18話 後半
祈祷師のリーダーの言葉を聞いて、またも心臓が強く跳ねる。
あーしたちの名前を知ってるのは、別に驚くようなことじゃない。散々インスタに上げてるし、むしろ知られてない方がヘコむまである。
だけど目の前のアイツは、ネクの本名を知っていた。つまり、ネクの正体を知っている存在という事になる。
一体何者・・・?
異様な緊張感の中で頭を巡らせていると、祈祷師に見覚えがあると言っていたネクが、恐る恐る口を開いた。
「ウソ・・・まさか、エギル様・・・?」
エギル・・・? 誰それ?
あーしとゼルが揃って顔を見合わせると、お互いに知らないと首を振る。
それならと前に居るルビーちゃんに視線を向ければ、なぜか脱力するように構えを解いて、ただ茫然とエギルと呼ばれた祈祷師のリーダーを眺めていた。
「自己紹介が遅れたね。私の名はエギル。今代魔王の息子と言えば、分かりやすいかな?」
三度目の、しかし今度は比べ物にならない心臓への衝撃。
魔王の息子 エギルと名乗る目の前の男は、いよいよパーティ全員が同じように固まったあーしたちとは対照的に、変わらず余裕な態度を崩さないまま、目深に被っていたフードを脱いだ。
揺れる赤黒い長髪の奥から覗く黄金の瞳は、まるで全てを見透かしているかのように深く鋭い。
いつか見たネクの貼り付けたような笑顔とは違って、心の底から表しているかのような柔和な笑顔は、気を抜けば取り込まれてしまいそうな程の優しさを感じさせる。
かと思えば、時折垣間見せる得体の知れない威圧感のような何かが、あーしを頭の上から押さえつけるかのように襲ってくる。
魔王の息子を名乗るに恥じない王の風格とでも呼ぶべきか、あーしたちは何か直接攻撃されたわけでもなく、ただひたすらに圧倒されていた。
・・・一人を除いて。
「魔王の息子だァ? なんでそんなボンボン野郎がこんな場所に居やがる? 第一本物なのか? んな取ってつけたような角生やしやがって、コスプレかなんかじゃねえのか」
空気が読めないとか、そういうレベルの話じゃない。
危機察知能力とか、生き物に大切な機能が無くなってんじゃないだろうかあの妖精は。
「ちょっ、ちょっとゼル!?」
「何ビビってんだよアカネ。どっちにしろ俺様はいずれ魔王をブッ殺すんだ。その息子相手にビビってどうするよ」
「ハッハッハ! いいよゼル君! 君のそういう所はとても好きだ」
魔王の息子 エギルは特に気分を害する訳でもなく、愉快愉快といった風に笑ってみせる。
「やはり君たちを殺すのは間違いだったかもしれないね。結果的にこうして魔力大結晶も手に入れられた訳だし」
「あぁ? やっぱりテメェが社に入り込んでいらん事してたのか」
「否定はしないよ。それに疑問に感じなかったのかい? コカトリス調達の依頼を受けて向かった先で、タイミングよく暴走している水の精霊と出くわすなんて」
「それは・・・」
正直、あの旅自体がゼルに仕組まれてたところもあるから、コカトリスの件はそれの延長線くらいにしか捉えてなかった。
それに精霊の暴走なんて、個人の手で意図的に起こされてるなんて予想できないし。
「つまり、俺たちを始末するつもりが失敗したものの、代わりに魔力大結晶を見つけられた。こんなとこか」
「要約するならそうなるね。想像通り、君たちの追跡は彼らに行ってもらっていたよ」
そう言ってエギルは、目の前で倒れ伏す冒険者たちを示すような仕草を取る。
やっぱり、あーしたちの事をつけてたんだ。
「イリーヴァだったかな? あの海の魔物に続いて、君たちは野盗の退治を成し遂げていたね。あの頃から君たちに注意せざるを得なくなった」
「それってもしかして・・・裏社会の人間ともつながってたってこと!?」
「人間に従う魔物。これも疑問に思わなかったかな?」
「っ! 迂闊だった・・・」
言われてルビーちゃんが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
