9話
「幹部だァ? クサレボンボン野郎といい、今日はより取り見取りじゃねえか」
相変わらずの軽口を叩きながら、魔王軍幹部 アイシアの前へと躍り出るゼル。に向かって糸という糸を浴びせかけたネクは、犬のリードを引っ張るかのようにして止めにかかった。
「いい加減にしなさいな! 今の魔法が見えなかったのぉ!?」
「ふぁばもごばふぁ!」
「ネク、口塞いじゃってるから。たぶんあれ息も出来てないよ」
「丁度いいわよぉ。このまま締め落としてやるわぁ」
「ダメだよネクさん。ゼルさんがいないと壁役がいなくなる」
「むっ・・・しょうがないわねぇ」
渋々といった体でネクが糸を解くと、間髪入れずにゼルが胸倉を掴みあげる。
「テメェマジでいい加減にしろよクモ女」
「そっくりそのまま返すわよぉハエ男」
「ちょっ、こんな時まで止めてよ二人とも!」
「アッハ! 聞いてた通り面白いパーティじゃん。わたしの目の前で漫才する冒険者なんて初めてかも」
ケタケタと笑いながらあーしたちを見つめるアイシア。好きでやってる訳じゃないんだけど・・・。それに今回のはいつもと違って、どちらもけっこうマジな雰囲気でぶつかり合っているように見える。
冷やかされたせいかゼルは舌打ち交じりに手を離し、ネクは掴まれていた襟元を不機嫌そうに正す。
「私たちを隔離して、何が目的?」
そんなギスギスした空気をリセットするように、ルビーちゃんが本題を切り出した。さすがの二人もすぐに切り替えて、アイシアの方を見据える。
「あれ、聞いてなかった? 場を整える為だよ」
「場・・・ってことはエギルの?」
「その通り」
あーしの問いかけに答えたのは、アイシアの隣に突然湧き出た黒い霧。その霧の向こうから歩き出るようにしてエギルが現れた。何アレ、ワープとか出来んのアイツ?
「ご苦労だったねアイシア」
「いえいえー。ていうか壁で囲っただけですし、特に労われる程働いてませんよー」
「なら、外の露払いも頼めるな?」
「えぇー? しょうがないですねー」
なんて言いながらも口角が吊り上がりまくっているアイシア。もうちょっと隠す努力した方がいいと思う。
てか気にするべきなのはそんな所じゃない。アイシアの言葉を鵜呑みにするなら、これだけの規模の魔法を使いながら大した事は無いと言い切り、挙句壁の外に居るルークさんたちを相手にすると言っているのだ。さっきエギルに向けて魔法を放っていた冒険者や騎士たちが肩で息をしていたのを思い出せば、その格の違いが嫌でも理解できてしまう。
そんなアイシアを従える、エギルの実力も。
「そんじゃ、またねー」
そう言い残して、アイシアはエギルが残していた霧の中へと消えて行った。恐らくは外との唯一の通り道である霧も消えてなくなり、残されたのはあーしたちとエギルだけ。
確かな思惑の下に用意されたこの場所を見渡し、あーしはプレッシャーに押し潰されそうになりながらもなんとか口を開いた。
「何が目的なの・・・?」
「そうだね、理由ならいくらでも用意できる。例えばそう・・・裏切り者の抹殺でもいい」
「っ!」
「・・・そうなるわよねぇ」
エギルのセリフにルビーちゃんとネクがビクリと体を震わせる。それもそうだ。てか今まで特にそういう襲撃が無かったこと自体が異常だったのかもしれない。
しかしそれは、口に出したエギル本人が否定する。
「だけど私は、そんなつまらない事をするつもりはない。特に君たち相手にはね」
「随分と優しいじゃねえか。何だよ、俺たちのファンなのか?」
「ハッハ! そうかもしれないね」
皮肉で言ったんだろうゼルの言葉に、エギルは割と本気の声音と目線で答えた。
・・・なんだろう、何考えてんのか全然分かんない。ていうかまだ何しに来たのか言ってないし。
そんなあーしの胸中を知ってか知らずか、エギルはさらに話を続ける。
「アルフィノエでの海神の件、恐れ入ったよ。まさかアレを鎮めて見せるとは、さすがの私にも予想できなかった」
言われて思い出す、水平線すら埋め尽くす巨大な竜巻。
何を隠そうアレを引き起こしたのは目の前に居るエギルだ。今も海神の社は復旧工事中で、その海神様も眠ったまま。
あーしの中にふつふつと湧き上がる怒りが、エギルからのプレッシャーを徐々に押し返し始める。
「どの口が言ってんの? そもそもアンタさえ居なければ・・・!」
「ハッ! まさかテメェ、その腹いせにこんな仰々しい舞台を用意したのか? 随分と小せえ野郎だなァオイ?」
「まさか、むしろ称賛しているよ。あの状況を覆したのは、最早奇跡と言っていい」
ゼルからの煽りも全く意に介することなく、エギルは心からそうしているように小さく拍手した。
不思議な事に、エギルの真意は全く分からないけど、嘘をついているようには全然感じない。本心をさらけ出さないだけで、常に真正面から迎え撃つ堂々とした雰囲気があるように思える。それこそ、魔王のように。
だから。
「だから、私にも見せて欲しい。奇跡を起こした君たちの力を」
エギルの放つその言葉には、有無を言わせぬ迫力があった。
一気に増したエギルのプレッシャーを受けて、あーしたちはそれぞれに防御の構えを取る。一人を除いて。
「言われなくても、こちとら最初からそのつもりだっつーのッ!!」
「!? ゼルさん待って!」
「あのバカ・・・!」
作戦すらろくに話し合うことも無く、ゼルは真正面からエギルに突っ込んで行った。その強大さを嫌というほど知っているだろう二人の声も、恐らくは届いていない。
「『ロックハンズ』!」
エギルとの距離を詰める最中、ゼルはいつものように岩の右腕を作り出す。ちょっ、それ効かないんじゃないの!?
