5話
騎士団長 ルークさんに助けてもらったあーしたちは、ほとんど日が傾きかけていたのもあって、黄金橋跡地にほど近い砦に泊めてもらうことになった。ぶっちゃけ最前線の場所で寝泊まりできる自信ないんだけど、夜中に王都周辺をうろつく方がよほど危ないとの事。日本の治安の良さが恋しいなぁ・・・。
砦の中は年季の入った武具に身を包む冒険者や、そこかしこで見回りや兵器の点検に励む兵士たち、それらに指示を出している騎士たちと、いつでも戦いに備えられるような人たちで固められている。高い壁に囲まれた砦の中は多少窮屈さを感じさせながらも意外と機能的で、ちょっとした鍛冶屋や道具屋まで完備していた。
「うわー・・・すっごい」
ベテランの冒険者たちが放つ独特の雰囲気や、魔王城と最も近い最前線の拠点に居るというピリピリとした空気に圧倒されながらも、あーしはスマホを取り出し撮影しようとして、ハッと思い直す。
こういうのは機密情報的なアレでマズいかもだし、さすがに今回は遠慮しておこう。あーしのせいで砦が突破されたりなんかしたらシャレになんないし。
「ようこそ砦へ。といっても、もてなせるようなものも時間も無いんだ。申し訳ない」
「いやいやそんな! あーしたちこそ、助けてもらったわけですし!」
「そう言ってもらえると助かるよ。向こうに食事場があるから、そこでゆっくり休んでて」
ルークさんは簡単に行き先を示すと、それじゃと自分も本来の仕事へと戻っていった。他の人の邪魔になっても悪いし、あーしたちも言われた通り食事場の方へと移動する。
「なんか、忙しないね」
「最前線の拠点だものぉ。むしろ普通じゃないかしらぁ」
「私たちに出来る事は、邪魔にならないよう大人しく過ごす事。食事場でご飯を食べながら暇をつぶそう」
「・・・今日はあーしたちと同じ量で我慢だよルビーちゃん」
「ええっ!?」
心底驚いたという表情であーしを見るルビーちゃん。この子は賢いんだかそうじゃないんだか時々分からなくなる。
「砦のごはんはここで頑張ってるみんなの物だから。あーしたちが欲張っちゃだめでしょ」
「そう、だけど・・・くっ・・・!」
「まぁサイクロプス一体分くらいはごちそうしてくれるでしょう。それで我慢なさいルビー」
くだらない、でもルビーちゃんにとっては真剣な雑談を交わすうち、ルークさんの言っていた食事場に辿り着く。
見た目は割とそのまんまギルドの酒場を外に持ってきた感じで、厨房を兼ねたカウンターキッチンの前にダイニングテーブルと椅子が適当に並べられ、端のほうになると数合わせなのか樽のテーブルと椅子に変わっていた。でもそれっぽいからあーし的にはアリ。
厨房の中では三人の料理人がそれぞれ野菜のカットなり大鍋の面倒なり食器の準備なりと、外で働く人たちに負けない気合で調理を並行しながら進めている。ヤバいなここ。息つく場所が無いんだけど。
「ほんとにここでゆっくりしてていいのかなぁ・・・」
「騎士団長様からの指示よぉ。堂々と座ってればいいのよぉ」
「それはそれであーしも気使うし・・・」
「うぅ、おいしそう・・・」
まだ調理途中の光景ですらお腹を鳴らすルビーちゃん。ていうかもうお腹空いてたの?
