17話
騎士の報告を聞いたあーしたちは、すぐに宿を飛び出しエイミス様の下へと向かった。
昏睡状態で発見されたエイミス様は、どうやら風神の社へと続く一番ゲートの近くで見つかったらしく、今は現場の騎士たちが介抱しているとのこと。本来なら妖精の里へ連れてったのかもしれないけど、今はゼルが居るし丁度いい。
遠目にも分かるバカでかい一番ゲートを目指しながら進む度に、人口密度が徐々に増え始めた。いつの間にか人混みの壁をかき分けて進むようになり、ちょくちょくダウンするネクをフォローしながら、ようやく一番ゲート前までたどり着く。
近くで見ると更に迫力を増したように感じる一番ゲートは、風神の社に繋がっているからか、神社や神殿の入り口レベルで気合の入った造りをしていた。
そんなインスタ映えしそうな建物から視線を落とせば、心配そうな表情を浮かべた騎士や兵士に囲まれる中、一人の騎士に抱きかかえられたまま、ぐったりとした様子で目を閉じるエイミス様が視界に飛び込んできた。
「エイミス様!!」
誰よりも速く駆け寄ったシルヴァさんは、力なく放り出されていたエイミス様の手を優しく握りしめる。その後も何回か声をかけてみたものの反応はなく、未だ昏睡状態が続いているのが説明なしに分かった。
シルヴァさんはうっすらと表情を曇らせると、現場に居た騎士たちに問いかける。
「いつ見つかったの?」
「それが、本当につい先ほどの事なんです。一番ゲート付近を警備していた兵士が、倒れていたエイミス様を発見して、我々に・・・」
「自力でエギルから逃げ出したのかな?」
「エレメントロードだしな、ありえない話でもねえだろ」
「それはどうかしらぁ・・・」
あーしたちの単純な予想にネクが怪訝な表情を浮かべる。いやでも実際ここに居るし、それ以外に無くない?
「一応は社にも確認に向かわせてはいますが」
「それもいいけど、まずはエイミス様を治療してあげないと。ダーリンお願い」
「その呼び方止めろ」
今更なツッコミをしながらもそこは割り切っているようで、ゼルは素直にエイミス様の傍へと近寄っていく。そのままシルヴァさんが握っていた手を受け取ろうとしたその時。
「・・・ぁ」
「ッ! エイミス様!?」
不意に、エイミス様の口からか細い声が漏れ出した。
シルヴァさんは渡そうとした手をもう一度強く握り、エイミス様に顔をぐっと近づける。
「大丈夫ですかエイミス様! どこか痛む所は?」
「おい・・・」
治療を頼んだゼルそっちのけでエイミス様に声をかけ続けるシルヴァさん。さすがのゼルもどうしたらいいか分かんないようで、さっきからチラチラとあーしに視線でヘルプを求めてくる。
まぁシルヴァさんがあぁなるのも仕方ない。なんせエイミス様を守る騎士隊の隊長なんだし、拉致られた時に一番悔しかったのは間違いなくシルヴァさんだろうから。
しばらくするとその呼びかけが届いたのか、エイミス様はゆっくりとまぶたを持ち上げた。心配そうに覗き込んでいた全員が、それぞれ安堵のため息を漏らす。
「良かった・・・エイミス様、よくぞご無事で・・・!」
「・・・・・・」
涙目で話しかけるシルヴァさんを、うつろな目で見つめ返すエイミス様。
まだ状況の整理が出来ていないのか、寝起きのようにボーっとした状態でしばらく黙り込んでいると、ようやくその口が小さく開かれた。
その場の全員が、エイミス様の言葉に耳を傾ける。
「『タイダルウェイブ』」
えっ?
