20話
「本当に、危なくなったら逃げて下さいね」
「大丈夫、あーしだって死にたくないし」
「いざとなったらシェルで囲んで船旅だ。問題ねえよ」
「それはそれで問題はあると思う」
「それよりケルン! あーしの作戦、頼んだよ!」
「えぇ。ご武運を!」
あーしたちと最後の挨拶を交わすと、ケルンは馬を走らせ、冒険者やギルド職員を乗せた馬車と共に西門から走り去っていく。
そしてその後ろから尻尾のように垂れ下がった糸が、まるで道しるべのようにネクと繋がったまま伸びているのが見える。なんか掃除機のプラグみたい。
あーしたちはケルンを見送った後、水浸しになった道を避けるために屋根伝いに移動して、街のシンボルである灯台の上へと移動する。あーしはほとんど運んでもらってました。ハイ。
「さぁーていっちょ一仕事だ。気合入れてくぜお前ら!」
「うん!」
「了解」
「・・・皮肉なものねぇ」
何か思う所があるのだろう複雑な表情のネクを横目に、あーしはインスタを起動し、ライブ配信の準備を進める。
今回の作戦は、もうそのまんまマンガの受け売り。みんなの魔力をちょっとずつ分けてもらう必殺技作戦だ。
ラクティスでゼルたちがやられたように、ネクの糸には魔力の受け渡しが出来る機能がある。
それを利用して、ケルンたちに避難した住民の下へネクの糸を届けてもらい、そうして分けてもらった魔力をゼル一人に集める。
一人じゃ無理なら、みんなの力を合わせればいい。
あーしたちなら、それが出来る。
「よーし、生放送準備オッケー。電波障害ないのは強いよねー」
「今更だけどよ、この緊急事態にお前さんの記事持ち歩いてるやついんのか?」
「それも踏まえて、ケルンにはあーしの記事も配達してもらってる」
「ちゃっかりしてんな」
ドヤ顔で語るあーしに呆れたような表情を向けてくるゼル。
あーしのインスタ記事は、理屈は分からないけど無限に増やすことが出来る。こういう時に枚数不足にならないのは大きい。そしてついでにフォロワー確保。一石二鳥ってやつ?
なんて邪な考えをしつつ、あーしはインスタのライブ配信機能を使って、生放送を始めた。
あーしのフォロワーたちを通じて、緊急クエストを依頼するために。
「えーっと、みなさんこんにちは! 赤羽アカネです! 今日はいきなりだけど、皆さんにお願いがあります!」
スマホに向かって喋りかけるあーしを、何してんだコイツ? みたいな目で見てくるみんな。その反応になるのは仕方ないけど、表情が強張るから今は止めて欲しい。マジで。
あーしが何をしているかを説明するために、ポーチから記事を取り出して渡すと、合点がいったのか今度は、スゲエ! みたいな表情を向けてきた。笑いそうになるから止めて。マジで。
「あーしたちは今アルフィノエに居るんだけど、見ての通り、もうすぐ街が海に飲み込まれる状況にあります!」
「おースゲエ! 記事に俺様が映ってるじゃねえか! イェーイ!」
「後ろに見える超デカイ竜巻は、色々あって海神様が暴走してしまって、海自体をあんな風にしてしまいました!」
「実際は魔王の息子とかいう輩のせいなんだがな」
「街の住民はもうみんな避難しました。でも! 出来るなら街を守りたい! だから!」
「俺様がなんとかしてやろうって訳だ」
「あーーーーーもーーーーーー!! うっさいから向こう行って!!!」
あーしは半ギレになりながら、ちょくちょくフレームインしてくるゼルを押しのける。
いくら目立ちたがり屋でも状況考えて。マジで。
若干の放送事故を起こしつつも、あーしは息を整えて、改めて配信を見てくれている人たちに呼びかける。
「ハァ・・・ハァ・・・だから、みんなの力を貸してください!」
あーしはなりふり構わず、放送を見てくれている人たちに向かって頭を下げた。
「今アルフィノエの冒険者たちが、ここに居るネクの特殊な糸を持って、避難した住民や近くの街に向かって移動しています! その糸を掴んでくれれば、糸を通してみんなの魔力がゼルに集まります!」
「よっ」
自重したのか、今度は軽い挨拶に留めたゼル。むしろ今こそアピールしてほしかったんだけど。
「ゼルは、レベル7のプリースト。集めたみんなの魔力を使って、暴走した海神様を海ごと浄化しようと考えてます!」
「それはちょっと違うな」
「えっ!?」
予想外のゼルのセリフに素で反応してしまうあーし。えっ、違うの?
