」

「それが本音か!!」

「何しょうもねぇ話してんだお前ら。冒険者のくせによォ」

「しょうもなくないから! 大事な話だから!」

「おっ、おう・・・そうか」


 一人ギルドの中へと入っていたゼルが、あーしの反応に若干引きながら帰ってきた。その胸にはいくつかの丸められたクエスト記事が抱えられていて、持ち辛そうなそれを無言で受けとる。


「クエスト掲示板行ってたん?」

「あぁ。風呂で打ち解けた連中から色々儲け話を聞いてな」

「儲け話?」


 ゼルは向かい側に腰かけると、足湯に届かない足をぷらぷらさせながら語り始める。


「なんでもここ最近、坑道ダンジョンの深層にいるはずの魔物が、上の方まで出張ってきてるらしい。おかげで採掘業が滞ってるって話だ」

「はぁ・・・つまりどういうこと?」

「その魔物を倒して手付かずの鉱石を掘って売り捌く。筋書きはこんなところかしらぁ」

「話が速くて助かるぜ」

「なんか悪い商売みたいに聞こえるんだけど・・・」


 丸められたクエスト記事を開いてみると、ネクの予想通り討伐と納品クエストの題名で書き込まれていた。


「今日でもう思いっきり羽を伸ばせただろ? 時間も無えし、さっそく明日坑道ダンジョンに行こうぜ!」

「明日!? ちょっと待って、もう少し予習してから・・・」

「その心配はねぇ」


 なぜかしたり顔を浮かべるゼルが指差した方には、『坑道ダンジョン完全攻略ガイド!』と書かれた冊子が。・・・あー、あったなーそういうの。


「どの道稼がなきゃ風呂にも入れんしな。異論は?」

「ない」

「こればっかりはしょうがないわねぇ」

「はぁ・・・オッケー、りょーかい」

「決まりだな」


 本当はあと一日くらいゆっくりしたかったけど、ゼルの言う通りお金は必要だし、それなら稼ぐチャンスを逃す手はない。

 あーしは残った団子を一息に頬張り、とりあえず坑道ダンジョンの完全攻略ガイドを取りに行った。

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