11話
エイミス様の放った光は、王都の上空を覆っていた闇の雲すらも消し飛ばし、無限に湧き出るかと思われた黒い魔物もそこで打ち止めとなった。
しかし発生源のエギルはかろうじて生きていたようで、闇の魔法を全て消し去られたショックからか、目の前のエイミス様には目もくれずひたすらに空を仰いでいる。
「・・・フッ、フフフハハハハハハ」
上体を逸らしたままのエギルの肩が、小さく揺れる。
しばらくするとゆっくり上体を起こし、上を向いていたせいで見えなかったその顔を現した。
「素晴らしい・・・! それぞまさしく、究極の破壊をもたらす魔法・・・!」
誰の目に見ても追いつめられているはずのエギルは、エイミス様に向かって恍惚の表情を浮かべていた。
まるで、自分の崇める神様を目にしたかのように。
あまりにも不気味な笑みにエイミス様も危機感を覚えたのか、今度こそ止めを刺すべくもう一度四つの魔法陣を呼び起こす。
「『インフェルノ』!」
先に動いたのはエギルだった。さすがに光の魔法を連続で喰らうのはヤバいのか、一気に距離を詰めながら街一つ焼き尽くせそうな規模の炎を両の手から吐き出す。
「『グレイシャルストーム』」
対してエイミス様は冷静に光の魔法を中断して、既に呼び出していた青色の魔法陣から猛烈な吹雪を生み出した。大精霊の力で生み出された魔法の威力はすさまじく、迫っていた炎もろともエギルを氷漬けにしてしまう。しかしそれでも、エイミス様の攻撃は止まらない。
「『サンダーストーム』」
動きが止まったエギルを中心に巨大な竜巻が吹き荒れた。黒々とした竜巻の中では雷が鳴り響き、吹き上げる竜巻のてっぺんからは砕かれた氷の破片がまき散らされている。
容赦ないなエイミス様・・・って当たり前か。王都をこんなに滅茶苦茶にされたんだし。
気づけばエイミス様の戦いに見入ってしまっていたあーしは、シルヴァさんに肩を叩かれた事でようやく正気に戻る。
「あっ、スイマセン」
「まだ避難の途中だから、行こ?」
シルヴァさんに促され、ようやく避難を再開したあーしたち。
エイミス様が光の魔法で援護してくれたおかげか、所々で光る武器を持った騎士や冒険者たちとすれ違うだけで、もう黒い魔物と出くわす事は無かった。さっきのシルヴァさんたちと同じように一撃で倒しちゃったんだろう。すごいな光の魔法。
そんな風に称賛する中で、ふと視界に入る街の状態を見て少し思い直す。
当然ながら街中は黒い魔物が暴れたおかげで荒らされに荒らされていた。街灯は折れ、窓は砕け散り、屋根は崩れ、地面はヒビやクレーターで埋め尽くされている。
それらは黒い魔物たちが、もしくは騎士や冒険者の流れ弾か何かでそうなったんだろう。それは分かる。
問題はその中に交じってもなお目立つ、異様な傷跡。
まるで世界からその部分だけを消し去ってしまったかのように、あまりにも綺麗すぎる戦いの痕跡が残されていた。例えるなら、絵の一部を消しゴムで消しちゃったみたいな、そういう消え方をしていた。
今までの状況から考えて、それは間違いなく光の魔法が原因だと思う。
闇の魔法に対する切り札としか聞かされてなかったけど、もしかしたら本当はもっとヤバイ代物なんじゃと、そんな疑問があーしの頭の中でぐるぐると回っていた。
「っ! 副団長、あれを!」
「なに? あっ!」
ネクを背負っている騎士が何かを見つけたらしく、反射的にあーしたちも同じ方向へ目を向ける。
その視線の先には、ボロボロの身なりで空中を移動するエギルの姿があった。
「エギル!? 何でこっちに・・・?」
「エイミス様から逃げて来たか。しかしこの先はマズイな、あの辺りには避難者が集まっている」
「えっ!? それってヤバいじゃん!?」
「まぁ、おいそれとエイミス様が逃がすとは・・・ホラ来た」
シルヴァさんが最後まで言い切る前に、光の速さで突進してきたエイミス様が大きな槍でエギルの体を突き刺した。貫通こそしなかったものの、体がくの字状になる程の勢いで突き込まれたエギルは、そのまま王都を囲う城壁まで叩きつけられる。・・・あれ本当にエイミス様なんだよね?
