16話
「みんなで待ってるんじゃなかったのか」
「アハハ・・・」
ゼルが復活してから翌日の朝。あーしたちは宿屋の食堂で久しぶりに四人で顔を合わせていた。
そんな中で、ゼルのジトーっとした目線を浴びせられているあーし。いや待って、話聞いて。
「あらあらぁ? もしかしてそんなにアタシたちと同じ部屋で寝たかったのぉ?」
「部屋変えたなら先に言えや」
「ごめんって、てかあーしも知らなかったし」
そう、昨日の夜ゼルに待ってると言っておきながら、あーしたちの部屋はいつの間にか男女別々の部屋になっていた。どうやら先に帰ったネクが変更申請をしていたらしく、「起きたんだからその方がいいでしょ」とのこと。いやそうなんだけど、なんというか、間が悪いなぁ・・・。
「ウッフフ、何を考えてたのか知らないけど、残念だったわねぇ」
「少なくともテメェにゃ興味ねえよ、身の程を弁えやがれ」
「何ですってェ!?」
「ちょっと! 止めてよ二人とも!」
朝っぱらから早速ケンカを始める二人。ルビーちゃんは朝食のメニュー選びに忙しいため、あーしが仲裁役に回らざるを得なくなる。一時期これが恋しくなってたけど、やっぱ無い方がいいわ、うん。
「もー、病み上がりなんだからこんな時くらいケンカは止めてってば」
「だってこの羽虫が失礼なのがいけないんでしょう!? 第一ここまで連れてきてもらっておいて、お礼の一つも無いのかしらぁ?」
先生に泣きつく子供みたいな喋り方をするネク。気持ちは分からなくもないけど、もうちょっと元幹部としての威厳を意識した方がいいと思う。今さらか。
しかしネクの言い分にはゼルにも思う所があったらしく、珍しく反論することなくバツが悪そうに視線を逸らすだけに留まった。
騒がしい二人が急に黙ったせいで妙な沈黙が生まれ、なんか喋ってはいけないみたいな雰囲気に包まれるあーしたち。朝っぱらから何なのもう。
どうにかしてこの空気を打開できないかと、未だメニュー選びに夢中になっているルビーちゃんへ視線で助けを求めていると。
「・・・王都では、その、悪かったな」
途切れ途切れに聞こえてきたのは、まさかのゼルからの謝罪の言葉。
聞き間違いかと思ってあーしとネクは揃って顔を向けると、ゼルは少し頬を染めて、明後日の方を向きながらその続きを絞り出した。
「それと・・・助かった」
ゼルはそれっきり喋らなくなり、腕を組んで下を向いたまま微動だにしなくなる。
・・・ツンデレめ。顔がニヤけちゃうじゃん。
あーしはニヤニヤしたまま撮影の準備をしていると、そのにやけ顔が一瞬で吹き飛んでしまう程のいやらしい笑顔を浮かべたネクが目に入った。
それはもうキラキラと輝く、いつぞやの幹部時代を思い出すような素晴らしい笑顔。
「あらあらぁ~? 今、天下のゼル様が謝ったように聞こえたんだけど気のせいかしらぁ~? 声が小さすぎて良く聞こえなかったから、もう一回言ってもらえなぁい?」
ゼルの周囲をうろつきながら、ここぞとばかりに煽りに煽り倒すネク。そんなんしてるから同情できなくなるってことに速く気付いた方がいいと思うよ。
それでも未だ微動だにしないゼルにムッとして、今度はあーしとルビーちゃんも巻き込んでくる。
「二人も良く聞こえなかったわよねぇ? ほら、早くもう一回言って頂戴なぁ。あっ、そうだわぁ。アカネちゃんに撮影してもらうのいいかもしれないわねぇ」
「ネク・・・その辺にしときなよ?」
「えぇ~どうしてぇ? アタシは別に悪い事してる訳じゃ・・・」
「ンンッ!!」
「ごふッ!?」
服装的にも無防備なネクの鳩尾に向かって、ゼルは態勢そのままに突撃した。柔らかい体がゼルの形にめり込み、ネクは前かがみになりながらえずき始める。ほーら言わんこっちゃない。
「寛大かつ慈悲深い俺様にも、我慢の限界ってモンがあるんだぜ。朝飯がまだで良かったなァクモ女!」
「乙女に手を上げるなんて・・・さすがは最低の羽虫ねぇ・・・」
「乙女だぁ? そんなやつは俺様の眼には映ってねえなぁ?」
「ちょっと」
さらっと巻き込まれてディスられたあーし。なんなんこの二人、何で一緒にいるあーしまで巻き添え喰らわなきゃいけないわけ?
