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異世界インスタ  作者: 五寸
第2章 アルフィノエの騒乱
48/117

19話

 打ち付ける大雨で体をずぶ濡れにしながら、あーしたちはアルフィノエのギルドへと急ぐ。

 当然ながらあーしたちが通っている街の東側には人っ子一人おらず、どんどんとギルドのシンボルでもある灯台が近づくにつれて、パニックを起こした住人たちがギルド職員や冒険者たちに詰め寄っているのが見えてきた。

 飛び交う怒号、子どもの泣き声、冷静にと呼びかける職員の悲痛な声が、激しく降り注ぐ雨音の中ですら容赦なくあーしの鼓膜を揺らす。


 あーしたちはようやくギルドまでたどり着くと、水分を吸って重くなった服を絞り、水の足跡を残しながら開け放たれていた大扉をくぐって中へと入った。


「! アカネ! 皆さんも! 無事でよかった・・・!」

「ハッ・・・姿が見えねえから心配したぜ」


 ギルドの中を見渡すまでもなく、大扉のすぐ目の前に居たアセムとケルンが出迎えてくれた。

 普段なら入り口としてスペースが設けられていた場所に長テーブルが集められ、その上に広げたアルフィノエの地図を囲んで、アセムたち含む数人の冒険者やギルド職員たちが何やら話し込んでいる。

 

「これは、一体何してるの?」

「避難した住民の受け入れ先や、一時避難先について話し合っています。応援要請もしましたが、恐らく街が飲み込まれる方が速いでしょうね」

「そんな・・・!?」

「それどころか、この大雨だけで一部に浸水被害が出てる。正直こうやって話し合ってる時間すら惜しいくらいだ」

「とりあえずは、ラクティスや王都に非難誘導を行うことになりましたが、いかんせん馬車の数が足りず、スムーズにいかない状況です」

「・・・それで、街はどうするの?」

「・・・放棄するしかありません」


 絞り出す様に答えたケルンの言葉を聞いて、その場にいた人たちが揃って苦悶の表情を浮かべる。

 

 察してはいた。

 あんな海の状態を見れば、もはや人間にどうこうできるレベルを超えてる事くらい。


 それでも、ここは魔法や精霊が存在するファンタジーな異世界。

 もしかしたらどうにか出来るかも。なんて淡い希望が、どうしてもあーしの頭からは離れなかった。


「待ってよ! もしかしたらまだ解決策があるかもだし」

「その解決策とは?」

「それは・・・その・・・海を浄化して、海神様に落ち着いてもらうとか」

「そんなことが出来る存在はこの世界にいません」


 あーしが往生際悪く出した案を、ケルンがピシャリと遮る。

 今さら何をしても無駄だと、暗に訴えるかのように。


「悪いなアカネちゃん。そもそも大精霊相手に、冒険者の俺たちが出来る事はねえんだ」

「そんな・・・」

「言っちまえば、意志ある海に真正面から挑むようなもんだ。こればっかりはどうしようもねぇ。せめて怒りを鎮めてくれるように、海神様に祈るくらいだな」

「! 待って、これは海神様の怒りなんかじゃムグッ!?」

「止めておきなさいアカネちゃん」


 あーしが最後まで言い切る前に、ネクの糸があーしの口を器用に塞いだ。

 何事かとアセムたちは目を見開くものの、時間が無いとばかりに避難先の話し合いに戻る。


「プハッ! ネク、何で!?」

「今ここでエギル様の名を出した所で、余計混乱するだけよぉ」

「最優先すべきは住民の避難。他の事に時間を割いている余裕はない」


 ネクとルビーちゃんに諭されたあーしは、それ以上はもう押し黙るしかなかった。

 二人の言う通り、エギルや社の一件を話したところで、具体的な解決策がある訳でもない。

 そして何より、結局のところは他力本願なあーしの考えそのものが、ひどく滑稽に思えて仕方なかった。

 偉そうに喋るくせして、何か出来る訳でもないのに。


 話し合いは纏まったのか、アセムたち冒険者や職員たちは一斉に動き出し、ギルド前に集まっていた住民たちの避難誘導を始めた。

 東から迫る超巨大な竜巻に対し、西、北、南の順に年齢や性別ごとに住民たちを分けて、それぞれ冒険者や職員が先導して街の出入り口へと誘導していく。

 あーしたちはケルンが西門へと誘導する住民たちの一番後ろに控え、集団から遅れてしまった人がいないか見守る役目を任された。


 避難している間も絶えず雨は降り続け、移動する住民たちの体力を容赦なく奪い去っていく。

 逃げ遅れた人はいないかと、一応ドローンを飛ばして上空から街を観察してみると、港や浜辺の方がすでに海水に飲み込まれ始めているのが見えた。

 そしてその奥では変わらず、海や空すら巻き込むほどの巨大な竜巻が、視界を埋め尽くす規模で大きく渦巻いている。

 見渡す限りの圧倒的な自然の猛威を前に、あーしはただただ無力感を覚えるだけだった。





 

