16話
「み、水・・・!?」
突然飛び出してきた水の塊に殴りつけられたコカトリスは、そのまま千鳥足になってあーしから行き先を逸らし、水しぶきを上げるほど盛大に倒れ込んだ。
さらに倒れ込んだ先の池からも水が触手のように飛び出し、コカトリスにあれやこれやとちょっかいをかけている。
意味不明な光景に呆然としていると、不意に頬を冷たいものにつつかれる。
「ひゃっ!? なに・・・って」
振り向いた先で浮かんでいたのは、あーしが落っことした薬を抱きかかえている、水の精霊。
喋ることは出来ないのか、水の精霊はそっと薬をあーしに差し出してきた。
「もしかして、助けてくれたの?」
薬を受け取りながら質問したあーしに、水の精霊はコクリと頷く。意思疎通はできるっぽい。
「ありがとう!」
あーしは水の精霊にお礼を言うと、真っ先に地面に沈み込んでいるゼルの下へと向かう。
石になったゼルを引き抜き、コルクを抜いて大雑把に中の液体を振りかけると、汚れが落ちるようにしてゼルの石化が治っていった。
「アカネッ!! ・・・あれ?」
「ゼル! 良かったぁ~っ!」
「ちょっ、何だよアカネ。落ち着け」
感極まって抱き着くあーしを、ゼルがうっとうしそうに押し退けようとする。
「落ち着けって。何があったんだよ」
「あっ、そうだった。とりあえず説明は後! 先に二人を治してあげて!」
「はぁ? ・・・ってオイオイ」
腑に落ちない表情で辺りを見回したゼルは、石化したルビーちゃんとネク、そして今も戦っているコカトリスと水の触手を見て、なぜかふんふんと理解したように頷く。え、分かんの?
ゼルは念のためか原っぱの影に身を隠しながら、ルビーちゃん、ネクと順番に石化を魔法で治していった。
「・・・あれ、私は」
「~~~っ!? ・・・あれっ?」
お互い止まっていた時間が動き出したように、石化する前のリアクションを取った後、何が何やらと言った表情で辺りを見回す。
「ルビーちゃん! ネク! 良かった~っ!」
「っ! アカネさん?」
「ちょっとぉ、どうしたのぉ?」
あーしに抱き着かれてゼルと似たようなリアクションはしつつも、無理に引き剥がそうとはしない二人。
復活を喜ぶのもほどほどに、あーしたちはコカトリスから身を隠す様に離れた場所へと移動する。
「察するに、お前さん以外は石化させられてたってとこか」
「う、うん。ていうか分かるんだ」
「そこだけはな。それ以降はさっぱりだ」
「あの水の触手といい、何があったのぉ?」
あーしはルビーちゃんを除いた二人に、草葉の影からコカトリスを観察しつつ、これまでのいきさつを語った。
ちなみにルビーちゃんは既にハイドでコカトリスの目を狙いに行っている。
「ほぉー、水の精霊がねぇ」
「それより、どうしてアカネちゃんは石化しなかったのかしらぁ?」
「それはあーしにもさっぱり・・・」
強いて挙げるなら、あーしが転生したのと何か関係あるとか? まぁそんなピンポイントな能力もらった覚えないんだけど。どうせ貰うならもっと良いの欲しいし。
「謎解きは後回しでいいだろ。とにかく今はコカトリスの野郎を絞め殺すのが先だ。ホレ」
「わっ!? なに?」
ゼルはいきなり石化を治す薬を投げ渡してきた。また落とすとこだったじゃん、もー。
「お前さんが石化しないなら丁度いい。俺の分も持っとけよ」
「それもそうねぇ。ハイ、アカネちゃん」
「わ、分かった」
そうならそうと言ってから渡してほしい。落として割ったら洒落にならないんだから。一本十万するし。
言葉にはせずプーと膨れていると、ひと際強いコカトリスの叫び声が聞こえてきた。
驚きつつも落ち着いてコカトリスの方を見ると、どうやらルビーちゃんが仕事を終えたようで。
「俺たちの出番みたいだな。いっちょ決めてやるか!」
「ウッフフ、石にされた分のお返しはきっちりしないとねぇ」
コカトリスの目が見えなくなった事を確認し、堂々と歩いて近づいていく二人。
ゼルは岩の腕を、ネクは糸を浴びせかけようと準備していると、暴れまわるコカトリスの姿が突如霧に消えた。
「なっ!?」
「消えた!?」
「なるほどなぁ、どうりで見つかんねえハズだ。アカネ、来い!」
「うぇっ!?」
強引に引っ張ってきたゼルは、あーしと自分を壁の魔法で包み込む。
いきなり何と理由を聞くまでもなく、重々しい足音や何もない所で突然跳ねる水しぶきといった光景が、姿の見えないコカトリスが今も暴れている事をあーしに理解させた。
「どういうこと? ・・・もしかしてルビーちゃんのハイドと同じ?」
「ハイドは気配を消すだけ。私の場合はドッペルゲンガーとして、景色そのものに溶け込んでる」
「あ、戻って来てたんだ」
「あの子の場合はおそらく、この霧を利用してるんじゃないかしらぁ」
「狭いんだよクモ女、出てけオラ」
「アナタが魔法を広げなさいよォ!」
「もー、ケンカしてる場合じゃないし!」
厄介な目を攻略したと思ったら、ここにきてまさかの新能力。どうして物事がスムーズに進まないの!