いよいよもってヒートアップしてきた二人を前にどうしたもんかと頭を抱えていると、肩をちょいちょいと優しくつつかれた。
「アカネさん、何食べる?」
「ルビーちゃん・・・いや、その前にアレ止めないと」
「アカネさんに、ハイドの極意を教えてあげる。それは、他人のフリ」
「・・・・・・」
全部分かった上でスルーしていたらしいルビーちゃんに絶句する。怖いわぁこの子。
「ゼルさんもネクさんも、今はお互いにぶつかった方がいいと思う。だから、そっとしておこう」
「お、おぉう・・・意外と考えてたんだね」
「意外とは余計」
ぷーっと膨れるルビーちゃんに苦笑しながら、あーしも食堂のメニュー表に手を伸ばす。どうせ二人はあのままだろうし、こっちで勝手に注文しちゃっていいだろう。届く頃には収まってるだろうしね。
「で、これからどうしよっか」
あーしは口に付いたソースを紙ナプキンで拭いながら、朝ご飯を食べ終えたみんなに問いかける。
「どうするって?」
「いや、本来ならあーしたちもうアルフィノエに帰ってた訳じゃん? それが色々あってこうなって、その・・・何もしないでいいのかなって」
「前に言った通りよぉ。アタシたちに出番はないわぁ」
「ここから先は騎士団に任せた方が賢明。だけど」
「俺様はノーサンキューだ」
「懲りないわねぇアナタ・・・」
ネクがやれやれといった風に首を振る。もうしょうがないよこれは。だってゼルだもん。
二人して呆れていると、以外にもルビーちゃんが真面目にそれを肯定した。
「でしゃばるのは禁物。だけどアカネさんの話を聞くに、エギル様はインスタグラマーの力にも興味を持っている。なら、せめて自衛できるだけの力は身に付けておくべき」
「あっ、そっか・・・向こうから来るかもしれないんだ」
王都で向けられた黄金の瞳を思い出して、背筋がゾクっと冷たくなる。もうしばらくは見たくないなぁ・・・。
「自衛って、サラっと無茶を言うわねぇアナタ」
「出来なきゃ今度こそくたばるだけだ。むしろブッ殺すくらいの気概で丁度いいんだよ」
「それで返り討ちにあったんじゃないのぉ。少しは地に足つけることを覚えなさいなぁ」
「あいにく妖精なもんでな」
「全然うまくないからそれ」
宙に浮きながらドヤ顔で仁王立ちするゼルにツッコんだ所で、その姿を見てふと思い出す。
「そういえばゼルって風の、風神様の加護は・・・受けられてないよね?」
「聞き方おかしいだろオイ。なんで受けれてねぇ前提なんだよ」
「でも事実でしょう?」
「否定はせん」
「じゃあ何で言ったし・・・」
「仮に受けられていたとしても、それは風の谷や妖精の里近辺に限られる。あまり意味は無いと思う」
あー、そういえばアレスさんが言ってたっけ・・・。
ルビーちゃんの補足を聞いてがっくりと肩を落とすと、それを慰めるようにして両肩の上にそっと手が置かれた。いきなり触られたのもあって少し慌てながら振り向くと。
「! シルヴァさん!?」
「ヤッホーみんな、体の方は大丈夫みたいだね。ダーリンもっ」
いつの間にかあーしの後ろに立っていたシルヴァさんは、あーしたちを軽く見渡しながら小さく手を振っていた。最後に視界に納めたゼルに向かってパチッとかわいらしいウインクを送ると、それを見るなりゼルは思いっきり唾を吐き捨てる。ちょっ、ここ食堂だから。
