13話
まるで湖から生えるように現れた、全身が水で出来た龍っぽい何か。・・・いやどっちかって言えば、水が龍のような形になってるって方が正しいかな。
なんて分析してる場合じゃなくて。
その龍のような形をした水・・・水の龍は、釣り糸を未だくわえたまま、じっとあーしたちを静かに睨みつける。
ファンタジーらしさは抜群なものの、余りの迫力に体が一ミリも動かなくなったあーしは、小声で二人に助けを求めた。
「ねっ、ねえ! なんなのアレ!? どうすればいいの!?」
「大物が居るとは聞いてたが、まさかこう来るとはな・・・一本取られたぜ」
「笑ってる場合じゃないから! めっちゃこっち見てるから!」
「魔物・・・とも言えない。でも確かに魔物特有の気配はする。正体がつかめない」
冷静に分析するルビーちゃんは、釣り竿を握るあーしの手を優しく剥がし、ゆっくりと水の龍から距離を取り始める。
その間も水の龍は特に動く様子もなく、距離が開くにつれてだんだんと余裕を取り戻していくあーし。
そんな油断を見計らっていたかのように、水の龍は唐突に動き出した。
「ヒッ!?」
「っ!」
「マズイ! アカネッ!」
目の前のゼルは完全に無視して、後ずさるように距離を取っていたあーしたちに水の龍が大口を開けて迫りくる。
素早く小刀を構えたルビーちゃんの陰に隠れるように、あーしが体を縮こまらせていると。
「えっ、キャッ!?」
「!」
突然絡みついてきた糸に思いきり引っ張られ、直撃ギリギリで攻撃から逃れられたあーしとルビーちゃん。
釣り上げられた魚のように宙を舞うあーしたちは、そのまま荒い地面に落ちることなく、糸の主である柔らかい体に受け止められる。
「大丈夫二人ともぉ?」
「ネクさん、ありがとう。アカネさんを守り切れるか不安だった」
「ネクの体って、抱き心地いいね。落ち着く」
「大丈夫みたいねぇ・・・」
あーしは呆れ顔のネクにこれまた優しく引き剥がされ、改めて水の龍へとカメラを構えて向き直る。
フレームの中に映る光景は、あーしたちをギリギリ逃した事に腹を立てているのかいないのか、体も顔も水なせいでいまいち感情の読めない水の龍が、未だ間近で構えるゼルに目標を移した所だった。
東洋の龍みたいな姿をしている水の龍は、ゆっくりと、しかし確実にゼルの周りを長い体を活かして取り囲んでいく。絞め殺す・・・気なのかな? 体水だけど。
「ど、どうしようっかコレ?」
「まぁ、お昼ごはんどころじゃないわよねぇ」
「相手は正体不明。下手に戦うよりは、逃げた方がいいと思う」
「ゼルがそれで納得すると思う?」
「・・・」
ルビーちゃんが無言でうなだれる。なんかゴメンね。
「そう悲観しなくても大丈夫よぉ。彼、分かっててここに来たみたいだし」
「そういえばそんなこと言ってた気がする。てかあーし何も聞いてないんだけど」
「後で聞きなさいな。とにかく今は、この状況をどうにかするのが先決よぉ。逃げるにしても、戦うにしてもね」
「じゃあ私は、ゼルさんの釣った魚を回収してくる。戦うかどうかの判断は、お願い」
そう言うなりルビーちゃんはハイドで姿を隠し、魚の回収へと向かった。そこはゼルじゃないんだ。まぁ信頼してるからだろうけども。
当のゼルは完全に周囲を囲まれてしまったものの、特に焦った様子もなく、落ち着いていつもの壁の魔法で自身を囲む。
狙ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべたゼルは、水の龍が自身を締め付けにかかってきたタイミングで壁の魔法を一気に拡張し、水の龍を跡形もなく弾き飛ばした。
体が水で出来ていたせいか呆気なく弾け飛んだ水の龍は、辺り一帯に雨となって降り注ぐ。