 住民の避難が始まってしばらく。

 なんとか全ての住民たちを街の外へ避難させることに成功し、残るは冒険者やギルド職員たちだけとなっていた。

 すでに街を行き交う道は大雨で水浸しになり、残された時間がほとんど無い事を物語っている。


「もう一般人は居ませんね!? 全員乗り込んでください!」


 指揮を取っていたケルンが呼び掛け、避難誘導を行っていた人たちが次々と馬車に乗り込んでいく。

 しかしあーしはそっちに一切目を向けず、今や誰もいなくなったアルフィノエと、その奥から迫る巨大な竜巻をひたすらに眺め続けていた。


「どうしたのぉアカネちゃん?」

「速く。時間がない」

「・・・先に乗ってろ。俺が行く」


 後ろからルビーちゃんたちに呼び掛けられたかと思えば、すぐ隣にゼルがやって来た。


「どうしたよアカネ。まさかお前、ここに残るのか?」

「・・・ねぇゼル。ゼルならあれ何とかできない?」

「・・・ブッハ! なんだお前、まだ諦めてなかったのかよ!?」

「だって、まだ直接は聞いてなかったから」

「ほほう? そういう信頼は悪くねえな」


 ゼルは同じようにアルフィノエの方を見つめたまま、あーしに問いかけてくる。


「何でそこまでこだわるんだよ。お前さん、この街にそんなに思い入れがあったのか?」

「そりゃ少しはあるよ。・・・でも、それよりも」


 ゼルに話しながら、自然と拳を握る力が強くなる。


「元々はさ、水の精霊たちの為に社に向かったじゃん? でも結果的に、あーしたちのせいで大結晶がとられちゃって、挙句それで海神様を暴走させちゃって・・・その上で何も出来ないまま、こうして街を見捨てることになって・・・」


 言葉が喉から出る度に喋りづらくなり、降りしきる雨が目尻に溜まり、頬を伝って流れ落ちていく。

 それを、決してゼルは見ようとはせず、前を向いたまま耳を傾けてくれる。


「あーしっ・・・すごく、悔しい・・・!」


 それ以上は、もう喋ることが出来なくなった。

 喋ろうとすれば、全部流れ出てしまいそうになるから。


 しかしそんなあーしの事はお構いなしに、ゼルは大声を挙げて笑い出す。


「ハッハッハッハッハ!! 何も出来ねえお前さんが、ずいぶん偉そうな口叩くじゃねえか!」

「っ! あーしは本気でっ」


 思わずあーしの方からゼルへと顔を向けると、すぐ目の前に小さな拳が付き出されていた。


「俺も同じだ」

「!」


 ゼルはそのまま拳であーしのおでこを軽く小突くと、ニヤリと笑って。


「あのクサレボンボン野郎に好き勝手されたまま、おめおめと逃げるのは性に合わねえしな」

「ゼル・・・!」

「それとさっきの質問だが、今のままじゃどうにも出来ねぇだろうな」

「・・・えっ?」

「あのクソデケェ竜巻、海神サマのことだよ」

「・・・今ってことは、もしかして何か考えがあるの!?」

「いや、無い」


 ゼルの口から飛び出したセリフに、思いっきりズッコケるあーし。ウソ、ここでボケんの?

 そんな景気の良いあーしのリアクションが目立ったのか、馬車の方から大声が飛んでくる。


「ちょっとぉ! 何してるのぉ!?」

「何してるんですか二人とも! 速く馬車に!」

「・・・」


 慌てながら馬車へ乗り込むよう催促するネクとケルンに対し、何かを察したような表情のルビーちゃん。まぁここまでの付き合いだし、もう分かるよね。


「悪いなケルン、俺たちゃ居残りだ」

「ごめんねー」

「は!?」

「はぁ!?」

「はぁ・・・」


 予想外すぎるセリフだったんだろう、二人に続いて馬車に乗り込んでいる冒険者たちも似たような表情を浮かべる中、ルビーちゃんだけはため息をつきながらやれやれとこっちに向かってくる。さっすが、分かってるぅ。