透明なコカトリス相手にどうしたもんかと頭を巡らせていると、またも不意にあーしの頬を水の精霊がつついてきた。
「えっ、どうしたの? ・・・何か弱ってる?」
「そりゃあ湖ですらあのザマだったんだ。汚染の元で無理すりゃそうもなるだろ」
「ヤバいじゃんそれ!? まさか精霊って死んだりするの!?」
「死にはしない。代わりに長い眠りにつく」
「いやそんな冷静な・・・何、どしたん?」
弱弱しい水の精霊は、あれやこれやと精いっぱいジェスチャーで何かを伝えようとしてくる。あぁもうかわいいけど全然分かんない!
あーしに続いてゼルやネクも何とか解読しようと頭をひねっていると、ルビーちゃんがさらりと答えを出した。
「水の精霊は、時間が無いと言ってる。このままいけば、湿原に住まう精霊が全員眠りについてしまうと」
「え、分かんのルビーちゃん?」
「言葉を使わないコミュニケーションは、アサシンに必須」
「精霊に応用きくのかよそれ」
ゼルのツッコミには激しく同意したい所だけども、今はそんな場合じゃない。
ルビーちゃんの通訳曰く、下の湖と同じように暴走した水の精霊が、ここでは霧となってコカトリスの姿を隠しているらしい。しかもこれ以上放っておけば、精霊が眠りについてこの山の生態系が乱れるとも。
規模大きいなもう!
「なるほどな。だから山の下まで逃げてきたわけだ」
「となると、まずはこの湿原をどうにかしないといけないわねぇ」
「じゃあゼルの出番じゃん! 浄化お願い!」
「さらっと言うなお前さん」
「ゼルならできるでしょ?」
「ハッ! 当たり前だろうがよ!」
あーしの軽い煽りに予想通りの返しをしてくれたゼルは、地面に勢いよく両手をついて、湖で使ったのと同じ魔法を唱えた。
「『キュア』!」
ゼルを中心に青白い魔法陣が広がり、そこから立ち昇る光が湿原全体を大雑把に包み込んだ。
するとあーしたちの付近から徐々に霧が晴れていき、汚れていた池の水もどんどん綺麗になっていく。
「おおー! スゴイ、さすがゼル!」
「だろ? もっと褒めてもいいんだぜ?」
「ゼルは浄化に集中してもらうから、コカトリスはお願いね二人とも」
「了解」
「分かったわぁ」
「おい」
不服そうにしながらもゼルが湿原をどんどん浄化していくと、霧の晴れた所からついにコカトリスの姿が現れた。
相変わらず見境なく暴れているようで、心なしかスタミナが減り疲れているようにも見える。
「アタシが捕まえるから、トドメは任せるわよぉ」
「了解」
姿が見えるようになったおかげで、二人は危なげなくコカトリスの下へと近づいていく。
ネクはまずコカトリスの足に糸を打ち込み、バランスを奪ってもう一度地面に倒れさせた。そこにすかさず大量の糸を浴びせかけ、ガッチリと地面に固定する。
コカトリスは何が起こっているのかも分からず、糸に絡め捕られたままもがき続けるその首に、ルビーちゃんが馬乗りになった。
「鶏と同じだといいけど」
ルビーちゃんは小刀で手際よくコカトリスを始末し、そのままネクと共同で保存作業へと移り始める。
あんまりじっくり撮影するのに気が引けたあーしは、ゼルの方も撮ってあげなきゃと自分に言い訳しながら、浄化作業の方へとフレームを移動させた。
「ゼル、向こうは終わったよ」
「りょーかい。ならこっちもさっさと終わらせるか!」
あーしの報告を聞いたゼルは一層気合を入れると、青白い魔法陣から立ち昇る光がどんどん輝きを増していく。
「オオオオオラァァアアアアアアア!!!」
ゼルの気合そのままに輝きを増していく魔法の光は、まるで柱のように空へ向かって伸びていき、ついには湿原全体の霧を全て弾き飛ばした。
「っしゃあ! いっちょ上がりィ! ・・・お?」
「おつかれー、ゼル! ・・・あっ」
霧が晴れた事でようやく気付く。どうもコカトリスと戦っている間に夜になってたみたい。
浄化されて澱みが消えた池の水面には、聞いていた通り星空を鏡のように写し出している。まぁ元々は青空って聞いてたんだけど。
「おぉ~、けっこう綺麗だね」
「否定はせんが、俺的には今一つってところだな」