「私たちも急ぎましょう。住民への被害だけは何としてでも防がなければ」
「そーだね。ちょっと急ぐけど大丈夫アカネちゃん?」
「あっ、ハイ。体力だけは自信あるんで」
正確には逃げ足だけど。この世界で生き延びる大事なスキルの一つ。
あーしたちは少しペースを上げて避難住民が集まる場所へと急ぐ。その道中でもエイミス様とエギルの戦いは視界の隅に入り、どうしてもそっちの方へと視線が吸い寄せられる。
「『プロミネンス』!」
「っ!?」
城壁に押し込まれたエギルは自分の背後に魔方陣を呼び出し、そのまま自分もろとも大爆発を起こした。
エイミス様はギリギリ後退してかわしたものの、爆発に巻き込まれた城壁の一部が瓦礫となって崩れ落ちる。
その先にいるのは恐らく、避難のために集まった王都の住民たち。
「くっ・・・『フリーズ』!」
エイミス様の放った冷気の魔法が、城壁ごと瓦礫を氷漬けにして動きを止めた。すごい力技。
でも気のせいか、エイミス様は一瞬魔法を使うことを躊躇したように見えた。何で?
「よそ見はいけないな」
「っ!? ぐっ!?」
瓦礫を食い止めてホッとしていたエイミス様を、エギルが不意打ち気味に蹴り飛ばした。思いきり横腹を蹴られたことで苦痛に顔を歪めるものの、すぐに態勢を建て直す。
「どうしたエイミス王女? エレメントロードの力を見せてみろ!」
「ライトニング・・・くっ!」
今度ははっきりと魔法を使うことを躊躇したエイミス様は、そのまま魔法を中断してエギルを大槍で迎え撃つ。激しいつばぜり合いの末にエイミス様はまたも弾き飛ばされてしまい、更にそこへ追撃の魔法が撃ち込まれる。
「『リレントレスカオス』!」
黒色の魔方陣から放たれたのは、黒い光を放つ六つの人魂。しかしスピード自体は大して速い訳でもなく、エイミス様はすぐに回避しようして。
「避けていいのか?」
「っ!?」
思い止まったように体を強張らせたエイミス様は、迫る黒い人魂を全弾まともに喰らってしまった。
「「「エイミス様!!」」」
走りながらエイミス様の名前を呼ぶシルヴァさんと騎士たち。しかしここからじゃその声は届かない。
スピードが遅いぶん威力が高い魔法だったのか、もろに直撃してしまったエイミス様の体はボロボロになってしまっていた。
「ハハハ、さすがは王女。我が身をもって民の盾になるとは」
「くっ・・・!」
「君が優しい人で本当によかったよ」
エギルは短く言葉を交わすと、再びエイミス様への攻撃を始める。
対するエイミス様は何故か魔法を使うことなく、おぼつかない槍捌きも相まって徐々に押され始める。
「何で・・・? さっきはあんなに押してたのに」
「まさか奴ら、就任式を狙った理由は・・・!」
「おーっと、こっから先は立ち入り禁止だゼェ?」
「「「!?」」」
いきなり聞こえてきた野太い声と共に、地面が盛り上がるほどの勢いで何者かが落下してきた。
ちょっとした地震レベルの揺れにあーしたちが足をとられている間に、その何者かは纏っていた祈祷師のローブを脱ぎ捨てる。
「エギル様のご命令だァ、こっから先に行きたきゃ俺を殺す以外に方法はねえぜ?」
首や拳の骨をゴキゴキと鳴らしながらあーしたちに向かって威嚇するのは、頑丈そうな赤黒い上半身をさらけ出した大男。額からは天に向かって突き上げるように二本の大角が生えていて、俗に言う鬼のようなビジュアルをしている。
その鬼男はさらに一歩踏み出し、威圧するような大声で名乗り出す。
「俺は魔王軍幹部が一人、戦鬼バルバディア!! 死ぬ覚悟が出来た奴からかかってこいッ!!」