一番重要な所でつまづいてしまい、どうフォローしようか考えていると、さすがにそこはゼル本人がきちんと補足してくれた。
「さすがに魔力を集めたって海ごと浄化は無理だ。だから、あの竜巻に直接突っ込んで、一発海神サマの眼を覚ましてきてやるよ」
「えぇっ!? ちょっ、聞いてないんだけど!?」
「言ってねえからな」
「いやこっちは本気で心配してるんですけど!?」
緊急事態の生放送中すらグダグダっぷりを披露するあーしたち。全世界にネタパーティ認定されても文句言えないなコレ。
ツッコミ過ぎて頭がパニクリ始めたあーしに代わり、この世界の常識に通じるルビーちゃんが詳しい説明に入ってくれた。
「今は証拠を示せないけど、あの竜巻は、魔王の息子を名乗る存在が、海神の社に奉納された魔力大結晶を媒介に、特殊なスキルを使って暴走させたもの。恐らくは今も、竜巻の中で魔力大結晶が暴走の原因として存在している」
「そこに俺様の突撃魔法で突っ込んで、大結晶をブチ砕いてやろうって寸法だ」
「それで、ゼル自身は大丈夫なの?」
「その為にも魔力を集めるんだろうがよ」
いやそうなんだけど、もうちょっと他に言い方無いの? 一応力分けてもらう側だからねあーしら。
なんて、もう今更言ってもしょうがない。なんなら時間も無い。
あーしは改めて頭を下げ、今一度放送を見てくれている人たちにお願いする。
「これは、あーしたちからみんなに依頼する、緊急クエストです。アルフィノエを救うために、みんなの力を貸して下さい! 力だけじゃなくて、思いも! きっとゼルが海神様に届けてくれます!」
「いや、そんなもんは保証できんが」
「だからこういう時くらい合わせてってば!」
「いやできんモンはできッ!?」
空気を読まずに食い下がってきたゼルが、急に大きく体を跳ねさせた。え、いきなりなに?
「こいつは・・・!」
「え、どしたんゼル?」
「ウッフフ、ようやく届いたみたいよぉ」
今の今まで糸に集中していたネクから届けられた、希望の言葉。
慌てて灯台から身を乗り出す様に周囲を見渡してみれば、各地に届けられたネクの糸をたどって、色とりどりの魔力の流れが、まるで虹のようにあーしたちの下へと集まっているのが見えた。
「やった! やった! 集まってるよみんな!」
「へっへ、コイツはすげえ・・・! どんどん力が溢れてきやがる・・・!」
「アナタの力じゃないわよぉ。勘違いしないように」
「うっせえな分かってるっての!」
魔力がどんどんとゼルに送られる度に、集まった魔力の量を示すかのように、背中に生えた妖精の羽がどんどんと大きくなっていくゼル。
あーしはそれを画角に収めつつ、大体どれくらい溜まっているのか、視聴者にも分かりやすいようにゼルへ問いかける。
「ねえゼル! あとどれくらい溜まればいけそう!?」
「これじゃあまだまだ足んねえなぁ! 目覚ましどころか行き道半分で墜落がオチだろうよ!」
「それも面白いんじゃなぁい?」
「今は面白くない」
「今ってどういうことだルビーテメェ」
図らずも漫才を提供する事になりつつも、順調に魔力が集まっている状況に少し心が楽になる。
時間が経つにつれて魔力の架け橋はどんどんと数を増やし、それに比例してゼルの羽もどんどんと大きくなっていった。
「いい調子ねぇ。たぶんラクティスの方にも糸が届いたんじゃないかしらぁ」
「! じゃあミュールちゃんたちも!?」
「あんだけの事があってよく糸触れたな」
「それあーしたちが言う?」
「それもそうだな。よーし、まだまだ魔力は足んねえぞ! お前らの気合はこんなもんかァ!?」
くだらない掛け合いをしている間にも、容赦なく街は水に飲み込まれていく。