全員が同じ顔になっていたと思う。
気付いた頃にはエイミス様の頭上に超デカイ水の球が浮かんでいて、それが何なのか理解する間もなく、水の球はものすごい発光と共に爆発した。
「「「『シェル』!!!」」」
ゼルに続いて数人の騎士や冒険者が、反射的に壁の魔法を唱えた。
「きゃあああああああ!?」
近場に居たあーし含む一般人たちに被害は無かったものの、爆心地にいたシルヴァさんともう一人の騎士は盛大に吹き飛ばされてしまった。しかも強烈な水の流れ自体は止まっておらず、壁の魔法を乗り越えた大量の水は集落の方へと流れ込んでしまう。
「ヤバイよ、水が!?」
「くっ、『フリーズストライク』!!」
シルヴァさんはモロに衝撃を喰らった体でなおも立ち上がり、冷気を纏わせた精霊槍を集落に迫る水流に向かって振るった。
すると槍から大規模な冷気の波が生み出され、集落へと迫る水流を飲み込むようにして氷漬けにしたかと思えば、一拍遅れて凍りついた水流が粉々に砕け散る。
「すごッ!?」
「感心してる場合じゃないわよぉ。まだ本人が残ってるんだからぁ」
「っ! そうだった・・・ていうか何で!?」
あーしの問いかけにエイミス様は答えない。
ただただ虚ろな目でどこかに焦点を合わせることもなく、次の魔法を唱え始める。
「エイミス様! お止めください!」
「ここには一般人が!」
「『ハイドロストリーム』」
騎士たちの制止にも一切耳を貸すことなく、今度は二つの青い魔方陣を呼び出し、そこから地面を抉るほどの威力で水を噴射した。
特に狙いを定めるでもなく無差別に振り回されるその魔法は、家はもちろんゴンドラのケーブルや周囲にそびえ立つ岩山の壁面すら容赦なく抉り飛ばす。
「ヤバイヤバイヤバイ! こんなん死んじゃうってぇ!?」
「ヤベエなエレメントロード。俺様でもさすがにカバーしきれんぞ」
「どうする? 止めるなら王女様を倒す必要があるけど」
「手加減できる相手でもないわよぉ。やるなら殺す気でいかないと」
「そ、そんな!?」
さすがにそれはとあーしが止めようとしたところで、背後から飛んできた槍がエイミス様の魔方陣を貫いた。すると水の魔法は魔方陣ごとパッタリと消えて無くなり、それに合わせて集落の破壊も止まる。
何事かと槍の来た方へ振り替えれば、今度は代弁されたあーしのセリフが飛んできた。
「殺すのはちょっと待ってほしいなぁ」
「シルヴァさん!」
「精霊槍を投げたのかよ。雑な扱い方すんなオイ」
「言ってる場合じゃない」
「ルビーの言う通りねぇ。ほら、返すわよぉ」
「ありがとーネクちゃん」
糸で回収された精霊槍を受け取りながら、シルヴァさんはゆっくりとあーしたちへ近づいてくる。最初に喰らった魔法が効いているのか、足取りはどこか重々しい。
「ねぇダーリン、ちょっと甘えてもいいかなぁ?」
「今後二度と俺に近づかねえなら構わん」
「えー、じゃあ止めとく」
「・・・チッ」
ゼルは小さく舌打ちすると、そっぽを向いたままシルヴァさんに回復魔法をかけた。
「これで王都での借りはチャラだ。いいな?」
「あぁん、ダーリンのそういうツンデレなとこだーい好き!」
「楽しんでるところ悪いけれど、そろそろ目の前に集中してもらえないかしらぁ」
「楽しいわけあるか」
「ンンッ、そうだね」
シルヴァさんは切り替えるように小さく咳払いすると、周囲で武器を構えたまま困惑している騎士や冒険者たちに指示を飛ばす。
「みんな聞いてー! 色々気になる事があると思うけど、今は住民の避難が最優先! あたしとダーリンでエイミス様を押さえるから、他のみんなは避難誘導と護衛をお願い!」
騎士にしてはえらい砕けた指示を飛ばすと、それでも騎士や冒険者たちは素直に従って行動を始める。堅苦しくないぶん緊張も解れるんだろうか?
「オイ、勝手に俺様を作戦に組み込むんじゃねぇ」
「でもダーリンはこっちの方がいいでしょ?」
「まぁな」
「じゃあ何で言ったし・・・えっと、あーしは逃げた方がいい?」
「いや、アカネちゃんはここにいて。あとインスタで情報を広めといてくれる?」
「わ、分かりました!」
「ルビーちゃんとネクちゃんは、逃げ遅れた人がいないか見て回ってもらえると助かるかな」
「了解」
「しょうがないわねぇ」
いつのまにか司令塔になっていたシルヴァさんに指示を出されたあーしたちは、気づいた頃には各々の役割のために動き出していた。おぉ・・・さすが副団長。
指示通りインスタにヘルプの記事を上げて、そのままスマホのカメラを起動すると、淡々と次の魔法を唱えているエイミス様の姿がフレームに映り込んだ。ちょっ!?
「次来るよ! てかどうしちゃったのエイミス様!?」
「大方あのクサレボンボン野郎がいらんことしたんだろ」
「だろうね。でも好都合だよ、ここでエイミス様を奪い返してみせる」
「勝算はあんのか、エレメントロードによぉ」
「もちろん、エイミス様が残してくれたこの槍で。それに・・・」
そう言ってシルヴァさんは精霊槍を強く握りしめると、エイミス様に向かって一歩踏み出した。
「あたしは精霊騎士隊の隊長だから。エイミス様を救うのは、あたしの役目」
「ハッ! ならさっさと行ってこい!」
ゼルが発破をかけると同時に、エイミス様が巨大な水の玉をあーしたちに向かって撃ち出した。
大砲のような勢いで迫るそれをシルヴァさんは精霊槍で一刀両断し、それを合図にエイミス様へ向かって一気に走り出す。
「後ろの守りは任せたからね! ダーリン!」
「ダーリン言うんじゃねえ!」
そんなやり取りを交わしながらも、ゼルはシルヴァさんから外れた魔法を的確に壁の魔法で防ぎ、集落への被害を食い止める。その間にシルヴァさんは迫る魔法を精霊槍の光の力で消し飛ばし、嵐のような魔法の中で徐々にエイミス様との距離を縮めていく。
「『クリスタルウェイブ』」
「『ピアッシングストライク』!」
シルヴァさんが鋭く突きを放つと、まだ魔法を出していない魔方陣すらも消し飛ばした。そうして開いた道を一気に駆け抜け、ついにエイミス様の目の前までたどり着く。
「『スプラッシュピラー』」
「『フリーズ』! 『スラッシュ』!」
エイミス様が自身を囲うように呼び出した水の柱をシルヴァさんが凍らせて、それをもろもろ叩き折る。
そこまでされても表情一つ変えないエイミス様の背後にシルヴァさんが回り込んだ。よし、あそこまで行けば!
