10話
粉々に砕かれた氷の瓦礫の上空で、何も言わずにエギルを睨みつけるエイミス様。
遠目にはドレスにも見えるその服装は所々に鎧のようなものを纏っていて、「戦うお姫様」という印象を受ける。
そして何より目立つのが、その右手に持つ大きな槍。
長い持ち手の部分から先端に向かって四つの装飾が伸びていき、それらが互いに交じり合う事で一つの大きな槍を形作っている。たぶん色使いから見て四大精霊の属性を表してるんだと思う。
その槍を握りしめたまま静かに見下ろすエイミス様は、時折チラチラと水晶のような瞳を動かす。その視線の先に居るのは、動かなくなってしまったあーしのパーティメンバー。
わずかに目を細めたエイミス様に向かって、痺れを切らしたのかエギルが話しかけた。
「遅かったじゃないかエイミス王女。大精霊はどうにも融通が・・・」
「『クリスタルウェイブ』」
エギルの話を一切無視して、エイミス様は短く魔法を唱えた。
するとあーしとエギルの間を線引きするように、複数の青い魔法陣が浮かび上がる。
「くっ・・・」
初めて焦った表情を浮かべたエギルは慌てて飛び退くと、一瞬遅れて魔法陣から氷の杭が飛び出した。しかもそれだけに留まらず、まさに波のように次々と青い魔法陣がエギルを追って浮かび上がり、休む間もなく氷の杭が襲い掛かる。
「小賢しい・・・!」
「『プロミネンス』」
「ッ!?」
氷の波は陽動だったのか、エギルの飛び退いた先で赤い魔法陣が浮かび上がり、そこから火山のように噴出した炎がエギルを遥か上空へと打ち上げた。
一瞬で姿が見えなくなったエギルを静かに目で追いながら、エイミス様は追撃の魔法を唱える。
「『エレメンタルコメット』」
エイミス様の背後に浮かび上がる、赤、青、緑、黄色の巨大な魔方陣。まさしく四大精霊を象徴するその四つの魔方陣は、一秒一秒刻むごとにその輝きを恐怖すら感じるほどに増していく。
「ハァッ!」
エギルが飛ばされた方へ槍を差し向けると、四つの魔方陣から彗星のような魔法が無数に飛び出した。属性ごとにそれぞれ色の違う光の尾を残しながら、未だ姿がよく見えないエギルへ向けて一直線に向かっていく。
しばらくすると空の彼方で一瞬強く光ったかと思えば、とてつもない爆発が空を覆い、遅れて轟音と強風があーしの体を揺さぶった。
吹き付ける風を防ぐこともせず、あーしはただ目の前の光景を呆然と眺め続ける。
色々起こりすぎて、頭が思うように働かない。
「アカネちゃーん!」
「・・・あっ」
そんな中で届いた聞き覚えのある声のおかげで、あーしはようやく正気に戻ることができた。
反射的に声の方へと振り向けば、エイミス様がぶち破った壁の方から駆けてくるシルヴァさんの姿が。戦闘用なのか、腰に下げた剣の他に大きな槍を背中に背負っている。
「シルヴァさん・・・!」
「助けに来たよ、大丈夫・・・ってダーリン!?」
あーしが抱き抱えていたゼルを見るなり血相を変えて近づいてくるシルヴァさん。触れることすら躊躇うその傷だらけの体に、シルヴァさんもまた痛々しい表情を浮かべる。
「なんて傷・・・ポーションは持ってる?」
「は、はい!」
「それじゃゆっくり飲ませてあげて。応急処置にしかならないけど、まずはここから避難しなきゃだし」
「ま、待って! まだルビーちゃんとネクが!」
「大丈夫。二人は他の騎士たちが回収してるから。ほら急ご!」
シルヴァさんの言う通り、いつの間にか二人を回収していた騎士たちが、ぶち破られた壁の方から脱出していた。あーしたちもそれに続き、ゼルにポーションを飲ませながら大通りをひた走る。
「でもいいんですか、エイミス様一人で? 騎士なんじゃ?」
「むしろあたしたちが居ると邪魔になるから。アカネちゃんも見たでしょ?」
若干返答に困って黙り込むあーし。ここでそうですねとも言い辛い。
でも事実、シルヴァさんの言う通りだと思う。
エイミス様はとんでもない規模の魔法を立て続けに使って、あのエギルを闇の魔法で防ぐ暇も与えずに追い込んでみせた。あんな戦場にシルヴァさんはおろかあーしたちがいれば、邪魔者以外の何者でもないだろう。
それでも心配な気持ちに変わりはないので、移動しつつちらりと空へ視線を向ければ、爆発した際の煙の中から再びエギルが姿を現したところだった。
「フハハハハハハ! 素晴らしい! さすがはエレメントロード! どの魔法も驚異的だ!」
あーしたちの時とは違い多少なりダメージを負った様子のエギルは、なぜか心からの称賛を送っていた。え、何アイツ。マゾなの?
