1話
シルヴァさんに案内された広場は、威厳ある王城の中だというのに、とても落ち着いた雰囲気に満ちていた。
中央にある噴水を石畳が囲み、広場の周囲を木々や草花といった自然が彩るこの風景は、王城のような豪華さこそ無いものの、決してそれに劣らない美しさを誇っている。
水のせせらぎに優しく吹き抜ける風と、自然の調和で作り出されたようなこの広場に居るだけで、あーしの心に残っていた緊張感は優しく解きほぐされていった。
そして、広場の中央に佇む一人の少女。
薄桃色のドレスに身を包み、小鳥のさえずりに耳を傾け幸せそうに瞳を閉じるその表情は、見ているあーしの心すら幸せで満たしてしまう。
風に揺れるたびに黄金の輝きを放つ長く繊細な金髪は、まるでこの広場におけるもう一つの太陽のようにも思えた。
きっと、その場の全員が同じように魅入ってしまったんだと思う。
あーしたちが声をかける前にゆっくりとまぶたを持ち上げたその少女は、水晶のような瞳にあーしたちを映した後、穏やかに微笑みかけてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。赤羽アカネ様と、そのご一行でいらっしゃいますね?」
「・・・あ、はい。そうです」
「何で俺様がその他大勢みたムグッ!?」
いつもの調子で喋りかけたゼルを素早くルビーちゃんが取り押さえる。ナイス。
間違いない、あの人が王女様なんだろう。なんかもうオーラが違うもん。オーラが。
一瞬きょとんとした表情を浮かべた王女様は、すぐに穏やかな笑みに戻り。
「お待ちしておりました。わたくしがあなた方を招待させて頂きました、エイミスと申します。よろしくお願いしますね」
優雅に一礼し、あーしたちに自己紹介してくれたエイミス様。えっと、こういう時はあーしも返した方がいいんだっけ?
とりあえずぺこりと頭を下げると、エイミス様はにっこりとほほ笑み、少し興奮した様子であーしたちを手招きした。
「皆さまどうぞこちらへ。おいしいお茶を用意してありますから。シルヴァも速く」
「わはりまひた」
意味不明な返事を返したシルヴァさんの方を見れば、前を向いたまま大量の鼻血を流していた。ビックリしたなもー。
もしかしなくてもさっき見惚れてる間に流したんだろうけど、エイミス様は完全に流している辺り、これが通常運転だったりするんだろうか。いいのそれで?
いまいち失礼さの基準がつかめないまま、あーしたちは広場に備え付けられた丸テーブルへと案内される。
日除けなのか簡素な屋根がついているテーブルの上には六人分の紅茶が用意されていて、その周りに五人分の椅子がきれいに並べられている。
エイミス様にお許しを貰い女性陣が次々に着席していくと、当然のように一人分の抗議が聞こえてきた。
「異議を唱えるには、許可がいるのでありましょうか」
「許可するわぁ、どうぞ?」
「テメェに聞いてんじゃねえんだよ」
「申し訳ありませんゼル様。どうやら妖精用の椅子が用意できなかったらしく」
「あぁ、そういうことですか。いつものことっすよ、気にせんでくだせぇ」
喋りながらどんどん敬語が粉々に砕け散っていくゼル。最後の方なんか江戸っ子みたいな喋り方になってなかった?