「へっ、見た目の割に大した事ねえな・・・うぉっ!?」
子バカにしたような雰囲気で湖の方を見たゼルに、猛烈な勢いで放たれた水が襲い掛かる。
「ゼル!?」
「水のブレス・・・なるほど、そう簡単に終わる訳ないわよねぇ」
ネクに続いて水の出元の方へと視線を移すと、さっき飛び散ったはずの水の龍が当然のように復活し、その大きな口から水圧カッターのような勢いでもって水を吐き出していた。
水面を割り、地面を抉り飛ばすような威力を持つその攻撃は、ゼルの壁の魔法を破らないまでも、地面に跡を残しながら押し退ける程に強い。
しかも常に狙われ続けているせいか、ゼルは魔法を解くことが出来ず、さらにその勢いでもって身動きも取れないように見える。
「どっ、どうしようネク!?」
「雑に分析してみても、あの龍はおそらく湖がそのまま本体。仮に倒すなら湖を干上がらせるくらいしないと無理じゃないかしらぁ」
「そ、そんな!? そんなのって・・・」
「できる程の火力は無いし、アナタはやりたがらないでしょう?」
「う、うん・・・」
ネクの言う通り、そういう自然破壊みたいなことはやりたくない。
これが緊急事態なら話は変わるかもしれないけど、ここは別にあーしたちが逃げればいい話。無理に戦う必要はない。でも。
「逃げるにしたって、まずはゼルを助けないと! あれ多分動けないよね?」
「それもあるでしょうけど、たぶん彼、注意を引きつけているんじゃないかしらぁ」
「えっ?」
「鈍いわねぇ、早く逃げろって言ってるのよぉ」
「それは違うと思う」
決め顔でゼルの心情を代弁したネクの言葉を、ピチピチと魚が跳ねる音と、音の発生源のカゴを背負ったルビーちゃんが遮る。
「ゼルさんは多分、逃げる為じゃなくて、弱点探しの為の時間を稼いでるんだと思う」
「あー、そっちの方がしっくりくるかも」
「えぇ・・・」
渾身の決め場が不発に終わったせいか、ネクは少し顔を赤く染めながら顔を引きつらせる。
ゴメンね、ゼルってそういうところあるから。ネクもそのうち慣れると思う。
「でも弱点って言われてもなぁ・・・」
「相手は水の体。さっきのゼルさんの戦いから考えて、直接攻撃は無意味」
「蒸発に凍結と手段がない訳じゃないけど、火力とアカネちゃんのポリシーに引っかかるのよねぇ」
「なんであーしが問題みたいな言い方するの」
インスタグラマーとしては、そういうの大事にしないとだし。
「とりあえず二人はこの湖を探ってみなさいなぁ。彼の事はアタシがサポートしておくから」
「あれ、珍しい。ネクがゼルの事進んで助けるなんて」
「恩を売って損はないでしょう?」
「・・・ほんといいコンビだと思うよ、あーし」
最後の最後で自分から株を下げるあたり、ほんとそっくりだわ。うん。
「じゃああーしはドローンで空から、ルビーちゃんハイドで地上からでオッケー?」
「了解」
「ネクはどうするの?」
「アタシはここで魚やキノコを焼いて、適時彼に差し入れとして送るわぁ」
「あっ、ズルい!」
「・・・分かった、よろしくね」
どうにも締まらない雰囲気の中、水の龍の弱点探し大作戦が始まる。
あーしの呼び出したドローンは、まず焼いたキノコにかじりつくルビーちゃんを映し出し、そこからぐんぐんと高度を上げて、湖全体が見下ろせる位置まで上昇していく。
どうやらこの湖は、山の方から川を伝った水が流れつく場所らしく、奥の方では小規模な滝が白い水しぶきを上げているのが見える。あの水の龍が居なかったらボートとかでゆっくり楽しめたのになぁ。
とりあえず目についたのもあり、あーしはその滝へ向けてドローンを飛ばすと、ドローンのカメラ機能が何かを捉えた。
これは・・・!
