8話
「ゼル! エギルが、エギルが居る!」
「ああ!?」
ついさっきまで無気力に包まれていたのが嘘のように、ゼルはあーしのスマホに飛びついてきた。今もドローンはしっかりとエギルの顔にピントを合わせ、その動作の一つ一つを逃すまいと監視し続けている。
「ど、どうしよう!?」
「決まってんだろ、パレードは中止だ! お前さんはまず騎士団の連中に・・・っ!?」
「っ!? なに!?」
あーしとゼルで慌てながら話し合っている間に、パレードで光り輝いているはずの王都を暗い闇が包み込む。
何事かとスマホに映るエギルを確認すれば、まるで太陽のような極大の火の玉がパレード中のあーしたちに向けて放たれたところだった。
いきなりすぎて何が起きているのか分からず、頭が真っ白になってしまう。
「え、なに・・・これ・・・?」
「ふざけやがって・・・!!! 『アーマーライズ』!」
白い光で自身を包み込んだゼルは、そのまま馬車の天井をぶち抜いて火の玉へと向かって行く。
あーしがようやく状況を整理できたのは、壁の魔法で火の玉を迎え撃ったゼルが爆発に巻き込まれた瞬間だった。
「ゼルーーーーーーー!!!?」
一瞬強く発光したかと思えば、強烈な音に続いて立っていられない程の爆風があーしたちに襲い掛かる。あまりに衝撃が強かったせいか建物のガラスは連鎖するように割れていき、あちらこちらで風に乗せられた破片や小物が吹き飛ばされていく。
しばらくして爆風や音が収まる頃には、人々は歓声の代わりに悲鳴を上げ始めていた。
馬車から降りたあーしは濁流のように押し寄せる王都の住民に一人逆って進み、大爆発を起こした上空に向かって呼びかけ続ける。
「ゼルーー!! 返事して! ゼルーー!!」
あーしの呼びかけに返ってきたのは、人の波をかき分けて来た黒髪少女の声だった。
「はぁっ・・・アカネさん。やっと見つけた」
「ルビーちゃん! ゼルが!」
「分かってる。でもまずはここから避難」
そう言ってルビーちゃんはあーしを無理矢理背負い込むと、手に持っていた糸に引っ張られるようにして建物の屋上へと素早く移動する。その先で待っていたのは、深刻そうな表情をするネクの姿。
「ネク! ゼルが!」
「落ち着きなさいなアカネちゃん。あの羽虫があの程度で死ぬほどヤワじゃないのは、アナタが一番良く知ってるでしょう?」
「そ、そうかもだけど・・・」
「誰が羽虫だクモ女」
「っ!? ゼル、良かったぁ~!!」
「おい、ちょっ!? 放せアカネ!」
相変わらずの口調で現れたゼルを見て思わず抱き着いてしまうあーし。そのまま怪我がないかどうかゼルの体を隅々までチェックしていく。良かった、目立った傷はないみたい。
「アカネさん、お母さんみたい」
「えっ、そうなん?」
「さらっと俺様を子ども扱いするんじゃねぇ」
「言ってる場合じゃないわよぉ。今の状況を分かってるのかしらぁ?」
「いいじゃないかネク。君たちの肝の太さは確かな長所だと思うよ」
「「「「!?」」」」
当たり前のように会話に入り込んできた、異質な声。
焦りながら振り向いた先には、穏やかな表情にして射貫き殺すような視線を向けてくるエギルの姿が。
あーしたちは飛び退くようにして距離を取ると、先頭に居たゼルが噛みつくようにエギルへと問いかける。
「テメェ・・・わざわざこんな日ィ狙ってくるたぁ、いい性格してんじゃねえか」
「今日だからこそだよゼル君。それに、君たちにも会いたかった」
「どういう意味・・・?」
「そうだね、まずはゆっくり話す場を整えようか」
「えっ・・・? キャッ!?」
最期まで意味不明なエギルの言葉をどうにか解読しようとしていると、不意にエギルの四方八方からものすごい数の魔法が飛んできた。
炎、水、氷、風、岩、雷と見た目にも派手な魔法の一斉攻撃はエギルに容赦なく襲い掛かり、しかも一切留まる様子は見えない。
何事かと周囲を見渡せば、騎士団や冒険者がいつの間にか周囲の屋上に陣取り、合間なく魔法をぶっ放し続ける光景が目に入った。
が、しかし。
「意外だな。王都の冒険者や騎士団なら、私に攻撃魔法が通じないことは知っていると思っていたが」
シルエットすら分からなくなる程に魔法を撃ちこまれていたエギルの位置から、染み出す様に黒い霧が現れた。得体の知れない黒い霧はエギルへと向けられた魔法全てを飲み込み、言葉通り無意味だという事実を突きつけてくる。あれってまさか・・・。