「いつの間に・・・あっ、その槍!」
「精霊槍、奪われてなかったのねぇ」
椅子の背もたれに手を滑らせながら移動するシルヴァさんの背中には、エイミス様が握っていた大きな槍が。あれ精霊槍って言うんだ。
あーしとネクに指摘されてシルヴァさんはちらりと槍を見せるように背中を向けた後、すぐに態勢を戻して説明してくれた。
「エイミス様の奪還作戦を練る流れで、恐れ多くも仮の持ち手に任命されちゃってね。ルーくんは剣使うから消去法であたしになったってわけ」
「いや消去法じゃ無いでしょ。シルヴァさん槍使いだし」
「確かその槍にも光の力が宿っていたはずよぉ。そんな切り札を適当に渡す訳ないわぁ」
「へー、詳しいねネクちゃん」
「ま、まぁねぇ・・・」
慌てて目を逸らしながら口をつぐんだネク。それむしろ怪しくなっちゃってるから。
へったくそな口笛をピーピー吹き鳴らすネクをフォローするべく、ルビーちゃんが話題を逸らす。
「それより、王女様の奪還作戦が決まったの?」
「あー、そうそう! 具体的な日時まではまだだけど、近いうちにはって感じかな」
「じゃあさっさと仕事してこいよ。んな事言うためにわざわざここに来たってのか?」
「つれないなー、まぁそこもいいんだけど。それにちゃーんと用もあるんだから」
「用って?」
あーしが何の気なしに問いかけると、シルヴァさんは改まるように小さく咳き込む。そしてもう一度あーしたちを見回すと、真剣な表情でゼルを見つめながらその口を開いた。
「ダーリンを、正式に騎士団にスカウトしに来たの」
「「・・・は?」」
ゼルとあーしの声がハモる。えっ、ちょっと待って。え?
「騎士団にスカウトって、ゼルを?」
「うん。奪還作戦のために、騎士団を支えるプリーストとして」
「アナタ本気なのぉ? 協調性の欠片もない羽虫よぉ?」
「おい」
「いやいや、そういうワガママなところも・・・ンンッ! 妖精の冒険者は貴重だからね。それに前線に出ても問題ない子は、ダーリン以外いないんじゃないかな?」
「それはそうかも」
もっともらしい言い分にルビーちゃんは頷いてるけど、前半私情だだ漏れになってなかった? スカウト役間違ってんじゃないの?
今ので余計に開いたゼルとの距離を埋めるように、シルヴァさんは畳み掛けるように続きを話す。
「それに、ダーリンにとっても悪い話じゃないよ。奪還作戦にあたって、あたしとルーくんは地神様の加護を受けられる話になったんだけど、スカウトを受けてくれるならダーリンもそこに加えてもいいって」
「ッ!?」
「地神の加護を・・・!」
「・・・まさか本当に肩を並べるとはねぇ」
「ねぇ、チガミってなに?」
それぞれ驚いた反応を浮かべている中、一人だけ温度差のあるあーしの質問にシルヴァさんが答えてくれる。
「地の大精霊の名前だよ。他三柱と呼び方が違うからややこしいよね」
「大精霊・・・ってことはゼルのレベルが限界突破するってこと!?」
「反応が遅いわよぉ」
しゃーないじゃん、知らなかったんだもん。てか何で他の大精霊と呼び方違うし。引っかけ問題?