確かにあの時は予想として挙がっていたけど、まさか本当だったなんて。
「ネク、君のおかげだよ。君がアルフィノエに残してくれた繋がりが、私を社まで導いてくれたんだ」
「・・・薄々そんな気はしてたわぁ。アタシの残した裏ルートを、魔王軍が放っておくとは思えなかったものぉ」
「つーかテメェ、こんな大物ならなんでもっと早く気付かねえんだよクモ女。脳みそどっか行っちまったのか?」
「し、仕方ないでしょう!? 多分だけどあの祈祷師のローブ、アタシのマスクと同じ認識阻害の効果があるのよぉ!」
「ご明察、これも君が作っていた物を転用したんだ。おかげで助かったよ」
「結局テメェがいらん事してたのが原因じゃねえか!!」
「アタシのせいじゃないわよォ!」
「あーもう、こんな時までケンカは止めてってば!!」
なんかいつの間にか広まったグダグダな雰囲気に溶かされたように、あーしの体がすんなりと動く。ちょっとだけ感謝した方がいいかな。
エギルの方も特に呆れる様子もなく、なぜか微笑ましい物を見るように眺めるだけ。・・・底が見えないな。
「ハァ・・・気を取り直して、テメェはその魔力大結晶をどうするつもりだ? まさかネコババするためにこんな回りくどい真似したんじゃねえんだろ?」
「おや、意外と気が付かないんだね。君たちが体験してきた事、知っている情報を組み合わせれば出てくる答えのはずだ」
「・・・どういうこと?」
「私の存在に気を取られているようだが、そもそも君たちは、社へ何のためにやってきたんだい?」
エギルの言葉に、一瞬思考を巡らせる。
そして出てきた答えは。
「まさか・・・水の大精霊を、暴走させる・・・!?」
「・・・そうか、君たちではそういう答えになるのか」
「オイ待てよ、いくら魔王の息子だからって、一個人で大精霊を暴走させるような真似が出来るわけねえだろ」
「・・・それを可能にするために、魔力大結晶を持ってこさせたんじゃないかしらぁ」
「「「!?」」」
ネクの導き出した推理に、エギルは含みを持たせた笑顔を浮かべる。
次の瞬間、ゼルは右手に岩の腕を作り出し、エギルに殴りかかろうとして、それ以上先へは進めなかった。
「!? オイ、邪魔すんじゃねえクモ女!」
「バカな真似は止めなさい! 殺されるわよぉ!」
「あぁ!? 誰に言ってやがる!?」
珍しく真剣な表情のネクが、ゼルの体に糸を絡めて引き留める。
元幹部のネクが必死になって止めている。その事実が、目の前の魔王の息子が只者ではないと言葉なくして語っていた。
「懸命な判断だよネク。でも、それじゃあ面白くない」
「何を・・・?」
「ゼル君を離すんだネク。でなければ、今ここで君たちを殺す」
「ッ!?」
終始柔らかな態度を崩さなかったエギルから放たれた、刺し貫くような殺気。
それだけであーしは縮み上がってしまい、見ればルビーちゃんも体がプルプルと震えている。
そしてネクも従わざるを得なかったのか、ためらいつつもゆっくりとゼルから糸をほどき取った。
「ハッ! 余裕こいてられんのも今の内だぜ!」
糸が取れるやいなや一直線にエギルへと飛びかかったゼルは、そのまま勢いを乗せた岩の拳でパンチをお見舞いする。
しかし。
「なッ・・・!?」
エギルとゼルを阻むように現れた魔法の壁が、殴り付けたゼルの岩の拳を粉々に砕いてしまった。
防がれるでもなく、弾かれるでもなく、砕かれたという事実に一瞬うろたえ、しかしすぐに気を持ち直したゼルは、素早く突撃魔法の準備を整え、再度エギルに向かって突っ込んでいく。
「ふむ、こんなものか」
「クッソ・・・!」
あっけなく弾き返されたゼルは、そのまま魔力切れを起こして地面に墜落してしまった。
「ゼル!」
「・・・だから言ったじゃなぁい」
「・・・レベルが違う」
いつも何だかんだ敵を倒してきたゼルが、手も足も出ずに返り討ちにあってしまった。というか、向こうは魔法の壁を張っただけで攻撃すらしていない。
「もしかして、プリーストのレベルすら向こうのが上ってこと・・・?」