「残るって、何をする気なんですか!?」

「決まってんだろ。お前さん言ってたよなぁ、大精霊を鎮められる奴なんざ世界に居ねえって! なら俺様が世界初の存在になってやろうってこった!」

「さっき考えなしって言ってなかったっけ?」


 あーしの冷静なツッコミは聞こえないフリでごまかしたのか、天に向けて拳を付きだし高らかに宣言したゼル。

 さすがのケルンもついていけなかったのか、あんぐりと口を開けたまま呆然とゼルを見つめている。ちなみにネクも。表情筋柔らかいね。

 そうしてしばらく動かなくなったネクたちに変わって、ルビーちゃんがこれからの方針を聞いてくる。


「それで、解決の算段はあるの?」

「今から考える」

「だと思った」

「もうすっかり馴染んだねルビーちゃん」

「嬉しいけど、嬉しくない」


 複雑な表情を浮かべていたものの、最後には笑いかけてくれるルビーちゃん。ごめんね。でも今更だしね。

 そうして緊急事態の中ですらのほほんと構えるあーしたちの下へ、慌てて駆け寄ってくる最後の一人。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよぉ。アナタたち本気なのぉ?」

「このノリで前はテメェをぶっ飛ばしたんだ。むしろ平常運転だよなぁ?」

「悲しいことにね」

「でも、それが私たちのパーティだから」

「・・・呆れたぁ」

「嫌なら逃げてもいいんだぜ? 他にアテがあるんならな?」

「・・・もう! いじわるよぉ!」


 ネクは半泣きになりつつも、あーしたちから離れようとはしなかった。ありがとね。

 そうしてパーティ全員が残ることを決めたあーしたちに向かって、落ち着きを取り戻したケルンが真剣な表情で問いかけてくる。


「・・・アカネ、皆さん。相手は海神様、水の大精霊です。そんなノリでどうこうできる相手じゃないことは、分かってますよね?」

「分かってるよ、もちろん」

「だったらなぜ!?」

「理由なら分かってんじゃねえのか?」

「!?」


 ゼルの言葉に、ケルンの動きが止まる。


「お前だけじゃねぇ、後ろにいる連中、それどころか街の住民どもだってそうだろうよ。ただし俺たちゃバカだから、それを実行してるだけだ」

「・・・それは?」


 改めて聞いてきたケルンに、あーしたちは胸を張って答えた。


「水の精霊のために!」

「俺様の名誉のために!」

「アカネさんを放っておけない」

「居場所がない」

「バラバラじゃないですか」


 ケルンのツッコミに、一泊おいてあーしたちは今度こそ揃って吹き出す。

 そして。


「まぁ平たく言えば、逃げたくねえ理由があるってこった」

「雑に纏められたけど、まぁそんな感じかな」

「アタシはできれば逃げたいんだけどぉ」

「こういう時くらい合わせて」

「お前らにも、大なり小なりあるんだろ?」

「私は・・・私も・・・私だって! 出来る事なら、この街を守りたい! でもっ・・・!」


 ケルンも必死に抑えていたんだろう。

 あーしたちよりもずっと大きい、アルフィノエや大精霊に対する思いが、大粒の涙と共に溢れ出る。

 でも、自分たちの実力を知っているからこそ、逃げるしかない。どれだけ悔しくても。


 当たり前だ。アルフィノエに住んでいたみんなが、きっと同じ思いだと思う。


 だから。


「大丈夫、頼りないかもだけど任せて。あーしたちこれでも、冒険者だから。依頼があれば引き受けるよ」

「!」


 あーしはインスタグラマーで、更にはネタパーティなんて言われる集まり。

 こういう状況で引き下がるなら、それこそやってる意味がない。


「お前は写真撮るだけだろうがよ」

「だからこういう時くらい空気読んでよ! ・・・って」


 相変わらず空気を読まないゼルにツッコみながら、自分の言ったセリフが、記憶の隅に引っかかる。



 冒険者だから、依頼を引き受ける・・・。



 街の住民の代わりに引き受けて・・・。



 代わりに引き受ける・・・。


 

 ・・・あっ。



「思い付いたかも」

「「「「!?」」」」


 あーしがぼそっと呟いた一言に、場の全員の視線が集まる。うーわプレッシャーすごいなこれ。


「なんか思い付いたのか!?」

「う、うん。マンガの受け売りだけど」

「まんが・・・?」

「なんでもいい! 言ってみろ!」

「わ、分かった」


 何で今まで忘れてたんだろう。

 強大な敵に立ち向かうなら、同じ志の仲間が力を会わせる必要がある。

 王道中の王道。だからこそ、どんな困難も打ち破ってこれた。


 それを形にした必殺技が、あーしの元居た世界のマンガにあった。


「元気・・・じゃなくて、街の住民全員の魔力を、ゼル一人に集めるってどう?」


 一瞬、なに言ってんだこいつ? みたいな表情で見つめられた後、はっと気づいたように別の人物へと視線が移る。


 その必殺技を可能にする鍵、ネクの方へと。

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