恥ずかしさを紛らわすためにそっぽを向いていると、シルヴァさんが話を本題に戻す。
「ダーリンが加護を受ければ、たぶんレベル9まで強化されるはず」
「9!? それってつまり、ご両親以上の・・・!」
「間違いなく、人類最高のプリースト。騎士団がスカウトするのも分かる」
「ダーリンが居ればあたしは当然、騎士団のみんなも心強いと思うの。それにソーサラーのレベルも底上げされるし。どうかなぁ?」
「・・・」
「ちょ、ちょっと待って・・・その・・・」
「ん?」
慌ててシルヴァさんへ問いかけるも、だんだん尻すぼみになってしまったあーしの言葉。
確かに強くなったゼルがいれば、騎士団のみんなは心強いと思う。レベル9ともなれば、あのエギルの攻撃だって防ぎきってしまうかもしれないし、どんなケガでも治せるかもしれない。
でもそれなら、あーしたちはどうなるんだろう。
喉まで出かかった言葉が、今の状況を省みて押し留まる。あーしだってエイミス様は助けたい。でも。
これは、わがままになるんだろうか。
そんなあーしの表情から察したのか、シルヴァさんはその辺りについても補足してくれた。
「大丈夫だよ、アカネちゃんたちは騎士団が責任を持って保護するから。それにアカネちゃん自身も狙われてるんだし、当然だよ」
「そ、そうですか・・・」
相変わらずの充実なアフタフォローに、もうこれ以上言うことが無くなってしまった。
あとはゼル自身の問題。あーしたちが口を挟む余地はない。
ないのかなぁ・・・。
しんと静まりかえった雰囲気を察してか、今まで黙ったまま俯いていたゼルが顔を上げる。
あーしはいやに高鳴る心臓の音を聞きながら、ゼルの答えを待った。
「どう? 答えは決まったダーリン?」
「お断りだ」
即答だった。むしろ食い気味だった。
あーしは何度か目をしばたたかせた後、恐る恐る口を開く。
「えっ、いいのゼル?」
「あたりめーだろ。何言ってんだ」
「いや、じゃあ今までの間はなんだったの?」
「テメェらが勝手に盛り上がってたんだろうが。人の話も聞かねぇでよ」
「でもいいのぉ? レベルが上がればエギル様に勝てるかもしれないのにぃ」
「ハッ、あまり俺様を舐めるんじゃねえ」
そう言うなりゼルは飛び上がり、小さい体で仁王立ちしながらあーしたちを見下ろす。
「俺様が目指すのは世界最強の武闘派魔法使いだ、プリーストじゃねぇ。テメーを曲げてまでレベルを上げても、何も面白くねえだろ。それに」
ゼルは小さく付け加えると、あーしの方をちらりと向いて。
「俺様が納得できねぇしな」
「!」
ドヤ顔で見下ろしてくるゼルに思わず苦笑いを浮かべる。当然ながらあーしたち以外には意味が分からず、頭の上にハテナマークを出しながら首を傾げていた。・・・一人を除いて。
「やっぱダーリンならそう言うと思ってたよぉ~!!」
「『シェル』」
恍惚の表情で飛び付いてきたシルヴァさんを壁の魔法が拒絶する。しかしそれでも一切怯むことなく、壁の魔法に頬擦りをかましていく。うわぁ・・・。
「ていうかやっぱって、分かってて誘ったんですか?」
「スカウトの話自体は本当だけどね。でも断ってこそのダーリンだよぉ。んん~愛してる~!! 結婚して~!!」
「お断りだ」
「アハハ・・・」
二人のやり取りを尻目に何とも言えない表情を見合わせる女子三人。ていうか結局これからどうするか決まってないし。
これ以上お邪魔しててもあれだし、一旦食堂を出てから改めて話し合おうかなと考えたところで、食堂の中に一人の騎士が慌ただしく入ってきた。
目的は当然というかシルヴァさんだったらしく、未だ壁の魔法に頬擦りしている姿に一瞬顔をしかめた後、すぐに切り替えて近づいてくる。
「副団長、ご報告が!」
「んー、なに? まだスカウトの途中なんだけど~」
「目の前で嘘ついてんじゃねえ」
「あたしの旦那様にスカウトだから間違ってないよ」
「間違ってんだよ。全て」
「それどころじゃないんですよ副団長! 聞いてください!」
「それどころって・・・いいよ、なに?」
焦った様子の騎士のセリフに若干不機嫌になったシルヴァさん。しかしそれも、次の言葉ですぐに吹っ飛んでしまった。
「エイミス様が、見つかりました・・・!」