あーしたちはもっと魔力を集める為に、あらゆる手段を使って視聴者たちに呼びかけた。
ゼルの発破、ルビーちゃんの美少女変身、ネクのグラビア、流れであーしの初グラビアと、なりふり構わず色々。
羽で魔力の集まり具合が分かるのもあり、メンバーによって露骨に魔力の集まり具合が変わるのに少しもやっとしつつも、いよいよゼルの羽は灯台と同じくらいの大きさにまで巨大化していた。
しかし。
「足りねえな・・・」
「そ、そんな・・・」
ゼル本人の口から出てきたセリフは、かき集めた希望を打ち砕くようなものだった。
「こんなに集まって、まだ足りないの・・・?」
「竜巻に突っ込むだけなら足りるだろうよ。だが、これじゃ大結晶を砕くにはまだ足りねえ」
「・・・あまり言いたくはないけれど、魔力の集まりも悪くなってきてるわぁ」
「えっ、なんで・・・ってそっか」
「・・・もう分けてくれる人たちも、魔力が残っていない」
ゼルに魔力を託したルビーちゃんから、か細い声で答えが届く。
それを示すかのように、各地から集まっていた魔力の架け橋も、弱々しい光に変わっては次々と消え始めていく。
その間も時間は無慈悲に進み、ついにはアルフィノエのすぐ近くまで海面が迫って来ていた。
「ゼル、具体的には後どんくらいあればいいの?」
「・・・言わねえとダメか?」
「言わなきゃ分かんないじゃん! もう一回だけみんなに呼びかけるから! そうすればきっと!」
「・・・大体今で折り返しくらいって言えば伝わるか」
「っ・・・」
もう声も出なかった。
ここまで集めてやっと折り返し? うそでしょ?
ゼルらしく冗談でしたと種明かしを期待しても、そんなものは出てくるはずもなく。
成す術なく再度絶望に叩き落されたあーしたちをあざ笑うかのように、竜巻が近づくにつれ勢いを増した大雨が、あーしたちの体を打ち付ける。
水に飲み込まれていく街を灯台の上から無力に眺めながら、もう他に打つ手はないのかと足掻くように頭を巡らせていると、ゼルが思いついたように言葉を発した。
「そうだ、アカネ。まだお前から魔力貰ってねえじゃねえか」
「・・・え?」
唐突過ぎるセリフに素っ頓狂な声を出してしまうあーし。え、何で今更?
「いやいや、あーし魔力無いって知ってるじゃん」
「分かんねえだろ。ユニーククラスといい、コカトリスの時といい、お前さんにはまだ特別な力があるかもしんねえ」
「特別な・・・」
「どうせここまで来たら何にでも縋りつくしかねえだろ。オラ、速くしろ」
「わ、分かった」
ゼルに促されるまま、あーしはネクに渡された糸を握りしめ、ゼルに魔力を送るようなイメージを思い浮かべる。合ってんのか分かんないけど。
確かにあーしは神様に転生させてもらったけど、この状況をどうにか出来るチートじみた能力なんて貰ってない。
でも、コカトリスの件を思い返してみれば、もしかしたらこっそり何か特別な能力を貰ってたのかも。
あーしは若干テンションが上がりながら、より強くゼルに魔力を送るようイメージする。
そしてなんと・・・!
「何も来ねえな」
「まぁ、分かってたけどねぇ」
「今更」
「・・・」
期待からまたも絶望へ落ちた表情を浮かべる二人と、使えねえなコイツとでも言いたげな視線を向けてくるゼル。泣いていいあーし?
そんな都合の良い話なんてなかったと、もう一度視線を下げかけたその時、ゼルの羽がひと際強く輝き出すのが見えた。
淡い水色を湛える光は、優しくあーしたちを照らし出す。
「っ!? こいつは・・・!?」
「え、何!? どうなってんの!?」
「いきなりものすごい量の魔力が流れ込んできたわぁ・・・!」
「まさかアカネさん、本当に・・・?」
え、うそ。マジで!?
ホントにあーし特別な力貰ってたの!?