何か小腹を満たせるものでもあったかなーとポーチを探っていると、今の今まで黙りこくっていたゼルが久しぶりに口を開いた。
「見た感じ、ここには酒場みてえにウェイトレスの姉ちゃんが居ないと見える。お前さんたちでそれを引き受けりゃ、働いた分のメシくらいは貰えるだろうし、時間も潰せて一石二鳥じゃねえか?」
「! ゼルさんナイスアイデア!」
「えっ、あーしたちが?」
「ちょっとぉ、何でアタシまで巻き込まれてるのよぉ」
「どの道半泣きで縋りつくんだろうが。一人はいやー! ってよ」
「そんな泣き方しないわよぉ!」
「泣くのは認めちゃうんだ」
まぁ九割九分そうなるだろうし、ゼルの言い分はもっともだと思う。
とはいってもまずはOK貰えるかどうかだし、何よりあの鬼気迫る調理場にどうやって話しかけたものかと考えていると、いつの間にやらルビーちゃんが臆することなく料理人に話しかけていた。仕事速いね。
日が完全に沈み、砦の中を松明と月明かりだけが照らし出す。
ゼルの提案したウェイトレスのバイトが採用されたあーしたちは、晩ごはんを食べる為に食事場へぞろぞろと集まってきた冒険者や兵士たちを相手に、料理の配膳やオーダー取りに雑談の相手など、できうる限りのおもてなしを行った。
目論見通りこの砦にウェイトレスのような存在はいなかったようで、久しぶりに楽しい食事が出来たとみんなが喜んでくれていた。この砦の人たちは荒っぽい所はあるものの紳士的で、あーしとしてもけっこう楽しい時間を過ごすことが出来たし、何より最前線の砦で働く人たちの話が聞けたのは収穫だった。主に生き延びるための知識全般。
今は晩ごはんの休憩時間が終わり、再び自分の仕事へと戻って行った冒険者や兵士たちを見ながら、あーしたちはようやく自分たちの晩ごはんにありついていた。
「いやー、結構疲れたねー。普段あれを三人で回してるとかすごいなぁ」
「おかげでこんなにもご馳走を振る舞ってもらえた」
「アナタちょくちょく食べさせてもらってたじゃないのぉ」
「それはネクもでしょ」
あーしたちの目の前には、パンやお肉に野菜に魚と統一感の欠片もない料理が所狭しと並んでいる。バイトの報酬にしては豪華すぎる気もするけど、ありがたく頂いておこう。
折角だからとギルドのウェイトレス服でもてなしたあーしたちは大変評判が良く、ルビーちゃんに限らずあーしやネクもご飯や飲み物を貰っていた。なんか別の仕事みたいになってた気もするけど。ちなみに服はネクの即興手作り。
「それにしても、ここの人たちってかなりしっかりしてるよね。悪酔いとか全然しないし」
「そりゃあ最前線の砦だものぉ。それぞれなりに線引きしてしかるべきよぉ」
「それに模範的な存在がいれば、自ずと気も引き締まる」
「あー、ルークさんね」
「アタシも散々聞かされたわぁ」
今も城壁の上で何やら騎士たちと話し込むルークさんをちらりと見る。
この砦で働く人たちはみんな、話の節々でルークさんに対するリスペクトを語っていた。
「戦士とソーサラーとプリースト。全部がレベル7なんだっけ?」
「家柄は普通で、ひたすらに努力を積み重ねて騎士団長まで上り詰めた、人類最強の男」
「それを鼻にかけることもなく人当たりも良い、正に完璧ってやつねぇ」
ネクはわざとらしい声のボリュームでゼルの方を見るも、当の本人は干し肉をみーっと引っ張ったまま無視を決め込んでいる。
「なんていうか、まさしく勇者! って感じだよね」
「実際そうなるんじゃないかしらぁ。魔王軍で最も警戒されていたのは彼な訳だし」
「魔王軍にいた頃から、その強さは噂に聞いていた。正に一騎当千だと」
「はー、ルークさんすごいなー」
「そうねぇ、誰かさんとは違ってねぇ」
ネクはもう一度ゼルにちょっかいをかけてみたものの、ゼルは舌打ち代わりに引っ張っていた干し肉を引きちぎり、そのまま何も言わずどこかへと行ってしまった。