「ねぇネク! これってもしかして」
「なぁにアカネちゃん? あらぁ」
火の番をしていたネクを呼びつけ、スマホに映るドローンからの景色を見せる。
そこに映っていたのは。
「水の精霊じゃなぁい。まさかここにもいるなんてねぇ」
「やっぱり! でもさ、なんか様子がおかしくない?」
「言われてみればそうねぇ。焦ってる・・・のかしらぁ?」
ネクの言う通り、ドローンが映し出した水の精霊は、なにやら小さな体を一生懸命動かしながら何かを訴えているように見える。
森で見つけた時と違い、ドローンに目もくれず何に対して一生懸命になっているのかと視線を合わせると、当然というか、未だゼルに水のブレスを吐き続けている水の龍の姿が映り込んだ。
・・・もしかして。
「ねぇネク。もしかしてあの水の龍って、精霊だったりしない?」
「まさかぁ。大精霊ならともかく、精霊はあんな乱暴な真似はしないわよぉ。仮に悪意ある者に襲われたとしても、森の時のようにすぐ逃げるはずだからぁ」
「そっかー。・・・言っとくけどあーしは別に悪意はないからね?」
「分かってるわよぉ」
そう言ってクスクスと笑うネク。こんな時までからかわないでよ。
でもそっかぁ、ファンタジー的にこういうのって、精霊が暴走かなんかして起きてる事件のように考えたんだけど、違ったかぁ。
・・・いや待って。
「あのさネク。森で水の精霊を見つけた時、ありえないことが起きてるって言ってなかったっけ?」
「・・・あっ」
声、仕草、表情、なにもかもが今思い出したという風なネクの反応。忘れてたんかい!
「そういえばそうだったわねぇ。それを踏まえた上で現状を考えれば、無くはない仮説よぉ」
「理由は分からないけど、水の精霊が怒るか暴走するかして、あの水の龍の姿になった。で、それを滝の近くに居る水の精霊が止めようとしてる・・・と」
「まぁ、筋は通るわねぇ。といっても、その理由が分からないとどうしようも無いんだけどぉ」
「・・・そうだよねー」
「それなら問題ない」
「うひっ!?」
あーしの背後から染み出す様にルビーちゃんが現れる。久しぶりだから心臓に来たわー。
「川から湖へ流れている水に、少しだけ汚染されたものが混じっていた」
「汚染!? ってことは、上の方にその原因があるってこと?」
「恐らくは」
つまり、その汚染された水でおかしくなっちゃった水の精霊が、水の龍になって大暴れしてるってことか。
「じゃあその原因を何とかしないと!」
「さっきドローンで見てたけど、川自体が汚れてるようには見えなかったわぁ。たぶん山の水源が大本で、そこから少しずつ漏れてるんじゃないかしらぁ」
「や、山の上かぁ・・・」
「そこは問題ない。あの川の続く山は、コカトリスの居る天空の湿原がある場所。その途中で探せばいい」
「でも、今はどうするの?」
「彼を回収して離脱、でアナタは納得しないわよねぇ」
分かってるわよぉとでも言いたげな風に、肩をすくめるネク。ゴメンねワガママで。
「湖自体の汚染は、ゼルさんの魔法で何とかできるかも知れない」
「川の方はアタシの糸でフィルターでも張っておくわぁ。気休めにしかならないでしょうけど」
「それでもいいよ! ありがとうネク!」
「ウフフ、もっと褒めてもいいのよぉ」
それはまた今度と流し、あーしたちは弱点探し大作戦から、水質改善大作戦へと移行する。
とりあえずネクには川へフィルターを張りに行ってもらい、ルビーちゃんにはゼルの救出に行ってもらう。
あーしは撮影です。はい。
「物理攻撃は無意味・・・なら!」
ルビーちゃんは加速しながら水の龍へと急接近し、勢いよくその体目掛けて飛び上がる。
さらに空中でマーメイドの姿に変身し、水の龍の体を突き破るように飛びこんだ。
一瞬とはいえ体に異物が紛れ込んだ水の龍は、一瞬体をビクッと震わせた後、ブレスを止めて着地したルビーちゃんの方を睨みつける。
その隙に脱出したゼルは、飛びながら軽くストレッチしてあーしたちに呼びかける。
「どうよ! 弱点は見つかったか?」
ホントに当たってたわ。同意しといてなんだけど。
「この湖が汚染されてるのが原因みたい! だからゼルの魔法で綺麗にしてほしいの!」
「んだよまたプリーストの出番か。火の魔法で蒸発させるのは無しなのか?」
「無しだから! ていうかその話題もう終わってるから!」
いつものやり取りもほどほどに、ゼルも攻撃じゃどうしようもないと分かっていたのか、素直に湖の方へと移動していく。