「お許しください、エイミス様」
シルヴァさんは槍を握っていない方の手を掲げ、エイミス様のうなじに向けて降り下ろした。
しかし。
「いけないな。王女様に乱暴な真似をしては」
「「「ッ!?」」」
突如現れたエギルが、シルヴァさんの腕を掴んで止めていた。
「『マグニスパーク』」
「うああああああああああああああ!!?」
「シルヴァさん!!」
「野郎!!」
王都でゼルが喰らったのと同じ電撃を浴びせられたシルヴァさんは、そのまま力無く両膝を付いてへたりこんでしまう。
そこへエギルの容赦無い蹴りが襲いかかり、シルヴァさんはくぐもった声を漏らしながら倒れ伏した。
その際に手放してしまった精霊槍をエギルが拾い上げ、満足そうな笑みを浮かべてこちらを見る。
「これは予定になかったが、ありがたく頂戴しておこうか。それに元々は王女様の所有物でもあるんだからね」
「エイミス様はアンタのものじゃないんだけど・・・! エイミス様と槍を置いてどっか行ってよ!!」
「つれないなアカネ君。今日は君に会いに来たというのに」
「っ! あーしに・・・!?」
「やっぱりまだ狙ってやがったかテメェ・・・!」
一気に静まり返った中でエギルと睨み合うあーしたち。アイツが現れてからエイミス様の魔法がパッタリと止まったところを見るに、ゼルたちの言ってた通り、アイツが操ってたんだろう。
「まぁ、それも一つの予定さ。本当の目的は他にある」
「本当の・・・?」
「この後ろには何があるのか。君たちは知っているだろう?」
「!」
「テメェ、まさか風神サマにも手ェ出すつもりか」
「そのつもりで君を焦がしたのさ。きっと妖精の里で治療を受けるだろうと踏んでね」
「アァ!?」
ゼルの声が何段階か低くなる。今のセリフでマジギレしたんだろう。
もっとも、それはゼルだけじゃないんだけど。
「アンタ、どこまで人をコケにすれば気が済むの?」
「いずれ無くなるものだ。気にする必要はない」
「は? 意味分かんない」
「今は分からなくても問題はないさ。それよりも、今の君たちにはもっと気にするべき事があるだろう」
そう言うとエギルは精霊槍を握ったまま、エイミス様と一緒に一番ゲートの前へと移動する。奇跡的に壊れずに済んでいたゴンドラは今も動いており、社へと続く長い道の先へと進んでは霧に消えていく。
「海神の一件を知っている君たちだ、この後どうなるかは予想できるだろう?」
エギルはあーしたちを挑発しながら宙に浮いて、エイミス様と共にゴンドラに乗ること無く風神の社へと向かっていった。
最後に一言、待っているよと言葉を残して。
残されたあーしたちはとりあえずシルヴァさんを安全な所で治療し、避難誘導中の二人が合流してくるのを待った。
しばらくしてから帰ってきた二人に、治療を続けながら簡単に状況を説明する。
「最初から手のひらの上だったって訳ねぇ・・・」
「それで、どうするの? 考えるまでもなく、アカネさんを誘い出す罠だけど」
「関係ねぇ、ここであの野郎をぶっ殺す。それだけだ」
「それにここで動かないと、アルフィノエの二の舞になっちゃうかもしれないし」
「ハァ・・・つくづく保身を考えないのねアナタたちはぁ」
「今更だろ」
「今更だね」
「今更」
「その流れちょっとイラっとくるから止めてもらえるかしらぁ」
そんな風にふざけた会話を交わしながら、眠ったままのシルヴァさんを安全な場所で寝かせた後、あーしたちは社へと続く一番線のゴンドラへと乗り込む。
王都の時とは違って、自分たちの意思でエギルの下へと向かう事を決めたあーしたちは、特に言葉を交わすこともなくゴンドラに揺られながら風神の社へと向かって行った。
・・・作戦会議くらいはした方がいいかな。