サイクロプスとの戦い以来、ずっとこの調子だ。ネクもそれは薄々察していたようで。
「・・・何よぉ。やり辛いわねぇ」
「ネクってゼルのこと大好きだよね」
「はぁ!? 何言ってるのよぉ!?」
「喧嘩するほど仲が良い」
「ルビーまでっ、違うわよぉ!」
まぁ実際にお互いがどう思っているかは置いておくとしても、二人の仲は決して悪くないように思う。
お互いが本音同士でぶつかり合っているし、そこには後腐れのようなものは一切ない。タイミングはもう少し考えてほしいけど、二人のケンカは見てて微笑ましいものがある。
だから、早くいつもの調子に戻ってくれるといいんだけどなぁ。
どこか沈んだ空気になってしまった晩ごはんを食べ終えて、あーしたちは女子用の兵舎に用意された寝床に入っていた。
砦の番は昼夜交代なのか、昼に働いていた人たちは兵舎に戻り、逆に中から出てきた人たちが今度は仕事に取りかかり始める。
そのせいか砦は夜中でもそこそこうるさく、あーしは思うように寝付けないでいた。
・・・まぁ、それだけが理由じゃないんだけど。
あーしは夜風に当たろうと思い立ち、砦の外が見渡せる城壁の上へと足を運ぶ。
元の世界と何ら変わらないきれいな星空を眺めながら、時々撫でるように吹き抜けていく風の涼しさをその身で感じていると、ふいに動かした目線の先で誰かの姿を捉えた。
夜の闇もあって一瞬魔物かと身構えたけど、よくよく見ればその人影はルークさんだった。
そしてその隣には、淡く輝く羽を持つ小さな妖精の姿。
「ルークさんとゼル? こんな時間に何してんだろ?」
なんとなく、声をかけていい雰囲気ではないと感じ取ったあーしは、代わりにドローンを呼び出して近くへと忍ばせる。
やっかいな後光を月の光でごまかしながら、あーしは二人の会話に耳を済ませた。
「奇遇だね。ゼル君も自主練?」
「そんなところだ。あと君づけは止めてくれ。むず痒い」
「分かった」
ルークさんは爽やかに返しながら、剣の素振りに戻る。
対してゼルはそんなルークさんを見つめたまま、答えたように自主練に入るような素振りは見せない。
「・・・何か僕に用でも?」
「あぁ、悪い。一つ聞きたいことがある」
「僕に答えられる事なら」
「・・・お前は、どうしてそんなに強くなれたんだ?」
きっと、あーしの浮かべた表情はルークさんと同じだったと思う。
ゼルの質問にルークさんは素振りを止めて、まじまじとその顔を見つめる。
「以外だな。君がそんな質問をするなんて」
「何で知った風な口聞きやがる。初対面だろうがよ」
「君がそうでも僕は違うよ。最も、僕が知っているのは表面的な君の一面だけど」
そう言ってルークさんはあーしのインスタ記事を取り出す。おぉ、ルークさんもフォロワーだったんだ。けっこう嬉しいかも。
顔がほころぶあーしとは対照的に、ゼルは答えを待つように真剣な顔でルークさんを見つめ続けた。
茶化す空気でも無いと感じたのか、ルークさんはふぅと小さくため息をついて。
「目標・・・というか夢があるからかな。でもそれは特別な事じゃなくて、僕もみんなも同じだと思うけど。たぶん君も」
「俺は・・・」
暗にゼルはどうなのかと問いかけるルークさん。
ゼルは確かめるように自分の胸に手を当てると、何かを振り切るようにして顔を上げた。
「俺は、俺様はド派手に戦うソーサラーとして! 魔王をブッ殺す・・・!」
自分に言い聞かせるかのような大声は、しだいに尻すぼみになっていく。
あーしは知っている。妖精の種族が抱える体質の事を。
支援魔法は十倍燃費が良くて、攻撃魔法は十倍燃費が悪い。そんなギャグみたいな体質にゼルは真っ向から立ち向かい、今日まで戦ってきた。
そしてそれが、通用しなくなり始めている事も。
理想と現実のせめぎ合い。
