13話
ルビーちゃんとネクが目覚めた翌日。あーしたちは朝一で王都を出発し、妖精の里へと向かっていた。
といっても王都から直通で妖精の里に繋がっている訳じゃないから、まずはアルフィノエに戻って、そこから西へ進んで風の谷へ。そこまで行ってようやく妖精の里という道順になっている。
治療のために王都へ来たエルさんとはお別れして、一応シルヴァさんにも行き先を伝えてから、あーしたちはまずアルフィノエまで馬車に揺られた。
すでに情報は広まっていたのか、久しぶりに帰って来るなりアセムやケルンたちに心配されまくり、かなりの大人数に見送られながら今度は風の谷に向けて馬を走らせる。
今回は急ぎの用だから馬車じゃなくて馬を借りることになり、あーしは生まれて初めて直接馬の上に跨ることに。
その感想はというと。
「お尻いったぁ・・・」
「大丈夫、慣れる」
慣れない。これは絶対慣れない。だってもう大きめのケツバットされてる気分だもんコレ。
当然ながら初めて馬に乗ったあーしが運転できる訳もなく、手綱を握るルビーちゃんの後ろに跨って、上下に激しく揺さぶられながら流れる景色を眺めていた。色んな意味で景色見る余裕ないな、うん。
「お尻だけじゃなくて、背中の荷物も気にしなさいよぉ?」
「分かってるって。てか荷物て」
そう隣から声をかけてきたネクが跨るのは、全身が白い糸で包まれた馬型のミイラゴーレム。
元魔王軍幹部の癖になぜか馬の運転ができないネクは、自分が全て操れるゴーレムなら問題ないと、その辺から見繕った岩やゴミでゴーレムを作り、跨っても痛くないように全身を糸で包み込んだ。発想は悪くないんだけど見た目が不気味過ぎる。
そしてネクが指摘したあーしの背中には、赤ちゃん用のバンドで固定したゼルが眠っている。あまりにピッタリだったもんだからちょっと笑っちゃったのは秘密。
「ねー、風の谷ってどんな所なの?」
移動中の暇つぶしもかねて二人に聞いてみる。確か風神の社があるってことだけは聞いてたんだけど。
「風の谷は名前通り、常に風の吹きつける谷間にある集落。高い岩山に囲まれていて、出っ張った部分に家を建てたりしているからかなり高低差がある」
「えっ、何でそんなとこに住んでんの?」
「風神の社があるからよぉ。聞いた限りだと危なそうに感じるけど、風の大精霊の恩恵を受けた魅力的な所もあるわぁ」
「例えばどんな?」
「そうねぇ、風車を利用したからくり、ゴンドラが有名ねぇ」
「ゴンドラとかあんの!?」
思わず身を乗り出して食いついたあーしを、ルビーちゃんが落ち着いてと押し留める。まさかこんなファンタジー世界にゴンドラがあるとは思わなかった。いや以外と普通なのかな?
「景色とかどんな感じなの?」
「ウフフ、それは着いてからのお楽しみよぉ」
「えー、いいじゃん教えてよー」
「どっちにしろ風の谷に着かないと始まらない。周囲に敵、注意して」
「えっ!?」
「敵ぃ?」
浮かれるあーしを戒めるような声に周囲を見渡せば、どこからついて来てたのか、シーウルフに跨ったゴブリンライダーの群れがあーしたちを取り囲み始めていた。
「ゴブリンライダー!? てか多っ!?」
「厄介なのに見つかったわねぇ。今は盾役が寝てるのにぃ」
「どどど、どうすんの!? 弓構えてるよアイツら!?」
「私が何とかする。後はお願いネクさん」
「このパーティ無茶振りが多すぎないかしらぁ」
焦るあーしと冷静な二人に向けて、ゴブリンライダーの放った矢の雨が降り注ぐ。
いつもなら壁の魔法で守ってくれるゼルはあーしの背中で眠っていて、今更ながら前で留めとけばよかったと後悔しながらあたふたしていると、手綱を握るルビーちゃんがポーチから何かを取り出したのが見えた。
次の瞬間、あーしたちの周囲に現れた壁の魔法が迫る矢の全てを弾き落とす。えっ、どうなってんの?