「そういうこと言わないの」
ぶっちゃけあーしも、もう一越え期待してたところはある。
なんせ異世界だし、氷桜を見ちゃってるのもあって、もっとファンタジーらしさがあると思ってた。
まぁあーしの勝手な妄想なんだけどね。
「お疲れさま、ゼルさん」
「相変わらずプリーストの腕だけはすごいわねぇ」
「あ、二人ともお疲れー」
「一言余計だクモ女」
コカトリスの保存作業を終えて、泥とは別の汚れがついた二人が合流してくる。深くは聞かないでおこう。
二人の奥へと視線を向ければ、ミイラのように糸で包み込まれたコカトリスの姿。ちなみにあれで汚れとか腐るのとかを防げるらしい。便利だねネクの糸。
「一応これで目的達成かしらぁ」
「湿原も浄化できたけど、水の精霊が見当たらないね。どこ行ったんだろ?」
「またその内フッと出てくんだろ。それよりメシにしようぜ、腹減った」
「同じく」
食いしん坊二人に急かされて、とりあえず先にコカトリスを馬車へと運ぶことに決めたあーしたち。さすがに湿原の中にごはん食べられそうな場所は無いし、もっと言えばテントも張れないしね。
「それで、こんなでっかいのどうやって運ぶの?」
「ウッフフ、アタシの能力を忘れてないかしらぁ?」
「糸で引っ張んのか。頑張れよ」
「違うわよぉ! そうじゃなくて、ホラ」
そう言ってネクは何本かの糸をミイラコカトリスにくっつけたかと思えば、死んだはずのその体が急に動き出した。
生きていた頃とまんま同じ動き方をするその姿に、本当に生き返ったんじゃとあーしとゼルが身構えると、ネクがくすくすと笑い出す。
「大丈夫、アラクネの能力よぉ」
「ゴブリンの時と原理は同じ」
「えっ? あっ、ほんとだ」
冷静な元魔王軍の二人に倣って、落ち着いて観察してみれば、マリオネットのようにネクの指の動きに合わせてコカトリスが動いているのが分かる。
動かすだけならまだしも、コカトリスまんまの動きを再現している辺り、改めてネクの手先の器用さを認識させられる。・・・いやもうそんなレベルじゃないなこれ。
「運ぶんじゃなくて、この子自体に歩かせれば問題ないわぁ」
「斬新だね・・・」
「悪趣味な野郎だな」
「何で貶されなきゃいけないのぉ!?」
正直ゼルの気持ちは分からなくもない。まぁ実際助かるし強くは言えないけど。
まぁでも一枚くらいはと恐る恐るカメラを向けると、下の方から浮かび上がってきた蛍ような光が、フレームの中に入り込んできた。
「わっ、なにこれ? きれい・・・」
「虫・・・じゃねえな。精霊か?」
「水の精霊みたいねぇ。どうして光ってるかは分からないけど」
「ここだけじゃない。周りを見て」
ルビーちゃんに促されて周りを見回せば、湿原一帯が蛍のように光る水の精霊たちで埋め尽くされていた。
いつの間にか生えてきた蓮の花の中から次々と現れては宙を漂い、空や水面と合わせて、三つの星空がこの場に重なり合ったように思える。
「わぁあ~~~!! すっごいきれい・・・!」
「こいつはたまげた・・・」
「すごく、きれい・・・」
「ロマンチックねぇ・・・」
それぞれなりの感想を呟き、この幻想的な空間にうっとりと酔いしれる。
自然の化身と言われる精霊が魅せるこの景色は、まさにファンタジーの名に恥じない、最高の体験だった。
しばらくすると精霊たちは一列に並びだし、まるで光る道のようなものを作り出した。
あーしたちを導くように続いている光の道は、どうやら湿原の隅の方を示しているようで。
「行け・・・ってことかな?」
「ビビりの精霊がここまでもてなしてくれてんだ。行かねえ理由はねえだろ」
「そうだね。二人もそれでいい?」
「私は問題ない」
「コカトリスはどうするのぉ?」
「後で回収すりゃいいだろ」
そうしてあーしたちは導かれるままに、光の道が示す先へと向かって行く。
道の終わりにあったのは、遠目からは気づかなかった小さな木々のトンネル。
そこから先は道の代わりに光の筋が続いていて、更に先へと示された通り、あーしたちは順番にそのトンネルを潜り抜けていく。