さすがにギルドのように机に座るのは憚られたのか、考え抜いた末にゼルは空中で胡坐を組んだものの、どうやらそれでは王女様の気が収まらなかったようで。
「いえいえ、今回はわたくしの方に非がありますから。よろしければ、わたくしの膝の上にお座りになってください」
「はい!?」
「えぇっ!?」
「うらやまっ!?」
何を言い出すかと思えば、膝の上で座るように勧めてきたエイミス様。シルヴァさんの声は聴かなかった事にする。
ただ、エイミス様は申し訳ないというよりは、犬猫を見ている子供のような表情をしている辺り、単純にゼルを膝に乗せたいだけのように見えた。
見た感じあーしよりも年下だし、そういう風に考えちゃうのも仕方ないのかも。・・・いやでもゼルだしなぁ。
「いやいや、俺はここで大丈夫っすよ。マジで」
「いえいえ、遠慮なさらずに」
「いやほんと、妖精って空中の方が落ち着くんですよ」
「酒場では机に腰かけていらっしゃるじゃないですか。ほら、どうぞこちらへ」
「いやいやいや、今俺けっこう汚いんで。ドレス汚しちゃうわけにもいきませんし」
「構いません。さぁ!」
めっちゃ食い下がるエイミス様の圧にさすがのゼルも折れてしまい、そのまますっぽりと膝の上に収まってしまった。ミュールちゃんと違い王族の膝に座っているせいか、ゼルはまるで彫刻のようになって微動だにしなくなる。
対してエイミス様はそれはもう幸せそうに表情を崩され、それこそ犬猫のようにゼルを撫で続けていた。頑張れゼル。
「はぁ・・・記事で見ていた時からずっとこうしたかったんです」
「それは良かったです・・・って、あーしの記事見てくれてるんですか?」
「もちろんですよ。わたくしは立場上、外に出ることが叶いませんから、アカネ様の記事が何よりの楽しみなんです」
「あっ、ありがとうございます!」
思わずガッツポーズを取るあーし。
王女様に面と向かって感謝されるとかもう、もうね。あーし死んでもいい。
「お礼を言うのはこちらの方ですよ。アカネ様の記事を見ていると、まるで自分も一緒に冒険しているような気分になれるんです。今回お呼びしたのは、そのお礼を伝える為でもありますから」
「そんな、もったいない・・・」
「赤くなってる」
「ウフフ、良かったわねぇアカネちゃん」
「かわいいですなぁー」
なんだろう、そんな風に褒めてもらったのは生まれて始めてだから、なんか泣きそうになってくる。止めて、そんな笑顔で見つめてこないで。我慢できなくなるから。
「それにゼル様、ルビー様、ネク様も。どの記事でも眼を惹かれるご活躍をなさっていて、冒険者様の勇ましさを初めて目にすることが出来ました」
「いえ、それほどでも」
「ウフフ、お褒めに預かり光栄ですわぁ」
「・・・」
王女様に褒められる元魔王軍の二人。冷静に考えるとスゴイ空間だよねここ。
ゼルはゼルでいつもなら鼻を伸ばしてふんぞり返ってるのに、今回は最早返事すらなかった。大丈夫? 生きてる?
「それで今回は、アカネ様たちから直接冒険譚をお聞かせしてもらえたらと思いまして」
「えっ、直接・・・ですか?」
「はい! 記事に載せきれなかった話などがあれば、ぜひ!」
そう言って水晶のような瞳をより一層輝かせるエイミス様。
今までの王族らしい落ち着いた振舞いから一転、無邪気な子供のように見つめてくるその顔を見ていると、どうしようもなくお願いを叶えてあげたくなってしまう。
やっぱり、外の世界に憧れてたんだろうなぁ。
あーしたち一般人が、王族の豪華な生活に憧れるように。
「ンンッ・・・それじゃあ、あんまり上手に話せないかもですけど」
そうして、あーしたちがこれまで体験してきた冒険譚を肴に、しばしのお茶会が始まった。
パーティメンバーたちとの出会いや、戦ってきた魔物、辿り着いた絶景スポットと、今までにインスタに上げた写真も交えてそれはもう語りに語りつくす中、こうして語り聞かせられるくらいには、この世界で過ごしてきたんだなぁと、あーしは一人感慨に浸っていた。