忙しなく揺れ動く感情に振り回されつつも、あーしは今度こそと希望を胸に、糸を握った手元を見る。
しかし視界に入ったのは、変わらず何の変化も無い垂れ下がった糸を握るあーしの手。
えっ、どういうこと?
感情どころかあらゆる事態に振り回されまくったあーしは、ついに頭がショートして状況整理が不可能になった。
そうしてパニクったあーしの頬を、雨とは違う冷たい何かが優しくつつく。
「! 水の精霊!?」
振り向いた先にいたのは、前に会った時と変わらず、宙に浮いた状態であーしたちを見つめる水の精霊。
あーしの言葉にみんなも思わず視線を向け、そんなあーしたちに向かって水の精霊はまたもジェスチャーで何かを伝えてくる。
「えと、何て言ってるか分かる? ルビーちゃん」
「・・・遅れてごめん、と言ってる」
通訳を頼んだルビーちゃんから改めて水の精霊へと視線を戻すと、前に渡したあーしの記事をどこからか取り出し、あーしに見せてきた。
そこに映っているのは、今まさに生放送で配信されている、あーしと水の精霊が向かい合う姿。
「・・・うっ、うわああああああああん!!」
あーしはついに緊張の糸が切れてしまい、我慢できずに大量の涙を流してしまった。
みんなの前だとか、生放送中だとか、そんな事は一切お構いなしに。
水の精霊はそんなあーしの涙すらすくい取ると、そのままゼルの光る羽へ向かって飛び込んで行った。
「何を・・・? っ!?」
あーしを慰めてくれた水の精霊が飛び込んだのを合図にしたのか、突如現れたものすごい数の水の精霊たちが、アルフィノエに浸水していた水ごと引き連れ、大精霊と同じように渦を巻いてゼルの羽へと飛び込んで行く。
あーしは素早くドローンからの撮影に切り替え、街中から水を引き連れてくる水の精霊たちの光景を収めていると、ついにゼルの口から待ちわびた言葉が飛び出した。
「来た来た来た来た来た来た来た来た来た!! キタァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
テンションが最高潮に達したゼルに呼応するように、巨大化した羽が雨すら弾き飛ばす勢いで光を放つ。
鱗粉のように降り注ぐ水色の光が、雨に打たれたあーしたちの体を暖かく包み込む。
「最高だぜ・・・! 今の俺なら、誰が相手だろうと負ける気がしねえ!」
「その言葉が聞けて何よりよぉ・・・」
「ゼルさん、後はお願い・・・」
「任せとけ! ただしアカネ、お前さんはこっからが本番ってのを忘れんなよ!」
「フフッ・・・あーしを誰だと思ってんの!?」
ゼルのセリフを使ってあーしは返事を送り、ドローンを操作してゼルの撮影準備に取り掛かる。
「さぁーて行くかァ! 俺様の・・・いやいやアルフィノエの、・・・いや違うな」
「何でもいいから速くして!」
この期に及んでグダグダっぷりを発揮するゼルの尻を言葉で蹴ったくり、さっさと出発するようけしかける。
ゼルは最後まで往生際悪く悩んでいたものの、ようやくついに答えを出した。
「見せてやるぜ! 俺様たちのスペシャルコンボ!!」
悩んだ末にそれかい。
心の中でツッコミながらドローンで撮影していると、フレームの中に映っていたゼルは青い光の矢となって、海から迫る超巨大な竜巻に向けて彗星のように飛んでいく。
今まで見た中で一番のスピードで突っ込んで行ったゼルは、青白い光の尾を残しながら、いよいよ竜巻の中へと入り込んだ。
かろうじて居場所が分かった光の尾すら見えなくなり、変わらず猛威を振るう竜巻を見て徐々に不安を募らせていると、一瞬、竜巻の中で爆発するような鋭い光が見えた。
次の瞬間、街を絶望の底に叩き落した超巨大な竜巻は弾け飛び、更には大雨をもたらした暗雲すらも払い除け、厚い雲の隙間からオーロラのように光が差し込んでくる。
スマホに付いた水滴をふき取り、改めて海の方へとカメラを向ければ、久しぶりに顔を出した日の光があーしたちを温かく出迎えてくれた。