光の筋を頼りに、薄暗く狭いトンネルを進んでいくと、ようやく広い空間に出ることが出来た。
そこにあったのは。
「なに・・・これ・・・!?」
「こいつは・・・!?」
「まさか、こんな所でお目にかかれるなんてねぇ」
「魔力、大結晶・・・!」
目の前に飛び込んできたのは、超巨大な結晶。
ちょっとした家くらいはありそうな大きさのそれは、角ばった表面にあーしたちパーティの姿をそのまま写し出す程に澄み切っている。
しかもそれ自体が光っているのか、隙間なく木々に囲まれたこの空間を、真昼間のような明るさでもって照らし出していた。
「なに? なにこれ!?」
「落ち着けアカネ。さっきルビーが言ったろ。こいつは、魔力大結晶って代物だ」
「魔力大結晶・・・?」
そういえば前に屋台か何かで聞いた事あったような。
ゼルに買ってこうとして、高すぎて止めたんだっけ。
「魔力大結晶。名前通り、魔力結晶の中でも特に大きいものがそう呼ばれる」
「長い長い年月をかけて生まれた、まさに自然の神秘ねぇ。恐らくは値段も付けられない、国宝として扱われるべき代物よぉ」
「そ、そんな大層なものを何であーしたちに・・・? え、まさかくれるの?」
「バカ言え。こんな人の手に余るモン貰えるかよ。最悪これで戦争が起きてもおかしくねえんだぞ」
「マジで!?」
ゼルの言葉を聞いて三歩ほど後ずさるあーし。えらいもん紹介されちゃったなコレ。
「えっと、じゃあ何の為に・・・?」
「お前のインスタ以外に何があるんだよ」
「えっ・・・あっ!?」
「アカネちゃんって、時々残念になるわよねぇ」
「欠点は誰にでもある」
なにやら辛辣な言葉を言われた気がするけど、こっちはそれどころじゃ無い。
「こんなのインスタに上げちゃったら、それこそ戦争になっちゃうんじゃないの?」
「あー、まぁそうだろうな。たぶん精霊側はそこまで考えてねえだろうしよ」
「お礼くらいにしか思ってないでしょうしねぇ」
「えー・・・すっごい扱いに困るぅ・・・」
気持ちはめちゃくちゃ嬉しいけど、これをインスタに上げるのはさすがのあーしも気が引ける。
ていうかメンバーの中で一番何もしてないのあーしだし、お礼の比率間違ってない?
「よし、折衷案でいこう! みんな集まって!」
「お、撮るのか?」
「いいのぉアカネちゃん?」
「まぁさすがにハッカーとかはいないだろうし、たぶん大丈夫」
「はっかー?」
あーしは魔力大結晶をバックに、水の精霊たち含めて全員で写真を撮ると、早速それをインスタにアップして記事を一枚取り出す。
「ルビーちゃんも記事持ってたよね? ちょっと見せてくれない?」
「分かった」
あーしは布教用の自分の記事と、ルビーちゃんが個人的に携帯してくれている記事を見比べる。
「あれ、片方にしか写真が載ってない」
「おぉ、マジだ。どういうことだアカネ?」
「限定公開にしたの」
「限定公開?」
「またユニーククラスのスキルか何かか?」
「まぁ、そんなとこ」
限定公開。読んでそのまま限定した相手にしか見えないようにする機能。
どうやらあーしの使ってるインスタはめっちゃ細かいところまで指定できるみたいで、今回はあーしの持ってる一枚限定だけが見れるように設定した。
その一枚を、水の精霊の一人に渡す。
「助けてくれてありがとう。んで、湿原とか結晶とか、色んな物まで見せてもらった、そのお礼」
お礼返しになっちゃったけど、水の精霊はとても喜んで受け取ってくれた。
面白いくらいに精霊たちが記事に集まり、楽しそうに見てくれている。
「折衷案ってこういう事だったのねぇ」
「あーしはインスタグラマーだけど、ちゃんと守らなきゃいけない事はあるから」
「ただビビりなだけだろ」
「言わなくていいじゃんそれ!?」
「否定はしないんだ」
変わらずグダグダっぷりを発揮しながらも、なんやかんやで水の精霊をフォロワーにしたあーし。これって何気にすごくない?
水の精霊たちとお別れをした後、あーしたちは改めてコカトリスと馬車へ戻り、ようやく遅い晩ごはんを取る事になった。