「防壁のスクロールじゃなぁい。準備がいいわねぇルビー」
「アルフィノエで武器と一緒に買っておいた。ゼルさんに頼れないから」
「さっすがルビーちゃん!」
こういうサポート能力の高さがルビーちゃんの良いところの一つだと思う。対してあーしはケルンたちと立ち話してただけでした。ごめんなさい。
「ネクさん」
「分かってるわよぉ。そぉーれっ」
ネクは気だるそうに振り向きながら、追いかけてくるゴブリンライダーの足元に糸を撒き散らした。
走ることに集中していたシーウルフはものの見事に引っ掛かり、そうして倒れた集団に後続が更に引っ掛かったりと、連鎖的にゴブリンライダーの群れは崩れていく。
しかしそれでも全員は止められず、後列にいたゴブリンライダーは大きく動いてネクのトラップを避けて進む。
「むぅ、さすがに全員は止められないわよねぇ」
「残り八体。もたもたしてると足止めした連中にも追い付かれる」
「じゃ、じゃあネクもう一回!」
「無理ねぇ。あの子たち、さっきのアレでアタシのことを警戒しちゃったみたい」
ネクの言う通り、ゴブリンライダーたちはネクにちょっかいをかけるように弓をちらつかせ、そこにネクが糸を放つとすぐに避けている。うっとうしいなあの動き。
対して今のあーしたちには遠距離攻撃の手段がなく、あえて距離を開けられているゴブリンライダーの群れに攻めあぐねている状況。ど、どうしよう。
「・・・私が始末する。ネクさん、回収をお願いします」
「何をする気なのぉ?」
「強いて言えば、新技」
そう言って、ルビーちゃんは馬の上で立ち上がる。
つまり、今手綱はフリーになっている。
「えっ、ちょっ、ルビーちゃん?」
「行ってきますアカネさん」
「待って待って!? あーしはどうなるの!?」
「しっかり掴まってて・・・馬に」
「ルビーちゃぁあああああん!?」
あーしの叫びも空しく、ルビーちゃんは華麗なジャンプで馬から飛び上がり、迫るゴブリンライダーの頭上へと移動する。
突然のソロ乗馬となったあーしはとりあえず馬にしがみつき、ガックンガックン揺さぶられながらルビーちゃんの帰りを待つ。・・・ヤバイ、吐きそう。
画角が定まらない視界の中では、宙を舞うルビーちゃんが何かに変身しているのがかろうじて見えた。
手足が一気に巨大化したかと思えば、それの倍以上はあるだろう翼が背中から飛び出し、それらを備えた太く巨大な体が重力と勢いを乗せてゴブリンライダーの頭上から襲いかかった。
強靭な足は地面を砕くほどにめりこみ、迫っていたゴブリンライダーたちの姿は瓦礫に紛れて見えなくなる。
えっと・・・。
「あれ、ルビーちゃんでいいんだよね・・・?」
「グリフィンに変身するなんて、あの子やるわねぇ」
そう、ルビーちゃんは空中でまさかのグリフィンに変身し、迫るゴブリンライダーの残党をもろとも叩き潰してみせた。てかいつの間に出来るようになったん!?