そんなバカみたいな考えを吹き飛ばすように、エギルは急に冷たいトーンで語り出す。
「だが、君の真価はそんなものではないだろう?」
「使わないに越したことはありません。あなたを倒すだけなら、これで十分ですから」
「ハッハッハッハ。ならば引き出させるしかないな!」
今度は急にヒートアップしたエギルは、昂った感情そのままにおびただしい量の黒い霧を産み出した。暗雲のように王都上空に広がった黒い霧は、そこからまさしく雨のように黒い魔物を王都へと産み落とす。
そしてそれは当然、避難中のあーしたちの前にも落とされた。
「ひゃっ!? また来た!?」
「サイクロプスタイプか、面倒だなぁ」
とてつもない地響きを起こして立ち塞がった黒いサイクロプス相手に、シルヴァさんはぼやきながら背中の槍に手を伸ばした。しかし一歩速く攻撃の準備を終えていた黒サイクロプスは、遠慮なく目の前の細い体に向かって巨大な拳を向ける。
「ま、面倒なだけだけどねー」
シルヴァさんは迫る拳を踊るようにくるっと回ってかわすと、お返しとばかりに回転の勢いを乗せた槍で黒サイクロプスの腕を地面に串刺しにした。そうして身動きが取れなくなった黒サイクロプスの首元へ向けて、シルヴァさんは腰に下げていた剣を振り抜く。
「ハイいっちょあがり! さっさと行くよー!」
なんてことない障害物を退かした風の声音で、シルヴァさんは槍を回収し先を急ぐ。手際良すぎてリアクションする暇すらなかった。いや、ちょっと強すぎないこの人?
その後もあーしたちの行く手を阻む黒い魔物を、シルヴァさんがたった一人でバッタバッタとなぎ倒しては進んでいく。緊急事態だからか特にふざけることもなく真面目に戦うシルヴァさんは、見た目の良さも相まって女のあーしですら見惚れてしまいそうなほどにカッコよく見えた。・・・本当に同一人物なのかな。
なんて失礼なことを考えていると、急に止まったシルヴァさんの背中に思いきりぶつかってしまった。色んな意味で慌てながら前を見ると、大きく飛び退いてきたルークさんの姿が。
頼れる騎士団長と合流できると安心したのもつかの間、追いかけるように現れた氷のイバラが周囲の建物ごとルークさんを飲み込んでしまう。
「ルークさん!?」
「ルーくん大丈夫?」
慌てて叫ぶあーしと違い、友達が転んだ程度のリアクションで声をかけるシルヴァさん。てかルーくんて。
いまいち真面目になりきれない雰囲気に眉を歪めていると、頭上からついさっき聞いたばかりの軽い声が届いた。
「あれ、君たち何でここに? もしかしてエギル様逃げられた?」
「! アイシア・・・!」
氷のイバラの上を歩きながら現れたアイシアは、特に焦ったり困ったりする様子もなく、ただ意外そうにあーしたちを見下ろしていた。・・・どういうこと? あーしたちを閉じ込めるのが目的なんじゃ・・・?
足止めを食らった状況の中で自分なりに頭を回していると、ルークさんを飲み込んだ氷のイバラが、内側から突然赤く輝き出すのが見えた。その光が強まるにつれて氷のイバラにヒビが広がっていき、最後には内側から弾けるようにして砕け散る。
「その呼び方は止めろと言っただろう。おかげで変な噂が定着してしまったんだ」
「ゴメンゴメン。でも今はダーリンがいるから安心して」
全身に炎を纏った状態で現れたルークさんは、何事もなかったかのようにシルヴァさんと言葉を交わす。色々ツッコミたい所はあるけど、今はそれどころじゃない。
「アッハ! 騎士団長に副団長かぁ。これはちょーっとしんどいかなー」
そのセリフとは裏腹に一ミリも笑顔を崩さないアイシアは、ピンと人差し指を立てて魔法を唱える。
「『アイシクルスピア』」
いつかのゴーレム戦でゼルが使った魔法と同じ、小さな氷の槍が魔方陣から産み出される。
しかし氷の魔女と呼ばれるアイシアが使うその魔法は、ある一点においてゼルを遥かに上回っていた。
それは、産み出された槍の数。
あーしたちの周囲を完全に取り囲んでしまうほどに産み出された大量の氷の槍は、アイシアの人差し指があーしたちに向けて曲げられたのを合図に、一斉に襲いかかってきた。
「『シェル』! 『サイクロン』!」
ルークさんは壁の魔法であーしたちを囲い込みながら、周囲に突風を巻き起こす魔法を唱えた。グリフィンが使っていたのより数段威力が高く見えたその魔法は、迫る氷の槍を全て弾き返す。
これにはさすがにアイシアも面食らったのか、余裕のある笑みから一転ぎょっとした表情を浮かべ、その一瞬の隙をルークさんは見逃すことなく、間髪入れずに攻撃を繰り出した。