「仮にも魔王の息子、これ位はできないとね」
「のヤロ・・・!」
「ゼル君も頑張ってくれた事だし、私が何もしない訳にはいかないな。インスタグラマーの君が居ることだし、特別に魔王の力の一端を見せてあげよう」
「! 何を!?」
もうゼルとの勝負は飽きたのか、エギルは祭壇に向かって手を伸ばすと、恐らくは魔王のスキルを発動した。
「『カオスインフェクション』」
エギルがスキルを発動すると同時に、そばに置いてあったままの魔力大結晶が激しく輝き出した。
するとエギルが掲げた右の手の平から、稲妻を伴う黒い霧が触手のように飛び出し、そのまま祭壇を四方八方から包み込んでいく。
しばらくすると鳴き声のようにも聞こえる轟音が響き渡り、社全体が地震のように激しく揺れ動き始めた。
「なっ、なに!? どうなってんの!?」
「・・・野郎まさか、本当に水の大精霊を暴走させやがったのか?」
「それ以外に考えられる状況じゃない」
「待って待って嘘でしょう? 海水が社に入り込んできてるわよぉ!?」
ネクの言葉を聞いて慌てて辺りを見回せば、壁や天井が崩壊し始め、そこから海水が流れ込んできているのが見えた。
本殿の外で見た景色を思い出せば、これからどんな惨事が起こるかなんて考えるまでもない。
「ウソウソウソ!? ヤバイよこれ!? どうしよう!?」
「・・・アカネ、ポーションあるだろ、今すぐ寄越せ」
「えっ? わ、分かった」
あーしが取り出したポーションをゼルは一気飲みし、そうして空になった容器を乱雑に投げ捨てながら、エギルに向かって睨み付ける。ちょっ、まさか!?
「ゼル!? まさかまだアイツと戦う気じゃ」
「バカ言え。これでも引き際は弁えてる方だ。お前ら全員こっちこい」
ゼルはあーしたちを近くまで呼び寄せると、壁の魔法で全員を包み込む。
「どうする気なのぉ?」
「今さら逃げても間に合わねぇ。だから、このまま流れに任せるつもりだ」
「ちょっ、それで大丈夫なの?」
「それ以外に方法はない」
今も揺れ動く海神の社は、いよいよ足元が海水で埋まり、床に描かれていた絵はおろか道すらも判別できなくなってくる。
壁の魔法で水の侵入を防いでいるあーしたちは、そのままゼルの言った通り水の流れに任せ、まずは社の本殿から徐々に離れていく。
そんああーしたちとは対照的に、今も祭壇の前で何事もなさそうにスキルを発動し続けるエギルと、それを見守る祈祷師姿の二人。この状況すら驚異じゃないと言うのなら、これは冗談抜きであーしたちの相手にできる奴らじゃない。少なくとも今は。
それぞれが思い思いにエギルたちの方を見つめ続けていると、不意にエギルが一言、ぼそっと呟いた声が聞こえた。
「・・・失敗か」
「みんな、大丈夫?」
「私は平気」
「アタシも大丈夫よぉ」
「お前こそ、ちびってたんじゃねえのか?」
「してないから! ていうかセクハラだし!」
「雨が降ってるからバレないわよぉ」
「だからしてないし!」
魔王の息子という圧倒的な存在を前にしたプレッシャーから解放され、ようやく冗談を言い合えるほどにメンタルを持ち直したあーしたち。
アルフィノエ近くの浜辺に流れ着いたあーしたちは、強烈な雨に打たれながらも、海神の社で起きた事件を伝えようと、震える足をなんとか動かしギルドへと向かう。
そうしてしばらく歩いていると、街の方の異変に徐々に気づき始めた。
アルフィノエの至る場所に設置されている拡声器から、住民への避難の呼び掛けや、冒険者は至急ギルドへ集まるようにと叫ぶギルド職員の必死な声が聞こえてくる。
もしかして、さっきの揺れが街の方にも届いてた? だとしても避難って・・・?
あーしは猛烈に嫌な予感を覚えながら、今までは必死すぎて見る余裕もなかった海へと振り返る。
「ハ、ハハ・・・ハ・・・」
もはや、乾いた笑い声しか出てこなかった。
アルフィノエの東に広がる海が、水平線すら分からなくなるほどの巨大な竜巻へと変貌していた。
目の前の街はおろか、世界全てを飲みこうとでもするように。




