14話
「アカネさん、起きて」
「んぅ・・・」
ルビーちゃんのやさしい声音で目が覚める。どうやらいつの間にか眠っていたみたい。
「風の谷に着いた。起きて」
「んぅー・・・ルビーちゃんいい匂い・・・」
「あぅ・・・」
「なに赤くなってるのよぉ」
ネクの呆れたような声が聞こえてきたかと思えば、続いて伸びてきた腕に捕まりルビーちゃんから引き剥がされる。
そのままゆっくりと馬から降ろされ、ぐーっと伸びをしてから目を開いた。
「おお・・・!!」
じっくりと味わうようなため息が口から漏れ出る。
目の前に広がるのは、そこかしこで風車や木のゴンドラが動き続ける古風な景色。
聞いていた通り岩山の間にある集落は、坂の上や岩山の切り立った部分と色んな所に家屋が建っていて、それらを繋ぐようにゴンドラが行ったり来たりを繰り返している。
それ以外にもちょっとしたエレベーターや仕掛けがあり、その全てが、谷奥から常に吹き付ける風を利用した風車で動いているようだった。
一気に眠気がぶっ飛んだあーしはすぐスマホを取り出し、二人の呆れたような視線を感じながら撮影を始める。
木材の建物が多いからか、アルフィノエや王都のような華やかさは無いけど、そのぶんこの世界では珍しいからくり仕掛けが見る者ををワクワクさせてくれる。それに、これはこれで味があっていいと思うし。
「なんかスゴイとこだねー。忍者とか住んでそう」
「ニンジャ?」
「世界で最も大精霊の恩恵を受ける場所だからねぇ。地形が住みにくい分、それに適応した特殊なからくり仕掛けが風の谷の特徴よぉ」
「なるほどー、だからこんないっぱい風車が」
世界で最も恩恵を受けているという言葉に嘘は無いみたいで、視界に入る大小全ての風車は常にカラカラと音を立てて回っている。
他には特産品らしい風鈴の音も聞こえるけど、常に風が吹いてるせいでチリチリチリチリ鳴りまくり、涼しさを感じるどころでは無くなってしまっていた。ぶっちゃけうるさい。
そして、常に風が吹いているというのは問題も発生させるわけで。
「ねぇネク、この風って止まったりしないの? さっきからスカートが重力に従ってくれないんだけど」
「止まる訳ないじゃなぁい。風の大精霊の力なのよぉ?」
片手でスカートを抑えながらカメラごとネクに向き直ると、きわどい服装が風に吹かれて余計にきわどくなっているネクがフレームの中に映り込んだ。ちょっ!?
「ちょっ、ネク! その布切れみたいな服さっきからバサバサなって見えそうになってるから! ちゃんと隠しなって」
「アタシは別に困らないからいいわよぉ。第一ここにスカートで来る方が悪い訳だし」
「良くないから! てかそういうの先に言ってよ!」
バサバサ音を立ててはためくスカートを片手で押さえながら、もう片方の手で同じようにバサバサ暴れるネクの服を押さえにかかる。あーもう! こんなとこまで来て何してんのあーし!?
「こんなことなら着替え持ってきとくんだった・・・」
「それくらいならアタシが編んであげるから大丈夫よぉ」
「なら丁度いいし、宿で着替えよう」
「そうねぇ、ほら行くわよぉアカネちゃん」
「ちょちょっ、ちょっと待って! もうちょっと隠して歩いて!」
自分に自信があるのかただの変態なのか、はためく薄い服を押さえようともしないネクをフォローしながら、あーしたちは風の谷で営む宿屋へと向かう。
しばらく王都の宿で過ごしたせいか、普通のグレードの宿にどこか懐かしさを覚えながら、あーしたちは四人部屋の中へと転がり込んだ。まぁゼルは寝てるし、今回だけね。
その後あーしは何とかネクも説得し、あーしはショートパンツに、ネクはパンツスーツに着替えてすぐに宿から外出する。
「てか今さらだけど、こっちで宿とっちゃっていいの? 妖精の里に行くのに」
「問題ない」
「行けばわかるわぁ。とりあえずは、妖精の里行きのゴンドラ探しねぇ」
「あ、ゴンドラで繋がってるんだ」
あーしはネクにならって、宿から出てすぐの所にある大きな地図に目を通す。
どうやらこの地図はゴンドラの案内板も兼ねているらしく、地図の至るところに何番線とかややこしい道筋が描いてある。あー、あーしこういうの苦手。地下鉄とかもあれ意味不明じゃない?