あのゼルでさえそれに苦しんでいるのだと、あーしの心が重くなっていくのを感じていると、向かいに立つルークさんがふっと安心したように微笑んだ。
「なんだか安心したよ。君も僕と同じみたいだ」
「・・・あ? どこがだよ」
「記事の中の君はいつも輝いていて、迷いなく夢や目標に向かって一直線に進んでいるように見えた。僕にない輝きを持っていると」
「嫌味か?」
「ハハ、違うよ。君が僕をそうやって見ているように、僕もまた君をそういう風に見ていただけさ。・・・僕の夢はまだまだ遠くて、もしかしたら届かないのかもしれない」
そう言ってルークさんは星空を見上げ、力なく手を伸ばした。
騎士団長という地位に上り詰めてなお届かない、ルークさんの夢。
あーしがごくりと生唾を飲むのと、ゼルが目線だけでそれを問いかけるのは同じタイミングのように思えた。
自分だけ語らないのも悪いと思ったのか、それとも別の何かか、ルークさんはどこか溜め込んでいた思いを吐き出す様に語りだした。
同じ思いを共有できる、男同士だからかな。あーし盗み聞きしちゃってるけど。オフレコだしノーカンって事でひとつ。
「僕は・・・・・・モテたかったッ・・・・・・!!」
「「・・・は?」」
ドローン越しにあーしとゼルの声がハモる。え、今なんて言った?
一瞬だけ時が止まったような感覚を覚えるも、対するルークさんは抑えていたものが爆発したかのように怒涛の勢いで暴露を始める。
「僕が強さを求めた理由は、女の子にモテたかったからだ! 最強の存在になってモッテモテのハーレムライフを送る! それが僕の、夢だったんだ・・・ッ!」
唖然とするゼルは一切お構いなしに、自身の夢を熱く語るルークさん。ていうかその夢ってゼルとあんまり変わんなくない?
「騎士団長に選ばれた時は、ついに夢が叶う時が来たと心の底から喜んだ。けど、現実は残酷だった・・・!」
「現実・・・?」
「騎士団長になった僕は、確かに人から尊敬されるようになったし、女の子からの評判も悪くなかった。でもそれは高嶺の花のような扱いで、むしろ女の子との距離は遠退いてしまったんだ。騎士の模範としての振舞いを求められる以上、僕から絡んでいく事も出来ない」
「お、おう・・・」
あー、そういうことね。立場が上がり過ぎちゃって女の子が身を引いちゃうんだ。そういう気持ちはなんとなく分かる。中身知ったらもっと引くだろうけど。
「それでも諦めず、騎士団の女の子と仲良く喋れるように努力したんだ。そしたらある日、こんな噂が耳に入った。「団長と副団長は付き合ってる」って」
「・・・」
うわぁ・・・。
「僕はシルヴァの本性を知っているし、本人に問い詰めた。結局噂を流したのはシルヴァじゃなかったんだけど、体のいい男避けとしてシルヴァが便乗していて、僕はもう手詰まりになってしまった」
絶望の底に叩き落されたような表情のルークさん。報われなさすぎる・・・。
動機は置いておくにしてもその努力はすさまじいものだし、騎士団長としての責任を取ろうとする姿勢はすごく立派だと思う。その上でこの仕打ちとは、この世界に神様はいないのか。
そんな同情の視線をドローン越しにルークさんへと向けていると、それこそついに神様を見つけたかのようにルークさんは顔を上げた。その視線の先に居るのは、もちろんゼル。
「だから今日の手紙を受け取ってようやく希望が持てたんだ! あのシルヴァが愛する男性をついに見つけたと! 彼女はアレな部分も多いけど良い子だ! 期待してるよゼル!」
「断固拒否する」
詰め寄ってきたルークさんを絶対零度の表情で拒絶したゼル。・・・あれ、何の話してたんだっけ。
別の意味で体が冷えてきたあーしは、体をさすりながら自分の布団へと戻る事にした。
それにしても、騎士団のツートップがあの二人で本当に大丈夫なんだろうか。
今更ながら砦の防衛体制にすら不安を抱きながら、あーしは眠りへと落ちていった。