えらく気持ちの良い名乗りを上げた新たな魔王軍幹部 バルバディア。
しかしこっちはそれ所ではなく、特に名乗り返すこともなくシルヴァさんは静かに怒気を燃やして槍を構える。
その目が見据えるのは目の前のバルバディアではなく、その奥でエギルと対峙するエイミス様の姿。
「なぜ就任式の今日を狙ったのか。君も薄々感づいているだろう?」
「くっ・・・あぐっ!?」
大振りに振るったエイミス様の槍を軽々といなし、エギルはがら空きのお腹にパンチを叩き込む。よろよろと後退したエイミス様は魔法を唱えようと手をかざすものの、エギルの後ろに見える光景を見てすぐに思い止まる。
「君がまだ未熟だからだ。エレメントロードは四大精霊の力を借りて戦うクラス、使う魔法の一つ一つが規格外。故に、コントロールを誤ればそれこそ、この王都すら消し飛んでしまう」
「あなたッ・・・!」
「民を巻き込むわけにはいかない。実に優しい心構えだ」
避難住民を気にかけているのか、目に見えて動きが悪くなっているエイミス様。
それ以降も魔法を使うことをためらい、たまに撃ち出される魔法も闇の魔法に飲まれ、明らかにエギルよりも動きの劣る近接戦では押し込まれ、ついにはその大槍すらも弾き飛ばされてしまった。
そうしてがら空きになったエイミス様の首に、エギルの右腕が無遠慮に伸ばされる。
「エイミス様! くそッ・・・!」
「副団長! ここは我々が引き受けるので先に・・・」
「舐められたもんだなァオイ! 『バーストストンプ』!!」
「くっ!」
「うわっ!?」
「キャッ!?」
バルバディアが思いきり地面を踏み抜くと、その周囲が爆発したかのように盛り上がった。そうして宙に浮かされたシルヴァさんに向かって、バルバディアはスピードを乗せたラリアットをかます。
それをシルヴァさんはギリギリでかわし、着地するなり魔法を唱えながら大槍をフルスイングした。
「『グランドストライク』!」
ゴツゴツした岩に覆い尽くされた大槍が、バルバディアの無防備な横腹に直撃する。すると鈍い音ともにバルバディアを大きく押し出したものの、大槍を覆っていた岩は粉々に砕け散ってしまった。
「やるなァ、さすがは騎士団の副団長」
「誉めてくれるのは嬉しいけど、そろそろ退いてくれないかなぁ」
冷静さを装いつつも、どこか焦りと苛立ちが滲み出てしまっているシルヴァさん。
そんな状況の中でも無慈悲に時間は進み、見ればエギルはエイミス様の首を掴んで持ち上げ、勝ち誇った笑みを浮かべて見つめていた。
「後は君を眠らせれば、計画は達成だ」
「っ・・・卑怯者・・・!」
「弱者の戯れ言だな。『カオスインフェクション』」
「ッ・・・ぁああああああああああああああ!!?」
首を握るエギルの右手からエイミス様の頭へ向けて、闇の魔法の黒い霧が包み込む。
しばらく悲鳴を上げながらも抵抗していたエイミス様は、ついには力なく腕をだらりと降ろし、悲鳴も聞こえなくなってしまった。
「計画は達成だ。退くぞ」
エギルは自身と動かなくなったエイミス様を黒い霧で包み込み、一瞬でその場から姿を消した。
「エイミス様!?」
「そんな・・・! エイミス様!?」
「チッ、いいところだったってのに、間が悪いなァ」
「っ! 待ちなさ・・・!」
シルヴァさんが伸ばした腕は、バルバディアを包み消した黒い霧を空しく切っただけだった。
それ以降、王都中に轟いていた戦いの音がパッタリと消えてなくなる。
次にあーしの鼓膜を揺らしたのは、シルヴァさんが無言で大槍を地面に叩きつけた音だった。