「ねぇ、あれって・・・」
「闇の魔法・・・だろうな」
あーしとゼルの受け答えに、元魔王軍の二人も頷いて返す。
あらゆる攻撃魔法を無力化する、魔王一族だけに受け継がれるユニーククラスの力。シルヴァさんから聞いていた通りの力が、今まさに目の前で見せつけられていた。
当然のように無傷で霧の中から姿を現したエギルに対し、周囲を取り囲む冒険者や騎士たちは肩で息をしている。全力の攻撃すら何事でもないように無力化されちゃったんじゃ、魔力が尽きる前に心が折れてしまうかもしれない。
そんなあーしの心配を容易く吹き飛ばしたのは、自身に満ちた勇敢な声音。
「もちろん、知っているさ」
影を切り裂く閃光のように、突如として現れたルークさんは周囲の霧ごとエギルを攻撃した。
体の回転を利用した一撃はエギルの無防備な横腹へと吸い込まれていき、そのまま真っ二つとはいかなかったものの、景気良く吹き飛ばした。
しかしそれすらも大したダメージになっていなかったのか、エギルは空中で姿勢を整えると手近な屋上へと危なげなく着地する。
「いきなりなご挨拶じゃないか、騎士団長殿」
「そのまま返すぞ。カオスロード」
短く言葉を交わした後、ルークさんは気合を入れ直す様に剣を構え、対するエギルは変わらず無防備な態勢のままあーしたち全員を見渡す。
「私一人に構っていていいのか? 君には王族や民を守る使命があるだろう」
「騎士団を舐めるな。この場に居ない騎士たちや兵士、全ての冒険者が今、王都の盾となっている。そしてその盾を守るのが、僕の使命だ」
「フハハハハ! 素晴らしい心構えだ」
高笑いを上げたエギルは、試すようにその黄金の瞳を細める。
その視線を受けてあーし含む全員が察したのか、ルークさんに続いてそれぞれが獲物を構え直した。
「ならば守り切ってみせろ!!」
ある程度予測出来たセリフと一緒に、エギルの体から大量の黒い霧が噴出した。
エギルから発せられるプレッシャーをそのまま可視化したような黒い霧は、雷雲のように所々で紫色の稲妻が走り、今から使われる闇の魔法が一段階上のものになったと本能で感じさせてくる。
「出でよ、混沌の魔物よ」
エギルは小さく、それでいて脳に直接響くような言葉を吐いた。するとその呼び掛けに応えるように、霧の中から全身真っ黒の魔物たちが這い出してくる。
ゴブリンやオオカミにグリフィンと、シルエットこそ見覚えはあるものの、全身をマジックで黒く塗りつぶしたかのような見た目はあまりに異質で、この世のものとは思えないほどに不気味だった。
初めて見る正体不明の魔物にあーしが気圧される中、先頭に立つルークさんは冷静に周囲の仲間たちへ命令を下す。
「奴らに魔法は効かない、戦士クラスは先頭に、魔法使いたちは援護を。必要な時まで魔力を温存するんだ」
「「「了解!」」」
仲間たちと短い作戦会議を終えると、ルークさんは目の前に迫る黒い魔物たちへ向かって飛び込んで行く。スキルの準備をしているのか、構えた剣の刀身が鋭く輝き始める。
「『スラッシュ』!」
剣を真横に一振り。たったそれだけで五体以上の黒い魔物たちを真っ二つにしてしまった。そのまま勢いを緩めることなく、崩れ落ちる魔物を間を縫うように走り抜け、離れた屋上に陣取っているエギルへと一気に距離を詰めていく。
そうしてルークさんが切り開いた道に後続の騎士や冒険者がなだれ込み、一撃とはいかないまでも、黒い魔物たちをどんどんと倒していく。
その間あーしたちは、あまりに対応が早すぎて見ているだけになっていた。
「す、すごいなルークさん・・・。てかあーしたちはどうしよう?」
「決まってんだろ。加勢してあのクサレボンボン野郎をブッ殺すんだよ」
「バカ言うんじゃないわよぉ。サイクロプスにすら苦戦するアタシたちじゃ足を引っ張るだけぇ。ここは任せて逃げるのよぉ」
「あ? 誰にもの言ってやがるテメェ」
「こんな時までケンカしない。来る!」
前線で黒い魔物たちを引き受けている戦士クラスの壁を、真っ黒なグリフィンが一息に跳び越えてきた。途中途中でレンジャーの矢を撃ち込まれるも、痛覚が無いのか気にした様子も見せず一直線にあーしたちへと急降下してくる。てか何であーしたちピンポイント!?