何杯目かの紅茶が注がれたカップが乾いた頃、シルヴァさんがが時間の報せと共にお茶会のお開きを告げる。
「エイミス様、名残惜しいですがそろそろお時間です」
「あら、もう? 楽しい時間が過ぎるのは、本当にあっという間ですね」
今までの話を思い出して噛み締めるように、エイミス様は瞳を閉じて小さく伸びをする。そんなに楽しんでもらえたなら、あーしとしてもすっごい嬉しい。
「皆さま、今日は本当にありがとうございました。もしお時間があれば、いつでも遊びに来てくださいね」
「えっ、いいんですか? そんな気軽に」
「えぇ、もちろんです」
エイミス様はにっこりと笑う。少なくとも社交辞令のような雰囲気は一切なかった。まぁ本心だったとしても、王族がそんな暇をもて余してるとは思えないけど。
なんて考えを読み取ったのか、シルヴァさんが思い付いたように一つの提案をする。
「そうだエイミス様。一週間後のパレードをアカネ様に撮ってもらって、それをいの一番に見せてもらうというのはどうでしょう?」
「わぁ! 素敵ねシルヴァ! お願いできますかアカネ様?」
「ちょっ、その、待ってください。何がなにやら」
「一週間後に、エイミス様のエレメントロード就任式があるんですが、その後は王都を上げてのパレードが開かれるんですよ。ぜひ皆さんも参加していってください」
ぱ、パレードとな・・・! 遊園地で開かれるやつじゃなくて、本物のパレード! まぁ遊園地のも大分すごいんだけど。まじで魔法みたいだしアレ。
で、それをあーしが撮ってエイミス様に見せると。いいね、実にインスタグラマーらしい仕事って感じ!
「つっても、俺たちゃ王都に一週間も留まれる金なんかねえぞ」
「そこに関しては心配ありません。もともとパレードまでご招待する予定でしたから。王都で評判の良い宿を押さえてあります」
「マジか・・・!」
「至れり尽くせりねぇ」
「あの、ご飯は?」
「フフフ、期待してて下さい」
さすが王族と言うべきか。何から何まで完璧にもてなされていた。ていうかあーしたち話しただけなんだけど、仕事と報酬が割にあってないんじゃ。大丈夫これ?
まぁそれはそれとして、王都の宿と言われれば俄然楽しみになっちゃうわけでして。女子勢三人はそれはもう小声できゃいきゃいと騒ぎ始めた。まぁルビーちゃんだけは理由が違うだろうけど。
「シルヴァ、もう宿は取ってありますよね?」
「もちろんですよ! 女子四人部屋、最高級の部屋を確保済みです」
「おいちょっと待て」
そんな乙女の喜びを、野太い声が塗りつぶす。発生源妖精だけど。
恐らくは一切悪気のなかったシルヴァさんにゼルが詰め寄っていく。ちょちょちょっ、王女様の前で乱暴なマネはやめてよ!? てかここ王城だし!
「えと、ごめん。四人部屋はいやだった?」
そうじゃないのシルヴァさん。スイッチはそこじゃないの。
「俺様は男だ」
「うええっ!?」
爆発ギリギリで押さえたゼルの言葉に、心底驚いた様子で勢いよくのけ反ったシルヴァさん。そういえば最初に会った時からかわいいかわいい言ってたけど、男って気づいてなかったのか。
「ダメじゃないシルヴァ。ゼル様はれっきとした殿方よ」
「そ、そんな・・・!」
ショックを受けたらしいシルヴァさんは、額に手を当ててそのまま二、三歩と後ずさっていく。そこまで女の子が好きなんだろうか。まぁエイミス様見て鼻血出してたし、そうなんだろうな。
現実を直視できないのか、指の間からチラチラと顔を伺っていたシルヴァさんは、意を決したように近づき苛立ったままのゼルの両手を握り閉める。大きさが違うからほとんど腕ごと握っちゃってるけど。
「あの、本当に男の子なんですか?」
「何度も言わせるんじゃねえ。俺様は男だ」
「そうですか、失礼しました。お詫びと言ってはなんですが・・・」
シルヴァさんはすーっと息を吸い込み。
「あたしと結婚してください」
ゼルにプロポーズした。
・・・は?
「「「「はぁあああああああああああああああ!?」」」」
静けさに満ちた噴水広場に、あーしたちのパーティ全員の叫び声がこだました。