「あった、三番線。ここから北に少しの所」
「ナイスルビーちゃん! んじゃ早速行こー!」
「アナタ早々に探すの諦めてたでしょう・・・」
失礼な、ちゃんと探してたし。見つけられなかっただけだし。
なんてしょうもないやり取りを交わしながら、あーしたちは妖精の里へと繋がるゴンドラへと足を運ぶ。
簡単な作りのゲートからゴンドラに乗り込み、ゆったりとした空の旅が始まった。
「そういやここにもギルドってあるの?」
「あそこにある」
「どこどこ? あっ、あれかー」
ルビーちゃんが指差した先に目を向けると、ラクティスよりも少し小さ目のギルドを見つけた。ぶっちゃけそれ以上に感想はなく、むしろその奥に建てられたやたらにデカイゴンドラのゲートに目を奪われた。谷間に沿った通りに構えられたそのゴンドラは、さらに先へと続く谷間の道へと進んでいくのが見える。
「なんかあれ超デカイけど、あのゴンドラはどこに繋がってるの?」
「地図に載ってたじゃないのぉ。あそこから風神の社に向かうのよぉ」
「あっ、社もゴンドラで行くんだ」
「あのゲートから先は、道も長い上にすごく険しくなるらしい」
「海神の社もそうだったけど、何で社への道って妙に長いの・・・?」
海神の社のアホみたいに長い下り坂を思い出してしまい、これ以上嫌な事を思い出す前に違う所を観察しようと目を動かすと、今度はやたらと悪目立ちするものが目に入った。あれは・・・。
「王都の兵士じゃん。あれってやっぱり?」
「派遣されたんでしょうねぇ。まぁあれだけの事があったんだし、当然といえば当然よぉ」
「それに、社のある所はすでに警備が強化されてたはず」
そういえば、セシリーさんとそんな話をしたような。色々ありすぎて頭から抜け落ちてたかも。
しかしあれだなぁ、違和感がすごい。からくり風車の集落に鎧でガッチガチの兵士が居るもんだから、めちゃくちゃ周囲から浮いてしまっている。いや警備で考えるならそれでいいのかな? 抑止力的な。
そうしてしばらく眺めていると、ようやくゴンドラが終点にたどり着いた。
どうやら岩山の崖部分に繋がっていたようで、ゲートから降りた先には岩山の向こうへと続く道が延びている。
「ここからしばらく歩けば着くはず」
「あと少しねぇ。ほんと手間がかかるわぁ」
「もうほとんど目の前。待ってて、ゼル」
ゴンドラを降りてしばらく歩くと、今度は鬱蒼とした森が顔を出した。
普段使われているであろう妙に狭い通り道以外は背の高い草や木々に覆われていて、道を見失えばすぐに迷ってしまいそうなほどに深い。これが夜だったら間違いなく帰ってた。
ルビーちゃんを先頭に小さな道を頼りに進んで行くと、ようやく開けた場所にたどり着く。
木々の間から差し込む光が徐々に大きくなり、目が慣れるまで腕で視界を覆っていると。
「おおおおおおおお!!」
鮮明になった視界に映り込んだのは、太い木や丸太の中をくり抜いて作った家や、草花を編み込んで作ったらしい小さな住処の数々。家の他には切り株をくり抜いて作った噴水や、背の違う花を並べた階段と、ファンシー一色の世界が広がっている。
そんな世界に暮らすのは、小さく儚い光を放つ、美しい妖精たち。
またも別世界に足を踏み入れたような感覚を覚えるこの場所こそが、妖精たちの故郷。
「ここが、妖精の里・・・!」
あまりにもファンシーすぎる光景に、あーしはもちろんルビーちゃんとネクも魅入っているようだった。
そんなあーしたちを不思議そうに眺める妖精たちの視線で、ようやく我に帰る。
「えっと、ここが妖精の里で合ってるよね」
「そっ、そうねぇ。思ってた以上に神秘的で驚いたわぁ」
「きれいな場所・・・」
それぞれなりの感想を述べて、もう一度ぐるっと見回してみるあーしたち。
風の谷のからくり満載な景色から一転、森深くに隠れる神秘的な妖精の住処というギャップは、どうしようもなくあーしの胸を高鳴らせた。
当然、その全てを写真に納めることになる。ヤバイ止まんないかもコレ。
そうして撮っている内にふと気づく。
「あー、そういうことか。ここじゃあーしたち泊まれないんだ」
「正解よぉ」
「ここは妖精のサイズが基準。だから風の谷で宿を取るのが常識」
「なるほどー」
思い返せば、ゼルが人間サイズに思いっきり順応してるせいで、そんなこと考えたこともなかったな。
家の入り口なんかもあーしの手が入るかどうか位の大きさだし、ミニチュアの世界のようにも見える。ウルト○マンの見てる景色ってこんなんなのかな。
で、そんな巨人が里の入り口で立ち尽くしてたら当然注目を集めるわけで。
妖精たちはあーしたちを見つめて何やらひそひそと話し出した。
「あれ、あーしたち何かマズった?」
「自分の家の目の前で立ち尽くしてたら、誰だって不安がるでしょう」
「それあーしたちが不審者扱いってことになるけどいいの?」
「待って。それもあるけど、話の内容はゼルさんのことみたい」
「えっ、ゼルの?」
「ていうかそれもあるのねぇ」
ルビーちゃんによれば、どうやら妖精たちはあーしの背中で眠るゼルのことで話し合っているらしい。そういえば勘当されたって言ってたし、当たり前の反応ではあるのかも。
まぁだからってあーしも引き下がる訳にいかないし、とりあえずゼルを治療できそうな人を・・・ん?
騒ぎを聞き付けてやって来たのか、小さな人混みの向こうから二人の妖精が現れた。一人は真っ白な髪に真っ白なひげと長老感たっぷりで、もう一人は若干くすんだ赤髪を後ろで束ねている。
その二人はあーしたちの顔を確認すると、長老っぽい妖精の人が少し焦った様子で話しかけてきた。
「もしやあなたたちは、アカネさんのパーティでいらっしゃいますか?」
「あっ、ハイ。そうですけど」
「それではっ、その背中で眠っているのは、ゼルで間違いありませんね!?」
「そっ、そうです。お姉さんのエルさんに教えてもらって、ゼルの治療をお願いしにきたんですけど・・・」
「そうですか・・・!」
急に興奮し出したかと思えば、神妙な顔で口を押さえた妖精の人。もしかしてこの二人・・・。
あーしが導き出した答えを口に出しかけていると、それを質問する前に答え合わせが始まった。
「ようこそおいで下さいました。私の名はアレス、こちらはピオラ。エルとゼルの父母でございます」
あーしたちに向かって深く深くお辞儀をしてきた、ゼルとエルさんの両親を名乗る二人の妖精。
お辞儀を終えて頭を上げた二人の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。