「『テンペストスラッシュ』!」
ルークさんは剣に風を纏わせながら回転斬りを繰り出すと、目の前に巨大な竜巻が発生した。その竜巻は周囲に散らばる氷や瓦礫を細切れにしながら、イバラの上で見下ろしていたアイシアへと襲いかかる。
「うわっ!? ちょっ・・・!」
どうにも緊張感のない悲鳴を残し、アイシアは竜巻の中へと飲み込まれた。たぶんアレ生きてるんだろうな・・・。
それはルークさん始め他の騎士たちも分かっているようで。
「今のうちだ。奴は僕が引き受けるから、速く避難を」
「あ、ありがとうございます!」
「さっすがルーくん。頼りになるぅ!」
「それとシルヴァ。奴とエギル以外にもう一人居たはずだが、未だ居場所が特定できていない。捜索隊も向かわせたが、注意しておいてくれ」
「りょーかーい」
短い連絡を済ませた後、あーしたちはようやく避難を再開する。
どうやら今も黒い魔物は王都中に産み落とされ続けているらしく、避難の途中で黒い魔物と戦う騎士や冒険者たちと出くわした。
さすがにルークさんやシルヴァさんのように軽々とはいかないまでも、それぞれが協力することでなんとか倒せているようだった。
それでも、無限に湧き出る相手にいつまで持つか。
「フハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
そんなあーしの不安をさらに掻き立てるように、王都全体に響き渡ったエギルの笑い声があーしの鼓膜を不快に揺らす。
反射的に振り返った先では、王都の中心が闇の渦に飲み込まれ始めているのが見えた。巨大な竜巻のように渦を巻く黒い霧は、心なしか少しずつ大きくなっているように感じる。
「なっ、何あれ!? アイツまだあんな力隠してたの!?」
「あんなに・・・ちょっと舐めてたかも」
「副団長! 来ます!」
「!」
闇の渦に気を取られている隙に、あーしたちの回りを大量の黒い魔物が取り囲んだ。
闇の渦のせいでグレードが上がったのか、サイクロプスやグリフィンと大型中心の構成になっている上に、ざっと見ただけでも三十体以上はくだらない。
対するはシルヴァさんと騎士二人に、戦闘不能のパーティ四人。
・・・これはさすがにヤバいんじゃ?
「どどっ、どうすれば・・・!?」
「大丈夫、落ち着いてアカネちゃん。あたしたちには、エイミス様がついてるから」
「!」
慌てふためくあーしに対し、シルヴァさんや騎士たちは落ち着き払っている。
三人は大量の敵を前にして祈るように目を閉じると、その手に握った武器に神々しい光が宿った。
「感謝します。エイミス様」
揃って感謝の言葉を呟いた三人は、武器を構えて静かに魔物たちへと一歩踏み出す。それを合図にして黒い魔物たちもまた一斉に動き出した。
嵐にように襲い来る黒い魔物の群れを前に、シルヴァさんたちは光り輝く武器を天高く掲げ、静かに降り下ろす。
「えっ・・・?」
気づいた頃には、黒い魔物たちは影も形も無くなっていた。まるで、最初からそこにいなかったかのように。
残されたのは未だ輝きを放つ武器を握るシルヴァさんたちと、バカみたいに口を開けっぱなしにするあーしだけ。何が起こったの・・・?
「えっと、今のは一体・・・?」
「あれ、言ってなかったっけ? エレメントロードは味方に光の力を分ける事ができるんだよ」
「ああ!」
そういえばそんな話を聞いたような気がする。目の前の魔物を一瞬で消し去る力とまでは聞いてなかったけど。・・・ちょっと威力強すぎない?
「それとエイミス様の方も、そろそろ決着が着くかもね」
「えっ?」
言われてエイミス様のいる方へと視線を向ければ、そこには更に勢いを増した闇の渦と、遠目にも分かるほどの超巨大な魔方陣が四つ浮かび上がっていた。
火、水、風、地を示す四色の魔方陣は次第に重なりあい、神々しい光を放つ白い魔方陣へと生まれ変わる。その光は間違いなく、シルヴァさんたちの武器に宿ったものと同じ輝きを放っていた。
「もしかして、あれが・・・」
「そう。闇を祓う事の出来る唯一にして究極の魔法」
白い魔方陣を背に浮かぶエイミス様は、目の前で渦を巻く巨大な闇に向けて、その手に握る大きな槍を差し向けた。
「『ホーリーレイ』」
白い魔方陣から放たれたのは、世界全てを照らし出してしまうようなまばゆい光。
「あれが、光の魔法・・・!」
光の魔法に照らされた闇の渦は、最初からそこに存在していなかったかのように、跡形もなく消え去っていた。