「おやおや、騎士団長の話を聞いていなかったのかい?」
「俺様をそこらの凡百魔法使いと一緒にすんじゃねえよ!」
敵からの忠告すら華麗にスルーし、エギルへ向けて大きく岩の拳を振りかぶるゼル。ネクの方から呆れたようなため息が聞こえる中、案の定現れた黒い霧がエギルの体を包み込んだ。
「テメェこそ忘れてんじゃねえのか、騎士団長サマの攻撃をよォ!」
自身を阻む黒い霧を見てなぜか不敵に笑ったゼルは、意味深な言葉に続いて新たに魔法を唱え重ねる。すると岩の拳を包み込むように、壁の魔法の甲羅模様が浮かび上がった。
「行くぜ新技! 『シェルスマッシュ』!!」
高らかに必殺技を叫んだゼルは黒い霧ごとエギルを殴り抜き、そのまま豪快に吹き飛ばした。あれっ、何で!?
「闇の魔法は攻撃魔法効かないんじゃ・・・?」
「たぶん、ロックハンズをシェルで包んで無力化されるのを防いだ。霧で視界を遮られた後に使ったから、エギル様も反応が遅れたんだと思う」
「おー、なるほど!」
あぁ、だからわざと見えるように岩の腕を出したんだ。意外と考えてるなゼルも。
しかしそれも大して効いてはいなかったのか、エギルはルークさんの時と同じように空中で態勢を立て直し始める。
「逃がすかってんだよ! 『ロケットパンチ』!!」
それも予想済みとばかりに、ゼルは空中を舞うエギルに向けてロケットパンチを撃ち出した。パンチという割には思いっきり開き手の状態で飛んで行ったそれはエギルの体をガッシリと掴み取り、抵抗する猶予も与えずに爆散する。おお・・・!
「スゴイじゃんゼル! これならいけるかも!」
「そんな訳ないでしょう。あれでやられてるなら今頃魔王軍はとっくに無くなってるわぁ」
「そ、そっか・・・」
「勝てなくても、応援が来るまで持ち堪えればいい。アカネさんはインスタで呼びかけを」
「わ、分かった!」
ゼル抜きではあるものの方針を固めたあーしたちは、それぞれ散らばって行動を開始する。
あーしはとりあえずエギルと戦っているこの状況を写真に収め、ヘルプとしてインスタにアップした。この状況で見る余裕があるかどうか分かんないけど、やらないよりはマシだし。
パパパッとスマホの操作を終えてからゼル達の方を見ると、戦いは更に苛烈さを増していた。
「ルビー、乗りなさぁい!」
「了解」
辺りに散らばっていた瓦礫で蛇型のゴーレムを作り上げたネクは、ルビーちゃんを乗せてエギルの方へと突進させる。
爆発に巻き込まれてなお服が汚れた程度にしか変わっていないエギルは、地面に着地するなり魔法を唱えてそれを迎え撃った。
「『バーニングレイ』」
エギルの左手に浮かび上がった赤い魔法陣から、極太の熱線が放たれる。
ドラゴン〇ールに出てきても違和感のないその魔法は、射線上の障害物を全て溶かしながらルビーちゃんへと襲い掛かる。
「危ない!」
「問題ないわぁ」
焦るあーしに対してネクは落ち着いた様子で糸を動かしたかと思えば、蛇型のゴーレムが突然バラバラになり、迫り来る熱線を見事にかわしてみせた。
「おお!」
何故かエギルが感心した表情を浮かべているその隙に、ネクはそのままゴーレムを再構築することなく糸だけをエギルへと這わせ、体から自由を奪う。
その間、飛び散ったゴーレムの岩に紛れて背後に回り込んでいたルビーちゃんが、姿を現すと同時にエギルの首筋へ向けて小刀を振るった。
「見事な連携だ。だが、まだ甘い」
エギルは糸まみれの体を強引に動かし、自身の首に迫るルビーちゃんの小刀をするりと避けてしまった。そのままブチブチと糸を引きちぎりながら、空振って態勢を崩したルビーちゃんへ向けてカウンターを狙う。
しかし寸での所でネクの糸がルビーちゃんを回収し、エギルの攻撃もまた空振りに終わった。
ていうか何なのアイツ、後ろにも目付いてんの・・・?