表情が若干乗り気じゃ無さそうに見えたので、ここは一つ、やる気を出させてあげよう。
「ゼルー! ゼルの魔法で湖がキレイになって、おまけに水の龍もやっつけたってのをインスタに上げれば、すごい人気が出ると思うよー!」
「よぉっしゃあああ!! 任せとけえええええええええ!!!」
分かりやすいくらい突然元気になったゼルは、もう一度壁の魔法で自身を包み込み、一気に加速して湖の中へと飛び込んで行く。
約束を果たすためにもあーしはドローンでゼルを追いかけ、その一部始終の撮影を始めた。
『ドローンも来たな。よーし、しっかり撮ってろよ! 『キュア』!』
毒とかそういう体に悪いものを治す魔法を、ゼルが全力で唱えた。
青白い光を放つその魔法は徐々にその範囲を広げていき、やがては湖全体に波紋のように広がっていく。
「シャアアアアアアアアラアアアアアアアアアア!!!」
包み込むような優しい光とは対照的に、暑苦しい男の気合全開で魔法を唱え続けるゼル。
そんな様子をドローンで見守っていると、ついに水の龍にも影響が出始めたのが横目で見えた。
「これは・・・!」
「やった! うまくいってるよゼル!」
ルビーちゃんに向けてブレスや体当たりと攻撃を仕掛けていた水の龍は、突如動きが鈍くなり、ついには龍の形すら保てずにただの水となってその場に落ちた。
状況を察したルビーちゃんが合流し、二人でスマホを画面をのぞき込むと、どうやら今度はゼルの周りで水の龍が暴れている様子。
といっても、壁の魔法に阻まれているせいで全部徒労に終わってるけど。
『往生際悪いなオイ。こいつでっ・・・トドメだァアアアアアアア!!!』
ひと際強い魔法の光を放ったゼルは、宣言通り水の龍を今度こそ消し飛ばした。
最期に大きな波紋が湖全体へと広がっていき、そこからしばらく待ってみても、再び水の龍が現れる事は無かった。
湖の水質改善が終わり、あーしたちはようやく遅めのお昼ごはんにありついていた。
戦闘に時間を取られたぶん日は予定より傾き、今日はこのまま湖で一夜を明かすことになっちゃったけど、特にそれを気にする者はいない。
なんせこれは旅。予定はあっても時間に縛られる事は無い、自由があるから。
「どうよアカネ、俺様の大活躍は?」
「うん、今回はけっこう伸びいいよ。もしかしたらゼルの記録更新するかも」
「ハッハッハ! やはり俺様という訳だな!」
意味不明な理屈を喋りながら、満足げに焼いた魚にかぶりつくゼル。
焚き火を囲う食事に新鮮さを感じながら、あーしは今日の出来事を振り返る。
「水の精霊、大丈夫だったかな?」
「アタシが川に着いた頃には、もう居なくなってたわねぇ」
「そういえば、フィルターはちゃんと張れた?」
「一応、三か所ほど仕掛けてきたわぁ」
「戻ってきた時ゼーゼー言ってたよな。どんだけ体力ねえんだよ」
「うるさいわねぇ! あんな足場の悪い所歩けば誰だってそうなるわよぉ!」
ケタケタと笑うゼルと、それに向かってプンスコと怒るネク。なんとなく二人の距離も縮まったように感じる。
ちなみさっきから一言も喋っていないルビーちゃんは、当然黙々と食事を続けている。
そういう何気ない、でも幸せな雰囲気が溢れる光景をあーしは写真に収めていく。
もう撮られる事にもある程度慣れたのか、特に驚いたような素振りも無く、それぞれ食事なり会話なりを続けている姿に、ちょっとだけ寂しさも感じたり。
そうして一人センチメンタルになっていたからなのか、今度はドローンを使うことなく、あーし自身がその存在に気づくことが出来た。
「あっ、水の精霊が居る」
「なに?」
「!」
「あらぁ、いつの間に」
あーしの向かいに座るネクの更に向こう側に、水の精霊が二人、ちょこんと浮かんでいた。二人って数え方が合ってんのか分かんないけど。
臆病だと聞いていたはずの精霊がなんで?
その疑問は、水の精霊がとった仕草ですぐに分かった。
「あっ・・・」
「へっ、律儀じゃねえか。悪くねえ」
「かわいい」
「ウフフ、そうねぇ」
水の精霊たちは、あーしたちにペコっと頭を下げると、そのまま前と同じように、地面に染み込むように消えて行った。
臆病な精霊なりの、精いっぱいの気持ちだったんだろう。
いきなりだったせいで写真は撮れなかったんだけど、不思議と残念な気持ちは無かった。
これは、あーしたちだけの思い出にしておこう。