あーしは唖然と、ネクは拍手しながら感嘆していると、ルビーちゃんは変身を解き力なく膝をついた。
約束通りネクに回収されてあーしの前に戻ってきたルビーちゃんは、珍しく肩で息をするほど疲れているようで、手綱を握る手もどこか弱々しい。
「大丈夫ルビーちゃん? もしかして、まだ病み上がりでキツかった?」
「心配ない。ドッペルゲンガーの変身は、元のサイズから離れるほど魔力を消費する。それで疲れただけ」
「けっこう致命的じゃないのぉ」
ネクのツッコミに返事は返ってこない。
新技って言ってた辺り、ルビーちゃんも自分なりに新しい戦い方を考えてたんだろう。ネクのゴーレムだってそうだし。
背中で寝てるのも含めて、みんなちゃんと考えてるんだ。
焦る必要はない。ゆっくり着実に強くなっていけば、いつかきっと。
「それで、さっきの変身したルビーは何て呼べばいいかしらぁ。ルビフィン? グリー?」
「ルビーと呼んでください」
「そこは即答なんだ」
さっきと違って超反応でツッコんだルビーちゃんに思わず苦笑する。ネクも無視されてた訳ではないと気づいてホッとした表情を浮かべていた。繊細すぎるでしょ。
ゴブリンライダーを退けてしばらく進んでいると、緑の山々に包まれた景色の中に、ところどころ山肌が露出した荒涼な景色が混じりだした。
進んでいる道も気持ち下り坂になったような気がして、もうそろそろ風の谷に着くんじゃないかと勘が働く。
「もうそろそろ着きそうな感じ?」
「ここからもう少し進めば谷間に入る。そこまで行けば目の前」
「まぁ目的地は妖精の里だから、実際はもっとかかるけどねぇ」
二人の返答にあーしは小さくお礼を返すと、改めてこの辺りの景色を見回す。出来るなら撮りたいんだけど揺れるし危ないしで断念した。ちなみにおしりの痛みは無くなった。感覚と一緒に。
前に行った天空の湿原までの道とは違い、遠目に見えるだけの青々とした自然の景色がいい味を出している。
大空を見上げれば鋭い鳴き声を上げる大きな鳥が目に入り、なんだか秘境にやってきたような感覚を覚えた。
「・・・ん?」
ふと、大空を飛ぶ鳥の影が大きくなったように見えた。心なしか鳴き声も大きくなった気がする。
・・・ていうか、近付いてきてる?
豆粒程度の大きさだったその影は、気づいた頃にはさっきルビーちゃんが変身した魔物と同じシルエットに変わっていた。
「上! 上! グリフィンが来た!!」
「っ!?」
「うそぉ!?」
道の先に目を向けていた二人は、あーしの叫び声を聞いて上を向くとそれぞれ顔をひきつらせた。
視線の先では、これまたさっきのルビーちゃんと同じように、あーしたちを踏み潰さんとグリフィンが迫っている。
「そういえば風の谷近辺はグリフィンの生息域だったわねぇ」
「今更すぎるから! どうすんのこれ!?」
「さすがに今の状態で戦うのは無謀。逃げるしかない」
「ど、どうやって?」
「こんな時のためにも備えてある」
ルビーちゃんは「こんな事もあろうかと」みたいなノリで、またもポーチからスクロールを取りだした。
それを頭上でバッと開くと強烈な閃光がグリフィンの目を襲い、バランスを崩したグリフィンは行き先を逸らして勢いよく墜落する。
「閃光のスクロール! それも買ってたの?」
「備えがいいわねぇアナタ。・・・まぁでも、今の光で他の魔物も呼び寄せちゃったみたいだけどぉ」
「あっ」
「うええっ!?」
ネクの言葉を合図にしたかのように、周りの草や岩の影、更には遠い森の中からバリエーション豊かな魔物たちが顔を出した。
これがリスとかウサギとかだったらなぁ・・・なんて、頭が勝手に現実逃避を始める。
「エサとかあげたら手懐けられないかなぁ?」
「背中のエサはたぶん美味しくないわよぉ。ルビー、アカネちゃんが壊れたわぁ」
「分かってる。全速力で駆け抜ける」
「了解よぉ」
上下の振動で馬のスピードが上がったのを感じながら、あーしはゼルを固定する赤ちゃんバンドを強く握りしめる。
ゼル、お願いだから早く目を覚まして。