「ありがとう、ネクさん」
「分かってはいたけど、今のもダメとなるとかなり厳しいわねぇ・・・」
「そりゃそうだろ、なんせ主役が欠けてんだからなァ!」
「「!?」」
いきなり威勢のいいセリフが聞こえて来たかと思えば、間髪入れずにエギルの周りを壁の魔法が包み込んだ。しかしそれはエギルが唱えたものではないらしく、エギル本人もまた興味深そうに壁の魔法を眺めている。
となれば、声の主も魔法の主もアイツしかいない訳で。
「お膳立てご苦労、後は俺様に任せとけ」
「お膳立てッ!? アナタいい加減にしなさいよォ!?」
「ゼルさん、何をする気?」
「まぁ見とけ」
言いながらゼルが大きく広げた両腕を交差するように閉じると、それに連動してエギルを包む壁の魔法が急速に縮み始めた。さっき放置されたゴーレムの破片に始まり色んな物を巻き込んで縮んだ結果、魔法の中心に居たエギルは押しつぶされて細長い岩の塊へと姿を変える。
「うっわ、えげつな・・・」
「これぞ新技その2『アイアンメイデン』! そんでもってシメは、こいつしかねえよなァ!」
ゼルは独り燃え上がりながら、突撃魔法の準備を始める。赤く繊細な髪が燃え上がるように逆立ち、背中の羽がロケット噴射のような炎へと変わっていく間も、見据えた先の岩の塊は未だ微動だにしない。
「あれ、これもしかしたらいけるんじゃないの!?」
「油断は禁物よぉ。分かってるわよねルビー」
「もちろん」
最後まで気を抜かずに警戒する二人に倣って、あーしももう一度気を引き締める。
頬をパチっと叩いてから再び目を開けると、ちょうどゼルが出発する瞬間だった。
「コイツでトドメだァアアアアアアアアアアア!!!」
一瞬のうちに視界から姿が消えたかと思えば、強烈な爆風に乗って何かが砕け散るような音が聞こえてきた。エギルを縛っていた岩の塊をゼルが撃ち抜いたんだろう。
ゼルが言っていたようにトドメにはならないまでも、どうにか撤退させるまでのダメージが与えられていれば上出来。そんな風に予防線を張りながら、あーしは吹き付ける風を腕で防ぎつつ音のした方へと視線を向ける。
あーしの視界に映るのは、爆撃にでもあったかのように巻き上がる土煙。じっくりと目を凝らしていると、徐々に煙が晴れて中の様子が露わになった。
「やはり、彼女が鍵か」
「ッーー!?」
「ゼル!?」
煙の中から現れたのは、片手でゼルを鷲掴みにするエギルの姿だった。
は? うそでしょ、えっ?
効いてないどころか、あのスピードのゼルを見切って捕まえた!? 壁の魔法の縛りも破って!?