「『シェル』! うおっ!?」
「キャッ!?」
ゼルがとっさに唱えた壁の魔法でグリフィンの攻撃自体は防ぎ切ったものの、あーしたちを押し潰そうと急降下してきた勢いは逃がすことが出来ず、足場である建物が崩れ落ちてしまった。
踏みしめていた足場が無くなり、瓦礫に交じって真っ逆さまに落ちながら悲鳴を上げていると、突然あーしの体が重力を無視して真横へと引っ張られる。
もう上下左右と方向感覚すら分からなくなり、ひたすらに目を瞑って堪えていると、何やら柔らかいものに抱きとめられた。
気付けばあーしはがら空きになった中央広場でネクの胸に顔を埋めていて、すぐ向こうでは崩れ落ちた建物に巻き込まれて黒いグリフィンがジタバタと暴れているのが見える。
「はぁっ・・・アレ? 何がどうなって・・・?」
「ネクさんが糸で助け出してくれた」
「疲れるからあんまりやりたくないんだけどねぇ・・・」
ネクは息を切らしながら、パーティ全員に絡みつけた糸を回収する。もうちょっと体力があったらワイヤーアクションみたいに飛び回れるんだろうか。アメコミじゃないけど。
「今がチャンスよぉ。アタシたちもここから逃げましょう」
「バカ言ってんじゃねえぞクモ女。あのクサレボンボン野郎をブッ殺すチャンス、みすみす逃せるかよ!」
「アナタねぇ、ちょっとは人の話を・・・!」
「待ってネクさん。エギル様は私たちにも用があると言っていた。ここは迂闊に騎士団と距離を開けない方が・・・」
「へぇー、けっこう鋭いんだねー」
「「「「!?」」」」
不意にかけられた軽い口調の方へと振り向けば、エギルの後ろに控えていた祈祷師もどきの一人がフリフリと手を振っていた。いつの間に!?
「まぁ、もう遅いんだけど」
あーしたちが何か対策を取る間もなく、目の前の祈祷師もどきはぺたりと地面に右手をついた。するとその袖口から目に見える程の冷気が溢れ出し、心なしか手をついた部分が凍り付き始めているように見える。
「『クリスタルウォール』」
ぼそりと呟くように何か魔法を唱えたかと思えば、中央広場全体を埋め尽くすほどの巨大な青い魔法陣が現れた。
ゼルが慌てて壁の魔法であーしたちを囲ったものの、祈祷師もどきの目的はあーしたちへの攻撃ではなかったらしく、魔法陣の外周から分厚く高い氷の壁が勢いよく飛び出し、中央広場へと続く全ての道を閉ざしてしまった。
「ちょっ、なにこれ!? あーしたち閉じ込められた!?」
「やっぱり、罠・・・」
「この魔法・・・アナタまさか」
「アハ、やっと気づいた?」
あーしたちを囲う氷の壁に見覚えがあるのか、ネクは目の前の祈祷師もどきに問いかける。すると本人は待ってましたとでも言いたげな風に、目深に被っていたフードを嬉々として取り払った。
その中から現れたのは、美しい雪を連想させるような白く輝く長い髪。
さらさらと流れる前髪の奥には凍てつくような青い瞳が覗き、瞳に映り込むあーしたちが凍り付いているようにすら見える。
陶器のような肌はもはや生気すら感じられない程に白く、どこか幻想的な印象を持たせた。
「久しぶりね、ネクリア」
「・・・アイシア」
見知った仲のような気軽さでネクと短く挨拶を交わす、アイシアと呼ばれた女性。
バカなあーしでもさすがに分かる。この状況と魔法の規模、何よりネクの本名を知っていること。これらの情報から考えられる結論はただ一つ。
「あなたとは初めましてだよね、アカネちゃん。わたしはアイシア。氷の魔女と呼ばれる、魔王軍幹部の一人よ」
にっこりと微笑んだアイシアの顔には、一切の温かさは感じられなかった。