「私も多少は期待していたんだが、時間の無駄だったようだね」
エギルの顔にはさっきまでの笑顔はもう浮かんでおらず、代わりにどこまでも冷淡な無表情が張り付いていた。その表情を一ミリも崩すことなく、今も手の中でもがき続けるゼルへと顔を近づける。
「君の戦い方は所詮、プリーストの力で下駄を履かせたものに過ぎない。そんな小細工が通用する程、魔王軍や私は甘くない」
「ンンッ!?」
「『マグニスパーク』」
「ッ!? うぐぁああああああああああ!!?」
ゼルに向かって何やら囁いたかと思えば、エギルはゼルを掴む右腕に強烈な電撃を走らせた。
周囲が白く照らし出される程の電撃を全身に浴びせられるゼルは、もはやもがく事すら出来ないのか、ただひたすらに悲鳴を上げ続ける。
「やっ、止めてッ!!」
「っ!」
あまりにも痛々しい光景にあーしが声を上げたのと同じタイミングで、エギルの脇からルビーちゃんが染み出す様に現れる。普段よりも強く見開かれた目はエギルの手首をしっかりと捉え、目標へ向けて鋭く小刀が振り上げられた。
「だから言っただろう。甘いと」
「っ!?」
振り上げられた小刀は、エギルの唱えた壁の魔法の前に砕け散った。割れたガラスのように粉々になった破片は、空しい金属音を立てながら地面を転がっていく。
そんな音すら拾えてしまうほどに、ゼルの悲鳴はか細くなってしまっていた。
「・・・ぅうあああああああああああああ!!」
その状況に危機感と焦りを覚えたのか、ルビーちゃんは激情にその身を任せるように壁の魔法を折れた小刀で斬りつけ始める。当然ながらそれで破れるはずもなく、斬りつける度に残っていた刀身は砕けて無くなり、最後には両手に血を滲ませながら殴り始めた。
「君はもう少し聡明だと思っていたんだが、私の思い違いだったようだ」
そんなルビーちゃんを冷めきった眼で見下ろしていたエギルは、わざと見せつけるようにゼルを空高く投げ飛ばした。それを目で追ってルビーちゃんが上を向いた隙に、小さなお腹へ向けてエギルが強烈な前蹴りをめり込ませる。
「ウグッ!!?」
吐き出すような低い声を漏らしながら、ルビーちゃんは周囲の氷の壁へとめり込むほどに叩きつけられた。
しばらく氷の壁に貼り付けられていたルビーちゃんは、そこから剥がれ落ちるように地面へと落下し、二度と立ち上がる事はなかった。
「ルビーちゃん!?」
「あの子は後! まずはこっちよぉ!」
「えっ? ひゃっ!?」
いつの間に回収していたのか、ネクの糸で絡め捕られたゼルがあーしの胸に投げ込まれる。
黒焦げになった体には至る所に引き裂かれたような傷跡があり、今すぐにでも治療しないとかき消えてしまいそうなほど息が弱々しい。
「ゼル! しっかり! お願い死なないで!」
「それより早くポーショッ・・・!?」
「ネク!?」
隣でポーションを使うようにと言いかけたネクが、強烈な風の弾丸に連れ去られる。
跳ね飛ばされたネクはボールのように地面を転がっていき、ようやく止まった頃にはピクリとも動かなくなった。
全滅・・・した? この一瞬で・・・。
真っ白になったあーしの頭に次に飛び込んできたのは、何者かが近づいてくる足音。
恐る恐る振り向いてみれば、黄金の瞳が最後に残ったあーしを見下ろしている。
「はっ・・・あぁ・・・」
「怖がる必要はないよ。君に手を加えるつもりはない」
そう言ってあーしを見つめるエギルの顔は、またも柔らかい笑顔に戻っていた。
それがたまらなく怖くて、あーしはゼルを強く抱き締めながら後ずさるものの、エギルはそうして空いた距離を歩いて埋めながら何やら語りかけてくる。
「私は気づいているよアカネ君。アルフィノエで起きた奇跡、あれは君の力によるものだと」
「っ!? 違う、あれはあーしだけじゃなくて・・・!」
「謙遜する必要はないよ。常識を覆す力、それはユニーククラスにのみ与えられるものだ」
淡々と続けながら、エギルはあーしとの距離をゆっくりと詰めてくる。
「さっきの戦いもそれを確認する為のものだ。結果、彼ら自身には何も特別な力はなかったが」
「そんなことない! 海神様の時も、みんながいたから・・・!」
「そうだね。人の思いを集め、それを伝搬し、送り届ける。確かに君の言う通りだ。だが、それを可能にする地盤を作ったのは、他でもない君の力。インスタグラマーのものだ」
「っ!」
「君がいなければ、そもそもあの作戦自体が立案できない」
徐々に熱を帯び始めるエギルの言葉に気圧されてしまったあーしは、慌てて後ずさるあまり自分の足につまずいてしまい、盛大に尻餅をついてしまった。
その一瞬で距離を詰めてきたのか、見上げた先には不気味な笑みを浮かべるエギルの顔が。
「君の力に興味がある」
「ひっ!? やだ、来ないで!」
無遠慮に伸ばされた腕を払い除けると、あーしは目を瞑ってゼルをぎゅっと抱きしめた。
仮にも冒険者であるあーしは何も出来ず、子供のように怯えることしかできない。
「お願い・・・誰か・・・!」
その呟きに答える者はいない。ゼルも。ルビーちゃんも。ネクも。
代わりに聞こえてきたのは、大地をまるごと砕き割るような凄まじい轟音。
「キャアアアア!? なっ、何!?」
「・・・ようやく来たか」
音のした方へ視線を向ければ、あーしたちを取り囲んでいた氷の壁の一面が粉々に砕かれていた。瓦礫のように散乱する氷の破片からは白い冷気が立ち登り、それを目で追っていくと、宙に浮かぶ人影が目に入った。
あれは・・・!
「エイミス・・・様?」
「待っていたよ。エレメントロード」




